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23シリルの後悔

 学園では、僕も殿下も予想をしていなかった困難がたくさん立ちはだかった。

 リボンの結び方もそうだが、一番の難題は男女別授業――――裁縫の授業だった。

 エリカは魔術以外は何でも出来る子で、裁縫まで僕に教えてくれる事になった。これを習得して将来に役立つかはかなり疑問だが、エリカの手を煩わせるのだから真剣にやろうと本気で思った。


 さらにエリカはその可愛らしい外見からは想像も出来ないが槍術や馬術まで出来る特別な子だった。それに比べて僕は一応、男なのに体力は無く剣術は得意では無かった。

 ディーン様とエリカが武術の稽古をしているのを見て、僕は本気で自分の無能さが嫌になった。


 僕からするとディーン様とエリカは対等な関係に見えた。そして僕とエリカは対等ではなく、いつもエリカに助けられている関係だという事が段々と恥ずかしくなっていた。永遠に埋まらない二歳の差が僕にはとても大きくて、もどかしくてディーン様に明らかに嫉妬している自覚があった。


 そんな時、あの事件は起こってしまった。


 後から思い出しても、路地裏を塞ぐように停められた馬車を見るまでの意識はぼんやりとしていてどこか夢でも見ているみたいだった。


「……!? ……あれ!? どうしてこんなところに……?」

 突然僕の意識が覚醒し、同時にかなり危険な状態である事だけは認識した。

「落ち着いて。……私にも分からないけどライラは人に狙われるような覚えはある?」

 黒いフードの男に見覚えはない。だけど「ライラ」が狙われる理由はあった。敵は前回失敗したと認識しているはずなのに、一度で諦めずにしかもこんなに早く再襲撃してくるとは思っていなかったのだ。


 ここは僕がエリカを守らなければいけない。僕は時々カーライル家で魔術師として模擬戦という形の訓練を行っていた。

 でも実際に危険な目にあった経験など一度もなく、どうすればいいのかとっさに思い付かない。


「急げ! 人が集まると厄介だ!」

 反対側から敵と思われるスーツの男が現れて、襲撃者は二人になってしまった。


(エリカは僕を戦力だと思ってない……)


 エリカは僕を庇うように立っていた。エリカが僕を守ろうとしてくれている事はすぐにわかった。

 そして、エリカは僕の事を戦力だと考えておらず、僕達は連携して戦えない。それなら、エリカを巻き込んでも最悪の事態にならない魔法を選ぶしかなかった。

 僕が考えている最中にエリカが後から現れたスーツの男に向かって行った。僕はとにかく敵を倒そうと陣を描いた。

 エリカがものすごい早さでスーツの男を倒した。僕はフードの男を倒そうと陣を向けるが魔術の発動より相手の剣の方が速そうだった。

 覚悟した瞬間、エリカがフードの男の顔面にデッキブラシを叩きつけていた。


「ぐあっ!!……この小娘がっ!!」

 何が起こったのか見えなかった。

 でも苦しむ男の前で膝をついたエリカの肩は真っ赤に染まっていて、それを見た僕の体は全身の血液が沸騰しそうなほどざわついた。

 とにかく振り上げられた剣を止めたくて、無我夢中で魔術を放った。


 必死に立ち上がろうとしていたエリカが僕の魔術で押し潰されるように再び地面に倒れた。僕に背を向けて横たわっているために顔は見えないが、反応が無くなる。


「ぐっ!……くっ……」

 フードの男は押し潰されても、意識を保っていた。これでは魔術を解除出来ない。

 エリカの白いブラウスが赤く染め上げられる様子を僕は呆然と見ていた。

「誰かっ……誰か……!! エリカが……」

 僕が祈るような気持ちで言葉を吐き出すと、背後から複数の足音が響いた。


「シリル!!」

 ついさっきまで一緒にいた王太子殿下達だった。

 倒れている二人の男と赤く染まったエリカ、そしてその上で輝く陣を見たディーン様が腕から黒い棒のようなものを取り出して叫んだ。

「シリル! 解除しろっ!!」

 僕はその言葉にすぐに従った。二人を押し潰していた陣が消えるのと同時にディーン様がフードの男を気絶させる。

 殿下とディーン様が手際よく敵を拘束する間、ダリモアさんはエリカに駆け寄り傷を確認していた。


 僕は青白くなったエリカの顔と血に染まった右肩をただ見ていた。


 ダリモアさんとディーン様が応急処置をして、エリカはすぐにレイ先生のところへと運ばれた。


 僕がもしディーン様のような大きくて丈夫な体を持っていたなら、彼女を守れる強さを持っていたなら……そう思ったら悲しくて、悔しくて、エリカに申し訳がなくて、僕はずっと泣いていた。


 殿下達は僕の事を責めなかった。悪いのは油断した自分達だと……。

 それは殿下にとって僕が対等で信頼できる仲間ではなく、あくまで守るべき弟分だから。


 目が覚めたエリカは僕や皆の前で気丈に振る舞っていた。

 でも、深夜になって多分彼女は一人で泣いていたのだと思う。僕に気がつかれないように声を押し殺して。


 その涙を拭ってあげる事もなぐさめる事も彼女から求められていない存在……それが今の僕なのだと否応なしに自覚させられた。

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