第16話 神殿に咲く赤い花
「レッド・ブルーム・プロテクション」
銀髪の少女が魔法名を告げる。
ユーリの上級魔法によって石造りの無骨な部屋には、似つかわしくない赤い一輪の花が咲く。
その花は鮮やかな赤色をしていた。
「この赤い花はね、一定時間経つと消えてしまうけど、この花が咲いている限り、術者のダメージを肩代わりしてくれるんだ」
この上級魔法は長期戦になればなるほど効果を発揮する魔法であった。
本来魔法とは、使った後は何も残らないが、この一輪の花を咲かせる魔法はそうではなかった。
一定時間により『花』が消えるか、魔法を使用した術者にダメージを一定量与えない限りはフィールドで効力を永続的に発揮する。
このレッド・ブルーム・プロテクション自体は、敵にダメージを与える事が出来ないので、一見して地味であるが、時間稼ぎという場面において、その効果は絶大な物になる。
「もちろんMPの消費も馬鹿にはできないけどね」
残念そうに肩をすくませるユーリ。
その様子は自身が敵に囲まれているという状況を楽しんでいるようにも見える。
侵入者であり、排除するように設定されているゴーレムは、少女の態度を挑発と受け取ったのか、ズンと軽い振動と共に、大きく巨大な石の拳を振り上げる。
そのゴーレムの近くにいたゴーレムたちも、それを合図としたのか、一斉に銀髪の少女へと拳を振り上げる。
ヒュンと風を切りながら少女に迫る石の拳。
その数は五つ。
どれか、一つでも小柄な少女に命中してしまえば、その美しい顔は歪み、生命活動を停止させてしまうであろう一撃。
ガキィンという金属と金属が打ち合うような音が部屋に鳴り響く。
拳によって発生した風圧によって巻き起こった砂埃が少女の中心で起こる。辺りは砂埃に包まれる。
「まったく痛みを感じないから、もっと本気で攻撃して?」
しかし、少女はそれを意に介す様子を見せなかった。
爽やかな朝火を浴びながら、そよ風を全身で感じ取っているような穏やかな表情。
意思を持たない造られた存在であるゴーレム達が一歩さがる。
まるで、本能的に少女を恐れているかのように。
「・・・・こんなものか」
レッド・ブルーム・プロテクションの真価は格下の敵との戦闘で発揮される。
敵の攻撃力が低い、あるいは術者の防御力が高い、もしくはその両方を満たす場合。
術者に碌なダメージを与えられないことが意味するものは、術者に敵対する者は時間経過で花が消滅するのを待つしかない。
つまり、その間、術者は敵からの攻撃を1ダメージも受けないことになる。
術者と敵の力量が同等、格上でない限りは、この魔法が突破されることはまず起こり得ない。
「今度はこっちからいくよ」
もうすでに、ユーリはゴーレム達に興味を失っていた。
この世界に来てから始めての、全力を出せる戦闘であるのに、この石でできた人形達は、彼女が予想しているよりも遥かに格下であった。
それこそ、寝ながら適当に魔法を放つだけでも勝てそうなほどに。
残酷なまでに、ユーリとゴーレム達の間にはレベル差があった。
かつてプレイヤー同士で戦闘することが出来るシステム、『PvP』によるランダムマッチングを思い返す。
無差別に戦った名も知らぬプレイヤー達と、戦った方が勝つにせよ負けるにせよ、戦闘というものを純粋に楽しむことが出来た。
いや、双方を比べることすらおこがましいか。
「ナイト・グラープ・デモリッション」
ユーリが魔法名を喋ると同時に、ゴーレムの内2体の全身が爆発する。
その威力は計り知れない物であり、術者のユーリは影響を受けないが、胴体が四散した石の人形付近に居たゴーレムは衝撃で身体を崩してしまう。
爆発呪文を唱えたことにより、僅かに部屋が振動する。
その凄まじい魔法を行使することに何の感情もユーリは抱いていなかった。
「ドラゴン・グルート・ディスチャージ」
部屋に突如として鳴り響く轟音と共に、飛来する雷にゴーレムは打たれた。
雷の発生速度は、術者であり、この戦闘において強者であるユーリですら視認することは出来なかった。
それほどまでに一瞬の出来事で、傍から見れば突然ゴーレムが倒れたとしか認識できないだろう速度。
その後、雷が直撃したゴーレムは黒こげになって倒れたまま起き上がることはなかった。
仲間が全員倒れたことを感知したのか、意思を持たない造られた存在であるはずのゴーレムは慌てたようにユーリへと拳を振り上げる。
しかし、その拳がユーリに向けられることはなかった。
――不可視のトゲがゴーレムの全身八か所を見事なまでに貫いていたのだから。
「ヴフト・クリア・シュトース」
ゴーレムが拳を振り上げた瞬間ユーリの唱えた魔法によって攻撃は阻害されていた。
透明の8本のトゲによるダメージが大きかったのか、グラリと崩れ落ちる。
その衝撃で部屋はかすかに揺れた。
静まり返る部屋。
部屋の中で動いている存在はユーリだけであった。
ひとまずは、格下の相手とはいえ殲滅することができ、ユーリは安堵の息を吐く。
祭壇の方で戦っている彼は大丈夫だろうか。
力を示す名目上、過干渉するつもりは毛頭ないが、それでも結末くらいは見届けたほうがいいのではないか。
そう思い、祭壇の間に踵を返そうとしたところで。
「え?」
ズンと先程同様に部屋を揺るがす地震。
何事かと思い、後ろを振り返ると、先程同様にゴーレムが5体。
「インフィニット・エコー・カタストロフ」
面倒くさいと思いながらもユーリは、破壊を司る上級魔法を持って新手の敵を殲滅する。
ありとあらゆる災害が対象に襲いかかるその魔法をユーリはレベル上げの際に良く使っていた。
MP効率こそ悪いが、まとまった敵を一掃できるので、レベル上げを切り上げて狩場から街に戻り、ログアウトするとき、良く愛用していた強烈な魔法。
「流石にオーバーキルだったかな?」
ゴーレムを倒すにしては、流石に過剰攻撃な気もしたが、雑魚敵の相手を何度もするのは面倒に感じ、ユーリは強力な範囲魔法を行使した。
バラバラになったゴーレム達の破片を見ながら、これで敵は片付いたと思い、ユーリは身体の力を抜く。
するとまた、再びゴーレムが5体出現する。
1回目と同じ数。
2回目と同じ出現パターン。
この部屋に入った時点での状況とそっくりそのままであった。
「無限湧き・・・・!?」
ユーリは苦虫を噛み潰したような顔になる。
この状況が意味することはつまり、祭壇の間にいる精霊をどうにかしない限りはキリがない。
おそらく、あのゴーレム達は何千回と倒したところで復活し続けるのであろう。
レッド・ブルーム・プロテクションにより生み出された、ユーリへのダメージを肩代わりしてくれる赤い花は、まだ部屋に存在している。
そのため、ユーリにダメージは花がある限り通らないが、この作業を繰り返すのは流石に精神的につらい物がある。
「あれ?」
長丁場になってしまうことを覚悟したユーリであったが、ゴーレム達が歩みを止めてその場で動かなくなってしまったのを見て怪訝な顔をする。
「止まった?」
動かなくなったゴーレムを眺めていたユーリの耳に、聞きなれた声が聞こえてきた。
「おーい! こっちは問題なく、終わったぞ」
背後から声が聞こえた事に気付いたユーリが後ろを振り返ると、精霊との戦いを終えたのであろうジークが自身の方に歩み寄ってくる。良く見ると彼は少し怪我をしている様だった。
「大丈夫? 怪我しているよ。ヒール!」
「無事だったみたいだな」
ジークの身体が傷付いているのを見たユーリはすぐさま回復魔法を使い、彼の傷を癒した。
「そっちはどうだったの?」
「精霊とやらは認めてくれたみたいだ」
「何か変わったの?」
「いや、特には」
何はともあれ、これでこの神殿に留まる必要はないと思ったユーリは、出口に向かって意気揚々と歩き出す。
数歩歩いたところで、ふとある気持ちが頭によぎったユーリは、その場でくるりと反転し、後ろを歩く青年に告げる。
「・・・・君が無事で良かったよ」
「あ、ああ・・・・」
ユーリはジークを見上げながら優しく微笑む。
自身の中で彼の存在が大きなものになっていくのを心の中で感じ取るユーリ。
目の前の青年はユーリにとって、この世界においてただ一人の友達であり、気の置けない親友だと思っているのだから。




