10槍使いの少女VS黒の剣士
授業を終えると、私は一旦寮に戻り闘いの準備をした。
服は家から運動用に持ってきたシャツ、ベスト、ズボンだ。全て洗いやすい綿素材で、兄の服を手直ししたものだった。防具は武道場で借りる事にする。
練習用の槍は木製でそれなりに重さがある。先の部分が十字になっていてこの部分で相手の武器を受け止めるのだ。槍の先はとがっていないのだが、直撃すると間違いなくあざになるほどには危険な武器だ。
力の強い相手からの一撃をまともにくらうと防具の上からでも一瞬息が止まるほどの衝撃になる。
男装して槍を持つ姿は自分で言うのもおかしいが「男装の麗人」みたいで様になっている気がする。
「エリカ、とっても素敵です。……じゃなかった! 危ないからやめて下さい!! ディーン様はカーライル家の中でも将来を期待されている凄腕なのですよ!! 女の子が闘うなんて……」
ライラが潤んだ瞳で私を止めようとしてくれる。そう言えば、前に槍術の話をした時にライラはいなかったのだ。いきなり果し合いの話が飛び出したら驚くに違いない。
「ごめんなさい……女にはどうしても闘わなくてはならない時があるの!」
単に槍の練習がしたいだけで、私にはそこまで闘う理由はないのだが、ついカッコイイ台詞をいいたくなってしまった。
武道場は土を踏み固めて造られた場所で、雨でも使用出来るように大きな屋根が付けられている。壁は無く、いくつもの柱が武道場を取り囲むように立っている。建物の中心に柱を設置せずに屋根を支えるのは結構高度な技術らしく、複雑に組まれた梁が屋根の重みを柱に伝える構造になっているとの事だ。
私は革製の防具を着けて、カーライル様と対峙する。
審判役なのか観客なのか王太子殿下とセドリック君も一緒だ。
「エリカ・バトーヤ……お前、何してくれたんだ!」
「は? あの手紙の事ですか? カーライル様が軽く追い払ってくれればいいかなぁって思って」
私がそう言うと、カーライル様から凄まじい殺気が発せられた。
そこで、ライラが男心について説明をしてくれる。男子があの手紙を受け取ったら恋文だと勘違いするだろうと。
「嫌だなぁ、ライラったら。気が付いていたのなら教えてよ! もうっ」
「ごめんなさい。ディーン様にこっそり忠告しようと思っていたのですけど、刺繍の件ですっかり忘れてしまって……」
ライラは小首をかしげて可愛らしくおどけてみせる。
「そこの銀髪! お前わざと黙っていただろう……まぁいい、とにかく勝負だ! お前も武術を極めようとする者なら、四の五の言わずに武器をとれ!」
「勝負するのはいいんですが、カーライル様は私をボコボコには出来ないですよね? 私、女の子ですし……仮に勝ったとして、それで傷付いた心はさっぱりスッキリするんですか?」
「…………何?」
「……ディーン、まさか本気でボコボコにするつもりだったの?」
さすがにそれは駄目だろうと、王太子殿下も呆れている。
「…………くっ! 卑怯な……」
それに対しカーライル様は本気で今、私が女の子だという事を思い出したようだ。
「わかりました! じゃあ、ケーキ三個を賭けて闘いましょう! 甘いものを食べれば元気になりまし、勝てば私の財布に大打撃を与えられますよ!」
「コホン……まぁ、それでいいか」
やはり、カーライル様は本当に甘党なのだ。一瞬嬉しそうな顔をした後、私の提案に乗ってきた。
「あくまで、自主的な鍛練として使用許可をとっていますので、大怪我にならない程度でお願いします。防具の無い箇所は狙わない事。有効打かどうかは僕と殿下で判定します」
審判はセドリック君がやってくれるようだ。
「ボコボコにはしないが、瞬殺してやるかな!」
カーライル様は練習用の剣を構える。元々力がありそうだし、あちらは金属製の武器だ。真面目にやらないとこちらが怪我をするだろう。
強い相手と闘える事に恐怖と胸の高鳴りを感じる。その二つが私の集中力を高めてくれるのだ。
「始め!」
セドリック君の合図で私達の闘いは始まる。
ノースダミアの槍術は基本的に受け身の戦法だ。私はカーライル様の動きに全神経を集中させて出方を待つ。
(きた!!)
彼の剣先が一瞬不規則に振れたと思った次の瞬間に、ものすごい速さの一撃が繰り出される。私は頭で理解するよりも体が先に動いてなんとかそれを受け流す。
カーライル様の狙いは私ではなく、槍の方に向けられていた。私の武器を落とそうとしているのだ。手加減をしないと言っていた割には完全になめている。
「なめないでください! そんなんじゃ、絶対勝てませんよ!」
私は次の一撃をかわした直後に攻撃に転じる。が、攻撃は簡単に避けられてしまう。
その後は私の防戦一方となる。
「くそっ! 打ち合っている気がしねぇ!!」
一方的に攻撃をしているはずのカーライル様から苛立ちの言葉が発せられる。
そうなのだ。私の槍は彼の攻撃の力の向きを少しだけ変えて全て受け流しているのだ。彼はおそらく自分より非力な相手との闘いにそこまで慣れていないのだ。
まともに相手をしてもらえない打ち合いに苛立ちを募らせている。
手応えの無い打ち合いに彼の攻撃には次第に無駄な力が入り始める。
そして強烈な一撃を全力で避けた瞬間彼の剣が地面に引っ掛かる。
私はその瞬間、彼の胴めがけて渾身の突きを放った。
「そこまで」
セドリック君の静かな声がこの闘いの終了を告げる。
「マジか……」
カーライル様は大きなため息とともに、そう呟いた。
「ハァ、ハァ……。だからなめちゃダメだと言ったんですよ! ハァ……、ケーキ三個……お忘れなく!」
さすがに息が上がっている。肩で息をしながらも私は勝利宣言をする。カーライル様に手を差し出すと、彼は私の手を取りがっしりと握る。
「今回は負けたぜ……エリカ」
この人は今まで私の事を名前で呼んだ事がなかったはずだ。今まで「お前」としか呼ばれていなかった気がする。
対戦相手に敬意を表するという事だろうか。
「エリカ君、僕とも手合わせしてくれるかな?」
「僕も闘ってみたいですね」
王太子殿下とセドリック君も私達の闘いを見ていて、やる気になってしまったようだ。
はっきり言ってもう体力が残されていないので、本気の勝負は難しい。だが、皆の練習に付き合う事くらいは出来るだろう。
「エリカ……」
呼ばれて振り向くと、ライラが今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
「ごめん! ライラには楽しくなかったよね?」
「いいえ! そうじゃないんです! 私だけ何も出来なくて……エリカに頼ってばかりで……。そうだ私っ! ちょっと勉強してきます!! 私も早くエリカの隣にいるのに相応しい人間にならなきゃ!!」
ぱっと上げた顔は、決して偽りや強がりで無理をしている表情ではなく、本当にそうなりたいのだという強い意志が感じられるものだった。
元気よく走り去るライラに対して、私は突っ込みを入れたくなった。
あなたは私じゃなくて、王太子殿下の横に並ぶために頑張るんでしようが! ――――と。