第3話 賢者様
「く、くるな!」
「か、囲め!」
ユーリは草原を走り、声のした場所に到着すると、3人の男達が、モンスターと戦っているのを確認する。
「あれは・・・・ウルフ?」
男達と対峙しているのは、ウルフと呼ばれる、犬をモチーフにしたモンスターであった。
「初期装備でも適当に殴っていたら倒せるでしょ・・・・」
ユーリの端正な顔が微妙な表情を浮かべる。
ウルフのステータスはとても低く、VRによる仮想世界で身体を動かすことに慣れていない初心者であっても簡単に倒せるほどの弱さだった。
それこそ、何も装備せずに、インナー姿に素手という戦闘を舐めきった姿であっても適当にパンチやキックをするだけで倒せてしまうほどだ。
「横取りにならない・・・・・・よね?」
横取り、他のプレイヤーが戦っているモンスターに横から攻撃し、経験値やドロップアイテムをかすめ取るという明確なマナー違反である。
知らなかったでは済まされず、横取りをしたプレイヤーは、公式サイトが管理している公式掲示板で晒されることを免れることはできない。
非公式の匿名掲示板であれば、あることないこと書かれ、最悪の場合パーティを組むことすらできなくなることもあると言われている。
しかし、プレイヤーが助けを求めている、あるいは助けが必要な場合は横殴りに該当しないので線引きが難しいとの声もある。
ユーリは、このままだと男達が危ないと判断し、魔法で援護する。
「ファイアーボール!」
ユーリの手のひらから放たれる火の玉、ファイアーボールは魔法職を選択したものであれば最初に覚えている下級魔法であるので、上級魔法を使うよりは初心者に対してもネタバレにはならないとの判断であった。
「ま、魔法!?」
男達が驚愕の声をあげる。
ファイアーボールがウルフの胴体に直撃。当たった箇所からは煙と共に、プスプスという音が聞こえる。
「大丈夫ですか?」
そう言ってユーリは男達の方へと駆け寄っていく。
自信はモンスターを横取りするという意思表示でもあった。
「・・・・」
信じられないものを見た、という表情の男達。
しばらくの沈黙があったが。
「し、失礼!」
リーダー格と思わしき、一人の男がユーリの前に出る。その男は簡素な服を身に着けているだけであった。
体格は175cm程度の男性で、小柄なユーリと向かい合うと親子のような身長差があった。
その服は、ミッドガルズでは見かけないタイプの服である。
「助けていただき感謝致します、賢者様」
「ユーリでいいですよ」
ユーリは、ゲームにハマり過ぎだろうと内心苦笑する。この手のタイプはどのMMORPGにも一定数存在するので特に言及はしなかったが。
「私はアドルフと申します。オルヌ村で宿屋を営んでおります。今回は薬草の採取に森を散策中、モンスターに襲われていたところを助けていただき感謝いたします」
男達はNPCという事実に動揺するユーリ。
ミッドガルズにおいてNPCは街から出ることが出来ないため、ユーリは目の前の男達をプレイヤーと認識していた。
「道に迷ってしまいまして」
「それならば是非とも、オルヌ村にいらしてください。じきに日も暮れるでしょう」
今までのミッドガルズで幾度となく会話をしたNPCとは違い、まるで本当の人間みたいな対応を取る男性。
ここはゲームではない? ユーリはひとまず、この世界がミッドガルズに似た別世界という結論を出す。
想像と違っているのであれば認識を改めるだけである。
「ありがとうございます」
「・・・・」
見慣れぬ土地、明らかな異常事態に対して、本人も気づかぬうちに精神的に疲弊していたのだろう。ユーリは、ごく自然に屈託のない笑顔を男達に向ける。
その笑顔は、女性慣れしていない男性であればその場で恋に落ちてしまいかねないほどの威力であった。
もっとも、彼女自身に、そのような自覚などもないのだが。
女神とも形容できる、その笑顔に男達の顔は紅潮してしまう。目の前の彼女がどんな悪事を働いても、その笑顔を見れば、男によっては許してしまいかねない程であった。