第21話 召喚魔法
青山羊亭のある一室。
一人の青年が、誰が見ても分かるほどに衰弱している。青年は時折咳き込みながら、汗を掻いてベッドに横たわっている。
「・・・・・・ごほっ、ごほっ」
「大丈夫?」
風邪を引いてしまい寝込んでいるジークを看病するユーリ。なるべく風邪がうつらない様に距離をおいている。
昨晩のなんともいえない気持ちは一晩寝たら、だいぶ落ち着いた様で、ユーリの体調はいつも以上によくなっていた。
しかし、待ち合わせの時間になっても青年が起きてこない為、宿屋の主人に事情を説明し、合鍵を使ってもらった所、ベッドで青年が寝ているというのが今朝の顛末であった。
「今日は安静にされたほうが良いのでは?」
冷たい水を浸している容器を持ちながら、宿屋の主人はユーリに話しかけてくる。
「たしかに、そうした方が良いかもしれませんね」
桶に入っていたタオルを掴むために、冷たい水の中にユーリは手を入れる。両手に冷たい水の感触を感じながらタオルを持ち上げて、容器の上で軽く絞る。
「幸いにもネクイド行の馬車が出るのは、明日でしょ? 今日は大事を取ってゆっくり寝ていたほうが良いよ」
絞ったことにより、水気が無くなった冷たいタオルをジークの額に乗せながら、ユーリは旅の仲間に提案する。
「こちらが合い鍵になります。看病の際にお使いください」
「ありがとうございます」
事情を察している宿屋の店主から手渡された鍵を懐に収めて、ユーリはなるべく足音を立てない様にして部屋を抜け出す。
自分の小柄な身体でも、時折みしみしという音が鳴ってしまう木造の廊下を歩きながら、ユーリは受付のカウンターを通り抜け、青山羊亭の外に出る。
「いい天気だなー」
外は快晴であった。
吸血鬼の自分にとって太陽は忌むべき存在といっても過言ではないが、のどかな天気という落ち着きと安らぎをもたらしてくれる、この雰囲気は別段嫌いではなかった。
直射日光により、身体がだるくなり、まるで重りを背負っているような感覚がユーリを襲う。
ステータスの低下を全身で感じながらも、行くあてもなく、時間を潰すためにふらふらと村中を散策していく。
「さて、どうしたものか」
「うーん・・・・・・」
ふと近くではエルヴ村の住民と思わしき、男達が何かを話しているのが聞こえてくる。盗み聞きをするつもりはなかったが、身体が重く、歩くスピードも低下しているので、自然と男達の会話も耳に入ってくる。
「・・・・・・ネクイドの冒険者に頼むという手が・・・・・・」
これといって、どこかに向かっているわけでもなく、何をしたいというわけでもなく、ちょっとした好奇心から男達に話しかけてみる。
もしかしたら自分が、その悩み事を解決できるかもしれないという、考えあっての行動であった。
「どうかしましたか?」
「はい? あなたは?」
「・・・・・・えー、旅の者です。ユーリと申します」
ユーリは男達に声を掛けた。二人の内、一人が訪ねてきたのでユーリは旅の人間であることを説明する。
質問してきた方の男は20代後半の青年という雰囲気であった。
「実は、森にキングオークが巣を作っているようでして、畑を荒らしたりするせいで、被害が出始めているのですよ」
もう片方の男がユーリに事のあらましを説明してくる。見た所年齢は50代半ば、といったところだろうか。
「そこで、ネクイドの冒険者に依頼をしようか相談していたところです」
青年の方が、そうユーリに説明してくる。
「キングオークか・・・・・・」
キングオークはゲームであったときのミッドガルズではなじみ深い名前であった。
ゲーム時代のミッドガルズにおいては序盤の強敵という立ち位置であり、長剣の薙ぎ払い攻撃に気を付けてさえいれば、問題なく倒すことが出来る。
ある程度の知識と、ある程度の装備を揃えた初心者のプレイヤーがパーティを組めば、多少の苦戦はあるが、ごく普通に倒せるといった強さ。
キングオークを、パーティの連携の練習、新しい武器の試し切りにするなど、調整用の敵として扱う事も少なくは無かった。
そのため、一部のプレイヤー達からキングオークという敵は、手頃なモンスターとして親しまれていた。
「それなら、僕が引き受けましょう」
「え?」
キングオーク程度なら、片手間で倒す事も可能であり、特に苦戦するという事はない。
肩慣らしと時間つぶしには丁度よく、ユーリは小遣い稼ぎをすることが出来る。
そして、村人たちは、キングオークがいなくなれば、わざわざ都市まで出向いて依頼する手間も省くことが出来る。
お互いが得をする話なのではないかと、ユーリは内心考えていた。
「いや・・・・でも・・・・・・」
ユーリに提案され、困惑気味の男達。
男達は目の前にいる少女を観察する。
自分たちとは年齢も体格も一回り違い、見立てからして、年端もいかない10代半ばといった少女。
食器より重い物は持ったことがないのでは、と考えてしまう。
少女から溢れ出る上品な佇まいからして、都市にあるお屋敷に住む、箱入りのお嬢様と評しても過言ではない。
「私は“下級魔法”が使えるので大丈夫ですよ」
見た目に迫力がないことはユーリ自身理解していたので、魔法が使える事を男達にアピールする。
一応、下級魔法どころか、中級魔法や上級魔法。奥の手として最上級魔法も使える事は出来るが、要らぬ騒ぎを起こしたくはなかった。
なので、ユーリは下級魔法が使える程度の人間であることを男達に印象付けた。
ジークの言を信じ、この世界の人間は下級魔法なら、珍しいとは感じても騒ぎ立てるものではない。
下級魔法程度なら人前で使っても問題はないとユーリは判断した。
「え、うーん・・・・・・」
「サモンビースト。出てきてデビルデーモン」
ユーリは修得している召喚魔法を行使し、『召喚獣』を呼び出した。
体長は2メートルを優に超えている悪魔が3人の目の前に出現する。
頭には二つの禍々しい角。赤く光る鋭い双眸は、視線だけで威圧感を充満させる。
鋭い牙から漏れ出る瘴気は触れるだけで全てを腐敗させそうであった。
「な!?」
「召喚魔法!?」
男達は瞠目する。それもそのはずだろう、目の前に突如としてモンスターが現れたのだから。
ましてやそれが、全てを破壊しそうな存在であれば、なおのことであった。
「消えろ、デビルデーモン」
巨大な悪魔に少女が告げると、煙を巻きながら悪魔は姿を消す。
まぎれもなく、少女はこの悪魔を従えている。そう男達は結論付けた。
「このように、僕は魔法には心得がありますので大丈夫ですよ」
にっこりと笑みを浮かべる銀髪の少女。
少女からすれば、あの恐ろしい悪魔を使役するのは何の苦もないということだろう。男達からすれば頼もしいことこのうえない。
「確かに、それならば」
「このお嬢さんにまかせてみるのはどうだろう」
無事に男達を説得することができたようで、ユーリは内心、ほっと胸を撫で下ろす。
「もちろん、報酬はいただきますよ」
「ぜひお願い致します」
別にユーリはお金に困ってはいなかったうえに、今回の件は一種の“暇つぶし”であったので、無報酬で頼みごとを引き受ける事も出来た。
しかし、それだと男達からすれば「美味しすぎる話だ、何か裏があるのでは」、と要らぬ誤解を生みかねない。
なので、金銭が目的であると明言しておけば、誤解も生まれる事はないとユーリは考えていた。




