第7話 旅の傭兵
「この世界であるミッドガルズには4つの大陸があることはご存じと思いますが」
この世界の名前もミッドガルズである。昨晩の推測通りの事実に、ユーリは僅かに眉をひそめるが、口出しする部分ではないので、軽く頷き、問題ないので次に進んでほしいという意思表示をする。
「元素解放の旅とは4つの大陸にある4つの神殿に行き、精霊の封印を解放するというのが元素解放の旅における目的となっています」
「どんなものですか?」
「風の精霊が封印されている『風の神殿』は我々が今居る、このケテル大陸にあります。
コクマー大陸にある『水の神殿』。
ピナー大陸にある『土の神殿』。
ケセド大陸にある『炎の神殿』。
各大陸に一つずつ精霊が封印されている神殿が存在しているそうです」
4つの大陸という単語にユーリは反応する。
ミッドガルズにおいてプレイヤーが冒険する大陸は一つしか存在せず、アップデートによる新大陸が追加されるのは、まだ先の話だったはず。
「封印は500年に一度再封印されてしまいます」
「そして、解放ができるのも封印されてから500年後とのことです」
五百年周期で元素解放の旅が、行われていたのであれば、前回の旅はどうだったのか、ユーリは考える。
「500年前の元素解放の旅は無事に終えたと書物に書いてありまして、前回の元素解放の旅に出たという言い伝えもあります」
質問するべきか思案していたユーリの疑問に答える回答をアランは述べていく。
「精霊の解放をしないと空気中のマナが不足してしまい作物とかも育たなくなってしまうのですよ」
ユーリの隣に座っている青年、ジークが解説を始める。
「それにマナがないと魔法も使えない。現に今のミッドガルズで魔法が使えるのはマナを上手く体内に取り込める、ごく一握りの人間だけです」
再び生じる疑問。ユーリ本人は問題なく、ゲーム時代同様に魔法を使っていたのだから。
原理こそ不明だが、自身はマナとやらをうまく取り入れる事ができるのだろうとユーリは内心結論付ける。
「解放は、そこのジークさんでないといけないのですか? なにか資格が必要で?」
一番気になった点である。
なにも一個人に限定しなくても、ミッドガルズに住み、神殿付近に住居を構える人間に封印の解放とやらをお願いすれば良いだけなのでは、とユーリは考えていたのだ。
「先代が残した書物によれば、身体の一部に精霊の形を模した痣を持つ人間でなくてはならないと書いてあります、今は見えないと思いますが、そこのジークの腕には精霊の痣があるのです。それがなによりの証拠。彼はミッドガルズを救う『救世主』なのですよ」
なるほど、という表情を浮かべながらユーリが頷く。
どんな基準でジークを封印解放の立役者に任命したのかは不明だが、そうあっては仕方がないのであろう。
「俺は元素解放の旅を完遂する為に今まで生きてきた」
「その生き方であなたはよろしいのですか?」
ジークがごく当たり前のように発した言葉が、気に障りユーリは強めの口調で彼に問いを投げかける。
「それが僕に与えられた役割だから」
その返答にユーリは顔が曇ってしまうのを隠す事が出来なかった。
彼女がミッドガルズに良く似た世界へ来てしまう前の境遇に自身の人生を重ねていたからであった。
ただ周りに流されるまま、都内の大学に進学し、目立たない様に服装も周りに合わせるどこか人形のような生き方。
その生き方に疑問を持ちながらもユーリは生きてきた。日本という社会に属している以上は、目立つ行為は避けるべきだと考えていたからであった。
「なら私が傭兵として同行しましょう」
「け、賢者様!?」
そうして、あらかじめ考えてあった提案をする。
元々ユーリは、アランから元素解放の旅について話を聞かされていくうちにあることに思い至っていた。
保険として、もとの世界に戻る方法を探しておきたかったのである。
世界を巡る旅ともあれば、数多くの街を訪れるはずであり、そのような情報を得る事が出来るのではないだろうか、という考えを思いついての事であった。
もとより、自身は根無し草。小遣い稼ぎついでに傭兵を引き受ける事も悪くないと考えていた。
――周りに流され生きているジークに、かつての自身を重ね合わせてしまった。
ユーリが傭兵を買って出た理由の一つでもあった。
「こちらが私のステータスになっております」
そう言いながら、自身のステータスウィンドウを表示させる。
「レ、レベル90!? 職業はマジックロード!?」
ユーリにとってこの世界での平均レベルはわからないが、この世界では相当のものであることはアランの表情から読み取ることが出来た。
殆どの人間が魔法を使えないとあれば、重宝されるだろうと考えてもいた。
ゲーム時代のミッドガルズであれば全プレイヤーの平均レベルは80とユーリ自身より低いが、あくまで平均であり、廃人ともなればレベル100以上は当たり前であった。
学生という身分であるユーリは勉強というイベントのため、廃人のように朝から晩までレベル上げに勤しむことが出来なかった。
そのため、レベルの高さを褒められるのは、喜んでいいのかわからず苦い顔をする。
「・・・・」
それを謙遜と受け取ったアランは、高レベルでありながら鼻に掛けることのないユーリの態度を見て、彼女のこと高く評価していた。
もっとも、ユーリはそのようなことを意識していなかったが。
「吸血鬼・・・・あの血を差し出す代わりに幾度となく人間を守護してきた伝説上の生き物の!?」
思いもよらない情報に驚きを隠せないジーク。
吸血鬼というのは、ジークにとって、子供が読む絵本の中にしか登場しない、空想上の生き物とさえ思っていた。まさか実在していようとは。
目の前の少女は、巨大な城に住む、お姫様とも形容できるほどに優雅で気品ある佇まいである。それこそフォークやナイフより重い物を持てないのでないかと思うほどであった。
そのため、強大な力を持っている伝説上の生き物だとは、にわかに信じがたい話に感じる。
「腕に自信はあります。無論報酬はいただきますが」
ユーリとて愚鈍ではない、きっちりともらうものはもらう算段であった。
「そういうことであれば・・・・」
本来であれば、出会って間もない人間のことなど信じるはずがないとアランは考えたが、この高レベルの賢者様は、精霊が遣わした使者なのではないかと思いはじめていた。
それだけ、少女の脇に表示されているステータスウィンドウに示された、レベル90という数字は圧倒的な威圧感を放ち、説得力を生ますには十分すぎた。
「それでは、私ユーリがジーク殿の旅に傭兵という形で同行させていただきます」
そして、今回の元素解放の旅について対話をした三人は、お互いに様々な思惑を残しながらも、その場はお開きとなった。