11 歌姫はうたい、都市はその扉を開く
ゆっくり、時間をかけてその銀色のドームにたどりつく。
車を止め、俺達は、その「中規模の都市」の前に立った。
思った通り、そこの表玄関は、ぴったりとその扉を閉ざしていた。
だが無論、それは予想されていたことだった。小都市の端末は、俺達に、脇の、外側から入り込むことができる小さな入り口を開けるための道具を渡していた。
本当は、無理やりなんて、好ましくはないのですが。
端末はそう言った。だがそうは言っていられないのは、彼もまた判っているのだろう。
銀色のドーム型の「都市」は、近づけば近づくほど、それがドーム型であることを忘れさせる。そこにあるのは、冷たい銀色の金属の、高い壁。雪の白や空の青を反射して、それは冷たく光る。
端末から渡された道具を操作すると、ぴぴぴ、と小さな音がして、脇にあった小さな扉が開いた。
中は、意外にも、明るかった。どうやら外から見ると銀色だが、内側に光は通すらしい。だけど、決して暖かくはない。
広場のようだ、と俺は思った。内側にわざと見えるように組んであるこのドームの骨組みと、天井の硬質のガラスを通る光が、床に複雑な幾何学模様を描き出していた。
そしてその幾何学模様の一番複雑な部分が描かれている赤い丸が、広場の中心らしい。そこから、都市の奥へと続く道が伸びる。
だがこの都市は結構広い。この中で「彼女」の居場所を探すのはなかなか厄介だ、と俺は思う。
端末は一応、俺達に「彼女」の本体までの地図はくれた。だが俺達はそこから先は車を使う訳にはいかない。ここからは徒歩だ。最初に逆戻りだ。
ただ、最初と違うことも幾つかあった。着ているものは充分暖かかったし、充分な食料はあったし、それに。
「おいとりあえずメシにしよメシに」
…相変わらず歌姫は歌姫だったが。
今度はぽん、とケースの一部を操作すれば、すぐに中身が暖まる飲み物や、一応出てくる前に調理してくれたパンに合成タンパクのハンバーグを挟んでくれたとか、前より上等なものを抱えている。何となく俺は、故郷でのピクニックを思い出す。子供の頃だ。
あの頃はまだ、彼女と今のようになろうとは思いもしていなかった。世界は単純で、道は幾つもに分かれていても、そのどれもを選べると信じていた。
「あち」
歌姫は暖かいスープに口をつけながら、そうつぶやく。両手でそぉっと持って、大事そうに呑む姿は、その頃の俺達をも思い出させる。
「お前も早く食えよ、冷めるぞ」
「ああ」
そうだな、と俺もまた、スープに口をつけた。
食事をしながら、端末から受け取った「地図」を俺は床に広げる。幾何学模様が、大きく広げた紙の上にも影を落とす。
ドーム全体の内部が、その大きな紙には描かれている。最初に入る扉についてだけ、端末は赤く印を打ってくれた。だがそれ以上の進言は、彼は俺達にしなかった。
実際に行ってみないことには、これ以上は判らないのだと。
きっと彼は、自分が行きたいのだろう、と俺は思う。だが行ったところで、自分が何もできないのを知っていたのだ。だから待ったのだろう。そうできる者を。
「入ったのはここで、今太陽の位置がこう…」
歌姫は光線の加減を手で示す。
「だとしたら、中心に向かうには、とりあえずこの中央の道を行けばいいってことだな」
「そぉだね。…でもこの距離…」
隅に書いてある縮尺を見る。
「…やだねえ全く」
歌姫はぼやく。それに、それだけではない。
確かに地図なんだが、肝心の「彼女」が果たして何処にあるのか、それがきっかり書いてある訳ではない。それに、地図上にはところどころ不明地帯がある。
「定石から行ったら、こういう都市の場合、中心部にあるというのが普通なんだが…」
「とりあえずは定石通り行くしかないんじゃない?」
全くだ。俺達は食事を済ませると、さっさと立ち上がった。
時間が無い訳ではない。今度はなかなか見つからなかったら、一度帰って、また対策を、今度は端末と練り直すという方法もある。急ぐことはないのだ。
そう思ったら、急に気分が楽になった。
気持ちを切り替えると、この都市は暖かさこそ無いが、ひどく綺麗な所だった。天井の幾何学細工だけではない。歩き出した通路の、壁面にも無数の模様が描かれている。
「よっぽど、ここを作った人は凝ってたんだなあ…」
俺は壁面に触れながら、素直な感想を口にする。そうだね、と歌姫も素直に同意する。
そのくらい、この都市は、手がこんだ作りをしている。あの小都市はどうだったろう。入った時が入った時だったので、俺はあちこちを見渡す余裕などなかった。
「きっと色んな都市に、それぞれの顔があるんだよ」
「顔ね」
そうかもしれない。何せ一つの惑星というのは、広いのだ。それにここが地球だとするなら、俺達の住んでいたコウトルシュとは違い、暑かろうが寒かろうが、住める所に至る所に都市を作ったはずなのだ。その頃、地面は貴重なものだった。
「一体幾つくらいあるのかな」
歌姫は、帽子と対になったふかふかしたマフに手を突っ込んで、だらだらと歩きながらつぶやく。
「何が?」
「都市。『彼女』のように眠ってしまった都市がさ」
「それは端末が知ってるだろ」
「一人起こせば、全員が起きるのかなあ」
どうだろうな、と俺は答える。
実際それは端末にも判らないことだろう。そもそも、あんな遠距離の反乱を感じ取って心を閉ざしたというコンピュータ達だ。何処でどうつながっているのか、所詮人間の俺には判らない。でも。
「もしも他の連中が起きなかったら、起こしに行こうか」
ふっと俺の口からそんな言葉が漏れた。
「何処へ?」
「それはまた、あの端末とかとも相談してだな…」
ああそうだ。そうすれば、この惑星の上でもきっとすることができるだろう。何で人間がいなくなったのか、そのあたりは判らないが、この広い惑星の上の何処かには、俺達が居てもいい場所くらいあるに違いない。
「そうしたら、もう少し暖かい場所へも行けるだろうし」
「春が見つかるかな」
「見つかるさ。春だけじゃない。夏だって秋だって見つかる。一番居心地のいい所を探すだけの時間は充分あるだろ」
そう口に出して初めて、俺の頭の中に、そんな未来の光景が広がった。
穏やかな光景だった。例えばいきなり真夏のスコールにやられようが、吹雪の中だろうが、そこに居る俺達の姿は、奇妙なほど穏やかなものだった。
何故だろう、と俺は思う。だがその答えは簡単だった。そこには、俺の常々持っていた疑問は無いのだ。生きてくこと自体が戦争だと言ったところで、その理由に疑問を持った時、戦意は衰える。
俺はあの戦争に疑問なしでいられる程、強くはなかった。
だが、目の前にただそうしてある自然の中で、生き残るためなら、俺は何とでもなる。自信はない。だが、何とかなるんじゃないか、という根拠のない希望がそこにはあった。
「行こうね」
歌姫はにっこりと笑い、無意識だろうか、その唇から音を紡ぎだした。
無意識だろうか。だらだらと歩きながら、何やら低い声で、聞いたことのないメロディを口ずさんでいる。俺は足こそ止めなかったが、気を取られている自分に気付いた。
何って言うんだろう。穏やかで、明るくて、でもやや切ない旋律。
そうこうしているうちに、真っ直ぐ歩いていた道を一本横に逸れたら、明るかった通路から、いきなり薄暗い空間へと入り込む。
突然の環境の変化に、なかなか目はなじまない。
「…何の歌だ?」
「…さあ」
なかなか効かない目。足を止めて、ゆっくりと目を慣らしていく。歌姫の、ややかすれた声だけが、耳に飛び込む。
「知らない歌を歌っていたのかよ?」
「題名がどうとか、誰が作ったとか、そういうことは、俺は知らないよ。ただ、好きなんだよ、このうたが」
「好き?」
「使っている言葉は、知らない。ただ、教えてくれた人が言うには、失われた国の言葉なんだって」
「失われた国」
「遠い昔に。まだこの惑星の上がたくさんの国に分かれていた頃の国、だって。変わった音の組み合わせを使う国だったらしいよ」
「…ああ俺もそういう国の話は聞いたことがある。でも、結局時代の中で、消えていったんだって…」
「その言葉を、知ってる? 俺はうたは丸ごと覚えたけど、一つ一つの意味は知らないんだ」
「いや、俺も知らない。興味あって、調べたことはあるけど、…調べ尽くすほどの時間は無かったしな」
苦笑する。ミドルスクールの時、興味はあった。だけど調べようと思ったら、世界は戦争をしていた。
奴の真っ赤な目には、俺のこの表情は見えたのだろうか。
「…何でも、花の歌なんだって」
「花の」
「冬に咲く花。だけどそれが咲き出すと、春が近いんだって。そういう花のことを歌っているらしいんだ。俺に教えてくれたひとも、言葉そのものの意味は知らないけど、それだけは知っていたみたい」
「…どんな花なんだろうな」
「ねえ。俺もそれは知りたいんだけど。何かさ、それを見付けたら、ああこれからやっと、本当に暖かくなるんだ、って気がしない?」
「確かにな」
そして思う。本当に、お前は寒かったんだな。
そして、俺も、寒かったんだ。どれだけ熱帯の戦場にいようが、彼女がそばに居ようが、…彼女がそばに居たからこそ、俺は寒かったんだ。
「歌ってくれないか? 歌姫」
「ここで? 歌ってたじゃない」
「そんな鼻歌のようなのじゃなくて、もっとちゃんと」
「もっとちゃんと?」
困ったように、でも困っている訳じゃなく首を傾げる奴の姿が、輪郭だけはっきりしてくる。だんだん目が慣れてきたらしい。
何だか、ひどくごちゃごちゃとしたものが、壁にうっすらと見える。ここもまた、ずいぶんと凝った文様が書かれているのだろうか。
「今の歌」
「んー。じゃあ。お前ちょっと拍子とってよ」
「拍子?」
こんなの、と奴はすっとかがみ込むと、持っていた食料入れの中から、手探りで使い終わった箸を出すと、それで床を叩きだした。
はずむような拍子。同じパターンを何度か奴は繰り返した。
「…早いぞ」
だが俺はそういうことにはあまり馴染みがなかった。
音楽は、俺達の惑星では好まれはしても、演奏をするほどの余裕がなかったと言ってもいい。時間的にも、精神的にも。
「だから両手があるだろ。ほら二本持って。メゾニイトでは、真面目に歌姫に歌をうたわせる時には、皆で拍子を取るんだ」
歌姫は俺の両手を掴むと、箸を握らせた。そしてかがみこみ、何度かその拍子を俺に取らせる。
堅い床は、箸で叩くと、乾いたいい音がする。それでもさすがにほんの短いパターンだったので、俺もすぐにそれを覚えることはできた。歌姫はのぞき込むように近づく。まだ表情は見えない。
「何だすじがいいじゃない」
「そりゃ、これだけならな」
「や、それだけじゃないよ。こうゆうのは、結構生まれつきのものがあるんだ」
「素質って奴か?」
「そういうのかな。そうゆうのも、すごく上手い奴ってのは、周りから尊敬されるんだ」
へえ、と俺はうなづく。
「お前、テロリストなんかやってずに、こうゆうことやっていればよかったのに」
「全くだ」
俺は苦笑する。歌姫はそう振っておいて、また黙り込む。表情は、見えない。だけど近づいてくる気配は判る。奴はするりと俺の首に手を回して、軽くくちづけた。
そしてまたするりと手を解いて、何ごともなかったように、ほら拍子、とぱん、と手を打った。
俺は今さっき教わったばかりの拍子を堅い床に弾かせる。軽快なテンポ。それに合わせて肩をゆする歌姫の輪郭が暗いこの場所に浮かび上がる。
…低い声が、辺りに響きわたる。穏やかな声だ。さして声を張り上げている訳ではないのに、それははっきりと俺の耳に届く。絡み付く。
柔らかで、そして何処か乾いていて、それでいて奇妙に何処か甘えたような。
ん?
ふと目の端に、何か光が映った。
それを見ようとして、思わず拍子が崩れそうになる。慌てて俺は気持ちを元に戻す。
だが、その光は、妙に俺の目に中に残った。
そして流れる旋律は、少しづつ調子を変えていく。少しづつ上り調子になる。何処か、何かが次に起こりそうな。そんな期待を、拍子を叩く俺の中に起こさせる。
ぽろん、と光が、もれる。一つ、二つ…
もうそれは錯覚じゃない。この周囲が、歌姫の歌に反応しているのだ。
模様じゃ、ない。この周囲の、何か複雑な形が埋め込まれた壁は…
そしてそのとき、歌姫の声の調子は、がらりと変わった。
!
女の高さじゃないが、張り上げた声は、ずいぶんとその調子を変えていた。
背中に、一気に何かが駆け上がる感覚が走る。
そして降り注ぐ。何が?金の雨だ。記憶の中の、降り注ぐ、光。窓からこぼれる、光の雨。
ぱん、と俺はその時大きく箸を打ち付けていた。
響きわたる。止めた拍子の中、奴の歌声が、辺りいっぱいに響きわたった。
光が、走った。
この暗い空間に俺達が足を踏み入れた場所から、奥に向かって、その時、一気に、光が走り抜けた。
天井と言わず、壁と言わず、足下と言わず、ライトというライトが、ボタンというボタンが、一つ残らず、光を放ちだした。
そして俺の目の前には。視界がはっきりした俺の前には、歌を止めた歌姫の、真っ赤な目を見開いた顔が、間近にあった。
グレーゾーン。そこが何であるのか判らない、地図の区域。無意識に足を踏み入れていたところは、「彼女」につながる道だったらしい。
あはは、と歌姫はぺたんと腰を下ろしたまま、乾いた声を立てる。だが次第に、その表情は、ゆっくりと歪みはじめた。笑っているのか、泣いているのか、判らない顔で、奴は、言った。
「…招待… してくれてる… のかな?」
とりあえず俺は、うなづくことしかできなかった。




