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13王太子殿下とライラの事情

 目が覚めると、最初に見えたものは涙で濡れた菫色の綺麗な瞳だった。

 私は彼女の涙を拭ってあげたくて右手を上げようとするが、なぜか力が入らない。


「エリカ、エリカっ! ……ごめんなさい! ごめんなさいっ!!」

 そう言って、私に抱きついてくる。私は泣いているライラの頭を左手でよしよしと撫でながら、とりあえず二人とも無事だったという事がわかり胸を撫で下ろす。


「私、どうしたんだっけ……?」

 ライラに抱きつかれたままの状況で身を起こして周囲を見渡すとどうやらここは医務室のようだった。

 私のベッドのそばには王太子殿下、カーライル様、セドリック君、そして校医用の机の付近にはレイ先生がいる。


「私がっ! 重力の魔術で押し潰してっ! それで怪我をして、気絶したのです……四時間も眠っていて! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!!」

 私に抱きついたまま大量の涙を流してライラが説明をしてくれる。どうも説明になっていない気がするが、言いたい事は何となくわかる。

 魔術にはいくつか欠点がある。色々あるが最大の欠点と言われている事は二つあり、一つは魔術を使うのに時間が掛かる事、もう一つは効果の範囲を細かく指定出来ない事だ。

 だから私はまず先に魔術師である可能性が高かったスーツの男に魔術を使う時間を与えず、無力化したのだ。

 そしてライラは私を助けようと魔術を使った。ただし、混戦状態で敵だけを攻撃する魔術というものが無いので、殺傷能力の低い比較的安全な魔術で私ごと敵を無力化したという事なのだろう。


 魔術を発動する時間は陣に魔力を送り込む速さによって変わるので、魔力が高く上手く扱える人間ほど早い。中級レベルの魔術を簡単に使えるライラは比較的早く魔術を使う事ができる。それでもやはりそれなりの時間は必要だ。


 ライラはおそらく私がスーツの男に向かっていった時点ですでにこの状況で使える魔術を考えて陣を作り始めていた事になる。

「ライラ、泣かないで。あんなに短時間だったのによく考えて偉かったわ! たぶん、ライラが魔術を使わなかったら……」

 もしかしたら死んでいたかもしれないのだ。

「でも、腕は重症で……顔の傷は私の魔法で……ごめんなさい! 私が巻き込んでしまったんです!!」


 私がライラの背中を擦ってなぐさめていると、カーライル様がライラを勢いよく引き剥がした。

「おいっ! 怪我人なんだからいい加減に離してやれ」

 最近、カーライル様は私だけではなくライラの扱いも結構酷い。互いに睨み合っているが、この二人は王太子殿下の幼馴染みで幼い頃からの付き合いのはずだ。けれども意外と仲が悪いのだろうか。

 そんな事を考えてくると、横からすっと手鏡が差し出される。差し出された方向を見ると、いつも通り無表情のセドリック君だった。

 受け取った鏡で自分の顔を確認すると浅い傷だが顔の左側が擦り傷だらけになって赤く腫れていた。見た目は結構悲惨だ。


「右肩の傷は深かったので、レイ先生が魔術を使って治療してくださいました。……しばらく動かさなければ完全に治りますが、傷は残るそうです。顔の傷は痛々しいですが、跡が残るようなものではありませんので、消毒と塗り薬で治療しています。小さな傷まで魔術で治すと自己治癒力の低下を招きますので、これ以上は勧められないというのがレイ先生の判断です」

「そうね。……レイ先生、ありがとうございました! 治癒って上級レベルの魔術ですもの……本当に感謝します」

 私がぺこりと頭を下げると、医務室の椅子に腰を掛けていたレイ先生がこちらを見据える。

「いや……生徒の安全と健康を守るのは教師の勤めだ。貴様ら兄妹は気に食わんが、教師としての義務は別だからな」

 結局、レイ先生は素直でないだけで、とても優しい生徒思いの先生なのだろう。相変わらず眉間の皺が怖いが、怒っているというより心配しているという顔なのかもしれない。


「ごめんなさいっ! エリカの肩に傷がっ……うぅっ!」

 傷が残ると聞いたライラがまた私に抱きつく。

「大丈夫よ。私はライラを守れたし、ライラも私の事を守ってくれたもの。ね?」

 今度は私もライラを優しく抱き締めた。とにかく無事で良かったと安心したら少しだけ涙が零れる。


「それで、今回の事件についてだが……」

 そう言って、レイ先生が私に差し出したのは、細かい文字でびっしりと記された先生作と思われる数枚の書類だ。


「東方魔術による暗示……」

 そう書かれた書類をめくると陣のようなものが描かれた小さな紙が貼り付けてある。

「それが、ローランズの背中に貼ってあった」

 資料によるとこれは東方の国で発達している魔術の一種だと記されている。

 東方の魔術師は陣を予め紙に描いて持ち歩く事で魔術の起動に掛かる時間を大幅に短縮しているのだ。札と呼ばれているその紙を魔力を込めてから相手に貼り付ける事によって、描かれた魔術が発動する仕組みだ。

 ハーティアでも予め陣を用意しておく技術はあるが、用途も陣の形もかなり違っている。


「紙ですか? なにそれ……すごい便利ですね」

「いや、そうでもない。簡単な魔術ならこの大きさで済むが結局陣の大きさと魔術のレベルの関係は比例するからな」

 ライラが使った光の柱でも、最終的に二メートルほどの陣になる。それを紙に描いて持ち歩くのは無理だろう。そして、ハーティアの魔術なら陣の中に移動の魔術を組み込む事によりある程度の距離まで飛ばしてから発動させられるのに対し、東方の札は置かれた場所や貼られた人物だけが魔術の有効範囲になる。紙の札に移動の陣を組み込む事はできるだろうが、風などの影響を受けない魔力で出来た陣と違い、紙を思い通りに飛ばすのは困難だろう。


 今回、使われた札はついになる札の所へ向かうように命じる単純な暗示効果の札だった。対になる札は捕らえらたフードの男が持っていたのだ。


「つまり店でぶつかった時、スーツの男に札を貼られたという事ですね」

 それにしても、私が気絶していた数時間でここまで調べてしまうとはレイ先生は有能過ぎる。


 ライラが私を助けるために重力の魔術を使用した直後、光の柱を見た王太子殿下達が駆けつけてスーツの男、フードの男、そして私からは見えなかったが馭者台にいたもう一人の合計三人を捕らえたという事だ。


「ところで、犯人の目的は? ……ライラには思い当たる事がありそうでしたが……」


「それについては私から説明する。長くなりそうだから皆も座ってくれないか? …………君もエリカ君から離れて座りなさい」

 真面目な声は王太子殿下のものだった。殿下の指示でベッドの上で上半身だけ起こしている状態の私を取り囲むようにおかれた椅子に皆が座る。長い話になりそうだ。


「まず、エリカ君には本当に申し訳無い事をした。本当にすまない……」

 殿下はそう言うと、私に頭を下げる。同級生とはいえ、恐れ多い事に私は動揺する。

「そんな! 別に王太子殿下の手の者が襲った訳じゃないですよね?」

 殿下は私の問いに頷き話を続ける。

「実は、ライラが狙われたのは今回が初めてではないんだ。再度そういう事が起こる可能性を知りながら学園やその周辺なら安全だと思い込んで二人きりでの外出を許した私の落ち度だ……すまない」


 殿下の話によると、そもそもライラが狙われる理由は、恋人だという事が公にはされていないが条件的に王太子妃の最有力で幼馴染みとして仲が良い事が知られているからとの事だ。


 この国には三人の王子がいる。長子であり正式に立太子されている王太子殿下ことウォルター・クラレンス・ハーティア様は亡くなった前王妃の御子であり他の二人の王子は十年前に王妃となられた現王妃の御子。第二王子が八歳、末の王子が五歳と現王妃の御子は二人ともまだ幼い。

 普通であれば何の問題も起こらないはずなのだが、現王妃の生家は宰相家でかなりの発言力のある家柄なのだ。第二、第三王子の外祖父である現宰相が事あるごとに殿下を廃し第二王子を推そうとしている。

 だが殿下は優秀で廃される理由が無い。

 そんな殿下がさらにこの国で魔力、財力、権力――宰相家と並ぶかそれ以上の力を持つローランズ家との婚姻が整ってしまい子でも産まれたら殿下の地盤は盤若なものとなるだろう。

 特にローランズ家に限定した話ではないが第二王子派としては王太子殿下と国の有力者との結び付きは絶対に阻止したい。ライラが狙われる理由はそこにあるのだという。


 殿下自身も常に暗殺や毒殺の危険に晒されているが、入学前になってライラが不審者に襲われて怪我をする事件が起こったのだという。


「もちろん、この話はあくまで推測で宰相家の手の者だという証拠がある訳ではない。だが学園周辺はある程度安全だという油断があった。そのせいで君やセドリックを巻き込んでしまい申し訳ない」

「殿下、前にも言いましたけど、ライラは私の友人なんです! 友人が危険な時は助けるのが当たり前ですよ! もしまた――――」

「ダメです。次は逃げてくださいっ! そうじゃないと困ります! 本当にあんな思いをするくらいならっ私が……」

 ライラは真剣だった。いつもの子供っぽい表情ではなく、かなり思い詰めた顔をしている。


「今回捕らえた犯人の目的や背後関係はまだ調査中だが、ライラの事は私やディーン、ウィルフレッド兄上……レイ先生が全力で守るから、エリカ君は自身の安全を優先してほしい。絶対の安全を保証出来ないのが心苦しいが……」

「それは、さすがにわかっています。武器も持たずに真剣に立ち向かうのは愚策でした」

「それは、私が君に情報を与えていなかった事が原因だ。暗示への対応も光の柱の件も、おそらく出来うる最善の策だったと思う。エリカ君はこれからも、この子に勉強を教えてあげてほしい」

「わかりました。でも、私は今回の件で確信しました! ライラは勉強していなかっただけで馬鹿ではないと。……判断力も実行力も備わっている強い子です!」


「最後にもう一つ。事情があってまだ君に話せていない事があるのだが、でも決して君を信用していないという事ではないんだ。……都合のいい話だが、それでも私達を信じて協力してくれないだろうか?」

 王太子殿下の事は信用できると思っている。殿下が事情があると言っているのだから、どうしても話せない事なのだろう。それが何なのか気になるが、私は殿下やライラを信じるし、今後ライラに関わらずに学園生活を送るつもりはない。だから殿下の言葉にはっきりと頷いた。


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