第6話 元素解放の旅
「良く寝られたー」
翌日の朝、ユーリが宿屋のカウンターにいる女性に別れを告げ、外に出る。
そとはすっかり朝日が昇っており、かすかにその光に顔をしかめる。彼女は吸血鬼なので太陽光が苦手である。
宿屋を歩き、さてどうしようと考えたところで、村の青年二人が話し込んでいるのをすれ違いざまに耳にする。
「ついにあいつが元素解放の旅に出るのか」
「早いものだな」
彼女は、他人の会話を盗み聞きする趣味はないので、唯の世間話であれば聞き逃すところだが、元素解放の旅というフレーズが妙に頭に残っていた。
ミッドガルズというゲームにそのような言葉は出てこなかったし、公式サイトに書かれてある、設定にもそのような言葉があったとは思えない。
「あいつってどなたです?」
「あ、賢者様、おはようございます」
「ジークのことですか? それなら、村長の家だから・・・・村中央の大きな家にいると思いますよ」
すっかり自信の呼び名が賢者様で統一されていることに、なんとも言えない気持ちになってしまう。
ユーリとしては、ただゲームで魔法が使える職業を選択しているだけであったのだから、別段何かをなし得たわけではなかった。
しかしながら、他人からよく言われて、嫌な気分になるほど彼女は捻くれていなかったので少し気分が良くなり表情も明るくなる。
「ありがとうございます」
青年達に、心からの謝辞を述べ、村長の家へと向かう。
彼女の後姿を見ている青年たちの頬が赤くなり、見惚れていることに彼女が気付くことは、この先ないであろう事実。
村長の家に着いたユーリは、コンコンと軽くノックをしてから、入口のドアをゆっくりと開けた。
扉の先、つまり玄関には、昨日知り合ったばかりの宿屋の主人であるアドルフが、ユーリの目の前に立っていた。
「おじゃまします」
「うん? 賢者様ですか」
玄関先に人が立っていることに、少し驚きながらもユーリは突然の訪問に軽く謝辞を入れる。
アドルフの方も昨日知り合った少女が訪れたことに少し驚くが、すぐさまいつもの様子を取り戻す。
「ジークさんっていますか?」
「いますが、どうしてまた」
まずは要件を簡潔に述べるユーリ。彼女が村長の家に来たことは世間話をしにきたわけではない。
ただゲーム時代では、見たことも聞いたこともない、元素解放の旅というフレーズが少し気になっての事であった。
「ちょっと興味がありまして」
「ならそこの部屋に居るはずですよ」
この家の人間では無いとはいえ、ひとまずは許可をもらったので、不法侵入扱いされることはないだろう。
そう思ったユーリは玄関から見える、ドアのついていない吹き抜けの部屋へと足を運んだ。
「失礼します」
「このルートを通れば・・・・どちら様で?」
「ああ、失礼しました。私はユーリと申します。少し元素解放の旅というものに興味がありまして」
中に入ると、40代ほどの男性と、20代前後であろう青年が椅子に座り、机を向かい合うようにして対話をしていた。
そしてユーリは、今回訪問した理由を簡単に説明する。
「ユーリ・・・・・・? ああ、賢者様ですか。失礼しました」
「いえお構いなく。それよりも、元素解放の旅というものに興味がありまして、話をお聞きしても?」
「そうですか、それならどうぞそちらの椅子へ。申し遅れましたが、私はアランと申します」
突然の訪問、しかも明らかにオルヌ村の住民ではなかったので、アランは僅かに警戒の色を強めたが、少女が名前を名乗ると危険人物ではないことに気付く。
宿屋を営む、昔馴染みの仲でもあるアドルフが、まるで自分のことのようにユーリと名乗る賢者様にモンスターから助けてもらい、さらには自身の宿屋に滞在しているという自慢話を昨晩の間、聞かされていたからであった。
「どうも」
「・・・・ジークと申します」
村長であるアランに促され、ユーリは対面の椅子に腰を掛ける。
隣に座っている青年の風貌は、黒い髪に黒い瞳。どこにでもいそうな印象を持っているとユーリは思った。
「賢者様への説明がてら、一度状況を整理しましょうか」
そう言ってアランは、元素解放の旅とはなにか。
目の前の少女。およびジークに説明し始めた。