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4シリルと修行の日々

 セルファース記念学院は、十歳から十八歳までの男子が通う教育機関で、僕はその四年生となった。ハーティアと大きく違うのは男女が一緒に学ばないという事だろうか。

 この国では女性の文官はいないし、女子は家で手習いなどをして過ごす事が多いようだ。もしこの事をエリカが聞いたら嘆くだろうな、と僕は思った。


 学院の制服はこの大陸の伝統的な衣装とハーティアのある北の大陸の文化が混ざったカーディナ独特のもので、細やかな刺繍の入った詰襟の長衣に、少しゆとりのあるズボンだ。上着は鮮やかな瑠璃色で刺繍には高価な銀糸が使われている。

 最初は少し足の辺りがスースーとする服に居心地の悪さを覚えたが、慣れると涼しくて過ごしやすい。こちらで過ごす間は、私服もカーディナ風にしようかと考えた。


 セルファース記念学院に寮は無く、僕はカーディナでの住まいである大使館から毎日通っている。夏季休暇が終わり、授業が始まってからもバルト様は日の出と同時に僕の部屋に現れて、僕と一緒に朝の特訓をするのが日課となっていた。

 バルド様は変人だけどいい人というべきなのか、学院内でも人望があるようで彼のお陰でこの学院でも友人がたくさん出来た。

 エリカとの猛勉強の成果で勉強の方は同学年でも上位に入る成績が取れる自信があるのだけれど、剣術や運動についてはほとんど最下位というレベルだ。


 こんな事ならカーライル家で模擬戦をする時にサミュエルと一緒に剣術を習っておけばよかった。模擬戦ではいつも後衛に徹していて、僕自身もそれでいいと思っていたのだ。

 だからサミュエルと組んで二対一でもディーン様一人に歯が立たなかったのだと今さらながら気が付いた。

 そして僕は、今まで年上で頭もよく何でも出来るディーン様に勝とうという気が全く無かった。サミュエルには負けたくないけれどディーン様は別次元の人間として実はちょっと憧れていたのだ。

 今では絶対に倒したい、倒さなければならない相手となっているのだけれど。


 僕の運動音痴を心配したバルト様が朝の訓練をさらに過酷なものにしたため、今日も朝からクタクタだ。訓練を終えて軽く水浴びをした後、制服に着替えてからバルト様と一緒に朝食をとるため、館のダイニングルームへと向かう。

 カーディナの朝食はフルーツと炊いたお米、香辛料が効いた肉などが出てくる。僕は辛いものが苦手なので、ここに来たばかりの頃は正直食事が合わないと感じていた。でも、館の料理人に辛さを控えめにしてもらったり、辛味以外の香辛料を使った料理を作ってもらったりして今ではお気に入りの料理がいくつもある。少しずつ慣らせば辛い食べ物も美味しく感じられるようになるかもしれない。


「シリル、早朝に着いた便にお前宛の手紙があったよ」

「叔父上! 本当ですか!? 見せて下さい!!」

 僕ははやる気持ちを抑えられず、叔父から奪い取るようにして手紙をもらう。手紙は二通で一通は姉から、もう一通はエリカからだった。

「エリカからだ!」

 きっと手紙をくれるだろうとは思っていたが、実際に届くとこんなに嬉しい事はない。僕の喜ぶ様子を見て、バルト様が尋ねてくる。

「エリカ……? 誰だそれは」

「エリカは僕の大好きな女の子です! 姉と同じ年で僕よりは二つ年上なんですけど、可愛くて賢くて、武術や馬術も出来るすごい子なんです」

「ん? ハーティアの女は武術も出来るのか! それは面白い。だがシリル……まさか好いている女より弱いのか?」

「それは言わないでください……悲しくなります」

 僕がエリカに唯一勝てるのは魔術だけで、それ以外は足元にも及ばない。そんな事は僕自身がよくわかっている事だ。僕は少しでも彼女と対等な関係になりたくてここにいるのだから。


「そのエリカとやらに会うのが楽しみだな」

「そうですね、バルト様にもいつか紹介したいです」

 バルト様が国外に出る事も、エリカがカーディナへ来る事も簡単ではない。そんな機会があるかは正直わからないが、なんとなくバルト様とエリカは気が合いそうな予感がする。これ以上ライバルを増やす気は無いので会わせていいものか迷う気持ちもあり言葉を濁す。

「いや、いつかではない。次の長期休暇の時にはシリルと一緒にハーティアへ行くつもりだぞ、私は」

「は? 王家の方がそんなに簡単に外国へ行っていいのですか?」

 僕は正直驚いた。バルト様はよく継承権の低い王子なんてそんなものだと言うが、王族が外国に行くとすれば相当な準備が必要だ。

 叔父をちらりと見ると青い顔をしているので、今思いついた話なのではないかと疑いたくなる。本人の気持ちはどうあれ、隣国の王子を迎えるとなれば国賓となるのだから大使である叔父が本国となんらかの対応を考えなければならない案件のはずだ。

「視察だ! それに私はそなたが帰国する際に共に留学するつもりなのだぞ」

 それは初耳だった。バルト様がハーティアに留学するつもりならこれから長い付き合いになりそうだ。そういう計画があるから僕の到着を大使館で待っていてくれたのだろうか。

 叔父が真っ青な顔のままハンカチで額の汗を拭っているので、留学の話も初めてするのではないかと僕は疑った。本当に困った方だ。


 僕はまずエリカからの手紙を開封する。内容はクッションについてのお礼や学園祭での出し物、そして姉の様子についてだ。

 そして、姉の方も書いてある話題はほとんど同じだったが、エリカの手紙には書かれていなかった演劇の本来の配役について詳しく書かれていた。

 当初の予定ではエリカが姫、よりにもよってディーン様が相手役だったのだ。

 自分の意思で彼女の側を離れたのに、いざディーン様や他の男子生徒がエリカに近づいているという事を知ると、嫉妬と焦りで胸が苦しくなる。

 エリカ本人は全く気が付かないが、隙あらばエリカと親しくなりたいと思っている人間は多いはずだ。ただ、エリカ信者の女子生徒達を押し退け、ディーン様とダリモアさんを差し置いて彼女に話し掛けようとする勇気のある者がいないというだけの事で。


(あぁ、エリカのお姫様……見たかった!)


 それにしても、あのディーン様が演劇に出ようと思うだなんてありえるのだろうか。いったいどういうつもりなのだろう。もし、ディーン様が妙なやる気を出してしまったら結構まずい事になるかもしれない。僕は一刻も早くエリカが驚くほど男らしくならなければ。


「バルト様、エトさん。僕は次の長期休暇までに急いで男を磨かねばなりません! エリカがびっくりして他の男なんて目に入らなくなるくらい!!」

「ん? もしや、シリルの片恋なのか!?」

「親友だと言われました!」

「シリル様……それはいわゆる脈無しというものではありませんか?」

 めずらしくエトさんまでそんな事を言ってくる。

「だ・か・ら! 早急に男らしくなるんですっ!!」

 僕が最近まで姉の身代わりをしていたなどと言えるはずもないから、二人が脈無しだと思うのは当然だ。でもサイアーズの港を発つ時のエリカの反応からすると、全く可能性がないというのとは少し違うのではないかと思う。もちろんまだ彼女にとって僕は仲の良い友人なのだろう。でも、僕が立派な男になれば今からでもその見方が変わる可能性が十分にあると思っている。


「なるほど、では今度、山で修行をしよう!」

「なんだろう、バルト様の提案だと思うとすごい嫌な予感しかしません」

 僕は香辛料が効いた食べ物をたくさん食べるだけでお腹が下るような繊細な人間だ。山籠もりなんかをして体調を崩したり食あたりを起こしたりしないだろうか。そしてバルト様達との体力差がありすぎて山中で迷子にでもなったらきっと泣いてしまう。

「無礼な! 体力と精神力を同時に鍛えられるぞ!!」

 短い付き合いだけど、なんとなくバルト様が一度決めた事は必ず実行する人だという事はもう十分すぎるほど知っていた。

 今度の休日は間違いなく過酷な修業になるはずだ。


 学院から帰ったら、さっそくエリカと姉に手紙を書こう。初日に市場で買ったお土産も一緒に贈ればきっと喜んでくれるはずだ。

 エリカが僕からの贈り物を見て笑顔になる姿を想像するだけで顔がにやけてしまい、バルト様に気持ち悪いと言われながら、僕の一日は今日も始まった。

※シリル視点終了です。

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