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15一人にしか、あげられない気持ち

 学園祭が大成功で幕を閉じた次の日、この日は休日でディーン様と遠駆けに行く約束をしている日だ。

「軍馬だが、こいつは割と小さくて、気性も穏やかだからな」

 ディーン様が私に用意してくれたのは葦毛の軍馬だ。軍馬というのは、特定の品種を指すのではなく、戦場で兵士を乗せられるように訓練された馬の事だ。鎧をまとった兵士を乗せて戦場を駆けるのだからそれに耐えられる丈夫で大型の馬が好まれる。

 私に用意された葦毛の馬も、一般的に馬車を引く馬よりは大きく足が太い。でもディーン様の黒い軍馬よりは一回り小さく、少し愛嬌があるような気がする。

「よしよし。今日はよろしくね」

頭を撫でて挨拶をしても嫌がる素振りはない。これならば安心して乗る事が出来そうだ。私はいつもの男装に寒くなるといけないので念のため外套を羽織ってさっそく葦毛の軍馬に跨る。久しぶりに一人で乗る馬の背はちょっと不安定で緊張するが、私のご先祖様は騎馬民族なのだからこれくらいは朝飯前だ。


「ところでディーン様、弓とか無いんですか?」

「弓って……。狩りに行くんじゃねぇし、そもそもお前まさか弓も使えるのか? そして仮に動物を獲ったとして、寮生活なのにどこでさばいてどこで食う気だ!?」

「騎馬民族の末裔は弓くらい出来て当然ですよ? 馬を貸していただいたお礼にカーライル家へのお土産として……」

「いらねぇよ!!」

 ディーン様に断られてしまったら仕方がない。食べたり毛皮を利用したり、狩りをするなら獲った動物はきちんと有効利用しなければならない。私としても無駄な殺生をしたいわけではないので、今回はあきらめる事にする。


 ディーン様の計画によると、今日の予定は学園から王都の外に出て、馬で南東に一時間ほどの距離にある湖まで行くそうだ。私は当然一度も行った事が無いのだが、草原と澄んだ湖がある綺麗な場所なのだとか。

「あそこなら、軍馬を襲うような猛獣は出ないし、お前まで武器を持つ必要はねぇよ」

 弓の腕前を披露出来ないのはとても残念だが、今日の目的は遠駆けだから欲張っても仕方がない。

「わかりました! 弓はまた次の機会にします」


 王都の街中では馬をゆっくりと走らせる必要があるのだが、郊外まで来ると舗装された道が終わり、田畑が広がる見通しの良い場所になる。ここまで来れば速く走らせても危険は無いだろう。

 葦毛の馬も徐々に私に慣れてくれているようで馬と意志の疎通が出来るような不思議な感覚になる。


「ところで、この子の名前ってあるんですか?」

「グレー5号だ」

「グレーって、それ体の色じゃないですか! しかも5号って……。ちなみディーン様の馬は?」

「こいつはブラック12号。俺の専用だから、個人的にはオブシディアンって呼んでいる」

「何ですか、自分の馬だけカッコいい名前にして!!」

 黒曜石オブシディアンは光沢のある黒い輝石だ。確かにブラック12号はその名にふさわしい艶のある漆黒の美しい軍馬なのだ。

 こうなったら、私もグレー5号に素敵な名前を付けてあげたい気分なのだが、馬は賢い動物だから突然違う名前で呼ばれたら混乱するかもしれないし、今日だけ素敵な名前で呼んでも明日からグレー5号に戻るのならかわいそうだ。

「それにしたって、ディーン様って実はロマンチストのカッコつけ男なんですね」

 まず、硬派を気取っているディーン様が輝石の名前に詳しい事自体が意外なのだ。黒曜石はルビーやサファイアのように宝飾品としてよく使われるような石ではない。きっとディーン様は漆黒の軍馬に相応しい名前を一生懸命調べたに違いない。彼が硬派を「気取っている」だけの、単なる恥ずかしがり屋だという事が改めてよくわかる。

「……そうかもな」

「!?」


 私はディーン様の反応に驚く。いつもなら「うるせぇ」「黙れ、バカ女」と言いそうな流れなのに。話を聞いていなくて適当に流したという事でもないようだし、一体どうしたんだろう。

 今日はきっと夕方まで一緒に過ごすだろうから、お互いに気分を悪くしないようにという彼なりの配慮だろうか。

 それならばこちらもディーン様を怒らせないようにいつも以上に気を付けよう。


 しばらく馬を走らせると麦畑の広がる地帯にたどり着く。春に蒔かれた麦はこの辺りでは夏の終わり頃に収穫となるのだが、今年は例年より少し遅めで、今まさに刈り取りの真っ最中という状況だ。

 黄金色の畑、刈り取った後に残る雑草の緑、秋の高い空、全てが私の故郷であるノースダミアを思い起こさせる。

 収穫時期のこの光景は、北にあるノースダミアもこの王都周辺もあまり変わらない。当然の事なのかもしれないが、私にはその事実が嬉しく感じられた。

 ノースダミアは秋の収穫が終わったら雪に覆われた厳しい冬が来る。冬の閉塞感を皆が知っているから、収穫祭は盛大に行われる。もしかしたら、秋は私の一番好きな季節かもしれない。

 もっとも雪解けの後の春祭りの時期には春が、星祭りの時期には夏が、それぞれ私の一番好きな季節になってしまうのだけれども。


 少しだけグレー5号にゆっくりと走ってもらうと、ディーン様とオブシディアンも私達に合わせてくれる。

 気ままに周囲の景色を楽しみながら、私達は本日の目的地である西の湖に辿り着く。


 草原地帯にある湖には清流が流れ込む場所があり、水の音が疲れを癒してくれる。

 私達はまず、グレー5号とオブシディアンに水を与えてから近くの木につなぐ。二頭は周囲の草を美味しそうに食べながら仲良く休憩をしてくれる。

 私は着ている外套を草原の草の上に広げて寝転がる。時々チクチクとした草も生えているので、そのまま寝そべるのは危険なのだ。

「いい天気ですね……。癒されます」

 清流の涼やかな音も、山から流れてくる澄んだ風も、草木の香りも、街では感じる事の出来ないものだ。

「楽しそうで、まぁ……良かったな」

「はい! 連れて来てくれてありがとうございます。これでは、負けたのに得しちゃってますね」

「……あぁ、そうかもな」

 今日のディーン様はなんだかいつもと様子が違う気がする。いつもなら突っ込みが来るところで、それが来ない。それはつまり、いつもより優しいという事なので、私にとっては悪い事ではないはずなのに何かが変だ。

「ディーン様?」

「じゃあ、一個だけ聞いていいか? ……お前が言いたくない事だと思うが」

「はい? 私に言いにくい事なんて無いと思いますけど」

 彼の表情があまりに真剣だったので、私も体を起こして次の言葉を待つ。


「…………お前は、あいつの事を……シリル・ローランズの事をどう思っているんだ?」

 その名前は私の胸をぎゅっと締め付けるのだ。私がシリルと仲がいい事なんて、ディーン様は当然知っている。だからそういう事を聞いているのではないと私でもわかる。

「……それは……」

 胸の辺りがざわざわとして、うまく答える事が出来ない。

 ディーン様の真剣な瞳から、誤魔化してはいけない質問なのだとわかるのに、すぐに答える事が出来ないのはどうしてなのだろう。


「悪い……今のは卑怯だな……。やっぱり俺から言う」

 ディーン様は一度立ち上がり、私の正面に膝をつく。

 胸のざわざわが収まるどころかどんどんと増していく。私はこの話を聞きたくないと感じているのだ。でも、逃げる事はもう許されない。それはしてはいけない事だとわかるほどには大人になったのだから。


「俺は、お前に惚れているんだと思う。異性として」


 他に解釈しようのない真っ直ぐな言葉は私の心をさらに締めつける。誰かに好きだと言ってもらえる事は幸福な事であるはずなのになぜこんなに苦しいのか。

「私、私は……」

 この人にはちゃんと言わなければ。きちんと言わない卑怯な人間にはなりたくない。きっと、彼は私の言葉で傷つくのだ。それでも言わなければならない。

「……ごめんなさい。私はディーン様の気持ちにはこたえられません。私の特別はシリルだから……」

 ディーン様は私の目をしっかりと見据えて聞いてくれる。だから私も彼から目を逸らさない。

「そうか……悪かったな。わかりきっている事をわざわざ聞いたのは、完全に俺の都合なんだ」

 ディーン様は意外にも笑顔だ。きっと私を困らせないように無理をしてくれているのだろう。

 自分自身でさえ最近になってやっと自覚したシリルに対する気持ちだが、ディーン様はもっと早くからわかっていたのだろうか。おそらくライラは気がついていて、だからエザリントン先輩の前でシリルの名前を出したのだ。


「お前……明日、絶対に態度に出すなよ! もし、こんな話が周囲に漏れたら俺は軽く死ねる! バレたらお前をしばく!」

「演技の下手さならディーン様の方が数段格上ですよっ? いたたたっ!!」

「だ・ま・れ!」

 急にいつもの調子に戻って私の頭を拳でグリグリ攻撃するディーン様に、私は戸惑いながら少しだけほっとした。きっとそれは、私達の関係が今まで通り、これからも続いていくのだという彼からの意思表示だと感じたからだ。



*****



 ディーン様と私はお互いにギクシャクしないように気を使いながら、それでもどうしても今までのようにはいかないという状況のままで帰路に着いた。

 精神的に衝撃が大きかった事と久しぶりに長時間馬に乗ったという事もあり、寮に着いた時にはクタクタになっていた。


「お帰りなさい。楽しかったですか?」

 ライラが笑顔で出迎えてくれる。帰ってきた時に「お帰り」を言ってくれる人がいるだけで、癒されるのだから不思議だ。

「ただいま! 馬に乗るのが久しぶりだから少し疲れたけど、景色がとっても綺麗で楽しかったわ!」

「そうですか。……ディーン様と何かありましたか?」

 ライラの澄んだ菫色の瞳には何かを見抜く力でもあるのだろうか、それとも私の態度が普段と違ったのか。さっそく見抜かれているような気がするが、ディーン様の事はいくら友人でも話せない。

「なななな、無いよ!! 何も……」

「ふふっ、無理に聞いたりしませんよ。悩みがあるなら相談には乗りますけど」


「……じゃあ、聞いてもらってもいい?」

 私とライラは同じベッドに腰を下ろす。ディーン様の事は言えないが、シリルの事ならば言ってもいいし、誰かに聞いてもらいたかった。


「あのね、私はシリルの事が大好きなんだ。やっとそれに気づいたの……」


 この気持ちは誰か一人にしかあげられない特別な気持ちなのだ。だからこんなにも迷って苦しくて、今までずっと認めるのが怖かったのだ。

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