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18魔剣

 怪我をしてから一週間ほどでほとんど痛みは感じなくなり、激しい運動や武術の稽古以外は普通の生活をして構わないという事になっていたのだが、ついに本日レイ先生から完治宣言がなされた。

 今はかなりくっきりとしている傷痕は、何年か経てば少しは薄くなるようだが、完全に消える事はないだろう。

 やってしまった事を嘆いても仕方がない。二度とこんな事がないようにさらなる鍛練をするのみだ。

 今後もし何かのトラブルに巻き込まれたとしても、身の危険を冒して積極的に戦おうとは思わないが、備えあれば憂いなしというものである。


 私は放課後、さっそく武道場で皆と鍛練に励む事にする。

 ライラを一人にするのは少し不安なので、レイ先生の研究室で自習させようと思ったのだか、彼女自身がどうしてもと言い張り武道場まで付いてきた。

 そして武道場に置いてある大きな木箱を机にして私が厳選した問題集に取り組んでいる。


 一ヶ月ほどあまり運動をしていなかったせいで、まだ以前のように体を動かす事が出来ない。

 軽く準備運動をした後、基本の型通りに槍を振るう。

 利き腕である右腕をあまり使っていなかったせいで、いつもよりも槍が重たく感じられる。怪我をする前と同じように動かしているつもりなのだが、突き出した槍の位置が全く定まらないのだ。

 自分の思い浮かべた通りに体を動かす事が出来ないもどかしさを私は初めて知る事になった。


「うぅぅ……体が重いわ!」

 今日はカーライル様と模擬戦なんて絶対に出来ないだろう。瞬殺されそうだ。

「まぁ、一ヶ月も休んだらそうなるだろうな。筋力が落ちているのはともかく、右肩に違和感や痛みはねぇか?」

「はい、それは無いです。……レイ先生に感謝しなきゃ!」

 表面に残る傷から察するに、私の傷は上級魔術の治療がなければ元通りに動かす事が出来ないレベルだったようだ。先生には本当に感謝している。


「…………傷、見たらまずいか?」

 カーライル様は好奇心やからかいの気持ちで傷を見たいと言っている訳ではないとわかった。

 皆の話によれば、私の腕はブラブラして慎重に運ばないと大変な事になりそうだったという事だ。

 その応急処置をして運ぶために間近で傷を見たカーライル様がきちんとくっついている事を確認したい気持ちは納得できる。

「……どうぞ。ついでに殿下とセドリック君も」

 運動用に着ているものは普段の制服のブラウスとは違い、動きやすいように余裕のあるつくりになっているため、手首のボタンを外して肩の部分まで捲る事が出来た。


「「「…………」」」


 三人とも無言だ。はっきり言ってとても気まずい雰囲気で、私はいつシャツを下ろしていいのかタイミングを見失う。男性陣もいつ目をそらしていいのかわからないのか、とにかく凝視したまま固まっている。

 カーライル様は自分から見たいと言っておきながら励ましやなぐさめの言葉を全く考えていなかったのだろうか。無計画にも程がある。


「……あの? 言葉を失うくらいひどいですか?」

 私は半分いじわるで男性陣に尋ねてみる。殿下とセドリック君が代表者はカーライル様だと言いたげに彼へと視線を送る。私を含めた三人の視線が集まり、カーライル様は困惑してさらに固まってしまう。


「お、お、おれ、俺は別に――――」

「いつまで女の子の肌を見ているのですかっ!? ディーン様の変態!」

 そう言ったのは先程まで座って問題集をしていたはずのライラだ。ライラは私に駆け寄ってきて捲っていたシャツを下ろして手際よく手首のボタンを留めてくれる。

「なっ! 変態だと? ……お前に言われたくねぇっ!」

 ライラは反論しようとするカーライル様を睨んだ後、私の右手を両手で包みこむ。


「エリカの傷は痛そうで見ていられません。あまり簡単に……特に男性になんて見せては駄目ですよ。でも、その傷はエリカの魅力を一ミリだって損なわせる事なんて出来ないんです。だって、エリカは強くて賢くて優しくて、その上とっても可愛い女の子なんですから……本当に、エリカより素敵な女の子なんていないのですから自分を大切にしてくれないと」

 ライラは私にも少し怒っているようだ。向けられた視線がそう語っている。

 不思議な菫色の瞳にとらえられて、私はまばたきすら出来ずにいる。

 ライラの言葉をしっかりと聞いていたはずだが、菫色の瞳を見ていたらなぜか理解するのに時間が掛かってしまう。理解した途端に顔から火が出るほど恥ずかしくなった。

 ヒロインのくせに、物語の王子様を越える甘い言葉で同性の友人までメロメロにしようとするライラは結構悪い女の子なのだろうか。私はなぜかドキドキする胸に手を当てる。

 

「くっ……これが王子様すら魅了する美少女の力かっ! 負けたわ……」

 ライラは私の事を可愛いと言ってくれたが、ハーティアで一番の美少女は間違いなくライラだ。



*****



 途中で脱線してしまったが、その後はそれぞれ真面目に鍛練をした。

 感覚を取り戻したいからといって復帰初日から無理をするのは逆効果なので今日は軽めで終らせる。


「カーライル様……聞いてもいいですか?」

 私は休憩しているカーライル様に、前から疑問に思っていた事を聞いてみる。

「なんだ?」

 手ぬぐいで額の汗を拭いながらカーライル様がこちらをちらっと見る。

「カーライル様は帯剣していない時、どうやって殿下をお守りするんですか?」

 カーライル様は私の家に行った時はしっかりと帯剣していたが、学園内では丸腰である。彼は正式な武官ではないらしいが、公務にも同行しているし正式な仕事として殿下を護衛しているはずだ。

 学園内帯剣していないという事は、それだけ安全な場所という事なのだろうか。

 もちろん体術や魔術も使える彼なら丸腰でもいいのかもしれない。

 私はあの事件の時、せめて何か武器があったならと切実に感じた。

 別にライラの護衛を気取るつもりではないが、カーライル様ならあの時のもっと安全な対処方法を知っているかもしれないと思ったのだ。


「あぁ……。体術と魔術……、あとは魔剣だな。俺は丸腰じゃなくて、常に魔剣を持ってるんだが――」

「なにその反則的な武器……すごい格好いいじゃないですか! ズルい! 見たい! 私も欲しい!!」

 魔剣とはなんて素敵な響きなのだろう。きっと王家の秘宝で殿下を守護するために特別に下賜されたものに違いない。私は今までそんなものがあるという事を聞いたことが無かった。という事は存在すら伏せられている類いの最終兵器的なものなのだろか。そんなものの存在を私に教えてしまっていいのだろうか。


「お前……、そんなに目を輝かせるな。多分、思ってるようなもんじゃねぇから」

 そう言ってカーライル様は左腕を素早く振り下ろす。次の瞬間、手に黒い棒が握られていた。

 まさか、魔剣は普段体の中にしまわれているのかと思ったが、普通に腕に仕込んであり、ロックを解除し腕を振ると出てくる仕組みなのだという。


 そういえばカーライル様はもう初夏だというのにいつも制服の上着を着用している。それは仕込んである武器を隠すためのようだ。


 取り出した武器はよく見ると剣の柄だった。柄だけの剣とは実に格好悪い。

 魔剣と言うからには、光とか炎とか氷とかの刃が飛び出してくるのだろうか。


「柄に折り畳まれた状態で収納されている刃が魔術で出てくる仕組みだ…………単純な仕組みでないと速く動けないからな。時間が掛かるなら普通に魔術使った方がいいだろ?」

 私は拍子抜けしてしまう。カーライル様はそんな私を見て嫌そうに顔を歪めるが、なんだかんだと懇切丁寧に仕組みを教えてくれる。


 それよると、魔剣とは少量の魔力で展開できる折りたたみ式の武器なのだが、人気がないのであまり知られていないという事だ。

 その仕組みは東方の魔術と同じように、魔剣そのものに陣を組み込む事によって短時間かつ容易に刃を展開する事ができるというものだ。

 しかし、いくら魔術を使って本来の形に戻すといっても限界があり切れ味鋭い繊細な刃をたたむ事が出来ないため、練習用の剣のような切れ味だという事。

 そして、さらに問題なのが、再収納するのが難しく魔剣に陣を組み込む場所が無いという事。

 展開は簡単だが、再収納には中級レベル以上の魔術を扱える人間が必要となる。

 そうなると、使い捨てにしたいところだが製造に普通の剣の十倍以上の費用が掛かるため捨てられないのだ。

 それらの事情により、全く普及しなかったのだが、他の生徒を威圧せず殺傷能力もない事が逆に学園内で持ち歩くには相応しいという事で許可を得て持ち歩いているという訳だ。


「とんでもなくダサいけど、ちょっと展開してみてくれません?」

「馬鹿か! 学内でそんな事したらレイ先生に察知されるぞ。遊びでは使えねぇよ」

 授業以外での魔術の使用が禁止されている事はもちろん承知しているが、ちょっと魔術を使っただけでレイ先生に察知されるとは知らなかった。


 私はノースダミアでは飲み物を温めたり、暖炉の種火を作るのに時々魔術を使っていた。私が出来る事と言えば物を温める事と、燃えやすそうな物に火をつける事だけなのだが、もし冬場であれば知らずに学園でもやっていただろう。

 その前に教えてもらえて本当によかった。

 

「ウィルフレッド兄上は私のはとこだが、王家の直系と同等かそれ以上の力があって、特に魔力探査が得意……というか、過敏症というべきかな? 本気を出したら王都全域の探査が可能なほどの力を持っているんだ。……実際にそんな事すれば過労で倒れるけど。とにかく特殊な体質で苦労の多い方なんだ」

 カーライル様の横で同じように汗を拭っていた王太子殿下がそう教えてくれる。


 知りたくも無いもの、必要の無いものまで感じとってしまうとしたら、それは確かに大変だ。前に先生は兄のせいで眉間の皺が増えたと話していたが、そもそも苦労を背負い込む運命さだめ のもとに生まれた方なのだろう。それを私達のせいにしないでほしい。殿下の話を聞きながら私はそう感じていた。


「魔力が高いのも大変なんですね……」

「だからエリカ君、あまり問題を起こさないであげてほしい。特に星祭りも近いし……君、自分の魔力を誤魔化したそうじゃないか。本当はごく簡単な魔術は使えるそうだね」

「あはは……バレました?」

 苦労の多い方という事は理解するが、たぶん今もっとも負担を掛けている人物は殿下ではないのだろうか。そう思うが、魔力のごまかしの件を出されると反論など出来ない。


「なんだ? 魔術使えるのか? それならエリカ、お前に魔槍……貸してやろうか?」

 カーライル様がニヤリと笑った。

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