16シリルと彼の好きな色
※シリル視点です。
※完結まで毎日更新に変更します!
学院から帰ると使用人の一人から僕宛ての荷物が届いている事が告げられた。僕は急いで荷物が置かれている私室に向かう。
僕宛の荷物ならきっと両親か姉か、もしかしたらエリカかもしれない。嬉しくてステップを踏みながら二階にある私室に向かうと、一緒に帰宅したバルト様に浮かれすぎだと呆れられてしまった。
今日は学院から出された課題をするために一緒に帰宅したのだ。バルト様はもはやここに住んでいるのではないかと思うほど、いつも僕と一緒にいる。本当にここはハーティア大使館なのだろか。僕はたまにその事を忘れてしまう。
部屋の机に置かれていたのは手紙と綺麗に包装された四角い箱で、エリカからのものだった。
『シリル・ローランズ様――――
カーディナではまだまだ暑い日が続いている事と思われますが元気でお過ごしでしょうか。
まずは、素敵な贈り物のお礼をさせてください。シリルの選んでくれた物はいつも私にとって嬉しいものばかりです。
男の子だけどその女子力の高さはハーティアで一番だと思います。自信をもってください。
今回は私もシリルに贈り物があります。カーディナは昼夜の寒暖差が激しいと聞いたので、よく眠る事が出来るように夜着を贈ります。シリルの好きな緑色を選んだので、気に入ってもらえたらとても嬉しいです。
学園祭で演劇をする事は前回の手紙に書きましたよね。自分で言うのも変ですが、演劇は大成功でした。ライラのお姫様は本当に可愛らしかったし、ディーン様の演技は下手過ぎて面白かったです。後夜祭のダンスパーティーではライラやクラスメイトの女の子達と踊りました。男性のステップを練習していたのがまさかこんなところで役立つとは思いませんでした。
ダンスパーティーと言えば、もう聞いていると思いますが、新年の王宮行事で王太子殿下とライラの婚約が正式に発表されるそうですね。私やセドリック君は殿下達の学友として招いていただく事になっています。シリルは身内として参加するのだと聞いていますが、その時までにダンスが踊れるように練習してくださいね。足を踏んだら怒りますよ。今度はちゃんと男の子のシリルと踊りたいです。
再会できる日を楽しみにしています――――エリカより』
「これが、贈り物だな」
「もうっ! バルト様、勝手に見ないでください」
僕はバルト様から贈り物を奪い返して、慎重に開けた。手紙によれば中に入っているのは夜着だ。
エリカがわざわざこの国の気候を調べて選んでくれた事や僕の好きな色を覚えていてくれた事がとても嬉しい。もっとも、僕が緑色が好きだと言ったのは、エリカの瞳の色と同じだからなのだけれど。
本人はどうせ無自覚だろうけど、自身の瞳の色になぞらえた贈り物をくれるなんてそれだけで心が躍る。
包装紙を綺麗に開いて中の箱のふたを開ける。すると淡いグリーンの上等なシルクと思われる布地が見え、僕はそれを慎重に広げる。
「…………」
「んん? なんというかハーティアの寝間着は随分と可愛らしい意匠なのだな!」
色合いや肩幅から考えて女性用というわけではないのだけれど、袖口や胸元に控えめながらレースがあしらわれているとても可愛らしい夜着だった。
実際、僕もハーティアにいる時は似たような物を着ていた。そのせいでサミュエルが僕の事を女の子だと勘違いしていたのを思い出して何とも言えない気分になる。
嬉しさのあまり読み飛ばしてしまったが、手紙の内容を振り返ると「女子力が高い」などと書いてあった。
今さらだけれども、エリカが僕をどう思っているかがよくわかり、ちょっとへこんでしまいそうだ。
「しかし、よく似合っておるな! エリカとやらの趣味には脱帽する! はははっ!!」
バルト様が夜着を僕の体に当てて感心している。きっと悪気はないのだろうが、いつまでも女の子みたいだと言われる事に僕としてはとても抵抗がある。
身長も少しだけ伸びたし、こちらに来てからかなり筋肉が付いた。ハーティアから持ってきたシャツや上着がきつくなって自分の成長を自分で誉めてあげたい気分だったのに。やっぱりまだ可愛い物が似合ってしまう自分に少し落ち込む。
(いやいや! エリカからの贈り物が似合って良かったと思わなくちゃ!)
エリカからの贈り物にケチをつけるなんて、僕はなんて事を考えていたのだろう。間違いなく僕の事を一生懸命考えて選んでくれたのだとわかる贈り物だ。きっとエリカからこんな物を贈られたのは家族以外では僕だけのはずだ。
今夜は早速この夜着を着て寝よう。エリカが選んでくれたと思うと、それだけで鼻血――――ではなく、興奮――――でもなく、嬉しくて眠れなくなりそうだ。
少し前に届いた父や姉からの手紙によれば、年始に姉と王太子殿下の婚約が正式に発表されるらしい。当然、弟である僕も参加する。
一応サイアーズ領主の嫡男である僕は王宮にあがれるような正装の準備はある。でも、シャツが窮屈になってしまった事を考えると、新調する必要がありそうだ。
姉にこっそりエリカのドレスの色を探ってもらい隣に立って絵になる色にしようなどと、少し狡い事を考える。
エリカの母君は遠く離れたノースダミアにいるようだし、王都の屋敷には兄君しかいない。こういった事に不慣れなエリカは必ず姉に相談するはずだ。
一番似合う色は僕がプレゼントしたリボンのような薄紫だと思うが、この国で紫と言えばローランズを思い浮かべる人が多いので、独占欲丸出しというのも何だか恥ずかしい。単純にエリカに似合う色なら瞳に合わせたグリーン、冬の季節なら深い青も綺麗だ。
「シリル! 顔がにやけて気持ちが悪いぞ」
「そんな事はありません! バルト様こそ、人の手紙を覗かないでください。悪趣味です」
「まぁ、いいではないか……。それよりちょうど良かった」
バルト様がとてもいい事を思いついたという顔をしている。でも、バルト様の思いつきで僕が得をした事は今まであまりない。特に先日の修行は最悪だった。
「よく聞け! 私が特使として、ハーティアの王太子の婚約発表の場に出向こう! まぁ、第五王子というのが微妙だが、隣国の王子が行けば箔が付くであろう?」
そう言えば、冬季休暇になったら僕と一緒にハーティアへ遊びに――――ではなく、視察へ赴くつもりだと話していた。
「実は、例の件は国王陛下から許可が下りなかったのです。遊びで公費を使うなとお叱りを受けまして……」
後ろに影にように控えていたエトさんが、小声で告げる。カーディナは南の大陸の海の玄関口とて栄える豊かな国で現国王陛下は堅実な政策をされる事で知られている。僕の勝手な想像だが、バルト様と気が合ったという先王陛下がかなり変わった方だったので、現国王陛下は父王を反面教師とされたのかもしれない。とにかく常識人の国王陛下はバルト様のハーティア行きを許可なさらなかったのだ。
「なるほど、確かに特使としてハーティアに行かれるのなら、両国の関係強化になりますし、弟である僕が同じ学院で学ばせていただいているご縁で特使としてバルト様が選ばれるのは自然かもしれません」
僕がバルト様に同意すると、バルト様が白い歯を見せて嬉しそうに笑う。
「では! シリルはヴィンスにこの話をうまい事伝えるように! 私は父上を説得しよう。 いやぁ、待ち遠しいな」
今回の婚約発表は、ハーティア国内ではそれなりに豪華な催しとなるだろうが、友好国から特使を招くという話は聞いていない。呼ばれていないのに押しかける訳にはいかないのだから、まずは叔父上を通してハーティア側が特使の派遣を依頼する気があるか、そして依頼があればカーディナ側がそれに応じる気があるのかを確認しなければならない。
国同士の事になると、それぞれ内諾を取り付けてから正式に書簡を送るという、子供の僕からすれば「それ本当に書簡いるの?」と思ってしまうまどろっこしいやり取りが必要らしい。
まずは叔父上に相談しないと始まらないが、大使としての叔父上の仕事の手伝いが出来そうで嬉しいのと同時に僕は少し緊張した。