閑話 中庭の女神像
このお話は『9手紙と刺繍』のディーン・カーライル視点、本編補足的な内容となっております。
始業前に個人のロッカーを開けたら、青い可愛らしい手紙が入っていた。
俺はその手紙を皺が出来ないように丁寧に制服のポケットにしまうと出来るだけ平静を装う事にした。
ロッカーの隙間から差し込まれた手紙と言えば、あれ以外に考えられないだろう。
俺はあくまで学生だが、殿下の護衛という任務も任されている。だからこの手紙の差出人の想いに応える事は難しい。
だが俺とてまだ十五歳……手紙を貰って喜ぶ事くらいは許される。相手には誠意を持った対応をしたい。どんな人物がこの手紙をくれたのか、とても気になる。
嬉しいからと言って、人に見せびらかすように手紙を読むわけにはいかない。
差出人の名前はなく、誰が書いたのかはわからないのだ。不用意に他人に覗かれる場所で読んでしまい他の生徒に茶化されでもしたら、相手を傷付けてしまう可能性がある。
俺は人気の無い場所でこっそり手紙を読んだ。
『放課後、中庭の女神像までいらしてください。大事なお話があります』
綺麗な文字でただそれだけが書かれていた。大切な話と言えばやはりあの話だろう。
午前中は馬術の授業だった。あの手紙の差出人が気になって仕方がない俺にとって女子と顔を合わせる必要のないこの授業は都合が良かった。
もし、一緒の授業だったら差出人の事が気になって身が入らなかった事だろう。
昼休みになり、エリカ・バトーヤが俺の所までやって来る。
いつも能天気に笑っている変人だが、今日はいつもに増してヘラヘラと笑っている。
まさか、差出人はこの女なのか? 一瞬、そんな考えがよぎるがそれはないとすぐに否定する。
この女が自身の名前すら書かずに手紙をロッカーに入れるなんて事はありえない。用があるならその場で何でも口にするタイプだ。
「カーライル様! 昨日、例のアレが届いたんですよ!」
例のアレとは練習用の槍の事だ。変人だが学力はずば抜けている。そんな彼女が妙な自信を滲ませている槍術の腕前に俺はかなり興味がある。
カーライル家が武芸に秀でた一族である事を知っているにも関わらず全く怯む様子もなく闘いたがっていること自体、面白いとしか言いようがない。
そしてついに放課後になった。
指定された中庭の女神像の付近まで行くと、普段人が集まる場所ではないのに、なぜか同じ学年の女子生徒が五人、像の付近で何やら密談をしている。
あの中の誰かが俺を呼び出したのか……集団で告白の現場にやってくるとは女とは恐ろしい生き物だ。てっきり内気な少女が一人で立っているはずだと思い込んでいたので予想が外れて落胆する。
とりあえず俺はその集団に近づいた。
「あら? カーライル様。ごきげんよう。お一人とは珍しいですわね……」
その集団の一人が俺に声を掛けてきた。どうやら差出人は彼女達ではないらしい。その事に俺はほっとした。
彼女達がいる限り、差出人は女神像に近づけないだろう。考えた末、女神像から少し離れたベンチで本を読んで待つことにした。
しかし、かなりの時間が経過しても差出人らしき人物は現れない。
そして女子生徒達も一向に立ち去る気配が無い。
「エリカ・バトーヤ! まさか来ないつもりなのかしら!?」
女子生徒の一人からそんな事を言い出す。
どうやら、彼女達はあの女と待ち合わせ――いや、一方的に呼び出したのだろう。
女同士の争いに巻き込まれるのは御免だか、一人対五人……かなり卑怯だ。もしあの女が普通の女なら女子生徒達を咎めただろう。
だがなぜだろう……全く止める気が起きない。正直、巻き込まれるのが嫌だ。
俺と出掛けたせいで女子生徒から呼び出されて困っているとは言っていたが、その表情はそれほど困っているようには見えなかったし、実際に適当に追い返しているのだから問題ない。
俺は制服のポケットにしまっておいた便箋を取り出した。もしかしたら、場所や時間を何か勘違いしたのではないかと思ったのだ。
しかし、短い文章は他の解釈を与えない。送り主は他の女子生徒がいる状態に尻込みして今日は現れないのかもしれない。
そう思って顔を上げると、女子生徒五人がこちらを――――正確には俺が持っている手紙を凝視して青い顔をしている。
「なぜ……その手紙を……?」
「は? これは俺のロッカーに――――」
「そんなはずありませんっ! それはバトーヤさんのロッカーに入れたはず!」
場所を間違えたという可能性は無い。男子と女子のロッカーはそれぞれ固まって設置されているのだ。同級生が女子宛の手紙を男子生徒のロッカーに入れ間違える可能性は無い。
犯人は一人しかいなかった。
「あの女!!」
「ひどいですわっ! 私達は少しお話をお聞きしたかっただけですのにっ! 来ないだけならまだしも……カーライル様に手紙を見せるなんて……あんまりですわ」
女子生徒の一人が顔を覆う。つられて涙ぐむ者、それを慰めながら怒り狂う者――――もはや大惨事だ。
「お、おい泣くことはないだろ?」
本当に勘弁してほしい。この女子生徒達は大勢でエリカ・バトーヤただ一人をいびろうとしていたのだから自業自得だ。
だが、俺が何かしたのか? 全く何もしていないはずだ。
確かにあの女から提案された「女子からドン引きされる行動」とやらを断ったが、その報復がこれなのか……。
男の淡い期待と純情を踏みにじられ、時間を無駄に消費させられ、面倒なタイプの女どもの相手をしなくてはならないとは。
「あいつ……絶対に許さん!」
俺は青い手紙を握りつぶした。