13学園祭
ハーティア王立学園の学園祭は、二年生を中心とした出し物や学年ごとの学術成果の発表などが行われる、保護者や王国の有力者が見学に来る数少ない機会だ。
私の両親は相変わらず遠く離れた領地にいるので、兄が見学に来てくれる事になっていた。
学園祭で一番盛り上がるのは後夜祭で行われるダンスだろう。学園に通っていない良家の子息令嬢は十六歳くらいで社交界に出る者が多いのだが、学園に通っている者は、卒業後にデビューする人が多い。単純に寮生活で門限があるという理由と、この学園を優秀な成績で卒業できれば結婚相手に困る事はないので、そこまで焦ってデビューする必要が無いのだ。けれども、ダンスパーティーや夜会というものには興味やあこがれを抱くのが乙女心というもので、同級生の女の子達はどこかソワソワしている。
カキーン、カキーンと金属がぶつかり合う音が会場に響く。剣を交えているのは、騎士エリックこと私と、悪の黒騎士(無口)役のディーン様だ。
ライリー姫ことライラは魔王城の中に捕らわれていて、格子窓から私の事を心配そうに見つめている。
ライラの衣装は水色のドレスに真珠のネックレス、いつも下ろしている髪は綺麗にまとめられていて、髪も真珠で飾られている。やっぱりライラがお姫様で良かった。私はそう思うのだが、殿下は着飾ったライラを大勢の男子生徒に見せたくないらしく「シリルがいてくれれば」と嘆いていた。
冗談だと思うが、もし仮に彼がここにいたとしたら何をさせるつもりだったのか。殿下の瞳が本気なので、怖くて聞くことが出来なかった。
私の衣装はラピスラズリのような鮮やかな青い騎士服に真っ白なマント、そして羽のついた帽子で、完璧な物語のヒーローに仕上がっている。
そしてディーン様は普段と変わらないような黒い服に双剣という衣装だが、仮面舞踏会で使われるような白地に金色の装飾がされたあやしい仮面をつけている。
『くっ……、黒騎士! お前はこの私が倒す!! ライリー姫、待っていてくださいっ!!』
『ハッ!!』
私の剣は黒騎士の一撃によって弾かれ、手から落ちる。
『しまった! 剣がっ!!』
『トリャ!!』
黒騎士の剣をバク転でかわし、急いで剣を拾う。追ってきた黒騎士の剣が私に振り下ろされる寸前、私は拾った剣でそれを防ぐ。
そしてセットの岩の上から空中技で黒騎士に渾身の一撃をお見舞いする。
『グハァ!!』
私の一撃で倒れた黒騎士の顔から仮面が剥がれ落ちる。
『とどめだ、黒騎士! 覚悟っ!!』
『お待ちください! 騎士エリック様――――。その方は……その方は十年前に亡くなったはずのわたくしのお兄様……ディーノ王子なのですっ!! あぁ、なんてことなの!?』
『そんなっ、まさか!?』
私は急いで倒れている黒騎士に駆け寄る。
『ウゥ……』
『ディーノ王子なのですか!?』
私は急いで黒騎士改めディーノ王子を抱き起こす。少し顔を近づけるとディーン様の顔がとんでもなく引きつっている。目をつむっているのだが、その目が小刻みに痙攣しているではないか。彼の演技は練習してもやはり大根のままだった。本当に真面目にやっているのだろうか。
「「「きゃぁぁぁぁ――――!!」」」
ディーン様が目を開き、私と見つめ合う恰好になると会場から悲鳴があがる。
『…………ワ、ワタシハ、イッタイ――――』
「もえますわっ!!!」
「エリカ様、ブラボー!!」
本来なら、ディーノ王子が魔王の魔術で記憶を奪われていた事を独白するシーンのはずだが、続くディーン様唯一の長セリフは女子生徒達の黄色い歓声が全て消し去ってくれる。なんでも、『倒れたディーン様とそれを心配して抱き起こす私』という現実では起こりえないシーンが、女子のハートにキュンキュン突き刺さるらしい。
お陰で最低最悪なディーン様のセリフは全てかき消される。
これはイザベラお姉様の作戦で舞台袖をチラリと覗くとお姉様方が手を取り合って喜んでいる。
その後のストーリーは正気に戻ったディーノ王子と騎士エリックが協力して魔王を倒しライリー姫を助け出すという話なのだが、観客にセリフが届いていたかどうかはかなり怪しい。
とにかく、『白百合の会』の舞台は大成功で幕を閉じたのだ。
*****
「やぁ、エリカ。本物の王子様も霞むくらい素敵だったよ、さすがは我が妹! ローランズ嬢ともお似合いで、まさに学園祭のベストカップルだね」
舞台を観てくれていた兄が私の演技を称賛してくれるのだが――――。
「兄様、確かにそうかもしれませんが、本気でそう思っていても本物の王子様に聞こえる声で言わないでください! 不敬ですよ!!」
「エリカ君も相当ね…………」
不穏な空気が漂い始めたのだ、私は慌てて話題を変えようとディーン様の方を見る。
「それにしても、ディーン様の演技は練習の方がまだマシでしたね。……イザベラお姉様の予想通りだったみたいですが、本当に観客に助けられましたね。ふふっ、思い出すだけでもおもしろい!! 意外な欠点ですけど、完璧人間より親しみやすいかもしれませんよ!」
長セリフは一度だけで、あとは「ハッ!!」とか「グハァ!!」しかないのに、本当にひどかった。何度も稽古をして慣れてしまったから大丈夫だったけれども、それでも何度か噴き出しそうなのを必死に堪えたのだ。
「向いてねぇんだよ!」
「でも、皆で参加していい思い出になりました…………あれ? そう言えばセドリック君は?」
舞台からチラリと確認した時は殿下や兄と一緒に観客席にいたのに。そう思った私は、兄に尋ねた。
「セドリックなら、人ごみで疲れたから静かな場所で休憩してくると言って出て行ったが?」
「そうですか……」
セドリック君がこういうお祭り騒ぎよりも静かに読書する方を好む人だともちろん知っているが、エザリントン先輩の事もあり、とても気になるのだ。
「エリカさん、ライラさん!」
その時、マーガレットお姉様がこちらにやって来た。
「マーガレットお姉様、お疲れ様でした」
「皆さんこそ、お疲れ様です。大成功でしたわね! 実は学園祭の運営委員の方から依頼があったのだけれども、後夜祭でも主役のお二人にはその衣装のままでいてほしいのですって!」
なるほど、私とライラが後夜祭で役の衣装のままダンスを披露すれば、確かに盛り上がりそうだ。
「ちなみにカーライルさんも……」
「絶・対・に・嫌・だっ! そもそも俺はそんなもの参加しないんで!」
「そう言うと思いましたわ。まぁ、もともとかなり無理なお願いでしたからこれ以上は慎みましょう」
「なんだ……ディーン様は踊らないんですか? 密かに楽しみにしていたんですけど」
「はっ!? お前が……?」
「はい! 私とディーン様のどちらがより多くの女子生徒から誘われるか勝負したかったんですけど……」
女子生徒の人気ランキング一位であるらしい私としては、二位のディーン様に実力差をはっきりと見せつけておきたいのだ。
私の方が人当たりがいいし、親しみやすさから考えても負ける気はしない。
「お前、それに勝って嬉しいのか? いったい何を目指しているんだか……」
言われてみればそうかもしれない。でも私はあんまり会話をした事のない男の子と踊る事に少しだけ抵抗がある。だから男装のままライラや同級生の女子生徒達と踊る方が気楽でいい。
ライラについては、踊る相手は私に限定する事や三曲終わったら交代する事など、細かい注文が独占欲の強い高貴なお方から入った。そして、ドレスのままだと疲れるので、一旦控室で休憩する事になった。
私は衣装のままの方がむしろ動きやすいので、兄やディーン様と一緒に会場を見て回る事にした。