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16バトーヤ邸へ

 のんびり馬車を走らせる事一時間弱、王都の中心部に程近いバトーヤ邸へとたどり着く。

 屋敷の中に入ると領地へ戻った父に代わり、兄が形式通りの出迎えをする。

 応接室では王太子と私達兄妹が向かい合うように座る。カーライル家の二人は殿下の後ろに控え、セドリック君は兄の後ろに控えた。

 

 そこで改めて王太子殿下から今回の事情説明と私の怪我についての謝罪がされた。

 兄はかなり渋い顔でその話を聞いていた。


「事情はお察しいたします。起こってしまった事は仕方がない。ですが殿下……妹に消えない傷が残るという事実を、まさか謝罪だけで済ませようとお考えですか?」

「兄様! 私には友人を置いて逃げる選択肢もありました! 私が勝手にやった事で、そのような――」

「エリカは黙っていなさい」

 私が口を挟もうとすると兄の言葉が冷たくそれを阻む。

「結果的にエリカ君があの子を守り、私に利をもたらしたのだから、侘びでないのなら報酬か……どちらにしてもただで済まそうとは思っていない」

「さすがに殿下はよくわかってらっしゃるようで安心いたしました」

 こういうやり取りをしている時の兄はいつもと違っていて、妹の私でも本心がよくわからない。


「……ローランズ家はどうだ? 先程説明した通り、このまま順調なら王家の外戚となる予定であるし、あの家は合理的な考えだから貴殿の進めたい政策にも理解がある」

「ほう? 殿下は予定や仮定の話を前提に妹の将来を決めろとおっしゃるのですか?」

 王太子殿下から飛び出した話は、どう考えても私の嫁ぎ先だろう。兄の事を家族として信じていない訳では決してないが、私の事をまるで政治的に利用するかのようなやり取りに私の頭の中は一気に沸騰する。

「兄様! 勝手に決めないでください! 私はそんな事望んでいません!!」

 そう言って兄を睨み付けると、兄の瞳が黙っていろと命令する。

 

「そうだ! それならカーライル家にすればよい。強い嫁ならカーライル家にこそふさわしいではないか。軟弱なローランズの小倅などにはもったいない! それに北国の甘味を我が家にもたらしてくれるだろうし!」

 思わぬ味方が現れるかと思いきや、将軍の発言は更なる爆弾を投じてその場を凍りつかせただけだった。特にカーライル様がものすごい殺気を放ち将軍を睨み付けている。


「将軍、甘味の話ならば王都では食べられない珍しいノースダミアの郷土菓子を五種類ほど用意しておりますよ。……コックが作り方を伝授すると言っていますが、お持ち致しましょうか?」

「いいや、それには及ばん! わしが厨房に参ろう!」

「エリカ、その蜂蜜熊将軍殿を厨房まで案内しなさい」

「兄様!!」

 自分にも関係のある話をするというのに追い出されるのは嫌だ。私は兄に食い下がる。

「これから殿下と政治の話をする。すぐに感情で口を挟むお前は邪魔だ。出ていけ」

 いつもより低い声で言われ、私はただそれに従うしかなかった。

「兄様の馬鹿! アホ! 禿げろ!!」

 最後に私は完全な捨て台詞を吐き出しながら将軍に引きずられるように応接室を後にする。


 将軍を厨房のコックに引き合わせた後、私は完全にふてくされて自室のベッドの上に転がっていた。何をするにも一階の応接室で話されている内容が気になって仕方がないのだ。


 兄は私の事をきちんと考えてくれているはずだし、地方領主の娘という立場であれば結婚相手は誰でもいいという訳にはいかず、そこには自領を安定的に維持するため、よりよくするための思惑があって当然だ。

 でも急に具体的な名前を出されて、しかも知っている人物の名前まで候補としてあげられたら動揺するなというは無理な話だ。


 ハーティア王立学園に通う生徒はそのほとんどが良家の子息令嬢だ。セドリック君のような例外もいるが庶民で入学を許可される人物であれば間違いなく将来有望な人材と言える。私が未来の旦那様候補と出会う機会はほぼ学園の中しかない。誰を選んでもノースダミアにそれなりの利益をもたらすし、もし兄の政敵になるような相手がいたとしたら、そういう人物は選ぶつもりはない。それをわきまえていればある程度自由な恋愛が許されると思っていた。


 せめて、自分の実力や魅力で本来釣り合わない男性に見初められるならいい。だが体の傷を利用してというのは納得出来ない。ライラの弟は会った事もない年下の男の子で、お互いにそんな対象として見られる気がしないし、カーライル様は明らかに怒っていた。相手に歓迎されない、それがとにかく嫌だ。


 ふて寝をしていると、話を終えた兄がやって来る。

「ノックくらいしてください!」

 私は兄に枕を投げつける。

「まったく……もう少し自分の感情を抑える事を覚えなさい」

「あんな事言わなくても! 私は自分の相手くらい自分で見つけますから! 兄様はそんなに私が信用出来ませんかっ!?」

 私は兄のように自分の事まで客観的に冷静に考える事など出来ない。言われたそばからまったく感情を抑えられていない私に兄は深くため息をついてから口を開く。

「決まった事だけ説明するが……」


 兄は第二王子と宰相家側に付くよりも、王太子殿下に付く事を選んだ。宰相側に付いている勢力が既得権益に凝り固まった考えの者が多く、兄の推し進めたい政策の障害となっているからだ。

 これらの事はセドリック君を通してのやり取りで互いの利益となる事がわかっており、手を結ぶ事はほぼ決定していたようなものだった。

 今日は殿下が自ら赴き直接顔を合わせて話す事が重要だったのだ。


 今後、兄はライラを襲った実行犯と宰相家との結び付きの調査、そして宰相家に付け入る隙が無いか……追い落とす材料が無いかを徹底的に洗い出す事に協力する。

 私の仕事はライラの勉強をみてあげる事、危険があったら知らせる事、危ない事はなるべくしない事――そこは念を押された。


「それから、お前の将来についてだが……少し時間をやる」

「時間ですか……?」

「ああ。……卒業までに父上や俺が納得するような人物を見つけるんだな。それが出来なければ、俺が決める」

「兄様は狡いです! それはローランズ家に対して不誠実じゃないですか!」

 兄はローランズ家を保険にして、私がいい相手を見つけた場合や、殿下とライラの件が上手くいかなかった場合は切り捨てるつもりなのだ。

「それは違うね。ローランズだっていくら命の恩人といえども、まだ子供の一人息子の将来をすぐに決めたくはないだろう。お互い様だ――そんなに誠実でいたいなら今すぐ話を進めればいい。そういえば蜂蜜熊将軍もやたら乗り気だったな」

「だからっ! それが狡いって言ってるんです!!」

 やはり、兄にはどうやっても勝てない。私はそれ以上の言葉が思い付かず、怒りで震える唇をきつく噛み締めた。


 帰りの馬車ではカーライル様と互いに目を合わせられず車内の空気を悪くした。

 カーライル様はとにかく不愉快そうに窓の外を向いて絶対にこちらを見ようとしないし、私もいつもの調子で気軽に話し掛ける気にならなかった。

 こうなった原因を作った将軍だけが新たな甘味との出会いに終始ご機嫌だった。



*****



「エリカ? どうかしたんですか!?」

寮に戻るなり、行儀悪くベッドに転がる私の事をライラが驚いた表情でうかがう。

「あのね――」

 ローランズ家の人間であるライラに相談するのはいい事ではないとわかっている。たぶん兄が知ったら私の行動をたしなめるだろう。

 でも、私はライラに対しては誠実でいたいし、こんな相談をしたいと思える友人はライラだけだ。私は兄から言われた事をライラに話す事にした。


「心配しなくても大丈夫ですよ。エリカの運命の人は、絶対に現れますから……。私としてはエリカがローランズに来てくれたら嬉しいですけど、エリカの気持ちが無いと意味がないですし。私の事をいつも助けてくれるように、私もエリカの事を応援しますっ!」

 ライラは私の手をぎゅっと握る。さっきまでモヤモヤしていた私の心はそれだけで嘘のように落ち着きを取り戻し、温かくなっていった。

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