第11話 最上級魔法
鍵を開けて部屋に入ると、それなりの広さを持った部屋が二人を出迎えた。
部屋の造りは簡素であったが、物置であるラックと大きな窓が二つ。
白いシーツのベッドが二つ備え付けられていた。
「ふぅー、ベッドがふかふかだね」
「ああ、これなら良く寝られそうだ」
若葉色のローブを脱ぎ捨てながらユーリはベッドに飛び込む。
ジークはベッドに座り込み、右手でシーツの感触を確かめている。
「ちょっといいか?」
「大丈夫だよ」
旅の相棒でもあるジークに声を掛けられ、寝転んだ状態で顔だけを彼の方に向けながらユーリは答える。
「幾つか話しておきたいことがあるんだ」
大事な話になのだと雰囲気で感じ取ったユーリは、身体を起こし、佇まいを直してベッドに座り込む。
その表情は先程までの、ベッドに寝転んでいる時の緩み切った表情とは打って変わり、凛々しい顔つきであった。
「さて、この元素解放の旅を良く思わない人達がいることを念頭に置いておいて欲しい」
「わかったよ」
「人というよりは、帝国という組織かな」
「帝国・・・・」
聞いたことのないフレーズにユーリは眉をひそめる。
――帝国。あまり良い響きではない。ユーリはかつての世界で幾つかのRPGゲームを嗜んでいたが、それらの配役としては敵役というものが多かった。
良いイメージは余りない。どちらかといえば物騒なイメージが強い。
「その帝国の話をする前に、まずはこの世界の魔法とマナについて説明しようか」
コホンと咳払いをしてから、ベッドに腰掛けているジークが説明をし始めた。
「ユーリは当たり前のように魔法を行使しているね」
「うん」
ユーリにとって魔法とは、MPがあれば魔法は使い放題という認識であった。
ゲーム時代同様、このミッドガルズに良く似た異世界に来てからも同じであり、その認識は今まで崩れた事はない。
ゲーム時代のミッドガルズであれば魔法というものは、魔法職を選択するか一部の物理職であっても使う事はできた。
別段、ユーリが特別というわけでは無く、どのプレイヤーであっても魔法は自由に行使できるものだった。
「このミッドガルズでは精霊が封印されている事により、本来は満ちているはずのマナがとても少ないんだ」
村長の家で聞いたことのある情報をジークが喋っていく。
問題ないよ、という表情をしながら、ユーリは小さく頷くことで話を続けるようジークに促す。
「魔法は空気中のマナを使うから、ユーリの様にマナを上手く取り込める人を覗けば、マナ不足の現状、魔法がごく限られた人間にしか使うことは出来ない」
ユーリはマナというものを上手く取り込んでいる自覚はないし意識もしていないが、そういうものなのだと考えることで、この世界における魔法のメカニズムを頭の端に追いやる。
魔法が使えている現状、そのことを知っておく必要は無いのだから。
「マナを取り入れる以外の方法としては・・・・・・・・魔具を使うとかだな」
「魔具?」
ゲーム時代にそのようなものはなかったはずだと思い、ユーリは疑問の声を投げる。
「簡単に言えば適性がない人間でも魔法が使えるようになるアイテムだよ。失われた技術だから遺跡から発掘されたもの以外は流通していない」
自身が知っているミッドガルズから千年の時が流れているのだから、その間に作られたのだろうとユーリは内心決定づける。
それにしても便利なアイテムだとユーリは思った。
その魔具とやらが、あれば物理職であっても魔法が使えるというのであれば、ゲームバランスがだいぶ変わるのではないか。
――しかし、この世界はゲームなどではないことを思い出し、落胆の表情を浮かべてしまう。
「話を戻すとだ。魔具もなしに下級魔法を使えるというだけでこの世界では重宝される」
ユーリはあることに気付いた。
思い返せば下級魔法の初歩中の初歩である「ファイアーボール」しか魔法を使っている所を見せていないのにオルヌ村の住民達からは「賢者様」などという仰々しい呼び方をされていたのにも合点がいく。
彼らからすれば魔法が使えるという事実だけでも敬うべき存在なのだろう。
「そして帝国は魔法が使える人間、マジックユーザーと発掘された魔具を独占し、武力を得る事で利益を得ている」
「なるほど」
一部の国、あるいは組織が戦力を独占しようというのは良くある話である。
あまり係わらない方が良いのだとユーリは考えた。
古今東西、そのような集団に付き合ったところでメリットは生まれそうにないのだから。
「旅が成功し、世界にマナが満ちてしまうと、マジックユーザーや魔具の価値が下がり、利益が得られなくなるから」
「困ると」
ジークの言葉を遮るように、ユーリは思い至った考えを述べる。
だからこそ帝国は、この元素解放の旅を良く思わないのだろうとユーリは理解することが出来た。
「実態は知らないけど、世間一般ではそう言われているな」
僅かに間を空けてユーリの事を見据えながらジークは話を続けていく。
「それにユーリは中級魔法どころか上級魔法が使えるからね」
「上級魔法って珍しいのかな?」
下級魔法を使うだけで驚かれ、重宝されるのであれば、上級魔法を使えると知られたらどうなるのだろうか、知っておく必要があるとユーリは考えた。
「下級魔法であれば、さほど珍しくはないけど中級魔法にもなれば、使い手はそういない。上級魔法なんてものはおとぎ話の存在に等しいよ。俺もユーリが上級魔法を使えるのを信じられない部分がある」
最もポピュラーであり低威力の下級魔法。
MPの燃費が良く、威力は控えめの中級魔法。
MPの燃費が悪く、詠唱時間が長い代わりに威力は絶大な上級魔法。
そして、高レベルでないと使用できない圧倒的な威力を誇る最上級魔法。
ユーリはこれら全ての魔法を一通り使うことが出来るが、いかに害は無さそうなジークであっても上級魔法のワンランク上の魔法である、最上級魔法を使えるという事実は伏せておこうと判断した。
「人の口に戸は立てられぬ」、という言葉があるように、どこから情報が漏れるかはわからないので、いつか話す時が来るまでは黙っていようとユーリは心に決めた。
「しかも怪我を瞬時に直して傷口まで塞いでしまう回復魔法が使える事が露呈したら帝国の有力者とかに囲われそうだ」
ある程度の難病以外ならばどんな怪我や病気を治せる現代医学とは違い、この世界では、回復魔法が使えないと、少しの怪我が命取りになるのであろう。
それだけ、このミッドガルズにおいて回復魔法の使い手は重宝されるということ。
「それに・・・・・・・・可愛いしな」
「・・・・・・・そう」
少し顔を逸らしながら頬を赤くするジークを見ながら、ユーリはこの青年が何を言わんとするのか考えが及んだ。
考えが及んでしまった。
貴重な回復魔法の使い手、それも若くて可憐な少女であるのなら、帝国以外の有力者も囲いたくなるのではないだろうか。
この身は少女だが、ユーリは男と同衾する趣味は持ち合わせていない。
あまり考えたくない事実にユーリの表情が暗くなるのを隠すことが出来なかった。
「さて、小難しい話は終わりにして、明日は封印の神殿に向かうことだし、今日はゆっくりしようか」
「そうだね」
ユーリの表情が暗くなっていくのを察したのか、ジークは話題を切り替えるべく、明日の予定を告げていく。
「あ、ユーリが先に部屋の風呂に入って良いぞ」
「・・・・・・・・僕と一緒に入る?」
不敵そうな笑みを浮かべながらユーリはジークをからかってみる。
特に他意はなく、場を和ませるための、彼女なりのジョークであった。
「お、俺は外の空気吸ってくるから!」
からかわれているのを理解しながらもジークは顔が赤くなり、声が上擦るのを止めることは出来なかった。
ジークはいたたまれなくなり、どこに行くかを律儀にもユーリに告げてから部屋を飛び出した。




