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27ある簡単な依頼

 星祭りの前日、試験結果の発表日がやってきた。またしても無慈悲に最下位まで張り出されているその掲示板を前にして、集まっている生徒達が一喜一憂している。王太子殿下達もすでに廊下にいて、ライラと私もそこへ加わる。


 ライラは下から自分の名前を探す。私はおそらく先頭に名前があるはずだから探す必要などないのだが点数はとても気になる。


「やったぁ! 満点だわ!!」

 前回、入学直後の実力試験では一問だけ間違えてしまったのだ。今回その雪辱を果たせた事が嬉しくて、思わず声を上げる。

「満点かよ……勝てる訳がねぇな」

 すっかり目の下の隈が無くなり健康的な顔色に戻ったディーン様がぼやく。さすが普段の鍛え方が違うせいか回復が異常に早い。

 試験の一位から四位までの順位は前回と同じだった。でも、セドリック君と私の差が縮まっている気がする。

 そして多忙なはずの王太子殿下が涼しい顔で四位をキープしている事に恐れ入った。


「殿下って白鳥のような方ですね! 尊敬します!」

 入学試験の無いこの学園は生徒の学力にばらつきがある。でも、上位の生徒は将来国の中枢で働くつもりのある学生が多く幼い頃からそのための教育を受けている者ばかりだ。そんな中できちんと順位を下げずにいるのは大変な事だし、見えないところでは相当な努力をしているはずだ。

「君、それ……誉め言葉のつもりなの? すました顔をしているけど水の中では無様に足を動かしているって意味かな?」

 殿下の笑顔に奥に隠された冷たい瞳が怖い。私としては誉めたつもりだったが、その例えはお気に召さなかったらしい。


「エリカ! ありましたよ!!」

 ライラが自分の名前を発見し、ちょうど掲示の中央辺りを指す。順位を確認すると、真ん中より少しだけ下だった。

「せっかく教えてもらったのに、目標には少し届きませんでした…………」

 ライラが申し訳なさそうに肩を落とす。他の生徒だってより上を目指して勉強をしているのだ。そう簡単にはいかなかったという事だ。


 こういう時はどう言えばいいのだろうか。私としては十分頑張ったライラを誉めてあげたい。でもライラは下手ななぐさめの言葉を欲しているわけではないのだ。

 私は少しだけ手を伸ばしてライラの綺麗な銀色の髪を無言でポンポンと撫でた。


「…………まぁ、頑張ったんじゃねぇか? 結果として十分だろ?」

 ディーン様も今回は素直にライラの事を誉める。

「何でもすぐに理解してしまうのに、人に教えるのも上手いとは、エリカ様は教育者に向いているのかもしれませんね」

 今度はセドリック君が珍しく私の事を誉めてくれる。

「私もそう思うよ。……もし、将来私に世継ぎが生まれたとしたら学問だけ(・・)はエリカ君を師に迎えたいと思うくらいに素晴らしいよ」


 殿下が少しだけいやらしい目で私にそう言う。私が殿下にそんな目を向けられる理由は無いはずだ。

 つまり、これは私に対してお世継ぎの教育係を打診している振りをして、ライラに対して「だから早く結婚して子宝に恵まれたいね」と暗に言っているのだと私にはわかった。

 殿下のあまりにも大胆な発言に私は恥ずかしくなり思わず顔を背ける。


「…………お世継ぎだなんて、殿下ったら大胆ですね。うふふ」

「はぁ!?」


「エリカったら、違いますよ。あのですね――――」

 ライラが真顔で私の耳に手を添えて、ゴニョゴニョと耳打ちしてくる。ライラが言うには、私が殿下の事を白鳥のようだと例えた事に対する仕返しで、殿下は「学問だけ(・・)は」という言葉を嫌味のつもりで言ったつもりであって、お世継ぎ云々の部分はあまり重要ではないとの事だ。

 それに対して私は「学問だけとは何ですか! もう!」とプンプン頬を膨らませて怒らなきゃいけないらしい。


「えっ? ライラこそ、全然違うわよ。いい? ――――」

 今度は私がライラの耳元で囁く。これは私に言っているように見せかけたライラへの愛の言葉だと。いつも涼しい顔の殿下も頭の中は年頃の健全な男子なのだと説明する。


「絶対違いますから!」

「そんな事ないわ!」


「頼むから、もうやめてくれないかな…………」

 殿下の笑顔の裏から流れ出す冷たい空気がなぜかブリザード級となり、本人に真意を聞くことが出来なくなった。


*****



 その後の授業は、解答用紙の返却や間違えやすい問題の解説などで終わった。


 そしていよいよ星祭りの祭日となる。午前中に多くの生徒が家からの迎えの馬車に乗り込み帰宅してしまい寮は少し寂しい雰囲気だ。

 セドリック君は星祭りには行かないが、家には帰るらしい。殿下達は星祭りに伴う公務があるので、昨日の放課後から寮を離れている。


 私は寮に残って良かったと感じていた。魔術的にはレイ先生の監視があるし、身元の確かな守衛によって守られている学園内に不審者が入り込む事はあり得ない。でも、すっかり静かになってしまった寮に残されるのはかなり不安だろうし、きっと寂しい。


 ライラの勉強は試験が終わったからといって、それで終わりではない。今回は試験範囲に絞って勉強をしたので、範囲外で当然知っているべき事がすっぽり抜け落ちているのだ。

 夏期休暇まではそういった部分や、試験で出来なかった部分を中心に復習をする事にした。とは言っても、夕方までずっと勉強をするのも集中力が続かないので、午後からはお茶を飲んだり他愛もないおしゃべりをしたりと気ままに過ごす。

 レイ先生の研究室と違い、お茶を入れるためには一度食堂へ行って熱いお湯をもらわなければならないのが少し面倒だ。


 そんな事をしている間に夕方になってしまった。この季節は日が長く、外はまだ十分明るいが今日はライラと一緒に星の流れる夜を観察して過ごすのだ。暗くなる前に食事を済ませておきたい。

 私達はそう考えて早めに食堂へ向かった。


「ローランズさん、バトーヤさん。ちょうどいい所に……」

 寮を出ようとした私達に寮監が声を掛けてくる。

「ごきげんよう、寮監さん。どうされましたか?」

「実は不用品を裏門にある倉庫まで持って行きたいのだけれど、今日は皆さん帰られてしまったでしょう? 私には少し重たくてね」

 私が尋ねると、廊下の端に置かれた小さめの二つの木箱に目線をやりながら寮監が答える。


「では、私達が持っていきますね」

 食堂に行くなら裏門までは遠回りになるが、初老のご婦人に木箱を運ばせるわけにはいかない。まだ明るい今のうちに運んだ方がいいだろうと考えて、食事の前に運んでしまう事にする。

「ごめんなさいね、二人とも。倉庫の鍵は私が持っているから一緒に行きますね」

 寮監が鍵を、私達がそれぞれ木箱を一つずつ持って寮を出る。


 木箱は女性の私達でも簡単に持てるくらいの軽い物だった。この程度なら朝飯――――いや、夕飯前というやつだ。

 外に出ると、影は長く西の空が赤みを帯びているが、まだ十分に明るい。完全に日が落ちると星が流れる幻想的な夜空を観る事が出来るのだ。

 私はもうすぐ始まる一年に一度の特別な夜に胸を高鳴らせながら歩む。


 寮監が先導し、私達は裏門の近くにある小さな倉庫までたどり着いた。

 裏門は主に業者の出入口として使われているので、学生にとってはあまり縁の無い場所だ。実際、私もここまで来たのは初めてだった。

 裏門は正門の半分程度の幅の鉄柵の門で、全く飾り気が無い。普段は閉められており、門の横にある小さな守衛の待機所で受付をして開けてもらう仕組みらしい。

 業者の出入りがない時間帯は守衛もいなくなり、完全に施錠されているので本来この時間帯は無人だ。

 今日は倉庫の前に若い守衛がいて、何やら備品の整理をしているようだった。


「あぁ、学生さん。不用品なら、とりあえず倉庫の中に入れてくれるかな?」

 人の良さそうな守衛さんは正門や巡回中に何度か見掛けた事のある人だ。

「はい。わかりました!」

 私とライラは倉庫の中に入り適当な場所に木箱を下ろす。


「動くな!」

 突然声色が変わった守衛が背後から私の首筋に冷たい物を押し当てた――――。

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