3金の王子と黒の剣士
寮の外に出る時は制服を着用するのが規則となっている。
学園の制服はベージュのジャケットとスカート、同系色の縦縞のベスト、ブラウスは立ち襟で細かいレースがあしらわれている。
そしてリボンは学年ごとに違うようで、私達の色は紫色だ。
私の場合、頭の先から靴まで全て茶系でまとめられる事になり、似合っているかどうか微妙だが、ライラにはよく似合っている。
特に首元の紫のリボンはライラの銀髪と菫色の瞳に合わせて選ばれたのではないかと思うほどだ。
私は邪魔にならないように、髪を高い位置で一つに束ね、瞳の色に合わせた深緑の細いリボンを付ける。
「あれ? 髪はそのままなの?」
ライラの髪は邪魔になるような長さではないのでそのままでも問題は無いが少し寂しい。
「実は私、少し不器用で……」
「まぁ、普通は使用人がやってくれるものね。ちょっと待ってて」
私は持ってきたアクセサリーの中から白いレースで作られた太めのリボンを取り出す。
ライラを鏡台の前に座らせて櫛を通してからレースのリボンをヘアバンドのように頭に回して髪に隠れる部分で結ぶ。
ライラは頬を赤くして喜んでくれている。
「ライラ……とっても可愛い!! どう? これなら練習すれば不器用でも出来るようになるわよ」
ライラはまさに天使だ。私が誉めるとさらに顔を赤くしてゆでダコのように恥ずかしがっている。
「出来なかったらまた私がやってあげるけど、自分でも練習するのよ? せっかくこんなに可愛い顔をしているんだから」
「はい……。ありがとうございます」
私が可愛いと言い過ぎたせいか、完全にうつむいて顔を見せてくれなくなる。からかうのはほどほどにしないといけないだろう。
行事が無い時はジャケットの着用義務はないので、私達は暑苦しいジャケットを脱いで食堂へと向かう。
食堂は寮とは別棟になっており、男女共用だ。という事は王太子殿下や他の男子生徒と出会うチャンスかもしれない。
私は年頃の乙女として当然の事だが、これからおとずれるかもしれない素敵な出会いを想像してワクワクしながら扉を開ける。
食堂に入り、給仕係から案内された席に座る。食事が運ばれてくるのを待つ間に、私達の隣へ男子生徒二人組が着席する。
一人は金髪、一人は黒髪でどちらも紫色のタイをしているので一年生のようだ。
金髪の生徒は涼しげな青い瞳に少し癖のある髪をした鼻筋の通った美少年。黒髪の生徒は短い髪と同じ色の瞳に、よく日焼けして同じ年とは思えないほどの長身と鍛えられた体つきの少年だ。
その二人は、明らかにライラの事を見つめていた。ライラのような美少女は人目を引く。寮からここへくる途中も、座ってからもチラチラと視線を感じていたのだ。
だが隣の二人、特に金髪男から発せられているそれは、他の人とはちょっと違うと私の直感は告げていた。
単純な興味とは少し違い、なんとなくニヤニヤとしていやらしい視線なのだ。
私は隣に聞こえない大きさの声で囁いた。
「ライラ、気をつけて。……隣の殿方がさっそくあなたの事をエッチな目で見つめているわ」
私の言葉に反応したように、彼女の顔色が悪くなる。
「君……思いっきり聞こえているから」
金髪の生徒はどうやら地獄耳のようだ。ここは変に誤魔化すより堂々としていた方がいい。私は本当の事しか言っていないのだから。
「君、名前は?」
「私はノースダミア領主の娘でエリカ・バトーヤと申します!」
「ノースダミア? ……ふーん。……私はウォルター・クラレンス・ハーティア。こっちがディーン・カーライル」
「…………は、は、はーてぃあ……?」
それは言わずと知れた王家の姓、つまりこの方は王太子殿下という事だろう。
黒髪の生徒、カーライルという姓は代々国軍の要職に就いている武官の名門だ。
まずい、これは素敵な出会いどころではななく、物理的な意味で首が飛ぶレベルかもしれない。まだ入学式すら終えていないのに、先に人生が終了なのだろうか。ライラの顔色が悪かったのは私の失言のせいだったのだ。
「それで? 私がどうしたのか、ぜひもう一度聞かせてくれないか?」
にっこりと微笑む王太子殿下。さすがの私にもこの言葉をそのまま受け止めてはいけない事はわかる。いわゆる嫌味というやつだろう。
「…………いえ、その……」
怪しい汗がダラダラと出てくる。
「がははははっー! 真っ青になってるぜコイツ。殿下がライラ嬢の事を変質的な目で見ていたのは本当なんだから、許してやったらどうです?」
カーライル様はその大きな体に見合う大声で、楽しそうに笑う。
「わかっているよ、ディーン。私だってちょっとからかってみただけだよ……。ねぇ君、私とディーン、あとライラは幼馴染みみたいなものでね。……この子の事、よろしく頼むよ」
「は、はいぃぃ……おうたいしでんかのごめいれいとあらばっ!!」
私には王太子殿下の笑顔が何だかとても恐ろしく感じられた。
「ところで、その髪はどうしたんだい? よく似合っているけど珍しいね」
王太子殿下はそう言うとエロ……ではなく、優しいまなざしでライラに微笑みかける。
「……エリカにやっていただきました……」
またしても真っ赤になりうつむくライラ。
「そう、もうお互いに名前で呼ぶ仲なんだ? 良かったね」
「はい……」
話題がライラの髪型の方に流れてくれて、私は事なきを得た。髪型の違いまで気がつくという事は、この三人は本当に親しいのだろう。
そうこうしている間に食事が運ばれてくる。さすがに王族や名家の子息令嬢が集う学舎の食事は美味だ。
このまま隣の方々が私の存在自体を忘れてくれれば、もっと食事が美味しく感じられるのに。
食事を一通り終えると、再び王太子殿下が私達に話し掛けて来る。
「そうそう。入学式の後はさっそく実力試験があるよね? 君達はしっかり試験勉強をしているかい?」
「私は特別な事はしていません。能力を測るための試験なのですから、普段通りの私を見せればいいのでは?」
素直にそう言ってみたが、そういえば試験がある事を忘れていた。この二日間ほど、乙女小説を読破するのに忙しく全く勉強をしていなかったという事はさておき、基礎的な実力をを測る類いの……つまりは出題範囲が広い試験で悪あがきをしても仕方がないと思うのだ。
「お前……度胸があるっていうか……さては馬鹿だろう?」
カーライル様はかなり失礼な人物のようだ。武官の名門なのだから、きっと脳みそ筋肉野郎に違いない。
正直、都会の人間がどれほど博識なのかは知らないが、兄の見立てではこの学園で十分通用するはずだ。
今ここで、脳筋男に噛みついても仕方がない。ここは試験結果でぎゃふんと言わせるべきなのだ。私は静かに闘志を燃やし、前言撤回して今夜は参考書を開いてみようと心に決めた。