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29茜色の空と罠

 しばらくして馬車が停止する。それと同時にライラが私を扉とは反対側に押しやる。

「ライラっ!?」

「扉が開くのと同時に襲われるかもしれない。……もし、そうなったら槍を出す時間が必要ですから……」

 それはライラが盾になって時間を稼ぐという事だ。武器も持っていないし体術の心得もないライラが危険な位置に立つのは納得できない。

「駄目よ!」

「エリカ……いくら強くても、エリカは女の子なんですよ。お願いだから守らせてください」

 いつもと違う声でライラは静かにそう言った。姿がよく見えず、声が変わっただけなのに私には別人のように感じ圧倒される。


 私がライラを説得する前に複数の足音が聞こえ扉の鍵をガチャガチャと開ける音に続き、開け放たれた扉から光が入り込む。

 入り込んだ光はもう弱々しく、暗い場所に閉じ込められていた私でも眩しいと感じるほどではない。その光の色は日暮れが近い事を示す茜色だった。


「降りろ」

 若い守衛に促され私達は馬車から降りる。降ろされた場所は私も何度か訪れた事のある場所で、王立図書館に併設された緑地だった。

 この場所は王都の中心部と学園のちょうど中間にあり、日中であれば頻繁に辻馬車が往き来している。

 星祭りの祭日である今日は休館日だし、植えられた木々が空を覆い隠すので、星祭りの日にあえてここを訪れる人はいないだろう。

 あらかじめこの場所で待ち構えていたのか、さらに三人の男が私達の前に現れ、敵は全部で五人となる。もしかしたらまだ見張り役が隠れているかもしれない。

 私は周囲を警戒しながら若い守衛の指示に従うしかなかった。


「あの……。この状況で逃げ出す事など出来る訳がないし、助けも来ないのだとわかっているのですが、なぜ私達がこんな目に?」

 私はなるべく心を落ち着かせて、少し媚びるように聞いてみる。今は出来るだけ時間を稼ぎたかった。

「けっ! 怖がりもせず随分と潔くて面白くないお嬢ちゃんだな…………いいだろう、教えてやる」


 守衛が語った内容は、おおよそ私の予想通りだった。つまり、私の兄であるアーロン・バトーヤと王太子殿下が宰相一派の不正や汚職の証拠を掴み、追い落とそうと動いている。それを知った宰相一派が今回の事件を起こしたという事らしい。


「あんたの兄に動かれると、俺は継ぐはずの家を失うんでね、悪く思うなよ」

 悪く思うなと言っている割には、全く躊躇する気も無く薄ら寒い笑みを浮かべている。


「…………そうですか。でも、私が殺される事で兄の計画が止まるとは思えないのですが?」

「はぁ!? 学園一の才女だとか言われていてもガキはガキだなっ! お前が罪を犯すんだよ。王太子妃候補の親友に嫉妬して、その手に掛けるんだ……ぶははははぁっ! いい台本シナリオだろ?」

 これから罪を犯そうとする人間がこんなにも愉快に笑えるものなのか。私は得体の知れないこの男に気持ち悪さを感じ、同時にこれから私がやらされる事を想像して吐き気がした。

 私が罪を犯す事で兄と殿下が求心力を失い、宰相一派を断罪しようとする流れを止めるつもりなのだ。


 キャスケット帽の男が、立たされているライラの襟を掴み拘束する。

別の男が白い紙を取り出して私に近づいてくる。

「東方の札!?」

 その札は前に見たことのある東方の魔術で使われる暗示の札だった。

「……ライラ・ローランズを殺したくなる強力な暗示さ」

 聞くのもおぞましい残酷な未来を若い守衛が丁寧に教えてくれる。


「――――この人でなし!!」

 私は思わずそう叫んだ。


 その時、ライラが腕に力を込めて縄をほどき拘束していたキャスケット帽の男に噛みついた。

 縄がほどける事を予想せず油断していたキャスケット帽の男の腕をすり抜けて、ライラが走り出す。帽子の男ともう一人の男がライラの事を追って行く。

 私も同じタイミングで隠していた魔槍を展開し残る三人の男達と対峙する。


 札を持っている魔術師の男以外の二人が抜刀したところで、私はあえて強気に振る舞い、敵をけん制する言葉を投げつける。

「あら? いいのかしら……私に刀傷なんて付けたら第三者がここにいた事を証明してしまうけど?」

「ちっ!」

 若い守勢が苦虫を噛み潰すような顔をして舌打ちをする。

 おそらく敵はもう一枚、自ら命を絶たせる札を用意していて、私に使わせるつもりだ。

 私達が入手出来ないような武器や女性の力では付けられないような傷は、第三者の存在を明るみにするために付けられないのだ。

 私を傷付けずに拘束しようなどと考えているならば有利なのは私の方だ。私はまず一番近くにいる若い守衛を槍で突く。

 若い守衛は低いうめき声を上げてその場にうずくまる。

 足止めにしかならないが、私は他の二人には構わず札を持っている男との距離を詰めようと勢いよく地面を蹴る。

 札さえ無ければこの計画は破綻するはずだ。


 ところが、男との距離を詰める前に私の立っている地面が淡く輝き、まずいと思った瞬間に体全身に衝撃が走る。

 雷撃の一種と思われるその魔術は先ほど私が槍で攻撃した守衛から放たれたものだった。彼も魔術が使えたのだ。それを理解するのと同時に足がもつれて私は地面に崩れ落ちた。


 守衛が私に近づいて来るのがわかるが、痺れで顔を上げる事が出来ない。

「ぐっ!」

 背中に衝撃が走り、私はうめき声をあげた。体は動かないが守衛に足で踏みつけられている事はわかる。

「ちっ、やり過ぎたか!? おいっ! ほら動けっ!!」

 守衛は私の背中から足をどけようとはせず、グリグリと踏みつける。


「ったく! 手間の掛かるガキだな…………ほら、よかったなお前のオトモダチも捕まったぞ」

 何とか力を振り絞って顔を上げ、辺りを見回すと猿ぐつわをされて完全に拘束された状態のライラが二人の男に引きずられるようにして連れ戻されるところだった。


「ライラ!」

「んっっ―― !!」

 ライラは目から涙を沢山こぼして二人の男から逃れようとするが抵抗虚しく私の前に立たされる。

 少し痺れが抜けてきた私に札を持った男が近づいて来る。

 おそらく何の凶器も持たない状態であの札を使われたら、私は素手でライラの首を絞めてしまうのだろう。

 敵は私が犯人である証拠を多く残すためにあえて凶器を用意しなかったのだ。


 私は何とか逃れようともがくが背中を踏まれている状態でいくら力を振り絞ってもそこから逃れる事が出来ない。

 いつの間にか瞳から出た滴が頬を伝い地面にぽたぽたと落ちる。

 悔しくて涙が出るのが、怖くて涙が出るのが、あるいはその両方なのか――――もうよくわからなくなってしまう。

 そして近づいて来た男が私の隣に屈んで背中に何かを押し付けた。

 こんな札一枚で私の心は本当に支配されてしまうのだろうか。でも私は以前この札に操られているライラを間近で見ている。知っているからこそ自分が自分で無くなる恐怖や、心がどこかに行ってしまうのではないかという不安に心が支配され、止めようがないほどの涙が溢れる。


(あれ…………何も変わらない?)


 私にはライラに何かをしてしまう気が全く起きなかった。それとも暗示によって夢でも見ていて、本当の私はとっくにライラの方へ向かっているのだろうか。

 訳がわからず、呆然としていると敵も私の態度に疑問を抱き焦ったように話始める。


「おい、どういう事だ? 本当に魔術が掛かっているのか?」

「札に間違いなどないはずだ!」


 やはりこれは現実で、魔術が失敗したのだろうか。私はノロノロと立ち上がり、魔術が失敗している事を悟られないように無表情を装う。

 体がまだ少しだけ痺れ、指先の感覚が鈍い。出来るだけ時間を掛けて魔槍を拾いライラに向かって構える。


「んっ――! ぐっ! んっ!」

 ライラが必死に私に何かを訴えようとしている。きっと私に正気に戻ってほしいと言っているのだ。私は動けないライラに向かって大きく魔槍を振りかざし――――後ろの男に命中させる。


 そのまま急いでライラの手を取り、とにかく走る。一瞬、事態を飲み込めずに呆然となっていた残る四人の男達が、慌てて追いかけて来る。私達の足ではいつかは追いつかれるし、また魔術を使われたら今度こそおしまいかもしれない。それでも後ろを振り返らずとにかく走った。ライラも片手で猿ぐつわを外して必死に足を動かす。


 私達は人のいる可能性が少しでもある敷地の外に出ようと走り続ける。追って来る足音が段々と近づく気がして気持ちばかりが先へ先へと進みたがる。

 焦りのせいか、体の痺れが完全にはとれていなかったせいか、何もない所で足がもつれ私は地面に転がった。

 すぐに身を起こし立ち上がろうとするが、振り向いた後方から光る何かが飛んでくるのがはっきり見え、私は今度こそ覚悟した。

 私が覚悟した瞬間、視界が暗くなり強い力で抱きすくめられた。


「僕がっ! あなたを守ります……」


 その瞬間、バチバチという音と激しい光がライラの後ろで弾けた。

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