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32初めて見る海の色

 サイアーズは王都から馬車で半日ほどの距離にある港を中心とした貿易と商業の町だ。

 シリルからは本物のライラに会わせたい事や海を見せたい事などが綴られた手紙と涼しそうな白いワンピースが一着届けられた。

 繊細なレースが三段重ねになっているティアード・スリーブという種類の袖は、風通しがよく涼しいけれど、きちんと私の傷が見えない長さになっていた。

 普段、私があまり選ばない少し可愛らしい雰囲気のワンピースだったが、実際に着てみると似合っているような気がする。服に合わせて髪はサイドだけ編み込んで後ろで一つにまとめる。

 いつもより少しだけ幼い雰囲気になってしまった事に気恥ずかしさを感じるが、ここ半年ですっかり磨かれたであろうシリルの女子力の高さとセンスの良さに感謝した。


 サイアーズの町に入り、王都の中心部と同じかそれ以上に活気がある目抜き通りをしばらく進むと海に突き当たる。

「わぁ……キラキラしてる!」

 私は思わず声を上げて窓を開けた。窓から入り込む風が思いのほか強く、せっかく整えた髪を乱す。入って来た風は少しだけ潮の香りがして私には新鮮に感じられる。

 初めて見る海は青ではなく光の色をしていた。王都よりも青く感じられる空と昼間の強い光を反射する果てしない海はとても綺麗だ。


「エリカ様、風が強すぎます」

 向かいに座るセドリック君が迷惑そうに顔を歪める。彼は私のお目付け役兼、自身の社会勉強のために同行したのだ。

 私もセドリック君もこの二週間ほどは兄の手伝いで忙しかった。色々な事が有り過ぎたし、嫌な思いも沢山した。サイアーズでの休暇はそんな私達へのご褒美なのかもしれない。

 シリルや本物のライラ、先にサイアーズに到着しているはずの王太子殿下やディーン様に会えるのが楽しみだ。

 私達は夏期休暇の終了目前までの一週間ほど、ここに滞在させてもらう事になっていた。殿下やディーン様はそんなに長くは滞在出来ないそうだが、それでも会えたら嬉しい。


「ねぇ、ちょっと外に出て海を見てもいい? ローランズのお屋敷ならもう見えているし。歩けるわ」

「…………僕は嫌ですよ。行くならお一人で」

 そう言ってセドリック君は私に日傘を差し出す。サイアーズ領は治安もいいし、領主の屋敷はもう見えているのだから問題ないだろう。

 一度馬車を停めてもらい、私は日差しの強い海沿いの道に降り立った。


 海沿いを東に進めばいくつもの桟橋が掛けられた港がある。大型の貨物船や漁船が何隻も停泊しているのが遠くからでもよく見えた。大きな船を見るのは初めてなので、近くで見たかったのだが今日は西側にある領主の屋敷へ行かなければならない。

 しばらく日傘をさして舗装された道を歩いていると、浜に降りられる階段を発見する。私は当然のようにそこを下って砂浜に行ってみようと思った。

 砂浜へ一歩踏み出すと、予想以上に柔らかく足を取られそうになる。思い切って脱いでしまおうかと靴に手を掛けたところで上から声が降ってきた。


「だめですよ。砂浜は意外と熱いので、やけどをしてしまいます」

 私が下りてきた階段の方を振り返ると一人の少年が立っていた。

 銀髪に菫色の瞳の少年の顔はよく知っているはずなのに服装が違うだけで別人のように思える。

 彼は紺色のズボンにチェック柄のベスト、紺色のリボンタイという服装で、髪は頭の低い位置で一つに束ねられていた。いつも使っていたグリーンのリボンだけが唯一、私の知っている人なのだと教えてくれているようだ。


「…………シリル?」

「はい、ようこそサイアーズへ。……毎日一緒にいるのが当たり前だったので、少し離れただけでとても久しぶりに感じてしまいますね」

 服装と髪型、そして声が違うだけなのにシリルはしっかりと男の子に見える。

 そういえば前に、私といる時だけはころころと表現を変えるな、と感じた事があった。それはおそらく私の前ではあまり演技をせずに本当のシリルの表情を見せていてくれたのだと今ではわかる。だから、ここにいる彼は私の知っている人のはずなのに、男の子だと知っただけでなぜこんなに緊張するのだろう。


「そうだね。あっ、そうだ、このワンピース! 贈ってくれてありがとう」

 私は少し恥ずかしくなって、話題をそらすように贈り物のお礼を言う。

「気に入っていただけましたか? 似合っています……とても可愛いですよ」

「――――!!」

 シリルの言葉に私の心臓は飛び跳ねた。そう言えばすっかり忘れていたがシリルはこういう事を真顔で口にする子だった。

 戸惑う私の顔をシリルが覗き込む。できれば今までと変わらず仲良くしたいと思うのに、何を言えばいいのかわからずに困惑する。

 シリルはそんな私を気にする素振りもなく、優しく私の手を取った。


「どうしたんですか? 暑いですからそろそろ屋敷に向かいましょう」

 男の子のシリルに手を握られているのが恥ずかしくて少し俯いて海沿いの道に戻るための階段を上がっていくと、上の方からディーン様の声が響く。


「クソガキ、男に戻ったんなら気安く触るな……嫌がってるだろ?」

「ディーン様、嫌がっているのではありません。恥ずかしがっているだけです! そんな事もわからないのですか? それに、男に戻ったからこそ彼女をきちんとエスコートしているんですよ」

 再会早々、言い合いを始める二人を見て私はやっと日常に戻れた気がして嬉しくなる。


「もしかして、二人とも迎えに来てくれたの?」

「ええ、待ちきれなくて外で待っていたんです。そうしたらダリモアさんだけが乗った馬車が通るから……」

「俺は散歩だ!」

「ふふ。別に二人で一緒にいたからって恥ずかしがらなくてもいいのに」

「「…………」」

 いつも言い合いばかりしているのに仲良く二人で迎えに来てくれたのだ。喧嘩するほど仲がいいとはこの事だ。

 私達は三人で波の音を聞きながら海沿いの道を歩いた。


 領主の屋敷は、元々は要塞だった建物という事で、海に面して高い塀がそびえ立ち、狭間さまと呼ばれる大砲や弓のための穴がそのまま残されている。もっともサイアーズ含め南方で戦があったのは百年ほど前までの話なので、今では実際に使われる事はない。


 屋敷の外観は少し厳ついが、塀の内側は手が入っていて、緑の多い明るい雰囲気だった。


「さぁ、中で僕の両親と姉が待っていますので、どうぞ」


 案内された場所は日当たりのいいサロンで、そこには殿下とライラ、ローランズ夫妻、そして先に到着していたセドリック君がいた。

 ライラの外見については、身代わりが務まるほどシリルとそっくりであると知っていたのでさほど驚かない。

 私が驚いたのは二人の両親の方だ。両親揃って銀髪に菫色の瞳を持つ美男美女で、将来のライラやシリルの姿を想像させる。四十代と聞いていたが二人の両親というより年の離れた兄と姉であると言われた方が自然だと感じるほど若く見える。

 魔術師の家系はその力を次世代に残すために血筋を大切にしているというのは有名な話なので、そのせいなのかもしれない。


「さぁ、さっそくだけど君にライラを紹介したいんだ。……シリル、エリカ君の隣にはライラが座るからどいてくれる?」

 シリル達の両親に挨拶をすませると、ライラに寄り添うように立っていた王太子殿下が彼女を紹介してくれる。

 どくように言われてしまったシリルは可愛らしく頬を膨らませたが、素直に向かいの席に移る。


「ライラ・ローランズです。あなたの事はシリルやウォルター様からよく話を聞いていて……わ、わたしも、エリカと呼ばせていただいてもいいですか?」

 はにかみながらライラがそう挨拶をしてくれる。本物のライラは殿下の事を名前で呼んでいるのだ。私はその事につい顔がにやけそうになり、必死で堪える。

「もちろん。よろしくねライラ!」

 そう言ってからライラに手を差し出し、ライラも笑顔でそれに応えてくれる。


 ライラとシリルの容姿は瓜二つだ。でも私にはやはり別人に見えた。特に殿下と二人で並ぶライラの姿は恋する女の子特有の雰囲気があるような気がする。殿下がライラに向ける表情も優しいもので、こんな顔なら決して「エッチな表情」などと評したりしなかったのに。


 それから私とシリルで学園での生活や今までの出来事についてライラに教える事にした。ライラも自身の趣味や好きな物をたくさん教えてくれる。私は、休み明けからの寮生活で不安が無いように出来るだけの事をしようと思った。


 日が傾いてもうすぐ夕食という時刻になってからシリルに誘われてもう一度海を見に行く事になった。この時間なら浜に降りても熱くないそうだ。

「じゃあせっかくだから皆で……」

「いいえ、お話したい事があるので二人で行きます」

 きっぱりと言われ、私はとにかくシリルについていった。

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