19魔槍
次の休日はカーライル家のお屋敷へ行くことになった。最近カーライル様によく噛み付いているライラは二人きりで出掛けることに大反対し同行したがっていたが、夏期休暇の前には試験があるので課題をたっぷり出して寮に置いてきた。
カーライル様から男装するなと念を押されていたので、若草色のワンピースを選んで袖を通した。
「はぁ……、せっかくなら私も一人で馬に乗りたかった」
「一頭しかねぇから、文句言うな」
スカートだと上手く乗ることが出来ないので、カーライル様に手を借りて馬上にあげもらう。
ノースダミアだったら一人で馬に跨がり野山を駆けられるのだが、今日は女性らしく横乗りで、カーライル様が手綱を握る。
「あの、カーライル様……もうちょっと速度上がりませんか? 全く風を感じません」
「街中でそんなに速く走れるか……。ところでお前、その呼び方やめろよ。誰かわからん」
今日はこれからカーライル邸に行くのだ。確かに「カーライル様」では誰に話し掛けているのかわからなくなるだろう。
「では、あの……ディーン様」
「な、な、なんだ?」
「呼んでみただけですが?」
「用がないなら呼ぶなっ!」
カーライル邸へ行く前に私の家に寄る。手ぶらで訪問するのも如何なものかという事で、バトーヤ家のコックに郷土菓子を用意させたのだ。
「お前にしては気が利くな」
将軍と違い、任務中に殿下の側を離れるような事はしなかったディーン様はノースダミアの菓子をまだ食べた事がない。
平静を装っているが、内心は食べたくてうずうずしているに違いない。
そして再び馬に乗りたどり着いたカーライル邸は、私の家の五倍はありそうな広い敷地に建つ大きな屋敷だ。さすがは王家を守護する武官の一族といったところだ。
しかし、私は敷地内に入り別の意味で驚く事になる。
「木が……枯れている!」
庭の隅に植えられている木が枯れていた。正確には落雷か火災で黒焦げになっている状態というべきだろうか。領地の山中で似たような光景を見た事がある。
それに、本来庭園があるべき場所には花はおろか木も植えられていない。庭ではなく学園の運動場のようだ。
屋敷に入ると日当たりの良い大きなテラスに続く部屋へ通される。これだけ広々と殺風景な庭であれば、どの部屋も日当たりは抜群なのだろう。
広いテラスは十段ほどの階段を下がると先程見た無惨な木が残された庭へと繋がっている。
テラスに置かれている椅子にはカーライル将軍がどっしりと座り私達の到着を待っていた。
「おお! エリカ殿、よく来てくれたな」
カーライル将軍は私を歓迎してくれるが、視線が時々私の手元、正確には持っている包みに行っている。
「本日はお招きいただきありがとうございます。将軍閣下におかれまして――」
「エリカ殿っ! 堅苦しい挨拶など不要だ。よく来てくれたな。さぁ掛けなさい……して、その包みは?」
「ノースダミアのお菓子をお持ちいたしました。将軍閣下のお口に合えば嬉しいのですが」
「おおっ! これはありがたい。……すぐにいただこう」
将軍はそう言って、近くに控える家令に包みを開けさせる。
「ほう、これは前に食したものとはまた別の菓子だが…………ふぐ、ふぐ、……美味であるな」
「確かに、初めて食べる味だか旨いな」
二人がお菓子を口に放り込み感想を述べる。
絶妙なタイミングで私達にも飲み物が運ばれてきて、完全にくつろいでしまっている。今日の用件を忘れられていないかと私はかなり心配になった。
「失礼します」
お菓子の品評会になりそうな雰囲気のところに二人の人物がやって来た。
一人は二十代前半の青年でひょろっとした印象の人物。もう一人は私と同世代の少年。二人とも黒髪で、ディーン様と同じ黒い服装――――カーライル家の人物である事がわかる。
「僕はサミュエル。カーライル家の次男だよ! よろしくね、お姉さん」
サミュエル君は私達より二つ年下で、ディーン様とよく似ている。二つ年下だが、身長はすでに私より少し高いくらいだ。ディーン様より素直で人懐っこそうな印象だが、もしかしたらディーン様も数年前までこんな感じだったのかなと思わず想像してしまった。
もう一人は分家の人間でドミニクさんと名乗った。彼は細長い革張り箱をその手に持っていた。
「それにしても、お姉さんは本当に兄上を負かしたの? もっと野猿みたいな女の子だと思ってたよ!」
サミュエル君に悪気は無さそうだ。ほめているつもりなのかもしれない。
負かしたと言ってもディーン様が私の手の内を知らなかったという要因が大きく、復帰してからの練習では手加減されているにも関わらず負け越していた。
ディーン様の剣技そのものは正統派といえるものだが他流派や変則的な技を取り込む事に抵抗がないようで、その柔軟な考えが彼を強くしている。私は打ち合いをする度に明らかな実力差を感じるようになっていた。
だからディーン様に一度だけ勝った事があまり誇らしくないのだ。
「ねぇ! お姉さんは当然、兄上のお嫁さんになるんだよね? シリルのもやし野郎なんかより兄上の方がずっと男らしいし強いもんね!」
「くそガキは黙ってろ!」
無邪気とは恐ろしいものだ。ディーン様と私が触れてほしくない話題を何のためらいもなく口にするのだから、それにしても――――。
「しりるのもやしやろう?」
それは全く聞いた事の無い名前だった。私が困惑しているとディーン様が教えてくれる。
「シリル……シリル・ローランズはあいつの弟だ。サミュエルとは同じ年で……まぁ、友人だろうな。たまにここで一緒に訓練してるんだ。実戦だと剣士を魔術で攻撃しないなんてルールはねぇからな。ローランズ家とはそういう付き合いだ」
「あんなもやし! 友達じゃないしっ!!」
二人はライバルなのだろうか。シリル君のことをよく知っていそうなのにサミュエル君は「友人じゃない」と頬を膨らませ憤慨している。
私はサミュエル君からシリル君の事を想像した。私達の世代で二歳の差というものは以外と大きいようだ。こんなに無邪気な年頃の男の子を変な話に巻き込んでしまって改めて申し訳なく思った。
「サミュエルさん、邪魔をしてはいけませんよ。……さぁ、早速ですが魔槍をお持ちしましたので」
ドミニクさんが革張りの箱をテーブルの上に置く。さすがは製造費用が高額な武器というだけの事はあり保管箱まで高そうだ。
金属の金具をカチャリと外して箱が開けられる。
中には幾何学模様と細かな文字が刻まれた三十センチほどの棒、取り外された状態の穂とよばれる槍の刀身部分、そして収納方法が記された説明書が入っている。
「おおっ!」
ディーン様の魔剣よりかなり格好いい。期待で胸が高鳴る。
「お前の魔力で展開できるか?」
ディーン様が若干心配そうに聞いてくる。私の少ない魔力で展開する事が出来なければこの武器はもらえないのだ。
私は魔槍を握り、魔力を込める。私の魔力が魔槍に刻まれた線と文字を輝かせる。そして――――。
「やったー!! 展開出来ましたよ。……後は穂を取り付ければ……」
「まて、いくらなんでも学園で刃物なんて所持していい訳ないだろ」
私が魔槍の金口に穂を取り付けようとするとディーン様に止められた。
「え? ……でもそれだと……」
私は穂の付いていない魔槍をじっと見つめた。穂がなければ槍とは言えない。
「…………」
ディーン様も無言で魔槍を見つめている。もしかしたら同じ事を考えているのかもしれない。
「これは……物干し竿?」
私に与えられた秘密兵器は、魔力で伸びる物干し竿だった。
魔槍改め物干し竿は、それでもいざという時に使えそうなので、ありがたく頂戴する。
ハーティアではあまり主流ではないが、棒術という武術もあるし、物干し竿ではなく棒術の棒なんだと思えばそんなにダサくない気もする。
魔術を使わず手で組み立てる、ねじ込み式タイプの槍もあるのだが、展開時間を考えると素晴らしい武器だと思う。
ただし私の魔力では再収納が出来ないというのが難点だ。今回はディーン様に片付けてもらった。ライラのように軽々という訳ではないがディーン様も中級の魔術を使えるのだ。
ついでに足……というより太ももに固定するための革ベルトもいただいた。
ディーン様の魔剣は腕に仕込んであるが、女の子である私はスカートの中に仕込めば目立たずに持ち歩けるのだ。
今日、男装して来るなというのはこのためだったらしい。
「言っておくが、絶対にここで見せるなよっ!」
カーライル様は怒っているように見えるが、これは照れ隠しというやつかもしれない。
「さすがにそんな事はしませんってば!」
どうにも私はいまいち信用されていないらしい。言われなくとも男性の前で足をさらけ出したりしないのに。