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6エリカの不運

 放課後になり、演劇の練習もなく退屈だった私は学園内の図書室で本を探していた。

 確か今日はダンス練習があった気がするが、ライラ達に予定があるそうで一緒に行ってくれる人もいないし、練習などしなくても踊れそうなので参加しない事にした。

 どうやら、王太子殿下とライラは正式に婚約する準備をしているようで、よく一緒に王宮や王都にあるローランズ邸で打ち合わせをするために出掛けている。


 シリルがカーディナへ行ってしまった事をきっかけに、私は南の大陸について興味を持った。

 今日もカーディナの文化や建築についての書籍を手に取り閲覧室の椅子に座る。


「やぁ、バトーヤさん。こんにちは」

 私が読んでいた本から視線を上げて、声のする方を確認するとエザリントン先輩が立っていた。

「エザリントン先輩……こんにちは」

 昨日も今朝も関わるなと皆から強く言われている人物の登場に、私は動揺する。

「あれから、どこか痛んだりはしていない?」

「はい、大丈夫です」

「何を読んでいるの?」

「南の大陸について色々と、暇潰しですけど」

「暇なんだ……? じゃあ少し俺につき合ってよ」

「えっ?」

「ほら、俺って育ちが悪いでしょう? ダンスの練習なんてやってこなかったから練習会に参加しておきたいんだよね。……今の立場だとパートナーなってくれる人がいなくてね」

「…………」

 先輩の深い緑色の瞳が私をしっかりと見据えた。目が合うと、満足そうに笑って話を続ける。私は先輩の真意を見極めようと慎重になる。

「あぁ、俺の事をよく知っているみたいだね。……セドリックから聞いたのかな? 何も知らないなら『育ちが悪い』の意味がわからないだろうから、そんな顔はしないでしょう?」

「!!」

 今朝、セドリック君に何でも顔に出てしまう事を注意されたばかりだったのに。今回は動揺を隠そうとした事が裏目に出た。

「どうして私なんですか?」

「それはさっきも言ったでしょう? 今の俺に誘われてパートナーになってくれる生徒はいない。それと、王太子殿下と仲のいい君とパートナーになれれば、俺にとっては周囲に対する牽制になる」

 つまり殿下が昔、セドリック君にしたような事を私が先輩にするという事だ。

 私の気持ちを正直に言えば、今の学園内の雰囲気が嫌だ。流れが変わるきっかけになるのであれば先輩に利用されてもかまわないと思っている。

 ただこの人が本当は何を考えているのか、やっぱり理解出来ないし、少し怖い。それに殿下達に怒られるのが目に見えている。

「それとも、やはり王太子殿下やバトーヤさんも本心では罪人の息子とは関わりたくない?」

「そんな事は!」

 先輩の言い方は、まるで断ったら殿下や私達が先輩を虐げる派だと言っているようで私から選択肢を奪う。

 私だって自分がこの学園で結構有名である事くらい知っている。

 図書館はさほど混み合ってはいないが、それでも他にも生徒はいて、私達の会話を聞いているのだ。

「じゃあ、人助けだと思って一緒に来てくれるね? 暇なんでしょう?」

「わかりました」


 会場では二人っきりになる事もないし、もし本当に目的がそれだけなら協力してもいいのかもしれない。

 明日、皆に怒られる事を考えただけでお腹がきりきりと痛むが、どうしても断る事が出来なかった。



*****



 会場に私達が入ると、予想通りの事だが、周囲がざわつく。

 予想外だったのが、セドリック君にさっそく見つかってしまった事だ。きっと同級生の女子生徒からのお誘いを断る事が出来なかったのだろう。

 彼は予想以上の冷たい視線で私の事を睨みつけた。なんとなく口元が「馬鹿」という形に動いた気がする。

 私は必死に本意ではないという事をアピールしたが、より眼鏡の奥の瞳が鋭くなるだけだった。


(やばい、予想以上にまずい事になった……!)


 そして音楽が流れだし、セドリック君の非難の視線が突き刺さった衝撃が抜けきらないままエザリントン先輩とダンスを踊る。先輩のリードはとても上手で、絶対に練習をしなければならない、というほどではない。そうすると、やはり目的は私に近づく事なのだろう。ダンスの練習は口実でしかない。

「エザリントン先輩、ダンスがお上手ですね? 私、嘘つきは嫌いです。……嫌いな人の事まで守ろうとなんて思いませんから」

 私は先輩の事を思いっきり睨んだが、彼は全く悪びれる様子もなく楽しそうに口元を歪める。

「半分わかっていて、ついてきたのに? 君は本当にお人好しなんだね」

「結局、何がしたいんですか?」

「俺はただ、君に興味があるだけだよ。お詫びがしたいと言っても断られてしまったからね。つれない君が悪い」

「私は何も出来ません。本気で頼み事があるなら殿下やディーン様を頼った方がいいですよ」

「ははっ! 俺は異性として興味があるって言っているんだけど」

「嘘をつく人は面倒で嫌い」

「なぜ嘘だと思う?」

「男の人は一般的に、自分より能力の高い人間を恋愛対象にはしないのだと聞きました。…………私は男子生徒から敬遠されていますから」

 私は入学してから半年以上経っても、殿下達以外の男子生徒とほとんど会話をしていない。殿下達とは友人としてそれなりに親しいと思うが、前に皆でケーキを食べてお茶をした時に、私の事を好きになる男の子は少数派だという話をしたのだ。唯一の例外はシリルだけだ。


 そう言えばシリルはあの時「誰かを好きになるって能力や肩書きではない」と言っていた。あの時は殿下に向けて言っている言葉だと勘違いをしたが、今思うとあの頃からシリルは私の事を好きでいてくれたのだろうか。そう考えると急に動悸がしてくる。


「ふっ、ははっ……! 君って本当に鈍感なんだね……」

 噴き出すように、今度は今までの薄ら笑いとは違い心底楽しそうにする先輩が、私には益々理解出来ない。

 私の周囲をいつまでもウロウロとされるより、一度相手の思惑に乗って真意を確かめようというつもりもあったのだが、私には不向きな作戦だと後悔した。

 なんだか、この人と話をしていると異様に疲れるしはっきり言って楽しくない。

 私はこれ以上、詮索するのはやめてただ踊る事に集中する事にした。


 私達は途中から参加したため、三曲ほど踊ったところで今日の練習会は終了となった。

 ここで先輩とは別れて、早く寮へ帰ろうとタイミングを計っていると急に誰かが私の手を掴む。掴んでいるのはセドリック君だ。


「ひっ……セドリック君……!」

 これは本当にまずい状況だ。完全に目が据わったセドリック君が私の手を容赦なく掴んで引きずるように会場から去ろうとする。

「エリカ様、帰りますよ。先輩、エリカ様と踊ってくださってありがとうございました。では失礼します」

 言われた方は全くありがたくない絶対零度のような冷たさで、一応挨拶の言葉だけ口にしてセドリック君は私の手を引いたまま早足で外に出る。ここは早く謝ってしまった方がいいだろう。

「セドリック君……あの、ごめんなさい!! 本当に反省してます。……でも、断り切れなくてっ!! なりゆきで!」

「言い訳は聞きません」

 私に背を向けているし、いつも通り抑揚の無い話し方だが明らかに怒っていた。


 外に出て、寮への帰り道を引きずられるように歩いて行くと、急にセドリック君が立ち止まる。急な事に対応出来ず、思わず彼の背中にぶつかってしまう。

 どうしたのだろうかと思って前を見ると、ちょうど殿下とディーン様、ライラの三人が外出から帰って来たところだった。


(あぁ、もう駄目だ…………)


 今日に限ってなんでこんなに早く帰って来るのか。今日の私は本当に不運だ。

 勘のいいディーン様がさっそくセドリック君のいつもと違う様子を察して怪訝な顔をする。

「何か、あったのか?」

 せめて、セドリック君にしっかりと事情を説明して私をフォローしてくれる役になってもらう算段を立ててから、この人達と対峙したかった。

「はい。エリカ様がどうしようもなく馬鹿でした」

 セドリック君の言葉で、私の孤立無援の闘いが始まった。

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