31ディーンの長い夜
※ディーン視点です
星祭りの日は朝から様々な行事が行われ、王太子殿下はそのうちのいくつかに出席していた。
俺も殿下の護衛の一人として、常に行動を共にしていた。
日中の予定を全て終わらせ、後は日が落ちてからの礼拝のみを残すという時間になり、俺達は一旦休憩のために王宮へと戻っていた。
殿下と一緒に早めの夕食をとっていると、至急の用件でドミニクがやってきた。
「王太子殿下、若……お食事中のところ大変恐縮ではありますが、お耳に入れておきたい事が……」
「君が不必要な事をわざわざ言いに来るわけがない。どうしたのかな?」
「はっ! ウィルフレッド・レイ様から至急の伝達がございまして……エリカ様、シリル様が何者かに連れ去られたとの事です」
「なっ、そんなわけあるか! 学園内でそんな事が……」
俺は思わず声を荒らげた。
「まずはわかっている事を聞こうか?」
殿下の言葉で冷静になった俺は、焦る気持ちを押し隠してドミニクの報告を聞く。
犯人が寮監と守衛である事、エリカ達が自らの意思で外出したと偽装するつもりだった事、罪人用の腕輪が使われているらしい事などが告げられる。
「……わかった。それならば学園の他の守衛もあてにならない。ウィルフレッド兄上からも要望があったかもしれないけれど、信頼出来る部隊を用意して」
俺はドミニクからの報告に違和感を覚えた。今までのやり方と明らかに違うのだ。
殿下はエリカ達の捜索に関する指示をドミニクにした後、信頼出来る家臣――――主に宰相派の粛清に協力的な者を集めるように命じた。
エリカ達の生死に関係なく寮監と守衛の関与が露見し、罪人用の腕輪が持ち出された現状では、かなりの大物が関与している証拠を掴む事が出来るだろう。
特に罪人用の腕輪は厳重に管理されているはず。例え今シリルに使われているはずの腕輪が回収されなかったとしても、腕輪がこっそり保管所に戻される前であれば証拠を掴む事は容易だろう。
殿下は王太子派とでも言うべき、協力者達に命じ先に証拠を押さえようとしているのだ。
俺はエリカとシリルの命よりも大事を成す事を優先しているようで反吐が出そうになった。
頭では俺や殿下が直接行っても意味が無いとわかっている。
信頼出来る者を手配し、後はその者とレイ先生に任せるのが最善で、自分達は別にやる事があるのだ。
だが、どうしても自分の手で守りたいという焦燥感にかられて、拳を強く握り締めた。
「ディーン、エリカ君のところに行きたいの?」
「…………いや、俺は」
その先に続く言葉を俺は言う事が出来ない。行きたいかどうかで言えば間違いなく助けに行きたい。だが、俺が行くべきではない事は重々承知している。ここを離れる事は許されていないのだ。
「すまない。君は私の側にいてもらわなければ困るんだ」
半年前ライラが怪我をした時、おそらく殿下も同じようなもどかしさを感じていたはずだ。あの時、殿下は生死をさまようライラの側にいる事も出来ず、やはり公務を優先していた。
今さらながら、殿下の気持ちがわかる気がした。
殿下はいずれこの国で一番の地位が、俺は武官としてはトップの地位がそれぞれ約束されている。剣の腕を磨いて、いずれは大きな権力が手に入る身であるのに、逆に出来ない事が増えるというのは何の皮肉だろう。
俺はとにかくエリカを探しに行きたいと感じている。その衝動の根幹にある俺自身の想いに知らぬふりをするほど馬鹿ではない。俺はきっとエリカの事を特別に思っているのだ。
わかっていた事だが、個人の剣技をいくら磨いてもせいぜい手の届く範囲の人間しか守れない自分に憤りを感じる。
そして王太子派の家臣達に殿下が指示をし、宰相派の粛清を一気に進めようとしている最中、バトーヤ家からの使いとしてセドリックがやって来た。
「我が主、アーロン・バトーヤからの書状です」
そこには、これからやるべき事や粛清後の人事案まで詳細に書かれていた。
いくつかは殿下がすでに指示している内容だったが、まるで今夜はこうなる事がわかっていたかのような手際のよさだ。
「わかった。アーロン殿はこちらに来るのだろうか?」
「エリカ様の無事を確認してからとの事です」
「そう……」
俺が感じている違和感を殿下も同じように感じているように見えた。
*****
日が沈み、星祭りの礼拝の途中でエリカ達が無事だったという知らせが入る。俺は内心ほっとして一気に肩の力が抜けるのを感じた。
だからといって、自らの手で守る事が出来ないもどかしさから解放される事はないのだが。
そして礼拝が終わって王宮に戻り、ドミニクから詳細な報告を受ける事になった。
それによると、エリカ達が連れ去られた理由は宰相派粛清の動きを敵に悟られ、主導しているバトーヤ家の人間に罪を着せ、殿下の求心力を削ぐ事だった。
王太子殿下が相当慎重に進めて来た計画が簡単に悟られた事、明らかに今までと手段を変えてきた事など明らかにおかしな事だらけだった。
結局、敵の計画は失敗に終わり予想通り言い逃れ出来ない証拠が次々と見つかった。宰相の失脚が確実になると、どちらにつくべきか決めかねていた自称穏健派の有力者達も次々にこの際不正は一掃すべきだと主張し始める。
この際、少しでも殿下に協力して空席となったポストに自らが収まろうと必死だ。
結果としては二人に大した怪我もなく、宰相を追い落とす証拠を手に入れられ、全てこちらにとって都合のいい展開になった。
(そんな都合のいい話、あってたまるかっ!)
その時、タイミング良くアーロン・バトーヤがセドリックを伴って現れる。
「エリカ君は怒っていなかった? こういう手は嫌いだろう」
殿下の言葉で、俺の抱いていた疑念を殿下も抱いていた事を知る。つまり、アーロンが意図的に情報を流し宰相派の動きも全て把握していたという事だ。
そして、おそらく妹にもこの計画は知らせていなかったのだろう。素直なエリカの性格を考えれば知っていて俺達に黙っている事など出来るはずがない。
妹の安全にどれほどの自信があったのかは知らないが、妹よりも殿下を試す事を優先しているとしか思えない。
殿下は感情を表に出さないように尋ねたが、内心はらわたが煮えくり返っているだろう。
「あの子だって、国内が混乱する危険性よりも自分がちょっと危険な目に遭う方を選びますよ。優しい子ですからね」
「あんたはっ!」
俺がアーロンに掴みかかろうとするのをセドリックが止めた。
「そう? じゃあ一応、私はアーロン殿から認められたと思っていいのかな?」
「認めるだなんてそんな恐れ多い事、考えてもいませんよ」
「今回の助力については感謝している。……だが、私は誰かの手のひらで踊らされるのは嫌いだ。それと、謀略を巡らす時は私自らの責任において行う。覚えておいてもらおうか」
アーロンは微笑んで深く頭を下げたが、恐らく殿下は今の言葉も含めて彼の『試し』に『合格』したのだろう。
綺麗事を並べて二度とやるなと命じても、逆にアーロンの小細工に今後も依存するような発言をしてもこの男に見限られたのかもしれない。
「そうですね。ですが人の手のひらで踊らされるのが嫌いというのは私も同じですよ。殿下は先生や学園長に命じて、エリカとあの子をあえて同室にしたでしょう? 私がどういう人間か知っていてそれでも個人的な繋がりを欲したのは殿下の方だと思っておりましたが?」
「……私も覚えておく」
「あんた、結局何が目的なんだ?」
この男は政変後に高い役職を要求するつもりは無いらしい。むしろ自分を重用すると全体的な均衡を崩すと忠告までしてきた。河川の整備についてはこだわりがあるようだが、整備さえできれば自身の名が残らなくてもいいような事を言っていた。
「この国の平和と安定」
「嘘つけっ!」
まったく似つかわしくない言葉をしれっと言い放つこの男の事を、俺は全く信用する事が出来ない。
「本当だよ、ディーン君。俺はちょっと妹想いなようでね……エリカは私と同等の頭脳を持っているのに心は誰よりも穢れが無くて純粋で美しいだろう? 奇跡のような子だと思わないか?」
「それが何だってんだ!?」
確かにエリカはずば抜けた知識と知能を持っている。だが田舎育ちのせいか人の機微、特に悪意には疎くどこかバランスが悪い。
アーロンに対してはその知識はすごいと思うが、何を考えているのかわからない人間で得体の知れない不気味さを感じ、正直あまり関わりたくはない。
しかし、この男の表現を借りれば『同等の頭脳を持っている』エリカに対して不気味だと感じた事は一度も無かった。せいぜい振り回されてムカつく程度だ。
エリカはまるで持っている知識の使い方をしらない子供のようだと感じた事がある。それを『誰よりも穢れが無くて純粋で美しい』と表現出来なくもないが、たとえそう思っても俺は絶対に口にしたくない。よく自分の妹をそこまで褒められるものだと呆れる。
「あの子が王宮に出仕した時にあまりドス黒い物を見せたくなくてね。この辺で汚い者にはご退場いただこうかと思って」
「それが本心なら、変態シスコン野郎じゃねぇか!」
だが、アーロンの言葉はおそらく本当なのだろう。根拠はないが俺はそう感じた。
「……だから、殿下は正解でしたよ。エリカは殿下達の事がとても好きみたいですからね」
「わかった、くれぐれもエリカ君を失望させるような事は慎むよ。このままいけばエリカ君は私の義理の妹になりそうだしね」
「はぁ!? あいつは自分で決めるって」
「シリルはエリカ君の事が大好きで仕方がないみたいだから、そうなるでしょ? エリカ君は鈍感だからシリルくらいはっきり好意を伝えられる人間じゃないと気が付かないと思うけど? 参戦するなら早くしないと手遅れになるよ」
こういう時の殿下は本気で人が悪いと俺は感じる。殿下とアーロンははっきり言って腹黒同士で通ずるものがあるのかもしれない。
アーロンの言葉を信じるなら、エリカを手に入れれば自動的にアーロンの忠誠が手に入るらしい。殿下としては敵にしたくないこの男を手駒にするために、エリカを殿下に近しい俺かシリルにあてがうつもりなのだろう。
俺だって人に利用されるのは御免だ。だが、人の手のひらで踊らされるのが嫌だとか、そんな下らない理由で欲しい物を奪いに行かないでいいのだろうか。
目をつむると、エリカの間抜けな笑顔が浮かんで俺を悩ませた。