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15カーライル家の武勇伝

 ライラはやれば出来る子なのだ。リボンの結び方や包帯の巻き方も上手くなったが、それ以上に勉強も頑張っていた。

 毎日かなりの量の書き取りや問題集をこなしている。答えを間違える頻度も減ってきているし、私が解説した内容は真剣に聞いていて、似たような問題を出した時はきちんと答えられる。

 まだ勉強を教えるようになって一ヶ月ほどだが、このペースなら夏期休暇前のテストでは平均越えも夢ではない。


 そして休日になりカーライル家が用意してくれた馬車で私の屋敷へと向かう。

 メンバーは王太子殿下、カーライル様、セドリック君と私の四人でライラも行きたがっていたがそれより勉強をしろという事になり、レイ先生の研究室で自習をする事になった。レイ先生ならきっと私以上に厳しくビシビシ教えてくれるだろう。顔は怖いけれど面倒見のいい人だ。

 自宅に帰るという事で私は私服に着替えてから寮を出る。寮に持ってきた服はあまり多くないが、私はその中からブルーのワンピースを選ぶ。

 白地に淡いブルーの小花があしらわれた生地で、胸元と袖口には派手ではないがレースで縁取りがされている。この服は兄が用意してくれたもので、おそらく都会でも通用するだろう。

 髪はハーフアップしにして今日も薄紫色のリボンをつける。

 ためしにライラに似合うか聞いてみたところ絶賛されたが、よく考えたら彼女なら似合っていなくても誉めそうだ。


 校門前で王太子殿下達と合流する。殿下とセドリック君はせっかくの外出だというのに制服のままだった。殿下は私服が豪華すぎてセドリック君は地味すぎて、それぞれ制服の方が都合がいいのだ。カーライル様だけはどこかの私兵のような服装で帯剣をしている。黒を基調にして藍色の縁取りがされた服装は精悍な顔立ちのカーライル様にとてもよく似合っている。よく見ると肩に楯の剣――カーライル家の家紋が付いているので彼の家で定められた服装なのだろうか。


「わぁ……いつもより強そうに見えますね!」

「俺に勝っておいて……嫌みか! エリカこそ自分の家に帰るのになんでそんなにめかし込んでいるんだ?」

「兄様が作ってくれたんですけど、一度も着ないまま夏になってしまいそうで。来年着られるかわかりませんし。ライラは可愛いって誉めてくれたんですが似合いません?」

 私はカーライル様の前でくるっと回ってみた。

「……知るか、興味ねぇ」

 そう言って、守衛の方へ歩いていってしまう。一番正直な感想を期待できそうな人物の反応がイマイチで私は落胆する。

「アーロン様のお見立てですので、もちろんよくお似合いですよ……」

 セドリック君の言葉は、その無表情と「アーロン様の」という余計な前置きで褒められている気が全くしなかった。


 守衛の詰め所で届け出をして外に出ると、すでにカーライル家の馬車が横付けされていて、四十代くらいの熊のような人物が立っていた。

 長身で肩幅が広く筋肉を二重三重にまとったような偉丈夫で、私服だがどうみても武官にしか見えず、さらに下っ端の雰囲気ではない。黒い髪に黒い髭、太めの眉――おそらくカーライル様の親戚か、お父上かもしれない。


 男性陣が馬車に乗り込み、最後に私がステップに足を掛けようとしたところで熊のような武官さんが手を差し伸べてくれる。

「さあ、お嬢さんお手をどうぞ。……まったくうちの息子は気が利かん! さっさと乗り込みおって!」

 やはり、この熊さんはカーライル様のお父上のようだ。カーライル様のお父上といえば将軍職に就いている王国軍のトップの人物のはず。

 いくら王太子殿下がいらっしゃるとはいえ、将軍自らが護衛するなどという話は聞いた事がない。


 カーライル家の馬車は肌触りの良いベルベットのソファで乗り心地は抜群だ。

 三人掛けの座席に殿下、カーライル様、セドリック君が座り、その向かいに私とカーライル将軍が座る。将軍には二人分の席が必要のようだ。

 馬車の中だというのに、なぜか甘い香りが漂っている。よく見るとサイドテーブルには紙で包まれた大量の菓子と思われるものが入っている籠が置いてあるのだ。

 自己紹介もそこそこに、将軍が焼き菓子を勧めてくれる。朝食を食べたばかりだが、車内の甘い香りにほだされて一つだけいただく事にした。


「これはカーライル家が厳選した王都でも指折りの名店に特別に作らせた菓子の一つでな、エリカ殿もぜひ食べてみるといい」

 薄い包み紙にはカーライル家監修という文字と家紋が入っている。

 包み紙を開けてみると二枚のクッキーの間にジャムが挟んであるクッキーサンドが出てくる。

 そんなに珍しいお菓子ではない。だが、わざわざカーライル家の家紋を入れているのだ。普通のクッキーサンドではないのだろう。私はそう予想しながら口に運ぶ。


 カーライル家監修のクッキーサンドは表面がサクサクしているのに中はしっとりとしている。それでいて口の中に入れると溶けてしまうように軽い。クッキーは甘さ控えめで甘酸っぱいレモンのジャムが際立つ。はっきり言って何個でも食べられそうだ。

「おいしい! ……こんなお菓子は初めて食べました!」

「そうであろう。これは普通のクッキーより崩れにくく持ち運びに便利で喉が渇きにくい、レモンが疲労回復に効果的でまさに武人のための菓子なのだから!」

 私が一つ食べ終わる間に、将軍とカーライル様はそれぞれ三つもクッキーサンドを食べていた。

 普通、武人の携帯食といえば干した肉などを想像するがカーライル家では違うらしい。


「ところでエリカ殿は先日、うちの息子から一本取ったそうだな……わしもお相手を――」

「怪我人だって言っただろうがっ!」

 向かいに座るカーライル様が将軍を睨み付ける。

「今すぐとは言っとらん! カーライル家には他にも優れた武人が大勢いるからの。治ったら遊びに来るといい。いい鍛練になるし、お菓子もあるぞ」

「はい、ぜひ! ……でも、さすがに将軍閣下には勝てる気がしません……」

 確かにノースダミアの槍術は体格差のある相手と闘うことを前提にしているのだが、人外の相手と闘う事は出来ない。この大きな体から放たれる一撃を受け止められる気がしない。

「がはははっ! わしは息子とは違うからな。女性相手に本気になったりはせんよ、安心したまえ!」


 それきりカーライル様はムスッと横を向いてしまい、その後はひたすら将軍のスイーツ武勇伝を聞く事になった。

 せめて、スイーツではない方の武勇伝なら他の二人も多少は話に参加できるのだが、王太子殿下とセドリック君は話だけでお腹がいっぱいという様子だった。


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