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17ダンスのパートナー

 ハーティア王立学園では毎年秋に学園祭が催され、季節が春から初夏に変わる頃からその準備で忙しくなる。最近の学園はその話題で持ちきりだ。


 私とライラが昼食後、中庭で休憩をしていると同級の女子生徒達が集まってくる。そういえば、邸から戻ってから男子生徒と一切会話をしていない。唯一、レイ先生のお手伝いで事務的な話をしたくらいだろうか。

 普段ならわりとよく会話をするカーライル様とは視線すら合わなくなった。


「エリカ様やライラ様は、今日の練習に参加されますの?」

 練習というのは、ダンスの練習の事だ。学園祭では最後にダンスパーティーが催される。そのダンスの練習会が放課後週に一回、自由参加という形であるのだ。

 私も参加してみたいのだが、パートナーがいない。王太子殿下達は公務で朝から欠席しているし、そもそもカーライル様を誘う気になれない。

 ここはセドリック君にお願いしようと思ったのだが、数日前からオーレリア・マクブレイン嬢他、数人の女子から追いかけられていたので無理だろう。

「私も参加はしてみたいのだけど、パートナーがいなくて。……でもまぁ、練習をしなくても恥をかかない程度には……」

 言いながら何気無く隣を見るとライラが真っ青な顔をしている。

「ライラ……またなの……?」

 ライラは小動物のように震えながら小さく頷く。

 魔術の練習しかしてこなかったというライラは中級レベルの魔術を軽々と使える秀才だ。同学年でそんな事が出来るのは、おそらくライラの他には王太子殿下だけだろう。そこだけはすごいのだが、とにかく魔術以外の事が冗談かと疑いたくなるレベルで全く出来ないのだ。


「どうしよう? 誰かクラスメイトを誘ってみる?」

 ライラがお願いすれば男子生徒は誰でもパートナーになってくれるだろう。

「嫌ですっ! 無理です……あまり話した事の無い男子生徒と踊るなんて……」

 今度はブルブルと頭を横に振り、全力で拒否する。いくら秘密にしているとは言え、恋人がいるのに他の男性をパートナーに選ぶのは嫌だろう。

「困ったわね……」

 私が考えあぐねていると女子生徒の一人が目を輝かせて提案してくる。


「では、エリカ様が男装してパートナーになればいいのですわっ!」

「キャーっ!! それは名案!」

「では、わたくし私服着用の許可を取って参りますわ!」

 女子生徒達がノリノリで、もはや後には退けない状態になる。


 こうして私のダンスパートナーは決まった。


 放課後になり、私は着替えてからライラと一緒に今日の練習会場である室内運動場へ向かう。

 もうすでに多くの生徒が集まり室内はザワザワとしている。

 よく考えたら、この手のイベントは男子生徒と仲良くなり恋の花咲くチャンスであった。さすがの私も何をやっているんだと、自分自身に突っ込みを入れたくなった。


 上級生が本番で踊る曲を演奏しステップの手本を見せてくれる。

 全部で五曲あるが、どれもそんなに難しくない。知らないステップもあったが、何度か踊れば覚えられそうだ。

 今日はそのうちの一曲を重点的に練習する予定らしい。

 ライラもこの程度ならきっと踊っているうちに何とかなるだろう。とりあえず実践あるのみだ。


「さぁ、お嬢様。……どうか私と踊ってください」

 そう言ってライラに手を差し出す。私の愛読書ではこんな感じでヒーローがエスコートをするのだ。習うだけは習ったのだが田舎ではダンスを踊る機会が無かったので本で知識を得ておいて良かった。


「はい……。でも、あの、たぶん……なんか少し間違っているような」

「え? そうかしら。おかしいわね?」

 私の知識が間違っていたという事なのか。所詮ノースダミアはド田舎、ライラのような都会人はそこを見抜いてしまうのだ。


「エリカ様、そこは膝立ちでお相手の指先に口付けを!」

「一人称は『僕』にしてくださいまし!」

「ライラ様の事は『可愛いお姫様』と呼んでください」

 私が落ち込んでいると最近やたらと親切な同級生達が教えてくれる。

「なるほど! 私とした事が勉強不足だったわ」

 私が最初の手をとる部分からやり直そうとすると、ライラは急かすように私の手を握る。

「ほら! 曲が始まりそうですから、挨拶部分のやり直しは次の機会にしましょう!」

「それもそうね。ほら、ライラは私にしっかりと体を預けなきゃ。恥ずかしがっていてはダメよ」


 私はライラの体を強く引き寄せる。ライラは顔をリンゴのように真っ赤に染めながらも私に従う。

 頭の中でリズムをとりながら一歩、二歩とステップを刻み三歩目で左足を前方へ進めたところで――――ライラに足を踏まれる。


「ご、ごめんなさい!」

 ある意味予想通りなのでこの程度の事でいちいち驚かない。

「大丈夫よ、落ち着いて。……いち、にい、さん。いたっ!!」

「ご、ご、ごめ、ごめんなさい……」

 ライラは慌ててしまい、それが次のミスを誘ってしまうという悪循環に陥っている。

 運動音痴過ぎて曲の途中でステップを刻みだす事が出来ないのかもしれない。

 初心者のライラが最初から曲に乗って踊るのはどうやら無謀だったらしい。


 私達は一旦会場の端に移動して、ライラにステップを覚えてもらう事にした。

 私もライラと一緒に横に並んでゆっくりと同じステップを刻む。


 そこから一時間半。私はライラにひたすら同じ練習をさせ続けた。


「エ、エリカ……わ、たし。もう、体力が……ぜぇ……ぜぇ」

「えっ? 走っている訳でも無いのになぜ息があがるの?」

「ご、ごめんなさい……でも……ほかの、みんなも、休みながら、おどって……ます」

 ライラに指摘されて会場を確認すると、全体の二、三割の生徒が壁際に立ち談笑しながら休憩している。都会人はダンスで息があがるのかと、私は少し驚いた。


「じゃあ、俺と代われ」

 突然、低い声が響く。声の方を振り向くとカーライル様が立っていた。

「お帰りなさい。珍しいですね、一人なんて」

「殿下は先生のところだ……いいから、ちょっと来い」

 カーライル様が私の手を少し乱暴に取って会場の中央へと進む。

「カーライル様がライラの代わりに踊ってくれるんですか?」

「あぁ。つーかお前、なんで男装してるんだ。馬鹿なのか?」

 昨日まで目すら合わせてくれなかったのにどういう事だろう。仲直りがしたいのだろうか。


 相変わらずカーライル様と私が一緒にいるとそれだけで周囲がざわついてしまう。最近色々と親切にしてくれる同級生達も期待の表情を浮かべている。

 ここは少しだけその期待に応えよう。私はカーライル様と向かい合い、手を差し出す。


「えっと……『僕の可愛いお姫様、どうか一曲踊ってく』――――いたっ!!」

 言い終わる前に手刀が飛んで来て私の脳天に直撃する。

「ふざけんな!」

 彼は鋭い殺気を放ち、私を睨んでくる。

「ちょっとした冗談なのに! 酷い!!」

「黙れ……ほら、早く手をとれ」

 睨まれたまま、今度はカーライル様が手をさしのべる。私は頷き彼の大きな手のひらの上に自分の手をのせる。

 反対の手は私の腰をしっかりと支えてくれる。私も彼の背中に手を回す。

 少し上を見上げると久しぶりに彼の黒い瞳がしっかりと私の方を見ている事に気が付く。

 その瞬間、なぜか逃げ出したくなり腰が引けてしまう。それに気が付いたカーライル様がぐっと力を込めて私を引き戻す。


「逃げてどうする。……あと男装して調子に乗って踊ってたクセに恥ずかしがるな」

 私は覚悟を決めて音楽と同時にカーライル様のリードでステップを踏む。

 カーライル様はダンスまで上手いようで、一緒に踊ると次の足をどちらに踏み出せばいいかなど気にせず、ただ純粋に踊る事を楽しめる。

 私は嬉しくなってカーライル様の顔を見上げると、彼も少しだけ微笑んでいた。

 いつも難しい顔をしているか豪快に笑っているかのどちらかで、こんな表情をする人だとは知らなかった。


「ふふ、なんか楽しいですね。……それにしてもダンスも上手だなんて、カーライル様って弱点とか苦手なものとか無いんですか?」

「自分じゃわかんねぇよ。それより……」

 カーライル様が急に真剣な表情になり、私はドキリとする。

「悪かったな……。別にお前を嫌っている訳じゃないんだが……」

「こちらこそ。変な話に巻き込んでしまってすみませんでした」

 これだけ完璧に踊れるカーライル様がわざわざ練習会に途中参加したのは、やはり私とは話をするためだったのか。私はその事が素直に嬉しい。


「それで、結局どうするつもりなんだ?」

「もちろん自分で何とかするつもりです。ライラに相談したら――」

「お前っ、あいつに話したのか!?」

 カーライル様はライラに相談した事にやたらと驚く。そこまでおかしな事だろうか。

「はい。だって私の事をよくわかっていて、その手の話なら大先輩ですから! ライラも私を応援してくれるって言ってます」

「応援ね……。そのわりに言っている事と、やっている事が矛盾している気がするが……」

 それは自分でも自覚がある。よく考えたら男装して女の子とダンスの練習をしている場合ではないのだ。

「わかってはいるんですが……。でも結局無理して自分を偽っても意味が無いって思うんです。ライラも前に言ってたし」

 そのままの私を好きになってくれる人がいるはずだとライラは前に言ってくれた。私自身も、誰かに好きになってもらうために自分を偽ってもいつかボロが出てしまうと思うのだ。

「……いや、わかってねぇから。俺が言いたいのは、あのアホの言う事を真に受けると痛い目見るって事なんだが……」


 そう言いながらチラッとライラの様子を伺うと、彼女は会場の端に置かれた椅子に座って休憩しているところだった。

 そして、なぜだか頬を膨らませてこちらを睨んでいる。こちらを……ではなく、正確にはカーライル様を、だろうか。

 ライラから睨まれている事に気が付いても、カーライル様は全く気にする様子がない。むしろ嬉しそうにニヤリと口の端を歪める。美少女から睨まれるのはきっと男性にとって喜ぶべき事なのだろう。確かに私も以前ライラに睨まれて少し可愛いな、などと思った事があるので、気持ちはわからないでもない。


「最近ライラと喧嘩でもしているんですか? 睨まれて嬉しそうにするなんて、ちょっと気持ちが悪いです」

「嬉しそうにしてねぇよ!」

 演奏が終わるのと同時に本日二度目の手刀が私の頭に炸裂した。

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