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第2話 違和感

 

 「うん?」


 現実世界の優利とは似ても似つかない、透き通り鈴を転がすような少女の声。優利は現実世界では男だが、ミッドガルズでは女性キャラを使っているためだ。

 しかし、重要なのはそこではなかった。

 優利の中に感じる違和感。慣れ親しんだゲームとは何かが違う事に気付く。


 「何か違うような・・・・」


 VR技術は夢の様な技術である。しかし、現実の様な世界を体験できるといっても、所詮は作り物。あくまで人の手によって作られた世界であるため、水も現実とは手触りが違うし、地面を蹴ってもどこかフワフワした感触になってしまう。

 しかし、今日のミッドガルズはどこか世界全体が質量をもっているようだった。

 ミッドガルズは最後にゲームを終了した場所から再開するのが仕様であったが、目の前に広がる草原は見たこともない場所。


 「ローブも少し重いし」


 優利は仮想世界の自分の身体を動かすと見に着けているローブの重みを感じた。いつもであれば、重みを感じる事はないのだが、今日に限っては違う。

 まるで本当にローブを着ているような錯覚に陥る。


 「や、柔らかい」


 おもむろに自身の胸を両手で触ってみる。

 手のひらに感じるフニフニとした柔らかい感触。


 「な、ない!」


 ハッとした顔になった優利は、自身の股に手を当てる。

 そこには、21年間慣れ親しんだ、男性を象徴するものは存在しなかった。

 なんとなくインナーにしているTシャツの襟元を伸ばし、自身の胸を覗いてみる。

 そこには白い簡素な下着と、優利がキャラクターに設定した年齢からすれば、不相応なほどに大きく女性であることを強調する胸があった。


 「っ!!」


 女性との経験がない優利にとって、刺激の強すぎる光景であった。

 そのため、自分の身体とはいえ、気恥ずかしくなってしまい、沸騰しそうなほど頬を熱くさせながら手を離して目をそらす。


 「どうなっている?」


 明らかにおかしい状況。それもそのはず、ミッドガルズというゲームは全年齢対象のゲームであるからだ。

 ゲーム中は装備アイテムをすべて外したとしても裸になることはできず、地味なインナーを着けている状態になるだけである。

 一部の課金アイテムである水着や下着などを装備しないと肌の露出など不可能なシステムになっているはず。


 「バグかな?」


 本来であれば有り得ないことだ。流石にこのままゲームを続けるとミッドガルズを監視している運営からペナルティをもらいかねない。


 「運営に連絡しないと」


 そう思い、慣れた手つきでシステムウィンドウを表示させる。

 優利の目の前には立体映像が表示され、「設定」、「キーコンフィグ」などの情報が表示されていた。


 「貯金を突っ込んで課金アイテムまで買ったのに、アカウント停止とか洒落にならないぞ・・・・」


 優利は学生である。その身分上使える金は限りがある。ギリギリ生活が成り立つ範囲で食費などを削り、電車は歩ける範囲で歩き、定期代を節約したりもしていた。

 そして、余った金は全てミッドガルズにつぎ込んでいる有様であった。


 「通報ボタンがない?」


 通常であれば、ヘルプ画面の下に通報ボタンが付いているのだが、それが綺麗サッパリ無くなっていたのだ。

 まるで初めから存在しなかったと言わんばかりの消失ぶりであった。


「ステータスウィンドウはある」


 システムウィンドウ同様、なれた手つきでウィンドウを操作していく。


 「名前はユーリで、レベルは90・・・・」


 声に出しながら、ステータスウィンドウに表示されている情報を上から順に確認している。

 確認する事およそ5分。

 目の前に表示された情報も確かにミッドガルズにおける自身のステータスであった。

 間違いなく、ユーリが最後にミッドガルズで遊んでいたときのデータである。


 「アイテムボックスもある、と」


 アイテムボックスも手で操作しながら確認していく。

 セフィラドリンク×99、ヒールボトル×99、ミスリルドラゴンの牙×24等、様々なアイテムが羅列されている。

 苦労してユーリが集めていったアイテムの数々、アイテムの個数も記憶が確かならあっている。


 「フレンド・・・・いなかった・・・・・・」


 ユーリはフレンドと書かれたタブを見て虚しい気持ちになる。

 フレンド欄にはフレンドとなったユーザー名が表示されるのだが、ユーリのフレンド欄は空欄。

 つまりゼロである。

 彼は生まれついての人見知りであるので、友達と呼べる人間は皆無であった。

 仲が良かった友人は、大学進学の為、都内に上京すると共に疎遠になっていったのだ。


 「こ、孤高のソロプレイヤーだし」


 言い訳を誰も居ない空間に言い放つ。


「最後に遊んだ時と同じステータスだし、ここはミッドガルズなのか?」


 最後にログアウトしたのは2日前、ユーリはミッドガルズしか趣味がないので、記憶が混同している可能性は低い。ステータスやアイテムの個数も最後に遊んだときのデータと一致する。


 「うん。我ながら可愛いな」


 アイテムボックスの中から姿見を実体化させる。

 ユーリは鏡に映っている自信を眺めながら呟く。

 太陽に照らされキラキラと輝く銀色の髪、サファイアの宝石みたいに透き通った青色の眼。

 陶磁のように透き通る白い肌。

 幼さと妖艶さを絶妙に織り交ぜた深窓の令嬢めいた顔立ちの少女。

 10人が彼女を見たら10人が美少女と認める容姿。

 服装は若葉色の魔法使い然としたローブを着ているが、小柄な体格にしては少し大きめのサイズであるので、子供が親の洋服を背伸びして着ているようで、見る人にとっては微笑ましい物となるであろう。


 「大金積んで知り合いのグラフィッカーに頼んだだけはあると思う」


 ユーリが微笑むと姿見に映っている少女も同じように微笑む。

 ミッドガルズではゲーム開始時に、キャラクターの顔、背格好を自由に設定できるが、要領としてはペンを使って描く「絵」であるので、数多くの人間が「格好良い」「可愛い」顔を設定しようと挑戦したが、出来上がったのはなんともいえない姿形をしたキャラクター。 

 そのため、基本的にはランダムで自動的に設定される顔にするか、プロ、アマチュアの絵描きに頼むというのが通例である。


 「収納も出来る。いつも通りだ」


 出現させていた姿見をアイテムボックスに収納する。

 こちらもゲーム同様の仕様。


 「うーん」


 ユーリは思案する。彼女は、今おかれている状況によく似た小説を好んで読んでいたからである。

 ユーリは、VR技術が世に出回ってから、一時期ブームになった小説のことを思い返す。

 仮想世界で遊んでいた男が違和感を覚え、詳しく調べていくと男がいる世界は、遊んでいた仮想世界に良く似た別の世界というものであった。


 「ミッドガルズに似た世界に来たとか?」


 腕を組んで考え込む。


 「まぁ、こっちでログアウトできない以上は仕方がないし」


 しかし、考え込んでも事態は好転しないと踏んだのか。

 ユーリが出した結論は「現状を様子見」であった。

 問題があるようならば、ミッドガルズを監視している運営が勝手に遮断、強制ログアウトをかけてくるだろうという考えだった。


 「身の潔白の証明はログアウトされてからでいいか」


 そう呟きながら、ユーリは、自分と同じバグに巻き込まれたプレイヤーを探してみようと歩き出したところで。


 「うわああああ!」


 聞こえてきたのは男性の叫び声。おそらくは初心者のプレイヤーがモンスターに突如襲われ、恐慌しているのだろう。


 「情報が欲しいし、ひとまずは向かってみるかな」


 そう言ってユーリは、人の声がする方へと走っていく。


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