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第5話 千年後の世界

 

 「御免下さい・・・・」


 ユーリが宿屋に入ると、カウンターでは女性が出迎えていた。

 30代と思わしき女性だった。


 「お待ちしておりました賢者様。宿代はいりませんよ」

 「いえ、そういうわけにはいきませんので」

 「・・・・そうですか?」


 なぜ自分のこと知っているのだろうとユーリは一瞬だけ考えるが、アドルフという男性が言っていた言葉を思い出し、女性へと向き合う。

 カウンターにいる女性は目の前に居るローブ姿の少女を奥ゆかしい子であると考えていた。

 しかし、当のユーリは日本人特有の謙遜さを発揮しただけであり、決して何か意図があったというわけではない。

 そして、両者の認識のズレを指摘できる人間は、この場に居なかった。


 「ゴールドは・・・・」


 ユーリはミッドガルズで遊んでいたとき同様に手慣れた動作で、ごく自然にアイテムボックスから宿代のゴールドを出現させる。


 「ゴ、ゴールドが出てきた!?」


 宿屋の女性からすれば、ローブ姿の少女が何もない空間からゴールドを取り出したのである。

 それはまるで手品の様であった。


 「すごい・・・・」

 「アイテムボックスのことをご存じではない? こうやって操作する奴です」


 ユーリは女性がアイテムボックスのことを知らないのかと思い、手を動かし、アイテムボックスを出現させるのだが。


 「私は、賢者様のように聡明ではないのでわかりませんが、それはステータスウィンドウとは違うのですか?」


 女性には見えていないのだろう。何が起こっているのか良くわからないという表情を浮かべてしまう。


 「あー、いやその・・・・魔法です」


 ユーリは少しの間、考える素振りを見せたが、ゴールドを何もない空間から取り出したことを「魔法の類」で押し切ることにする。


 「ではゴールドです」

 「・・・・これは硬貨?」


 淡く虹色に輝き、表面には竜のレリーフが彫られた硬貨を手に取り、眺めている女性の顔が僅かに曇る。


 「使えないのですか?」


 もしかすると流通している貨幣がミッドガルズのものとは違うのかもしれない、と考えたユーリは硬貨を返してもらおうと、硬貨を手に持っている女性の手に、自身の手を伸ばす。

 しかし、女性はヒョイと手を上に持ち上げ、ユーリの手は空を切る。


 「うーん・・・・少しお待ちいただけますか」


 そう言って女性はカウンターの奥に引っ込んでしまう。

 いまひとつ状況を掴めずにいるユーリ。

 カウンター前で待ちぼうけを喰らっていたが。

 やがて。


 「いや~、すみません、お待たせしてしまって」


 宿屋の女性は少し厚めの本を片手に、パタパタと歩いてきた。

 そして、あるページをユーリに見せてくる。

 ユーリは、女性が見せてきた本を覗いてみる。

 本に書かれている文字は日本語であり、とくに苦労することなく読むことができ。



 「やっぱり・・・・・・これ1000年前に使われていた硬貨ですよ」

 「せ」


 千年!? と、ユーリは大声を出しそうになるが、すんでのところでこらえる。

 ユーリは考える。この世界がミッドガルズから千年後であれば、いくつか合点のいく点がある。

 まず、見慣れない地形。聞いたこともない村名。

 これらは、自身が遊んでいたミッドガルズというゲームから千年の時が経てば、村や地形が変わっているのも頷ける。

 プレイヤー達が今遊んでいるミッドガルズという世界が千年後に時間が飛ぶ、という大型アップデートがあるなんて運営からのアナウンスには無かった。

 小さな手で口を塞ぐ仕草をしながらユーリは思案する。

 ここまでの情報が出そろえば、ほぼ確定と言っていいだろう。


 ――今居る世界は、VRMMORPG≪ミッドガルズ≫に良く似た、千年後の世界ということになる。


 断定することは危険だが今後、新しい情報が入ってくるまでは、そう認識する方が良いのでは、と考え込む。



 しかし、女性はユーリがうんうんと考え込んでいるのを、お金が使えないため宿屋に泊まれないので今晩どうしようか、と心配しているように見えてしまい。


 「あっ、いえいえこちらの硬貨でも大丈夫ですよ」


 心配させまいと、この硬貨で問題ないという旨を伝える。実際、硬貨の価値は古いとはいえ、現在流通しているものと同じであった。


 不幸か幸いか、ユーリが手渡した淡く虹色に光る硬貨は好事家に渡せば、当時の100倍の価値になることは、ユーリとその女性は知る由もなかった。


 「それではよろしくお願いします」


 そう言って案内された部屋に引っ込んでいくユーリ。


 部屋は、ベッドと机が置いてある程度の簡素な造りだったが、疲れを癒すには十分すぎる程の設備であった。

 若葉色のローブを脱いでハンガーへと引っ掛け、Tシャツに短パンというラフな格好になったユーリはベッドにうつ伏せの状態で飛び込む。


 「ふー、疲れた」


 「ステータスウィンドウは知っているのに、アイテムボックスは見えていない?」

 

 腰まで届いているサラサラとした銀色の髪が、身体の横に広がるのを鬱陶しいと思いながらも、先程の光景を思い出す。

 ステータスウィンドウは知っているのに、アイテムボックスを知らない?

 やはりゲーム時代とは少し勝手が違うらしい。それがユーリの認識であった。

 ステータスウィンドウがあるということはレベルや職業、種族といった概念も存在しているのだろう。


 「この硬貨は使わない方がいいなー」


 ユーリはアイテムボックスから淡く虹色に輝き、竜のレリーフが彫られた硬貨を出現させ、

 手のひらで転がしてみる。

 使えないというのであれば、今後はアイテムボックスで埃をかぶることだろう。



 「まぁ、今あれこれ考えても仕方がないし、今日は寝ようっと」


 ひとまずは、休息を取る方が大事。そう思い至ったユーリは思考を放棄し、白く綺麗な肢体をベッドへと投げ出し、瞳を閉じて夢の世界へと旅立つ。


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