第8話 友達
オルヌ村から半日ほど歩いた場所にある宿泊施設に向かう二つの影。
前方を歩いているのは黒色の髪に黒い瞳の青年ジーク。
後方を歩いているのは銀色の髪に青い瞳の少女ユーリ。
二人は、土の地面を歩いていた。左右には木があり、深い森の印象がある。一度入ってしまうと、地元の人間でもないと迷子になることは必須であろう。
「もう遠くまで来てしまいましたね。あの遠くに見える建物が、我々が宿泊する施設ですよ」
「・・・・」
前方を歩くジークが後ろを歩くユーリに振り向きながら話しかける。
しかし、ユーリの表情はオルヌ村を後にして以来、依然として曇ったままであった。
「あなたはそれで良いのですか?」
「良いとは?」
質問の意図が今一つわからず、首をかしげるジーク。
少しのあいだ考え、目の前の少女が何を聞きたいのか見当がつく。
「ああ、元素解放の旅についてですか。それなら道順は頭に入っていますので」
「そうではなくて」
話が、噛みあっていないことについて、再びユーリの顔が曇る。
「あなたは旅をして、世界を救う救世主になるために生きてきたのですか?」
ユーリはジークに対して問いを投げかける。彼女は気になっていた。どうしてもこれだけは聞いてみたかったこと。
聞く人によっては挑発にとられかねない質問を。
「ええ、まぁ」
それが当たり前という表情で彼はユーリの質問に答える。
「・・・・・・・・その・・・・言い方は悪いですが、人形のような人生でよろしいのですか?」
「私に与えられた役割であれば、それに殉じるまでですよ」
目の前の青年は、ごく当たり前のように口に出す。
周りに流されるまま生きているのでは、とユーリは邪推してしまう。
どこまでもこの青年は自己犠牲の精神を持ち合わせているのだろうと。
危険の伴う旅ともあれば、嫌になったりはしないのだろうか。
「いいえ、私は『ミッドガルズの救世主となるジーク』などではなく、『オルヌ村の青年ジーク』に聞いているのです」
「・・・・思うところがないといえば嘘になりますが」
周りから見れば、上から目線の説教に等しいであろう。
年端もいかぬ小娘が、何を知った風な口をと受け取り、非難するであろう。
そうなったとしても、ユーリは口に出して質問せざるを得なかった。
その生きざまはかつて、自身の生き方と似ていたから。
端的に言えば八つ当たりであった。
元の世界に居た頃、分かっていても変えること、変えようとすらしなかった周りに流される生き方。
「いままで21年間生きてきましたが、他の生き方など考えたこともありませんし」
「これが私に与えられた役割なので」
どうしたものか、とジークは視線を宙に彷徨わせる。
彼にとって、元素解放の旅を終えるまでは、別の生き方など考えた事もなかった。
彼の性格上、選ばれたからには使命を放り出し、逃げる事は出来ない。
逃げた所で何かしたいというわけでもない。空虚な生き方であると自身でも薄々感づいていた。
「ならば」
「なら、僕が君に役割を与えてやる」
ユーリが青年に宣言する。
――たとえ、その宣言が傲岸であったとしても。
目の前にいる人の良さそうな青年ならともかく、普通の人間であれば、「なにを偉そうに」と返すであろう。
彼女とて何か案があるわけでもない。今すぐにその役割について教えろと言われてしまえば質問に窮すであろう。
それでもユーリは言わずにはいられなかった。
かつての自分みたいになって欲しくない。
この世界では使える人間が限られる魔法を自由に使えことが出来るのであれば、元の世界では何もなしえなかった自身ですら、人の役に立てるのではないか。
自身のように周りに流される生き方をしているジークを変えることが出来たのなら。
元の世界に居た頃は一般人であった自分と、異世界に来てから偶然なってしまった全能の賢者とのギャップ。
それらに付いて回る鬱屈とした感情を取り除けるのではと。
言ってしまえば唯の自己満足である。
「・・・・ユーリさん・・・・・・・・」
二人の間に生じる沈黙。
しかし、その沈黙は重苦しいものでは無かった。
「ひとまず友達になりませんか?」
「・・・・・・ええ」
ユーリは嘘偽りのない言葉でジークに提案する。
友達が欲しいというのも彼女が望むものでもあった。
「改めて自己紹介をしようか、僕はユーリだ」
「わた、俺はジーク。これからよろしく、ユーリさ・・・・・・ユーリ」
友達なのだから公の場以外は敬語を使う必要もない。
二人は、ごく自然に自己紹介をした。
ジークの方も、まだ少しぎこちなさはあったものの、ユーリの提案に異論はないようだった。
そして再び歩を進めていく。
お互い無駄話をせずにひたすら宿泊施設を目指して歩き続ける。
「それにしても」
沈黙を破ったのはジークの方であった。
彼は素直な感想をユーリに投げる。
「どうしたの?」
「口調が変わると印象が違うなって」
ユーリの口調は少年のそれであった。
普通の少女であれば変人と言われることは免れない。
しかし、ユーリの整いすぎている容姿と少年の口調が妙にあっており、どこか神秘的な印象を受けた。
村の人間が口に出していた「賢者様」という呼び方がしっくりくるのも頷ける。
「そうかな?」
僅かに首をかしげるユーリ。
その仕草も、どこかミステリアスな印象を受ける。
「自然体でいるときは、いつもこの喋り方だよ」
小さな両腕を広げて、ユーリは不敵に微笑む。
「だからこれが、僕でありユーリでもある」
「っ!」
少女の笑みに思わず目を逸らしてしまうジーク。
ジークがオルヌ村を発ってから、今に至るまでの間、若葉色のローブに身を包んだ彼女の表情は、よそよそしいものであり見えない壁があるように感じていた。
しかし、それは「友達」になることで壁がなくなり、距離が近くなるのを感じる。
今までの、彼女の笑顔も見知らぬ他人にする愛想笑いのようであったが。
気を許したからであろう、ユーリの笑顔は屈託のない、年頃の少女が浮かべる無邪気な笑みであった。
オルヌ村に親しい異性がいなかった彼にとって、ユーリの笑顔は反則的なものであり。
その笑顔を美しいと思ってしまい、頬が赤く染まっていくのを隠すことが出来なかった。
「うん?」
どうしたの? という素振りを見せながらユーリは。ジークにグッと近づき、両腕を後ろで組みながら上目遣いにジークを見上げる。
「ち、近い!」
ユーリのサラサラとした銀色の髪から、仄かに漂う良い匂いに動揺し。
鍛え上げた脚力を持って地面を蹴り上げ後ろにバックステップするジーク。
「照れているの?」
「違う」
口ではからかっているが、ユーリは内心、ある事実に思い至る。
今の自分は男ではなく女なのだという事実に遅まきながら気付いた。
それもただの少女ではなく、美少女なのだということに。
男だった時と、同じような距離感を持って男性に接してしまえば誤解を生みかねない。
今後は「慎み」というものを念頭に置いたほうがいいのかもしれないな。
そうユーリは考えていた。