9贈り物
私達は一度バトーヤの屋敷に寄って、兄に孤児院の様子を報告をした後、頼んでおいたお菓子を持って学園へ帰る事にした。
誰に贈るかを言っていなかったせいで、花柄の包み紙でしっかりと包装され、桃色の可愛らしいリボンが掛けられてしまっているのが少し気になるが、きっと喜んでもらえるだろう。
今から帰れば夕食の時間には十分間に合う。ディーン様は王太子殿下やライラと一緒に出掛けたはずだが、食堂で会えるだろうか。
女子寮の私室に戻るとライラはまだ帰って来ていないようだった。殿下と出掛けたのなら遅くなる事もあるだろうと考えて、私は一人で食堂に向かう。
途中でライラやディーン様達が帰ってくる事も考えてお菓子の包みを持って部屋を出た。
食堂の手前ではセドリック君が待っていた。私を一人にしないように、というディーン様からの指示を守ってくれているのだ。
「やぁ。バトーヤさん、それにセドリック、こんばんは」
食堂に入ろうとした時に声を掛けてきた人物はエザリントン先輩だった。
「こんばんは、先輩」
「…………」
セドリック君は無言で先輩をにらむ。先輩はそんなセドリック君を一瞬だけ見て、私の方に近づいて来る。
「この前はありがとう。君のお陰で同級生もあまり過激な事はしなくなったみたいだよ」
「……それは、よかったですね」
「改めて俺にお礼をさせてよ、いつなら空いている?」
「とんでもない! お気持ちだけで十分です」
「バトーヤさんはやっぱり俺みたいな人間とはお茶すら一緒にしたくない?」
この人はわざと人目に付く所で話し掛けてきたとしか思えない。人目のあるところでエザリントン先輩に対し冷たい態度で接する事は避けたいと考えている私の心情をわかっていてやっているのだ。
「そういうわけではありません」
「じゃあ、いいでしょう?」
「うぅっ…………ええっと……」
これは間違いなくデートのお誘いだ。何とか私にも先輩自身にも非がない理由で華麗に断れないだろうか。
こんな時、参考になるのはやはり乙女小説だろう。私は頭の中の蔵書から主人公がヒーロー以外の男性から言い寄られた場合の断り方を思い出す。
それによれば、乙女小説の主人公は大抵意志が弱くトラブルに巻き込まれないと物語が進行しないという特性上、結構ホイホイついて行ってしまうではないか。
駄目だ、全く参考にならない。最終的にはヒーローの事が好きだからという理由で他の男性は排除される運命なのだが。
そこまで考えて、私はひらめいた。この理由ならきっと諦めてくれるという素敵な理由だ。
「先輩! 私は、自分より強い男性としかデートしない主義です!」
「は……?」
さすがの先輩も私の言葉にポカンと口を開けている。私はこの舌戦の勝ちを確信した。
「エザリントン先輩もご存じだと思いますが私はディーン様に模擬戦で勝っています! そして先週も『とある勝負』で勝ちました」
「反則ですけどね」
セドリック君がさりげなく突っ込みを入れてくるが今はそんな事に反応している場合ではないのだ。
「私は言うなれば、この学園の裏ランキング第一位です! 私とデートしたい人はまず、表ランキング一位のディーン様を倒して挑戦権を獲得してから私に挑んでください」
「…………それ、絶対無理じゃないか」
「そんな事ありません。ディーン様だって、ただの女の子に二回も負ける程度の隙があるんですから」
私はにっこりと余裕の笑みを浮かべて先輩の敗北宣言を待った。
「エリカ様、自分で『ただの女の子』だなんて恥ずかしくないんですか?」
「まぁ、今日はあきらめるよ。……でも俺は簡単に手に入らない物ほど欲しくなる人間なんだ。覚えておいてね、バトーヤさん」
エザリントン先輩の誘いを上手にかわしたというのに、何となく気分が落ち着かないまま私は食事の席に着いた。食べ始めて少し経った頃にライラ達がやって来る。
「遅かったわね、お帰りなさい」
「ええ、最近打ち合わせをしなければならない事が多くて……。あ、でも今日はいい事がありましたよ。シリルから手紙と贈り物が届いたんです! エリカにも、もちろんありますので、部屋に戻ったら渡しますね」
「シリルから!?」
名前を聞いただけで、嘘みたいに心が晴れていくような気がする。私宛の手紙に何が書いてあるのか気になってソワソワする。
「エリカ様、シリルさんの事よりもさっきの件、ディーン様に報告しないと駄目ですよ」
「そうだった! ごめんなさいディーン様」
「話す前に謝るな。嫌な予感しかしねぇぞ」
聞く前から怒っているディーン様に、勝手に名前を出した事を話すのはちょっと気が引けるが仕方がない。説明は要領のいいセドリック君が私に代わってしてくれる。聞き終わったディーン様の反応が少し怖かったのだが、意外にもその反応は肯定的なものだった。
「まぁ、いいんじゃねぇの? 俺とお前の二人に勝てるヤツはいないだろうし、だが――――」
「どうしました?」
「エリカ、いいのか? これでお前に近寄る男が益々いなくなるだろうな。自分で高い壁を築いて、正真正銘のバカだなっ! ハハハッ!!」
ディーン様のいう通りなのだが、私は最近『運命の相手探し』そのものを真面目にやっていない気がする。夏季休暇前から色々な事があって忙しく、それどころでは無かったというのもあるが、一番大きな理由は半年くらい有効だという、ある『おまじない』のせいだ。
「そうだ! これ、お詫びの品です」
なんとなく運命の人の話はしたくなくて、ディーン様にお詫びの品を押し付ける。
「なんだ? この女用の包み紙……」
「お菓子です! 不幸な事故とはいえ、急所を槍で突いてごめんなさい!」
「ば、馬鹿女!! 大声で言うなっ!!」
ディーン様はそう言って怒っているが、お菓子の包みを突き返す事はなく受け取ってくれる。
「中身は大体想像がついていると思いますが、王都では買えないノースダミアのお菓子です」
「おう」
あくまでも興味がなさそうな体を装うが、少しだけ頬が赤くなっているのを私は見逃さない。やっぱりディーン様にはお菓子を渡しておけば間違いないのだ。
「故郷のお菓子という事はエリカの手作りですか?」
そう聞いてきたのはライラだ。他の三人は我が家の料理人が作った事は予想がついていると思うが、ライラはバトーヤの屋敷に行った事がないのでそう思ったのかもしれない。
「まさか! 料理人に作ってもらった方が美味しいもの。私とライラの分は部屋にあるから後で食べましょうね」
「エリカ君は意外と現実主義者なんだね。君の愛読書なら『下手でも手作り』というのが定番じゃないのかい?」
「えっ? でも、ディーン様ならきっと料理人の方がいいって言いますよね? 美食家ですもの!」
「……あぁ、まぁ……そうだな」
レシピ通りに作れば、私だってそれなりに美味しい物が作れるとは思うが、普段料理などしないのでプロに敵う訳がない。確かに、お詫びのつもりなら自ら労働して誠意を見せるのもありかもしれないが、舌の肥えたディーン様に普通の味レベルの品物を渡してはいけない。ディーン様が私の意見に賛成してくれて、正直ほっとした。
*****
ライラと一緒に寮の私室に戻るとさっそくシリルから届いた物を受け取る。
「エリカったら、そんなにソワソワしなくても……、これが手紙で、こちらが贈り物です」
シリルからの手紙は白い封筒に入れられた飾り気のないものだった。贈り物の方は、両手の平を広げたよりも少し大きく、ずしりと重い。綺麗な包み紙を丁寧に広げると中から出てきたのは小物入れだった。木製で細かな彫刻がされていて、幾何学模様や青い小さな花が鮮やかに描かれたその箱の中を開くと、意外にも何かをしまえるような空間は少なめだ。少しだけある空間には鍵のようなものが入っている。
「オルゴールだ……!」
よく見ると箱の外側には一か所穴が開いていて、鍵のようなものはそれに取り付ける螺子のようだ。
私はさっそくその螺子を巻いてオルゴールがどんな音を奏でるのかを確認する。金属の鍵盤が奏でていると思われる高い音は、聴き慣れない異国の旋律だ。
最初は愉快なほど速いリズムで、そして段々と遅くなりながら繰り返し奏でられる旋律。初めて聴く曲だが、おそらく何か明るい意味の込められた曲なのだろう。
「可愛らしいオルゴールですね」
「うん……。あっ、手紙は何が書いてあるのかしら? ライラも一緒に読もうよ!」
ライラに秘密にしなければならないような事は書かれていないはずだ。私は丁寧に封を開けて綺麗にたたまれている二枚の便箋を彼女にも見える位置に広げる。
『親愛なるエリカ・バトーヤ様
僕はカーディナにあるハーティアの大使館に住んでいます。カーディナの第五王子であらせられるバルトロメーウス殿下とさっそく親しくなり毎日修行に明け暮れる日々です。
バルトロメーウス殿下はとても変わった方で毎日振り回されていますが、僕が通うセルファース記念学院での生活や剣術の稽古まで色々と面倒を見てくれる親切な方です。
カーディナでは魔術よりも剣術が重んじられているようで、学院の授業も運動が多く毎日ヘトヘトです。でも今まで十回しか出来なかった腕立て伏せが三十回まで余裕で出来るようになりました。最近成長期だと感じているし、次にエリカに会うときには別人のようになっているはずです。絶対に驚かせてみせるので期待していてくださいね。
カーディナはとても暑い国で、色々な肌の人が住んでいるし建物の形も僕達の国とは全然違います。そして食べ物は香辛料の効いた物が多く、辛い物が苦手な僕には少しつらいです。でも、好奇心の強いエリカならきっと目を輝かせて喜ぶような物で溢れていると思います。いつかエリカにも見せたいです。
カーディナのバザールで可愛らしいオルゴールを見つけたのでエリカに贈りますね。オルゴールの曲はこの国のお祭りなどでよく歌われる曲だそうです。一曲全てを聴かせられないのが残念ですが、とても楽しい気持ちにさせてくれる曲ですよ。小物入れにもなっているので、僕が前に贈ったリボンをしまうのに使ってくれると嬉しいです。
エリカの生活はお変わりないでしょうか。一緒にいられないのは残念ですし、正直に言うと僕はちょっとホームシック気味です。エリカもよくご存じの通りローランズの屋敷から離れて生活をするという経験は初めてではないのにおかしいですよね。離れてみて、改めてあなたに頼っていた自分を思い知りました。でも後悔はしていません。まだまだ人に助けられながらですが、カーディナで頑張っていこうと思っています。
遠く離れた地でもあなたの事をいつでも想っています――――シリル・ローランズより』
読まれてはまずい内容ではないはずだが、なぜだが少し恥ずかしくなった。今度手紙が届いた時は一人で読んだ方がいいかもしれない。
「リボン? もしかして、いつもつけているそれですか!?」
ライラが驚いた顔をして、私の頭の高い位置につけられた淡い紫色のリボンを見つめる。
シリルはライラに学園での生活についてかなり詳細に手紙に記していたようだし、私がライラに会ってからも学園での生活や友人関係については何度も話した。だけど、そう言えば私のリボンがシリルからの贈り物だと話した記憶は無かった。もしかしたらシリルも言い忘れていたのかもしれない。
「うん、実はシリルも色違いで、シリルと初めて街へ行った時に買ってくれたものなの」
最初は『ライラ』の事件解決を願っての願掛けのようなものだったのに、いまだに毎日同じリボンをつけている。
「それって……」
「ねぇ、ライラ。シリルはちょっとズルいと思わない!? だって言い逃げだもん!!」
私はシリルの事を今まで親友だと思っていたし、シリルもそう思っていてくれていると感じていた。でも、シリルの気持ちは私と同じ好きではないのだと言う。私にとってシリルは初めて出来た親友と呼べる存在で、他の人と比べる事が出来なかった。だから、何も疑問に思わなかったのだ。
ライラと親しくなるにつれて、もしかしたら私自身も彼の事を親友だとは思っていなかったのかもしれないと考えるようになった。だって私の中ではシリルに対する好きとライラに対する好きの種類は明らかに違うものなのだから。でも、それを確かめたくてもシリルは今ここにいないのだ。
「もう一度会わないと、わからないよ……」
「そうですね。まったくこれだから男の子はいけません」
「ねぇ、誰かに恋をするってどんな気持ち? 他の好きとどう違うの?」
ライラはしばらく難しい顔をして考えてから私に教えてくれる。
「……私はウォルター様の事を想うと、嫌な気持ちになる事が多いです」
「えっ?」
「怪我をした時もそうでした。本当に言った事はありませんが全ての事を放り出して私のそばにいてほしいといつも考えているんです。でも、ウォルター様には他に優先すべき事がいつもあって。あの方の事を考えるとどんどん醜い人間になってしまいそうで怖いです」
「……そうなんだ」
はっきりと断言出来るわけではないけれど、ライラの言っている事と同じような気持ちを私も知っている。でも、そうなのだと認める事が怖かった。
シリルは私の事を好きだと言ってくれているのに、それを認める事に何の不安があるのだろう。自分の気持ちなのにどうすればいいのかわからない。
それも全てシリルがここにいないせいだ。
「何かお礼がしたいなぁ……。シリルが喜ぶ物ってなんだろう?」
私は自分の手紙を片付けてベッドの上に転がった。シリルのくれたクッションからは相変わらずほのかに甘い香りがする。
「ハンカチはもうあげたし、タイとかタイピンはカーディナでは使わないし……」
目を閉じて、シリルが私からのプレゼントを受け取ってくれる想像をしてみる。
どんな物を贈っても、笑顔で喜ぶ彼しか想像出来ないから不思議だ。
ベッドの上で右へ左へと行ったり来たりしている私を見て、ライラは嬉しそうに微笑んでいた。