第二十話 ひとくちのケーキ
どうもお久しぶり(?)です、はらずしです!
今回は何の変哲もない日常劇です。
それではどうぞ!
五月初旬、ゴールデンウイークに入る数日前のこと。
ホームルームも終わり、放課後。海斗はいつものように結の席へと近づく。
「結、帰るぞ〜」
「あ、ちょっと待って……今片付けてるから」
結が教科書をバッグに詰め込んでいるのを、海斗は結の前の席のイスに座って待っていた。
結が帰りの支度を終えると同時に、海斗はゆっくりと腰を上げる。
「よし、帰るか」
「うん。……待たせてごめんね?」
身長差的に必然なのだが、結が上目遣いで海斗に謝る。
「気にするな。いつものことだし」
「あ、それ私をとろい女の子だって言ってるの?」
「なんだ、分かってるじゃないか」
「ち、違うもん!私は先生の話をちゃんと聴いてるだけだもん」
「はいはい、分かった分かった」
「もぅ……分かってないでしょ〜?」
必死(?)に弁解を図る結に、海斗はイタズラ心満載の笑みでスルーする。
そんな様子を見ていたーーー見せつけられていたクラスメイトたち(主に男子)は一斉に呪詛を唱えた。
(((くたばれリア充がっっっ!!)))
とはいえ、新たなクラスに編成されてから早一ヶ月近くが経過しようとしている。呪詛を唱える彼らも、海斗と結の雰囲気はもはや見慣れた風景へと変化していることに自覚があった。
去年同じクラスだった人たちは、まるで昔の自分を見るような眼差しなのに気づいたのは、このクラスでは海斗だけである。
そんな彼らをよそに、海斗と結は校門をくぐっていく。
「今日はどこか行くのか?」
「うん、久しぶりに遊んで帰ろうかな……だめ、かな?」
「別にいいよ。帰っても特にすることないし」
「じゃ、じゃあ、先週オープンしたっていうケーキ屋さんに行ってもいい?」
「……ちょっと待って」
海斗は自分のカバンからサイフを取り出し、残金を確認する。
最近、面白そうな小説を衝動買いすることが多々あったので、心配だったのだが、なんということはなかった。
「大丈夫、問題ないよ」
「やった。ふふ、楽しみだったんだぁ、おいしいって評判だし……」
うふふ、と結は微笑む。
海斗は、女子はみんな甘いものが好きなんだな、と一般論は大抵真実だということを今更にして実感していた。
雑談を交えながら歩くこと少々、結の目的の店にたどり着いた。
学校からほど近くにある商店街を抜けたところにあったその店は、どことなく男性が忌避するような外装が施されており、まるでファンシーショップのそれだ。
「…………」
「棚瀬くん?どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
変なの、と小さくぼやいた結だが、男ならこれくらいの反応は十分常識内だろうと内心で抗議していた。
海斗の反応、急に帰りたくなって、もと来た道を振り返っていたのだ。しかし今更「帰りたい」と申し出ることも出来ず、平然を装い内心嫌々店に入っていく。
結は誰から見たって嬉しそうにしている手前、それを邪魔するのは野暮だろう。
ーーーと、店に入る直前までは思っていた。
中に入れば、案の定、男が一人で来れるような場所ではなく、可愛らしい内装は見るだけで口の中が甘ったるく感じる。
それだけでもう十分だというのに、この甘い店では見たくもないものが視界に入ってしまう。
「いらっしゃいませ、二名様でよろしかったでしょうか」
「…………あぅ」
「……お客様?」
うつむいて、一人別の世界へトリップしている結に、店員が戸惑う。
「あー、二人で合ってます」
「それではお席へご案内します」
仕方なく海斗が答えて、店員の案内で窓際の席に座る。
店員がメニューを置いて、厨房に戻っていくのを見届けてから結に視線をやる。案内されている間も下を向いていた視線は、一向に上がる余地がない。
(それもそうだろうな……)
内心で嘆息しながら海斗は店内へと視線を巡らせる。ケーキ屋ということで、女性客がほとんどだ。オープンしたてということもあり、中々繁盛している。
純情な少年には目に毒な、キレイどころが集まるこの花園のような場所は、男としていたたまれない。
けれど、それだけなら海斗だって辛抱してケーキを食し、結が満足行くまで店に居座る妙な覚悟はあった。
(だけど、これはないよなあ)
海斗の瞳に映るのは、楽しそうなカップルたちの談笑。一角に集まってくれればいいものを、点々と散らばっているので余計に気が散ってしまう。
結が固まってしまったのはこれが原因だ。
おそらく結も、この店だと女性客しか来ないという予想をつけて来たのだろう。まさか男性客が、それも交際関係にあたる男女の組みがいるとは思いもしなかったはずだ。
海斗でさえ店に入る前、こんなところ、自分が彼氏だったら絶対行きたくない。誘われても余程のことが無ければ行かないと思っていた。
しかしである。時たま街中で見られる周囲を顧みずイチャつく甘々なカップルたちはそんな感性など持ち合わせていないらしい。
「ぁのね?行きたぃところがぁるんだけどぉ〜」
「いいょ、どこでもぃってあげる♪」
というような怖気を誘う、メールかラインのやりとりがあってここにいるんだろう(偏見)。
とりあえず、そんな彼らのことはさておき、目の前の結をどうするか。
「結、何か食べるか?」
「…………うぅ」
「見なよ、これうまそうだぞ」
「…………あぁ」
「おっ、オープン記念で少し安くなってるみたいだぞ?」
「…………えぅ」
「ダメだこりゃ」
いくら話しかけても答えが返ってこない。反応はあるのだが、頭が回っていないのか。
結がこうなっているのは海斗と少し理由が違う。
海斗の場合、甘ったるい場所と雰囲気に当てられているのだが、結の場合、それに加えて自分が誘った場所がまるでカップルが来そうなところだったことに羞恥を感じているのだ。
まるで、自分たちがカップルかのようにーーー
(……ダメだ)
これ以上考えると、自分も堕ちてしまいそうだ。何にとは言わない。
(にしても、これじゃあ何頼めばいいか分からないな)
海斗は一人メニューをペラペラめくって流し見していると、ぴたりとめくる手が止まる。正確に言えば止められた。もちろん、結の手によって。
その結の手が止まったページの左端へとすすす、と進んでいく。
「これでいいのか?」
「…………うん」
なんとか回復して来ているのか、それともここに連れてきた羞恥心より、海斗に迷惑がかかる罪悪感が勝ったのか。
どちらでも良いけれど、海斗は結が指した商品の値段に眼を見張る。
(女子ってすごいな……)
思わず関心してしまう。そんなお金、どこから出てくるのだろうか。食にお金をかけることが少ない海斗にとっては不思議でしかない。
海斗は店員を呼び、注文する。海斗は無難にショートケーキを頼んだ。
注文してからケーキが届くまで、結はやはり一言も話さなかった。頭が上がる気配すらない。海斗も「これは放っておくしかない」と特に話しかけることは無かったのでしばし無言の状態が続いた。
ーーーはたから見れば、初々しいカップルにしか見えないことにも気づかずに。
しかし、ケーキが来た途端、結のテンションは一気に上がる。
この店限定なのだというケーキは、値段は高いものの、それに見合うだけの価値があることが見ただけでも分かるほど美味しそうだった。
「わぁ………!」
そのケーキを見ると、結は瞳をキラキラ輝かせ嬉しそうにほおばり始めた。
回復早いな、と食べ物一つで機嫌を直した彼女に苦笑しつつ、海斗も頼まれたケーキを口に運ぶ。
「………うん、うまいな」
「ん〜〜!おいしい〜」
海斗は口角を少し上げて、結は頬を緩め目尻を下げながらケーキの味に舌鼓を打った。
海斗は小さめのケーキを頼んだのですぐに食べ終わり、結が美味しそうにケーキを食べる様を微笑ましそうにしながら眺めていた。
「棚瀬くん、食べるの早いよ」
「結の量と比べればそりゃ早いさ。気にせずゆっくり食べてくれ」
「う〜ん、そう言われてもなぁ」
どうやら待たせていることに罪悪感を感じるらしく、結は早めに食べようとしていた。
特に時間に余裕がないというわけではないーーー無かったらそもそもついてこないーーー海斗はそんなものは無用だと思うのだが、結の性格上、そう割り切れるものでもないらしい。
「じゃあもう一つ何か頼もうかな」
「えっ?……いや、あの、無理しなくても……」
「無理なんかしてないさ。ちょうど欲しいのがもう一つあってさ。悩んでたんだよ」
結は関係ないと言いつつ、店員を呼んで新しく注文する。
「えと、なんかごめんね?」
「謝られるようなことはしてないよ。ほら、結もゆっくり食べな」
「………うん、ありがとう」
少しして、店員が新たなケーキを運んできた。この店でそこそこ人気のあるチョコレートケーキだ。
「美味しそうだね」
「食べてみるか?」
「い、いいよっ!私は自分の分あるし!」
「全力で拒否しなくてもな」
身振り手振りも交えて完全拒否する結に海斗は呆れたように笑った。
ビターな香りのするチョコレートケーキを、今度は意識してゆっくり食べた。結の笑顔を前にして一口一口を丁寧に味わいながら。
その間に結が食べ終わり、今度は海斗が待たせる番となった。とはいえ、あと数口で食べ終える量だ。
食べるスピードを早めるわけでもなく、味を楽しみながら、口にチョコレートケーキ特有の香りを広げる。
今度、勝と有紗にも教えてあげよう、なんて話をしながら海斗は最後の一口を含んだ。
「…………っ!!」
「ひゃっ………棚瀬くん?」
ドン、といきなり海斗が自身の胸を叩いたため結はびっくりして声を上げる。周りの人には聞こえていないが、聞こえているはずの海斗からは何も反応がない。
「棚瀬、くん……。どうしたの?大丈夫?」
海斗に話しかけるも、前かがみになったまま返事がない。よくは見えないが海斗の手が抑えている場所はーーー
「た、棚瀬くん!?」
ガタッ!と立ち上がりすぐさま海斗の背後へとまわる。周りの訝しげな視線などお構いなしだ。
「棚瀬くん!棚瀬くん!」
どうなっているか分からない今、結は海斗の背中をさすってやるくらいしかできない。
せめて何か反応があれば、と思った矢先、海斗の左手がテーブルに伸びてきた。
その手の先にあるものに視線を移すと、あったのはコップ。
急いでコップを左手に持たせると、その手は瞬時に引き戻され、ついで前かがみだった上半身が伸びて一気にコップの水を流し込む。
ゴクゴク、と喉を鳴らしながら満タンだった水を全て飲み干し、ダンっとコップを置いて海斗は一つ息を吐いた。
「ふぅ〜……死ぬかと思った……」
胸を撫でおろす海斗に、結も同じく胸を撫でおろした。
「もぅ……びっくりさせないでよ……」
「ごめんごめん。ケーキが気管に入ってさ、詰まってた」
「ケーキで喉詰まらせるなんて、まるでおじいちゃんだよ?」
「反論したいのは山々だけど、今この状況じゃできそうにないね」
アッハッハ、と笑う海斗に結は頬を膨らませる。
「でも、本当びっくりしたんだから。怖いからやめてよ〜」
「これに関しては不可抗力だ」
「もっとゆっくり食べなよ」
「結を待たせるのは悪いかと思って」
「それ、私のマネ?」
「心当たりでもあるのか?」
「……本当、減らず口ばっかりだね」
「それが僕の持ち味だからな」
怒っているわけではない。単に呆れているだけの結に、どこか自慢げに言う海斗。
これらの様子を見ていた他の客たちは「人騒がせな……」と思いつつ、海斗たちから視線を外した。
そのあと、少しゆっくりしてから店を出た二人はウインドウショッピングを楽しんだあと解散した。
ウインドウショッピングをしている間、終始結の行動を見て微笑んでいた海斗の心境を知らぬままに。
いかがでしたでしょうか。
今回は海斗と結がただイチャイチャするだけのお話です。
自分で書いてて「リア充とか……うらやましぃ」とか思ってました。
さて次回のお話ですが、もうお分かりでしょう。
海斗と結がイチャつくのならばーーー
と言った感じですね。
次回の更新は六月中旬を予定しております。だいたい二週目の土日かな?
それではまたお会いしましょう
See you!