22シリルの回想
突然ですがライラの弟、シリル視点でお送りしております。
「僕がしばらく姉様の身代わりをしますよ!」
我ながら名案だと思った。だって、僕達はそっくりで僕がふざけて姉のふりをしたら使用人達は全然気が付かないのだから。
わかるのは家族と王太子殿下、あとは勘の鋭いディーン様くらいだろう。
同じカーライル家の人間でもサミュエルなんて簡単に騙されそうだ。彼はつい最近まで僕の事を女の子だと思っていたのだから。
「いくらなんでもそれは……」
姉の側で僕の話を聞いていた王太子殿下はその提案に驚いて目を丸くしている。
「シリル……そんなの危ないわ……」
姉はまだベッドから起き上がれない状態だというのに僕の事を心配して止めようとする。
姉が宰相家の手の者と思われる男に襲われたのは二週間ほど前の事で、使われた刃物に毒が塗ってあった。傷は魔術ですぐに治療が出来たのだが、毒の特定が難航して生死をさまよう重症だった。
少しずつ回復して、今では短時間であれば立ち上がる事も出来るようになり、医者の見立てでは数ヶ月で完全に回復するだろうという事だか、それでは王立学園の入学に間に合わない。
姉は学園でそれなりの結果を出して、王太子殿下に相応しい人間である事を証明する必要があるのに。
「でも、入学から半年も休学する事なんて出来ないですよね? だったら僕にまかせてください!」
僕は少し前まで魔力を上手く制御する事が出来ず、度々体調を崩しては寝込んでいた。
僕がベッドで寝込んでいる時、いつも寂しい思いをしないように慰めてくれた優しい姉。そんな姉が困っているというのに何もせずにいる事など出来ない。
姉自身も体が強い方ではないのに、いつも僕の面倒を見てくれたのだ。
「それしか手段がないかもしれない……」
「ですが……シリルはまだ十三で……」
「姉様! 大丈夫です。僕だって姉様のお役に立ちたい!」
こうして僕は姉の代わりをする事になった。
僕の思い付きは浅はかで、学力が足りないだとか、声が違うとか色々な問題があった。
声については、殿下のはとこで教師をしているウィルフレッド・レイ先生という人物が協力してくれる事になった。有名な魔術師で殿下の師でもある人物だ。
レイ先生はものすごい嫌がっていたが殿下の事を弟のように思っているため、最終的には協力してくれたのだ。
先生は声を変えるための陣を考えてくれて僕に教えてくれた。ただし、その魔術は僕の体の中で陣をつくって、常に魔力を消費し続けるものだった。
魔力が有り余り、それが原因で体調を崩す事がよくあったので、常に魔力を消費し続ける事それ自体にさほど問題は無かったが馴れるまではさすがに大変だった。
学力に関しては、とにかく入学までに詰め込むしか無かった。
ローランズの領地は港町を中心とした商業で栄えるサイアーズという名の土地だ。魔術師としてだけではなく領主としてサイアーズを治めるために僕はそれなりに勉学に励んできたつもりだ。それでも二学年上の学生と張り合える程ではない。
最終的には姉と交代した後に、姉が努力すればいいのだが、急に出来るようになるのは不自然だ。
僕がいい成績を修めれば交代した時の姉が最初から実力をだす事が出来るという訳だ。
そして殿下やレイ先生の指示のもと、僕はハーティア王立学園へ入学をしたのだ。
*****
入学式を控え、寮に入った僕は同室となるエリカ・バトーヤという女の子と出会う。
学園ではルームメイト同士のトラブルを避けるために仲の悪い家同士の者を同室にしないような配慮があるらしい。
殿下によれば、バトーヤ家は北のノースダミアという農村地帯の領主一族だそうで、兄は文官としてとても優秀な人物でエリカ自身はずっと領地で暮らしていたため人柄まではわからないとの事だ。
僕の性別や入れ替わりの事が最もばれそうなのはルームメイトのエリカだ。
親密になりすぎても問題かもしれないが、ここでの人脈は将来に繋がるものだから敵対する訳にもいかない。
とりあえず好印象を持たれるように僕は笑顔で彼女を出迎えた。
エリカは緩く巻かれた茶色の長い髪と綺麗なグリーンの瞳の、まったく気取ったところのない元気な女の子だった。
しかも僕がベッドの上で姉に読んでもらったような冒険を実際に経験しているらしい。
エリカの冒険譚は面白くてつい夢中になって聞いてしまった。仲良くなれそうな気がしたが、やり過ぎると殿下に叱られそうだし、別れが辛くなりそうだ。
「あれ? 髪はそのままなの?」
初めて制服に着替えて食堂へ行こうとした僕にエリカがそう言った。
「実は私、少し不器用で……」
僕の髪は男の子にしては長かった。一つに束ねる事はあるがリボンをつける趣味なんてない。
「まぁ、普通は使用人がやってくれるものね。ちょっと待ってて」
エリカはよりにもよってコテコテの少女趣味のレースリボンを僕の頭に当てて喜んでいる。
本気でやめてほしいと思ったが、拒否する理由が思い付かない。
僕はされるがままになっていた。仕方なく女装しているが、男なのにリボンまでつけられてしまうという恥ずかしさで倒れそうだった。
「ライラ……とっても可愛い!! どう? これなら練習すれば不器用でも出来るようになるわよ」
何も知らないエリカは素直な性格そのままの笑顔を僕に向けてくれた。髪を丁寧にすいてくれたが、そんな経験など一度もない僕はそれだけで心臓がドキドキしてそれまでと違う意味で恥ずかしくなった。
「出来なかったらまた私がやってあげるけど、自分でも練習するのよ? せっかくこんなに可愛い顔をしているんだから」
「はい……。ありがとうございます」
僕はもうエリカの顔をちゃんと見る事が出来ず、下を向いて耐える事しか出来なかった。
その後、二人で食堂に行ったところで、王太子殿下とディーン様に会った。僕の様子や同室のエリカの事が気になったのかわざわざ隣に座った。
僕は、リボンを見てニヤニヤと笑う二人に対し本気で殺意を覚えたのだった。
*****
エリカは結構思い込みが激しく、とても変わった女の子だった。でもそこがすごく可愛くて年上とは思えなかった。
そして意外だったのが、彼女が同学年で飛び抜けた天才だった事だ。
ディーン様やダリモアさんも凄いけれど、エリカはちょっとレベルが違っていた。
エリカは図書館で三年生の教科書を借りたのだが、それすら全て習得済みの内容だったようで、とんでもなく授業がつまらないと落胆していた。
僕に勉強を教えてくれるようになってからは授業中にこっそり問題集を作ったりしていたようだ。
授業は一応聞いているようだが、いつも図書館で借りてきた難しい本を読んでいた。
授業に全く関係の無い本は読まないというのがエリカのポリシーで、一応その教科の出来るだけ関連した項目を掘り下げているそうなのだ。
どの先生もとてもやり辛そうにしている。
僕の方はと言うと、ある程度予想はしていたが、他の生徒のレベルが予想以上に高く焦っていた。
エリカは天才なのに人に教えるのも上手く、殿下との会話を聞かれてしまった事は僕にとってはいい事尽くめだった。
殿下は、たとえ入れ替わって不自然なほど急に「ライラ」の成績が上がったとしてもエリカに教えて貰ったからだという事なら誰も疑わないだろうと言うのだ。
僕自身もエリカに色々と教えてもらう事は嬉しく、エリカに構ってもらうとそれだけで幸せな気持ちになれた。
そして、入学間もない頃、僕は一度だけ体調を崩した。久し振りの体調不良で泣きたいほど心細かった。集中力が続かないので声を変える魔術が使えず、喉が痛いという事にしたけれど、声の秘密がバレてしまうのではないなかという不安もあった。
授業が終わったらすぐに帰って来てくれるはずのエリカが全然帰ってこない。何だか悲しくて泣きたい気持ちになっていたところに何故か王太子殿下がやって来た。
「熱があるそうだけど大丈夫? 心配だからウィルフレッド兄上にお願いしてこっそり入れて貰ったんだ」
レイ先生は殿下に甘過ぎると僕は思った。しかも殿下が心配しているのは僕の事ではなくて、秘密の事だ。
「声の魔術は安定しなくて使えませんが、喉を痛めたという事にして……エリカは疑ってないと思います」
「まあ、あの子ならそうだろうね。聡い子なのに、……ウィルフレッド兄上いわく、『頭の中がお花畑』だからね……ふふっ」
「エリカをバカにしないでください。さっさと帰った方がいいのではないですか? エリカが帰って来ますよ」
「それは大丈夫。エリカ君の事はディーンに見張らせているからね。……君のところに行くって言ったら恋人を心配して忍び込むのだと勘違いしていたよ。笑っちゃうでしょ?」
殿下は楽しそうだったが、僕は全然そうじゃなかった。エリカを騙している事を面白おかしく言う殿下に腹が立ったし、そもそもの発案者である僕も同罪だから。
僕は泣きたい気持ちのままエリカの帰りを待っていた。
帰ってきたエリカはなんとディーン様と買い物をしてお茶もして楽しく過ごしていたらしい。
僕より先にエリカとデートをしたディーン様にとにかく腹が立ったし、ありもしない殿下との激甘イチャイチャ話を聞きたがるエリカにも腹が立った。
でも僕のために買って来てくれたプディングはとても甘くて、エリカが食べさせてくれるとお腹だけではなく心まで満たされたのだ。