表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/60

12ライラとリボンと事件

 ケーキとお茶を美味しくいただいた後、私とライラは二人で雑貨屋を覗く事にした。

 ほとんどアクセサリーを持っていないライラがリボンや髪飾りを買って帰りたいと言い出したのだ。

 ライラはいまだに私があげたレースのリボンをずっと使っているのだ。自分でリボンをつけられるようになった分、かなり成長をしていると言えるのだが。

 あまりに美少女過ぎると、着飾ってより美しくなろうと思わなくなるのだろうか。

 そんなライラが珍しく、せっかく外出をするのなら買い物をしたいと言い出した。先日、風邪を引いた時から約束していたし、友人と二人で買い物をするなんて私にとっては初めての経験だ。

 なにせ私の出身地ノースダミアは田舎なので、同じような立場の同世代の子供はいなかったし、商店が少ないのだ。


 ここはさすがに学生の集まる街なので、年頃の女の子が好きそうな品物がそれなりに揃っている。特に日常生活のほとんどを制服で過ごす女学生が他人と差をつけられ、おしゃれが出来るのは髪型くらいのものだから、リボンや髪留めなどはかなり豊富だ。


 ライラは色々と手に取って、最終的には綺麗なグリーンのシンプルなリボンを選んだ。素材は絹でかなり良い品物だが、ライラがつけるには地味な気がする。

「ライラには少し地味じゃない? 今しているようなレースのリボンとか、柄の入った物とか……色々あるのに」

 ライラの綺麗な銀髪なら少し派手なリボンをつけても悪目立ちしない。せっかく希少な髪なのに実にもったいない。

 私はそう思うのだが、ライラはそのグリーンのリボンが気に入ったのだという。


「エリカにはたぶんこっちの色が似合いますよ」

 ライラは私を鏡の前に立たせると、彼女の選んだものと色違いのリボンを私の髪に当てる。

 淡い紫色のリボンは確かに私の髪にも、制服にもよく合っている。

「うん。学園の制服にも合うし、ライラとお揃いなんて可愛いから私も買おうかな!」

 自分が勧めたリボンを誉められたせいか鏡越しに見えるライラはなんだかとても嬉しそうだ。

 もしライラがこの店の店員になればその笑顔で売上は倍になるだろう。


「あの、これは私がエリカにプレゼントしてもいいですか? 最初にいただいたリボンと、いつも勉強を教えて貰っているお礼がしたいのです!」

 ライラは菫色の瞳をキラキラさせながら私の瞳をじっと見つめてくる。そんな瞳で見つめられたら自分で買うから大丈夫だとは言いづらい。


「じゃあ、プレゼントしてもらおうかな? ありがとうライラ。……そういえば、ライラはグリーンで私は薄紫色だなんて、何だかお互いの瞳の色みたいね! ちょっと照れるわ」

「ふふっ、そうですね! 私、緑色が好きなんです。自然の色という感じがして癒されます。エリカの目の色も澄んでいてとっても綺麗です!」

「あ、ありがとう……」

 先程、皆でお茶をしていた時にも感じたが、ライラは恥ずかしい事をためらい無く口にする子だ。王太子殿下に続いて、ライラのその素直さに私までやられてしまいそうだ。


 店を出ようとした時に、すれ違いになった男性とライラがぶつかってしまう。

「失礼……」

 相手は女性への贈り物でも買いに来たかのような紳士的な中年男性で仕立ての良いグレーのスーツを着ている。

 少しよろけて倒れそうになってしまったライラを慌てて支えて謝罪をしてくれる。

「いえ、こちらこそ」

 幸いにも転倒する事はなく、私達は店を出る。


 私達は二人で、学園へと続く大通りを歩く。王都の中心部とは違い、馬車がギリギリすれ違えるかどうかという幅の道だが、きちんと石畳で舗装されている。

 スカートの裾が土埃で汚れない事はとてもありがたいのだが、石畳の道はどうしても馬車の車輪ですり減った部分があったり、突然一ヵ所だけ盛り上がっていたりするので、慣れない私は時々転びそうになる。

 

 少し歩いたところで、急にライラが私の手を引っ張り脇道に入る。

「……ちょっとこっちに行きましょう」

 まだ、門限まで時間はあるしもう少し色々と見て回るのは楽しそうだ。


 だがライラはどんどんと商店の無い細い路地に入っていく。

「ねぇ、どこに行くつもり?」

 さすがにおかしいと感じてライラに尋ねる。私が歩くのを止めようとしてもライラは手を強く引っ張り、何としても進もうとする。

「あちらの方向です。用があって……あっちに行かなきゃ……」

 そう答えたライラの表情はどこか虚ろだ。何かに取り憑かれでもしたかのように人気ひとけの無い方向を目指している。これはまずいかもしれない。


「ライラっ! 光の魔術……光の柱って使える? 今ここで!」

「もちろんです。でもなんで……?」

 今度は反応はいつものライラだ。彼女は自分のおかしな行動には全く気が付いていない。これは、たぶん暗示の類いだ。おそらくは特定の場所に行きたくなるような暗示が掛けられているのだろう。

 暗示の魔術というものが存在する事は本で読んで知っていた。私の知識では確か複雑な命令を相手にさせる事は難しいはずだ。おそらく特定の場所に行きたくなる程度しか相手に命令する事ができないはず。

 そして、その暗示によって命令されている衝動を妨げなければライラの反応はいつも通りのはずだ。


 本当にこれが魔術であるという確証はないが、暗示の魔術の類いは精神に影響を与えるものだ。私が魔術を使う事が出来るなら術を無効にする事も出来たのかもしれないが物理的に彼女の衝動を止めた場合、彼女の心にどれだけ負担が掛かるか分からない。

 だから、彼女をこのまま目的地まで行かせるしかないのだ。


「今すぐ、光の柱を出しなさい! 色が変えられるなら紫で!」

 光の柱は軍用に開発された魔術で狼煙の役割を果す中級レベルの魔術だ。その名の通り、天高くまで光を放つだけの無害な術だが、色を自在に変える事がそれなりに難しい。


「え……どういう事ですか?」

 ライラはキョトンとした表情で魔術を使おうとはしない。

「お願いライラ、私を信じて! 今すぐ光の柱を放ちなさい!!」

 あくまでライラの歩みを妨げる事はしないがしっかりと彼女の目を見据えて強く言う。するとライラは全く状況を掴めていないながらも頷いて両手を自身の体の前で合わせて親指と人指し指で三角形を作る。

 ライラが少し力を込めると指で作った三角形の空間の中に紫の光の円が現れる。

 私の位置からは詳細には見えないが、これは陣と呼ばれるもので、線と文字からなる魔術を使うための定型文のようなものだ。

 私達が魔術を使おうと思ったらこの陣を覚えて頭の中で正確に描き、そこに自分の魔力を乗せる事で一つの術を発動するのだ。


 ライラの描いた陣は次第に大きくなり、手を離れ空へと昇る。中級レベルの陣は最終的に両手を広げた程度の直径になるのだ。そしてライラの作った陣は建物の三階ほどの高さまで昇ったところで強い光を天空へと放った。


「これでいいですか?」

 ライラはまだ納得していない様子のままであったが私の指示通りの魔術を放ち、それでも人のいない方へと進もうとする。

 私はどこかの店の裏手に置かれていたデッキブラシを拝借しこれから現れるであろう敵に備える。

 光の柱はその場に留まり、私達はライラが導く方へと進む。


 相手の意図は全く不明だが、これだけ派手な魔術を使えば、絶対にそのうち皆が集まってくる。

 特に、王太子殿下やカーライル様が見れば、紫からライラを想像してくれるのではないかと思うのだ。

 学園でも、街中でも無許可で無制限に魔術を使っていいはずもなく、中級レベルの魔術なんて使ったら間違いなく大騒ぎになるはずだ。

 そして、選んだのはド派手だが無害な光の柱……時間さえ稼げば絶対に誰かが来てくれるはず。


「殿下、カーライル様、セドリック君……お願い早く来て……」

 私は不安から思わず皆の名前を口にしていた。ライラの手をしっかりと握ったが、何が起こるか分からない恐怖で汗ばんでいる。

 ライラにかけられている魔術の正確な情報が無い状態で、それは駄目だと冷静な私が告げる一方、本当は彼女を無理矢理引きずって少しでも人のいる方へ行きたい。ここから逃げ出したくて足が震えている。


 人気ひとけの無い路地の終わり……少し大きな道に出るはずの出口を塞ぐように黒塗りの馬車が停められている。

 その馬車の前に明らかに怪しいフード付きの黒い外套を着込んだ男が立っている。そしてその男は帯剣していた。


 黒塗りの馬車に近づくと、ライラの様子が明らかに変わる。

「……!? ……あれ!? どうしてこんなところに……?」

 状況が掴めず、かなり動揺している。

「落ち着いて。……私にも分からないけどライラは人に狙われるような覚えはある?」

 黒いフードの男と私を交互に見た後、青ざめた表情でライラが頷く。


 私達が歩いてきた方向からドタドタという足音が聞こえてくる。

 ライラが光の柱を出した方向から聞こえてくる足音――殿下達や街の自警団であればありがたい。だが、現れた人物は先程お店ですれ違ったスーツの中年男性だった。

「急げ! 人が集まると厄介だ!」


 私はその瞬間、スーツの男を敵と判断した。相手は武器を持っていない。もし魔術師であれば、魔術の起動に多少の時間が必要のはずだ。

 私はためらわず、スーツの男に向かいデッキブラシを降り下ろす。

 本来、受け身の戦法であるノースダミアの槍術だが、状況によっては先手必勝の戦いも必要だ。

 相手は魔術師である可能性が高く、どんな武器を隠し持っているかもわからない。

 相手が動く前にこちらが相手を無力化するのだ。

 私はデッキブラシの先を斜め上からスーツ男のこめかみ付近に向かって降り下ろす。そして素早く持ち変えて、柄の部分でみぞおちに強烈な突きを放つ。

 スーツの男は倒れ込み白目を向く。相手を無力化した事を確認した私は素早く黒フードの男に向き直った。


 私が黒フードの方を見るのと同時に相手は剣を抜き放った。せめて、金属の棒でもあれば多少の時間は稼げるが、デッキブラシで真剣を受け止める事は出来ない。

 私は生まれて初めて命の危険を感じていた。自分でもはっきり分かるほどに心臓の音がうるさく、額から汗が滲む。恐怖で少し震えているかもしれない。だが、ライラを置いて逃げる事はもっと怖かった。


 迷わずこちらを目掛けて向かってくる相手に、私はデッキブラシを低く構え、最初の一撃を避ける事に集中する。

 相手が剣を降り下ろした瞬間全力で横に避ける。だが、完全には避けられず私の右肩に燃えるような痛みが走る。

 私は側面に回り込んだ勢いのままブラシを相手の目を狙って振り回した。


「ぐあっ!!……この小娘がっ!!」

 ブラシは相手の左目に命中したが、時間稼ぎにしかならない。相手に攻撃した後はじめて私の右肩が赤く染まり、まったく力が入らない事に気が付く。しっかりと柄を握っていたはずの右手がいつの間にかだらんと垂れていた。


 左目を閉じて怒りで口元を歪めたフード男が剣を振りかざした。


 もう避けられない――――。


 私が最悪な想像をした瞬間、一瞬何かが光る。それが何かを認識する間もなく、私の体は地面に押し潰され、目の前がぼやけて考える事が出来なくなった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ