僕が一目惚れした子が映画チケットをくれたんだけど僕はどうしたらいいだろう
これは「僕が一目ぼれした子が明らかにくりぼっちなんだけど僕はどうしたらいいだろう」の続編(笑)です。この話だけでも内容は分かりますが、前作のネタも入っているので、もしよろしければそちらから読んでください。
「おぉっと、なんだよ一斉に振り向いちゃってー! ははははっ」
僕は高倉啓也、晴れてこの度三年生に進級することがでしました。さぁ皆、僕に注目するがいい。
「高倉君、恥ずかしいから早くそこから出てきてくれない」
「あ、くりちゃんじゃないか。朝から会えるなんて僕しあわ」
「悪かった、今言ったことは忘れてくれ。高倉くんは一生その溝にはまっているのがお似合いだ」
くりちゃん安定の毒舌。でも僕は小動物みたいに小さな体で、こわーい顔をして僕を睨むくりちゃんも大好きだよ。勿論、笑った顔の方が好きなんだけどねー、まだ見たことないけど。
え、お前はドMなのかって? まさか、くりちゃんだから嬉しいのさ。くりちゃんの一言一言が僕の胸に突き刺さるよ。
「幸せそうだな。そんなにその溝が気に入ったか」
「ごめんなさい神無さん。抜けられないんです、引っ張ってください」
「全く、何で私がこんなこと」
嫌々ながらも引っ張ってくれるなんて、くりちゃんは優しいなぁ。これがツンデレってやつなのか!
「ありがとう神無さん。って、どこ行くの? 待って待って」
「どこって学校に決まってるだろ。ついて来ないでくれるかな」
「いや僕も学校行くし、だから一緒に」
「だが断わる」
くりちゃん、どこでそんな言葉覚えたの。純真無垢なくりちゃんには合わないよ。せめてそこは仕方ないなくらいでお願いします。
いやしかしこんなところで諦めたら男が廃る。勇気を出せ高倉啓也よ!
「ねぇ神無さん、今度の日曜」
「暇じゃない」
「じゃあいつなら」
「高倉君のために割く時間はない。ていうかいつまでついてくるんだ。そろそろ警察に訴えるぞ」
僕のライフはもうゼロよ。
天使くりちゃん、今日は特にきつくないですか。僕は彼女の機嫌を損ねるようなことをしただろうか。いや待て、くりちゃんにとって僕との会話なんか日常の些細な出来事にすぎない。彼女に最も多くの影響を与えられるのは部活だ。もしかして、部活で何かあったのかもしれない。
だめだ、そう思ったら気になって仕方が無い。ライフは無くとも僕にはラブがある。何とかしてくりちゃんの機嫌を取り戻し、あわよくばデートを……。
「おーい、高倉。何道の真ん中で突っ立ってんだ。遅刻するぞ」
友人に背中を叩かれ、僕は心の声から現実に意識を引きもどした。くりちゃんの姿はとっくに見えなくなっていた。
デートはやはり難しいかもしれない。せめて一度くらい、一緒に登校してくれるよう頼んでみようかな。
一見良いとこなしに見える僕だけど、そんなことは全くないから安心してくれ。なぜなら僕は再びくりちゃんと同じクラスになることが出来たからだ。ちょっとの悪いことなんてどうってことない。
そして僕は成長したのだ。もう栗ちゃんとかモンブランとか絶対に言わないよ。くりちゃんの好きな食べ物はショートケーキ、趣味はバドミントン、私服はスカートが多めで、それからそれから……嫌いなものは栗と呼ぶ人間。一年でこーんなにもくりちゃんの情報を集めたんだ。三年生になったぼくは一味違うぜ。
「ねぇ神無さん。最近部活の調子はどう?」
こんなにも自然に話しかけられるんだから!
「上々です。他にもなにかご用でしょうか」
あれー、やっぱりくりちゃん機嫌悪い? 敬語って、すごく遠ざけられてるような感じがするよ。
「えっと、いやーそれなら良いんだ。ごめんね、なんか邪魔しちゃったみたいで」
「本当に、今後一切たいした用もないのに話しかけないでくれるかな」
「うぅ、だってなんか、くりちゃんいつもと雰囲気違うから、何か嫌なことでもあったのかなって気になって」
しまった、つい弱気になったせいでくりちゃんのことくりちゃんって呼んでしまった。
あぁ僕の女神よ、どうか怒りを沈めてくださいぃ。
「悪かったわ」
「え?」
「心配かけたみたいで悪かったって言ってるんだ」
「あ、僕は全然……」
くりちゃんが怒ってない? 平手打ちの一発や二発は覚悟したのに。それどころか、なんか震えてる? 本当に今日大丈夫かな。体調とか悪いんじゃ。
「これ、友達に渡されたの。知り合いにもらったのが余ったんだって。お詫びにどうぞ」
そう言ってくりちゃんがブレザーのポケットから出したのは二枚の映画チケットだった。意外なことにそれは僕の大好きな動物感動ものだ。
「高倉君好きなんだろ、小さい動物。だからあげる」
「え、良いの? でも神無さんの分は」
「高倉君が感想を教えてくれたらそれをそのままくれた子に伝える」
「そんな、それは良くないよ。神無さんがこのチケットを僕にくれるって言うなら僕は神無さんを映画に誘う。神無さんが一緒に行ってくれないなら僕はこれを受け取ることは出来ないよ」
「え、でも私部活が」
「日曜は午前だけだろ! 午後から見に行こう。僕待ってるから」
まだ首を縦に振らないくりちゃんに、僕はもう一押しと言葉を続けた。
「友達は神無さんにってそのチケットをくれたんだろ。感想はやっぱりさ、神無さんが思ったことを言わなきゃ嘘になるよ。そんなの神無さんらしくない。神無さんはいつだって自分に正直だから。な、そうだろ」
くりちゃんは俯いたまましばらく黙っていた。しかし、やがってゆっくりと顔をあげ、僕の方を見て言った。
「今までなら考えずに断っていた」
僕はごぐりと生唾を飲み込む。
「けど今ならこう言える。日曜までに考えておくよ」
僕はその場に崩れ落ちた。まさかの焦らしプレイである。答えを聞けないまま日曜まで待つなんて……今日まだ金曜日だよ? 他の人にとっては明後日のことでも、僕には半永久的に待たされているような気分だよ。だって、二秒後に来た返答ですら待ち遠しくて心の声で十行ぶんくらいくりちゃんへの愛を語れたのだから。
しかし僕は耐え抜いた。
くりちゃんが可愛らしい姿で僕の家に訪れる姿を何度妄想したことか。だがおかけでシミュレーションは完璧、服だってお母さんが選んでくれたものだから間違いないだろう。
後はくりちゃんが、あの日みたいにドアベルを鳴らしてくれるのを待つのみ!
キンコーン。来た! 今はちょうど正午を少し回った頃。部活が終わる時間を考慮すればまさにビンゴだ。確実にこのドアの向こうにいるのはくりちゃん!
「宅配便でーす」
じゃない! そんな、僕の予想が外れるなんて。だって僕のくりちゃんセンサーはこんなにも反応してるのに。
うな垂れる僕の横をするりと抜けてお母さんはドアを開けた。
「あらあら、ご苦労様です。はい、印鑑……と、いらっしゃい。啓也ったら朝からずーっと玄関で正座して待ってたのよ」
お母さん、宅配業者の人に一体何言ってるの。冗談はほどほどにしないと迷惑だよ。
「高倉君、何だそのポーズは。新手のヨガがなにかか」
「違うんだ、僕は期待した人が来なくてショックを受けてるんだよ……って、え?」
宅配業者の人がそそくさと去っていた後姿を表したのは、まさしく僕が待ちわびた人だった。
「え、え?」
「何をとぼけているんだ」
「だって、宅配便が……」
「あらあら啓也ったら、くりちゃん小柄だから宅配のお兄さんに隠れて見えなかったのね。お母さんが扉を開けたタイミングで丁度来てくれたのよ。じゃ、後は若いお二人でどうぞー」
母さんは意地悪な笑みを浮かべてさっさとリビングに戻って行った。小脇に先ほど受け取った荷物を抱えながら。後に残ったのは情けない姿の僕と、そんな僕を見下ろすくりちゃん。
「私ね、高倉君に言われて分かったんだ。こういうことはしっかり考えてから答えを出さなければいけないと」
「つまり?」
「考えた上で断るよ」
僕はその場にへたり込んだ。もう情けないとか気にしないよ。ていうかくりちゃん、断わるだけのためにわざわざ家まで来たの? 僕はてっきりもうOKしてくれたのかと。
「冗談だ」
僕はさらに床へ倒れこんだ。
「やはり友達に悪いからな。というわけだから、そんなところで寝てないで早く行くぞ」
「あ、待ってよくぁんなさん」
「何だ文句でもあるのか?」
くりちゃん、振り向きざまのそのしたり顔、素敵です。最高にグッときました。今ならあなたの犬になれる。
「ほら、早くしないと間に合わないぞ。急ぎたまえ」
「仰せのままに、我が君」
「ちょっと、そういう恥ずかしいこと公道で叫ぶなって前も言わなかったか?」
「本心を語ったまでだよ」
「だからそれをやめろ!」
…………。
どうだった? 今回も僕のくりちゃん(未来形)は究極に可愛かっただろう。え、お前が馬鹿だということしか分からなかったって? はは、もう冗談に惑わされたりしないからな。
そんなわけで、確実に僕らの仲は良い方向へ向かってると思うんだ。これからも僕らの関係に期待してろよ。
いやしかし、くりちゃんの可愛さはどうしたら皆に伝えられるのだろう。僕ももっと勉強して語彙力を上げないと。でもなー、皆が僕の言葉の力でくりちゃんに惚れても困るからなぁ。僕って苦労もの。
じゃあまた、機会があったら、僕とくりちゃんの惚気話を聞かせてやるな。
何を思ったか僕くり(?)第二弾です。一応進級編です。前作のタイトルは引き継いで副題にこれを入れようかと思ってたのですが、まぁ成り行きでこうなりました。ちなみにこの作品は、友達に台詞をいただいてそこから書いていくという斬新な遊びの結果です。楽しんでくれたら私も高倉君も幸いです。
前作に比べて高倉君の扱いがさらに雑になった気がします。変態度が増してきましたね。もし今後があるとしたら……いったいどうなってしまうのやら。皆さんもぜひ妄想してみてください。
そうそう、どこが友達のくれた台詞なんだろう、とか考えてみても面白いかもしれませんね。うまく馴染ませたつもりですが、わざと浮いてるとこもあるので、もしかしてという部分もあったのではないでしょうか。
では、高倉君が話を持ち込んで来たらその時はまた付き合ってやってください。
いつの日か「僕の紅梨ちゃん(現在進行形)」になることを祈って。そしてどうか警察にお世話にならないことを信じて。
今回はここまで読んで下さりありがとうございました。
2015年 4月28日 春風 優華