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24シリルの宣戦布告

「殿下! エリカが将来、僕と……け、け、け、結婚っていったいどういうつもりですか!?」

 エリカがバトーヤ家から帰り、なにやら様子がおかしいので尋ねたら、とんでもない話になっていた。僕はなんとか平静を装って応援すると言っておいたが、本当はかなり動揺していた。


 エリカは僕が行き先を告げずに出掛けると、殿下と恋人同士の何かをしていると勝手に妄想しているらしい。

 そんな誤解はされたくないが、今回は仕方がない。翌日、レイ先生の研究室に殿下を呼び出した。


 殿下は僕の知らないところで僕の父と相談して、勝手に話を進めていたらしい。僕の知らないところで……という部分にとんでもなく腹が立った。


「君は喜ぶと思っていたけど……嫌なの?」

「馬鹿にしないでください! エリカが僕の事を好きになってくれなきゃ意味がない!」

 自分の想う人をそんなふうに手に入れて喜ぶほど子供だと思われている事に僕は憤った。


「へぇ……。あぁ、そうだ! カーライル将軍がエリカの事を気に入ったみたいだよ。君にその気が無いならディーンにしておこうか?」

「なっ!!」

 殿下はわざと意地悪く言って僕を試そうとしていた。ディーン様の名前を出されたからといって手の平を返すようでは彼女の心など手に入らない。僕はそう思った。


「……ご勝手に。殿下や大人達の思惑なんて僕には関係ありません。僕は必ずエリカにふさわしい男になって、好きになってもらいますから!」


 その後、僕はすぐに父に手紙を送る。手紙には短く『息子の恋愛に口なんて出すな! クソ親父』とだけ書いて封をした。


 僕はエリカの事を応援したいし、親の決めた相手ではなく彼女の好きになった相手と結婚してほしいと思っている。エリカに怪我を負わせて、今だって彼女を守る力なんて持ち合わせていない僕が図々しいという自覚もある。

 だけどエリカが恋をする相手が僕であってほしいと思うし、諦める気など全く無かった。



*****



 そんな僕に、また試練が訪れた。

 今度はダンスだ。幸いにも今学期は自由参加の練習会しかないそうだ。


 姉の回復は順調で体調面だけで考えたら、いつ入れ替わっても問題はない状態まで回復していた。だけどここまで来てしまったら夏期休暇で交代するのが自然だという意見で皆が一致していた。


 僕のダンスの実力と言えば男性パートもかなりあやしいが、女性パートなんて踊れる訳がない。でも夏期休暇まで練習に参加せずに過ごせば姉と入れ替わるのだから何の問題もなかった。

 それにもし練習に参加するとすれば、殿下かディーン様をパートナーにしなければならないだろう。男と踊るなんて真っ平御免だったが、特にディーン様と踊る事を想像すると、それだけで鳥肌が立った。


「ライラ……またなの……?」

 僕はダンスが踊れない事で青くなっていたのではない。ディーン様と踊る事を想像して気分が悪くなっていたのだ。でもエリカは誤解をしてしまい、僕はうっかり頷いてしまった。

「どうしよう? 誰かクラスメイトを誘ってみる?」

「嫌ですっ! 無理です……あまり話した事の無い男子生徒と踊るなんて……」

 僕はブルブルと頭を横に振り、全力で拒否した。誰であろうと男と踊るなんて絶対に嫌だ。

「困ったわね……」

 僕がなんとか練習会に参加しないで済む理由を考えていると女子生徒の一人が目を輝かせて余計なお節介をしてくる。


「では、エリカ様が男装してパートナーになればいいのですわっ!」

「キャーっ!! それは名案!」

「では、わたくし私服着用の許可を取って参りますわ!」


 こうして僕のダンスパートナーは決まった。何で好きな女性に男装してもらって、男である僕が女性パートを踊らなきゃいけないのか。――――僕は断じて喜んだりはしていない。本当にこれっぽっちも嬉しくない。

 だが、エリカが他の男子生徒とパートナーになってしまう、という想像するだけで腹が立つ未来を回避出来た事は嬉しかった。


 練習会の会場に行くと、もうすでにたくさんの生徒達が集まっていた。僕はローランズという家名で目立つ存在だったし、エリカはなぜか女子生徒から絶大な人気がある。ダンスに自信がない僕はできれば注目されたく無かったのだが、男装のエリカと一緒にいたらそういう訳にはいかなかった。


「さぁ、お嬢様。……どうか私と踊ってください」

 そう言ってエリカがノリノリで手を差し出してきた。どこで仕入れた知識なのか、練習でそんな恥ずかしいセリフを言う人なんていないはずだ。実際、周囲の男子生徒は無言で手を差し出しているのに。


「はい……。でも、あの、たぶん……なんか少し間違っているような」

「え? そうかしら。おかしいわね?」

 毎回こんな事をされたら僕の心臓がもたない。僕が一応指摘するが、エリカは何がおかしいか全くわかっていない様子だった。


「エリカ様、そこは膝立ちでお相手の指先に口付けを!」

「一人称は『僕』にしてくださいまし!」

「ライラ様の事は『可愛いお姫様』と呼んでください」


 またお節介な女子生徒がエリカに余計なアドバイスをして事態を悪化させた。

 そのアドバイスをさっそく実践しようとしたエリカを僕は本気で止めた。もし指先に口付けなんてされていたら確実に僕はその場で鼻血を噴いて卒倒していたと思う。

 それに、殿下やディーン様に叱られそうだ。


 エリカと体が密着している状態は僕にとって刺激的すぎて只でさえ下手なステップが全く踏めなくなってしまった。

 普段に習うとしたら男性パートなのだ。急に切り替えろと言われても僕はそんなに器用な人間ではない。三歩目でエリカの足を思いっきり踏んでしまって軽く自己嫌悪に陥った。


 仕方がなく隅によって練習していたところに、殿下と一緒に外出していたはずのディーン様が帰って来た。そして僕が疲れている様子を鼻で笑ってこう言ったのだ。


「じゃあ、俺と代われ」

 ディーン様はそう言って、さっさとエリカを連れていってしまった。

 エリカは男装のままだが長身のディーン様と踊っている姿はとても綺麗で、お節介三人組含めた多くの生徒が見惚れていた。


 しかも、なぜかエリカに手刀なんてくらわせていたディーン様の事を僕が睨むと、いやらしく口の端を持ち上げて不適に笑っていた。

 僕は負けじとにらみ返してディーン様に宣戦布告をした。


 僕は、ディーン様がエリカに対して異性として好意を抱いているとは考えていなかった。

 でも、ディーン様があんなふうに女の子に笑いかけているのは見たことがない。僕も姉もディーン様とは幼い頃からの付き合いだが、姉に対する態度とエリカに対するそれは全く違っている。


(教えてなんてやるものか!)


 敵に塩を送るつもりなんて全く無い。僕はエリカよりも二つも年下で今は女の子だと思われているのだ。そんな不利な状況だから、ディーン様には一生、鈍感剣術馬鹿のままでいてほしいと思うのだ。


 僕の秘密はダリモアさんには既に打ち明けているし、エリカの兄上も知っている。僕としては早くエリカに打ち明けて、僕の事をきちんと男として認識してほしかった。

 エリカなら、事情を説明すれば僕の事を受け入れてくれると信じている。でも、エリカは素直な性格で顔や態度に何でも出てしまうから本人のためにも言わないでおこうという話になったのだ。


 僕は日頃、殿下やエリカ以外の同級生とはあまり積極的に会話をしていない。たぶん人見知りが激しい人間だと思われているし、実際の「ライラ」はそういう人だ。

 エリカに対してはなぜか早いうちから上手く立ち回る事が出来ず、かなり素に近い態度で接していた。おそらく夏季休暇に入ったら打ち明ける事になるだろうし、殿下の希望としては出来れば事前に「ライラ」を紹介して様々なすり合わせをしたいと考えているようだった。


 早く本当の僕を知ってほしいと願っているけれど、それは同時にエリカの側にはもういられなくなるという事だ。


 もうすぐ別れが近づいている。それでも僕は――――。


 いつも読んでいただいてありがとうございます。このお話でシリル編は終了となり、次回からはエリカ視点に戻ります。

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