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28暗闇の中

「動くな!」

 明らかに刃物を押し当てられている。それを理解すると一気に血の気が引いていくような気がした。

 それと同時にカシャッという音がして視線だけをライラの方に向けると、ライラの右手首に武骨な金属の腕輪が取り付けられているのが見えた。


「ごめんなさいね。ローランズさんは魔術が使えるでしょう?」

「――――っ!!」

 寮監の言葉でその腕輪が魔術を使えなくする類いの物だとわかる。たしか罪人に対してそのような物が使われると聞いた事がある。でも、そんなものが簡単に手に入る訳がないはずだ。

「動かないで! 動いたらバトーヤさんは……」

 反射的に体が動いたライラの行動を寮監が止める。そして、私に対し両手を前に出すように命じて縄で縛る。その間も若い守衛が背後から私の首筋に刃物を当てているため抵抗する事が出来ない。

「寮監さん……何でこんな事…………」

 寮監は私の問いには答えず、もう一度ライラに近寄る。

「ローランズさん、外出届を書きなさい」

「…………」

 ライラは蒼白な顔でその場に立ち尽くしていた。

「さっさと書け!」

 守衛が私の首に当てている刃物に力を込める素振りで脅し、寮監がライラに無理やりペンを握らせる。震える手で文字を書こうとするライラに対して、守衛が震えるな、いつも通りに書けと無理難題を言い放つ。

 無理矢理書かされた紙をライラから奪った寮監は、ライラの手首を縛った後、若い守衛に向けて外出届を見せる。

「これでいいかしら?」

 こちらに向けられた紙にはライラと私の名前、門限ぎりぎりの帰寮予定時刻、あらかじめ書かれていたと思われる一時間前の受付時刻と守衛のサイン、受付印が押され不備が無いように見える。


「あぁ、これで門限まで戻らなくても誰も探さないだろうな…………。あんたは正門まで行ってこの紙を紛れ込ませろ」

 若い守衛が寮監に指示をする。寮監という立場なら学生に用があるから帰寮時刻を調べたいとでも言えば外出届の山に紙を一枚紛れ込ませる事は容易いのだろう。

「…………本当に、本当に大丈夫なのよねっ? 私が捕まるなんて事は……」

「あんたも俺も捕まらねぇよ! ……さっさと行け!!」


「寮監さん! 私達がこの後どうなるのかを知っていて手を貸しているんですか!? …………殺人の手助けをしてまで守りたいものなんてあるんですか!?」

 私は立ち去ろうとする寮監を睨み付けた。個人的な恨みなどあるはずもない未成年を死に追いやろうとしているのに、まず考えるのが保身とは。

 ここまで他人を軽蔑したのは初めてだ。

「…………許して!!」

 寮監は私と視線を合わせる事すらせずに逃げるように去っていく。私は体が震えるほどの怒りを覚えて、その姿が見えなくなるまで彼女の背中を睨んでいた。


「おい! お前が先に歩け。少しでもおかしな動きをしたらどうなるかわかっているな!」

「…………」

 ライラは若い守衛に対し強い憎しみを込めた瞳で睨むが、やがてゆっくり歩き出す。私は学園の外に連れ出される事は非常にまずいと感じていた。学園内でライラに危害を加えようとするとどうしても足がつきやすい。だが外に出てしまえばレイ先生の監視も無くなり格段に証拠を残さずに害する事ができるはずだ。

 でも、私達は今こうして外に連れ出されようとしている。しかも、自らの意志で外出したという設定になっているし寮監が協力しているのだから門限までは誰も不審に思わない。


 裏門から学園の外に出ると目の前に馬車が停まっていた。馭者台には中年のキャスケット帽をかぶった男が乗っている。

 私達は押し込まれるように馬車に乗せられ外側から鍵の閉まる音がした後、真っ暗な車内に閉じ込められる。

 どうやら内側から金属の板で窓が塞がれているようだ。これでは窓を破って脱出する事は出来ない。

 真っ暗闇な車内に乗り込む事が嫌だったのか、若い守衛が一緒に乗らなかった事は救いかもしれない。少なくともライラとこの危機を脱する作戦を立てる事が出来る。


「ライラ、大丈夫?」

「…………はい」

「えっ!?」

 答えたライラの声がいつもと違っていた。緊張して声を押し殺すように話しているのだとしても違和感がある。


「ライラ? 声が変だわ、どうしたの?」

 顔が全く見えない中で私は急に不安になる。

「…………もしかしたら腕輪のせいかもしれないです」

 ライラは少しの沈黙の後、ためらいがちにそう答える。

「大丈夫? 他に具合の悪い所は?」

「…………魔力を外に出す事が出来ないような感覚で、何だかとても違和感がありますけど大丈夫です。…………エリカ、ごめんなさい」

 私に対する謝罪の言葉を言う時には、もう声が掠れて絞り出すようだった。


「今はとにかく、出来る事を考えましょう!」


「エリカ、実は私には特殊な魔術が施されていて、レイ先生が私の事を探そうと思えばいつでも探せる……はずだったんです。先生は魔術を使った場所や規模を全て把握してしまう体質ですから」

「はずだった?」

「ええ、腕輪を付けられた時点でその魔術も消えました。…………でも逆に裏門で私の魔術が消えた事は察知してくれているはずです」


 そういう事ならレイ先生が探してくれている事を前提になるべく時間を稼ぐのが得策だろう。


「とりあえず、縄をどうにかするわね?」

 私が使える魔術といえば、初級のそれもごく一部のものに限られる。たいした事は出来ないが、私が魔術を使えるという事を敵が知らないのは不幸中の幸いだ。

 敵はおそらく私達の成績を把握しているのだろう。私が魔力を誤魔化していた事を知らないので、私に対してはあの腕輪が必要無いと考えたようだ。


 私は両手首の間に意識を集中させ、種火をつくる時に使っていたごく小規模の炎を起こす魔術を使う。

 もし、もっと上級魔術が使えたなら、金属を溶かしてここから脱出する事が出来たのかもしれないが、縄を燃やす程度が精一杯だ。


「熱っ!!」

 やはり、暗闇で魔術を使うのは危険だった。少しだけ目標がずれて軽くやけどをしたかもしれない。両腕に力を込めると焦げて脆くなった縄が切れ、私の両手は自由になる。

「エリカ!?」

「大丈夫! ライラの縄も切るから……やけどになったらごめんね」

 今度は失敗しないように、より慎重に陣を描く。焦げるような匂いがして、すぐに縄を切る事が出来た。


 車内に縄が焦げた匂いが充満する。視覚が遮られている中その匂いと車輪から発せられるガタガタという音がやけに強く感じられる。


 私は急いでライラの手首を縛り直す。結び方を工夫して力を込めるとすぐにほどける仕組みだ。私自身もライラに手伝ってもらい手首に縄を回す。


「このまま縛られた振りをして様子を見るか、扉が開いた瞬間に魔槍で戦うか……」

 相手は私達を生かしておくつもりは無いだろう。次に扉が開いて到着した場所はおそらく私達の最後の場所になりそうだ。

 単純に人気の無い場所に行くだけならもうとっくに馬車が停止し私達は殺されているはずだから、おそらく目的地があるのだろう。


 身元の確かな者しか勤める事が出来ないはずの王立学園で寮監と守衛の少なくとも二名が誘拐に関わっている事、厳重管理されているはずの罪人用の腕輪が持ち出されている事などを考えれば、今回はかなり大物が関与している証拠に直結しそうだ。

 宰相に縁のある人間は学園の職員や生徒の中にも当然いるので、監視はされているだろうという事は当然わかっていた。でもそういう人物が実際に事を起こしたという事は私にとって理解し難い。金で雇った暗殺者とは違い、もし失敗したら黒幕まで明るみになるリスクが高い。

 かなり準備された計画のように感じるが、失敗した時は宰相派の窮地に――――いや、もしかしたらすでに窮地だから最終手段に打って出たのだろうか。そう考えると敵の狙いはライラではないのかもしれない。


「エリカ……馬車が停まったら、扉が開いたら…………一人で逃げられませんか?」

 ライラが私の縛られたままの両手を私のそれに重ねる。その手は冷たく震えていた。

「そういうのは駄目だわ! それと、今回はもしかしたら、兄様や殿下の計画が漏れたせいかもしれない。私とライラをどうにかして、それが宰相派にとってどれだけ得になるのか私にもよくわからないけど」


 たどり着く場所、敵の人数がわからないのに扉が開いた瞬間に敵に向かっていくのは危険だ。

 そしてレイ先生が探してくれているかもしれない。出来るだけ時間を稼ぎ、魔槍を使うのは本当に最後の手段にしよう。

 私はその考えをライラに告げた。


「レイ先生はやろうと思えば広い範囲で魔術の使用を感じる事が出来るのよね? 何とか私達の場所を知らせる事は出来ないのかしら? 使った人物まではわからないのよね?」

「詳しくは知りませんが、魔術の規模と正確な位置がわかると聞いた事があります」


「だったら――――」

 私は何とかレイ先生に気が付いてもらえる方法を必死に考えた。

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