2ルームメイトは銀髪美少女
ハーティア王立学園は王都の南に建てられた全寮制の学舎だ。
バトーヤ家のある王都の中心部から馬車で一時間も掛からない距離なので、休日には外出届を出して一時帰宅をする事も王都の中心部で買い物をする事もできる。
全寮制と謳っているが、王族やすでに領主の仕事をしている学生に関しては公務での外泊や欠席を認めるなど臨機応変に対応してくれるらしい。
すでに公務をされている王太子殿下も毎日学園に通う訳ではないとの噂だ。
王都の中心まで行かなくても、学園の周辺にはそれなりの商業施設が建ち並んでいて、私の出身地であるノースダミアよりはよほど便利なところだ。
学園の中には、校舎、礼拝堂、図書館、運動場などの施設はもちろんの事、乗馬の授業があるために厩舎もある。
寮の入口までは屋敷の使用人に鞄を運んで貰ったが、ここからは全て自分でしなければならない。
もしかしたら都会のお嬢様はそんな事をしないかもしれないが、私は薪割りが得意な健康少女だ。自身の荷物を運ぶくらい何の苦にもならない。
寮監は初老のご婦人で親しみやすそうな人物だ。寮監からこの寮での規則などの説明を受けた後、私はさっそく与えられた自室へ向かった。
部屋は二人部屋で基本的に同学年の生徒一緒だ。三年間一緒に過ごす相手だから可愛くて優しい子がいい。同室の子はすでに昨日到着しているとの事で、私は出来るだけ丁寧にドアをノックする。
「どうぞ、お入りください」
澄んだ高い声が部屋の中から聞こえてくる。私はゆっくりとドアを開けて部屋に入る。
先ほどまで与えられた勉強机で予習をしていたのか、机の上には教科書や筆記用具が転がっている。私が入室するのに合わせて、わざわざ立ち上がって待っていたその少女は、今までの人生で出会った人の中で間違いなく一番の美少女だった。
肩にかかる辺りで切り揃えられた銀髪と菫色の瞳……やや小柄で二、三歳年下ではないかと思うほど可愛らしい儚げな少女。その少女がニッコリと私に微笑みかける。
「はじめまして、同室のライラ・ローランズと申します」
「あ、私はエリカ・バトーヤです! よろしくお願いしますっ!」
私達は簡単な自己紹介をした。
ライラは王都からも近い、海に面し貿易港で有名なサイアーズ領の領主一族で、弟が一人まだ幼い妹が一人の三人姉弟妹 の一番上との事だ。
王都からも近く、貿易の拠点であるこの領を預かるのだから当然バトーヤ家など足元にも及ばない名家中の名家だ。また優秀な魔術師の一族としても有名で、私もさすがに家名くらいは聞いた事があった。
「エリカ様はノースダミアのご出身なのですね。王都やサイアーズ領にはあまり雪が降りませんから、一度でいいから見渡す限りの銀世界というものを見てみたいですわ……」
「そうなの? 雪に慣れていない人はそう思うのかもしれないわね。……ねぇ、これから三年間も一緒なのだから敬語と敬称は無しにしましょうよ! ライラって呼んでもいいかしら?」
「もちろんです……エリカ? これからよろしくお願いします」
港町出身だというのに真っ白な肌をしたライラの頬が少し朱に染まる。その可愛らしさに思わず胸がきゅんとなり、私まで思わず赤くなってしまう。
おそらくライラは誰に対しても丁寧な言葉遣いなのだろう。語尾は「ですます」のままだが、呼び捨てにしてくれた事が嬉しい。
「私なんて、産まれてから一度も海を見たことがないわ。果てがないってどんな感じかしら?」
「まぁ! でしたら長期休暇の時は、サイアーズまで遊びにきてください」
「本当に? 絶対に行くわよ?」
「ふふっ。歓迎しますよ、エリカ」
ライラは田舎育ちの私の事を見下す様子もなく可愛らしく微笑む。出会ってすぐだというのに早くも仲良くなれそうな予感がして、今後の学園生活が楽しみで仕方がない。
「ところでライラは予習をしていたの?」
「……ええ、実は少し病気をしていて勉強の方は自信が無いんです……」
「そうなんだ、大変だったのね? じゃあ私は荷物の整理と読書をしているからライラは勉強に集中してね?」
「はい、ありがとうございます」
ライラの肌が白いのは病気のせいもあるのだろうか? 寮生活の極意は互いの尊重だろう。必要以上に干渉せずライラが勉強をしたいのなら、仲良くなりたいからといって邪魔をするのは良くない。私はそう思って自分の作業に没頭する。
私はまだ使われていない方のベッドに座って荷物の整理を始める。
ベッドの他には勉強机と本棚、たくさんの洋服が収納できるチェストとクローゼットが一人一人に与えられているようだ。
ベッドとクローゼットがあるスペースは一応カーテンで仕切る事が出来るようになっている。 女の子同士でもさすがに着替えを見られるのは恥ずかしいのでこれはありがたい。
出入り口の他にもう一つ扉があり、そこには小さいながらもバスルームと洗面台が設置されている。生徒の私室にバスルームを用意するとはさすがは名家の子息令嬢が通う学園だ。
本棚は共用で、半分より下にはすでにライラの持ち物と思われる教科書が入っている。私は上半分に教科書と読み切れなかった例の本を並べていく。
「エリカは随分たくさんの本を持っているのですね。感心します……」
「え? これは娯楽の恋愛小説よ? ライラは都会の人なのに、もしかして読んだことが無いの?」
ライラはこくんと可愛らしく頷いた。貿易の拠点だという港町に住んでいるにも関わらずまさか乙女小説を読んだことがないなんて。私は軽い衝撃を受ける。
「『金の王子様と秘密の恋』『王子様とドキドキ学園生活』……なんでしょう? 王子様ばかりですね……?」
ライラはなぜだか少し呆れた表情をしている。
「そうよ。今年は王太子殿下も入学されるでしょう? だから王子様ネタが流行っているみたいなの!」
「エリカは殿下の事がお好きなのですか?」
「まさか! だってお会いした事も無いし……でも、すごく素敵な方だって噂だから興味はあるわ。私は文官になりたいのだけど、出来れば在学中に素敵な未来の旦那様に出会って恋をしてみたい! 女の子なら誰でもそう思うものじゃない?」
「そうですか……?」
どうもこの手の話には興味が無いようだ。少し子供っぽい部分があるライラにはまだ早かったのかもしれない。
その後、予習を終えたライラから雪国での生活について色々と質問された。
調子に乗ってついうっかり雪山での狩りの話や兄と二人で遭難仕掛けた話など、領主の娘らしからぬ話までしてしまったが、ライラはその話がとても気に入り楽しそうに聞いてくれた。
弟がいるせいなのか、見た目とは違いお転婆なのかもしれない。
私も彼女から海や船、貿易についての話を色々と聞き、楽しいひと時を過ごす事が出来た。
そしてあっという間に日が暮れ、夕食の時間となった。