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ラストメモリーズ  作者: はらずし
第四章 冬
19/24

第十七話 聖なる夜に響く歌


遅くなりましたぁぁぁ!!!!


はらずしです!


まあともかくどうぞ!


(最近これしか言ってねえ)



陽が落ちるのは早いが、それでもすぐに真っ暗になるわけではない。ほのかな光が太陽の存在を輝く夜の街に知らしめる。

そんな光さえも見えなくなった夜、遊んで腹を空かせた男二人は客の少ない飲食店にいた。

「よくこんな客が少なくて、安い店知ってたな」

「この前母さんに教えてもらったんだよ。一回来たんだって」

「ふぅ〜ん。お前の母ちゃん色んなとこ行ってんだな」

勝はメニューを見ながら言う。

表記されている料理名の隣の数字はそこらのファミレスより安かった。これは高校生のサイフに優しい価格だ。

「でもなんでこんなとこ誰も知らねえんだろうな。口コミで広がりそうなもんなのに」

「勝も見たろ?この店の外装。あれが足を竦ませてしまうんだよ、きっと」

「位置は悪くねえのにな。損な店だよなあ、ここ」

勝たちもこの店に入る前は少し臆した。外装が高級料理店のそれだ。大通りの前に店を構えているというのに、外装のせいで誰も寄り付かなくなっている。

待ち時間が少なくて客側としては便利だが、店側としたら最悪だろう。

「ま、これなら俺の今の所持金でも食えるわ。金ももう無かったし、助かったぜ」

「ちっ…………そうか、ならよかった。さて、さっさと注文するか」

「おい待て、お前今なんで舌打ちした?」

「いやいや、別にお金貸して三倍返しで返してもらおうとか考えてて舌打ちしたんじゃないから」

「赤裸々に語ってくれたなおい!なんてこと考えてんだてめえ!」

「気にするなって、どうせ払えるんだろ。どうせ」

「なんで嫌そうに言うんだよ……」

ため息をつくと、どこかから着信音が聞こえてきた。勝は自分かと思い携帯を出したが、勝ではなく海斗だった。

「あ、僕か。ごめん、ちょっと出る」

気にすんな、という勝の言葉に目礼してから海斗は電話に出た。

「もしもし……うん、うん……あ、ちょっと待って」

海斗はイスから立ち上がりながらケータイを耳から離す。

「ごめん、すこし込み合った話だから外でしてくる。先に食べててくれ」

「時間かかんのか?」

「たぶん、それなりに…」

「分かった。んじゃ先食ってるわ」

言うと、海斗は左手で手刀を切ってから店を出ていった。

勝は勝は海斗の座っていた席の前に置いてあるメニューをしまってから自分のメニューをざっと検分してから店員を呼び、注文して店員が去るのを見ると天井を見上げる。

注文した料理がくるまで暇で、することがないのもあるが、この店に入る前に少し緊張していたからというのもある。

(そういや、店内もそれなりかと思ったがそうでもないよなあ…)

緊張しながら入ったのだが、それはすぐに解けた。

外装の雰囲気を豪快に裏切る庶民感漂うファミレスそのものの店内に、見栄を張ったのか、入ってすぐのところにあったシャンデリア。

驚いて緊張なんて吹き飛び、次いで呆れで言葉も出なかった。

金をかけるところが違うだろ、とは思ったが、しっかりと金をかける場所にかけてあった。テーブルやイスも作りはしっかりしているし、数も多い。客数が増えても対応出来るように待合用のイスも用意されている。たぶん、余った金を外装やら何やらに使ったのだろう。

ただ、価格を見るに家族層を狙っているらしいが、店内を見る限り家族で来ている人たちはいない。そもそも客が数人しかいない。

キチンと家族層を狙えるべき価格なのだから、外装なぞに拘らなければ良かったのにと思う反面、そのおかげで待ち時間もなく、すんなりと飯が食えるのだからいいか、なんて考えつつ、見上げていて疲れた首をほぐそうと頭を戻すと、目の前に信じられないものがあった。

いや、“もの”ではない。“ひと”だ。

「……え?」

初めに声をあげたのは相手、認めたくはないが知り合いであり、幾度となく見てきた顔の持ち主。そして自分が傷つけた人、有紗だった。

「……はあ?」

なんでここにいるんだよと思いつつ、勝も疑問の声をあげた。




「何でここに座るんだよ」

「だって、一人で暇だったし……」

「俺はお前の暇つぶしに付き合う気はない。あと、そこ俺の連れの席だから。どけ。んで自分のとこ戻れ」

「じゃあ暇なんじゃない」

「だからなんだ。お前には関係ねえよ。さっさと戻れ」

「やだね。その人戻ってくるまで待つ」

「あのなぁ……」

勝はため息を吐く。トイレから出てきたらしく、ハンカチで手を拭きながら出てきた有紗は何の断りもなく、ストンと海斗の座っていたイスに座った。そして勝をじっと見ている。

「二人きりなのって久しぶりね」

「だからどうした」

口には出さないが、勝は明らかな拒絶の態度しか見せない。それでも有紗は苦笑するだけで、勝は苛立ちが募る。

「君の態度に怯えるほど、私弱くないわよ?」

「だからなんだっつうの。お前は一体何がーー」

「何がしたいんだ」と言いたかったのだが、机に置いていた勝の携帯に着信があった。

言葉を切り、メールだと確認してから開くと、送信主は海斗だった。内容はこう。

『ごっめ〜ん。急用できちゃった☆それじゃ、後は楽しんでね〜(笑)』

メリッと音がした。

無意識に手に力が入っていたらしい。持てる握力の全てで握り潰すところだった。

我に帰って力を抜くものの、怒りは収まらない。

(あんにゃろ……!謀ったな⁉︎)

こんな風に海斗はいつでも勝をバカにしたりするのだが、今回に関しては、この件に限っては話が別だ。笑って済ませられる域を越えている。そのことは夏にも忠告したはずだ。

「このことに関しては勘ぐるなよ」と。

(あいつ、今からでもぶん殴ってやる……!)

注文した料理も待たず、金だけ払って帰ろうと思った。代金は海斗から返して貰えばいい。自分を嵌めた罰だとでも言って脅して。

怒り心頭、とまではいかなくともそれくらいの怒りを抱えて立ち上がった。

「どこ行くの?」

「お前には関係ねえよ、じゃあな」

「待ってよ、私はあなたに話がーー」

「俺は、お前の話を聞くつもりはない」

会話もする気はないとでも言うように言葉の最後も待たず言い切った勝はその場を立ち去ろうとするが有紗に腕を掴まれた。振り払おうとすれば簡単だが、勝はしなかった。代わりに有紗を睨みつける。

「離せ」

「嫌よ。そしたらどこか行っちゃうじゃない」

「そのつもりだから離せっつってんだよ」

怒りを露わにしても勝は自分から動こうとはしなかった。それを分かっているのかいないのか、有紗もまた離そうとはしない。

勝はもう一度「離せ」と言うつもりで口を開く。

「少しくらい、私の話も聞いてよ‼︎」

「っ!!」

開いた口は即座に閉じられる。有紗の必至の懇願に、勝は何も言えない。言うことができない。ただ口をつぐみ、声を押し殺すのみ。

何も言えないのは自分に非があるからだけではない。それだけなら今までも勝は何も言わなかったはずなのだ。ならなぜ今更になって何も言えないのか。

有紗の目に涙がたまっていた。声も涙声に近かった。

有紗の涙を見て、有紗の今の表情を見て、何かできるほど勝は落ちぶれてはいなかった。それが理由。

今にも泣き出しそうにしている有紗の手を勝は優しく解く。「あっ」と声を出す有紗を無視してイスに座らせる。頭をぽりぽりとかきながら勝も自分が座っていたイスに座った。

「……わあ〜ったよ。聞きゃいいんだろ」

少し間を置いてから言った言葉は有紗に届くにも間が空いた。言われた事に気づいてから有紗はこくんと頷き、袖で目尻を拭く。

「ちゃんと、話聞いてくれるの?」

「さっき言ったろ」

「途中で変な口挟まないでね」

「はいはい」

変な口とはなんだよ、と内心でグチる勝。

素っ気なく聞こえる声も、先ほどまでと違いしっかりと“有紗”に向けている。有紗は会話が成立すると分かったのか、話を始めた。

「私、お礼がしたかったの。あの時は訳がわからなくて、ただ泣いてただけで。事の真意に気づいた時にはもうあなたはいなかった。気づくことに、お礼をいうことに遅れたのを謝りたくても謝れなかった。だから、本当にごめんなさい。そして、ありがとう」

「……俺は、んな大層なこたぁしてねえよ」

「そうね。みんなはそう思ってる。逆にあなたを責めた」

「あったりめえだろ。それだけのことしたんだし、それがこの世界のルールだ」

「けど、私は違うの。あの時は違ったけど、今は感謝してもしきれない恩をもらったって思ってる。私を導いて、救ってくれたのは紛れもなく山本くんなのよ」

「………ろよ」

「なのに私はあなたのしたことの意味に全く気づかずにひどいことを言っちゃった。何も知らなかったくせに…」

「……メロよ」

「私はあなたに怒る権利も、責める権利もなかった。それはあなたの権利ーー」

「やめろっつってんだよ!!」

ドンッ!

響いた音は勝が机を拳で叩いた音だった。かなり大きい音に聞こえたが、幸い遠くにしかいない客には音が届かなかったらしく誰も気づいていない。

「山本くん……?」

有紗のその声に勝はハッとなって机から手を引っ込める。バツの悪そうな顔をしながら勝は有紗から視線を逸らす。

「俺は、お前の顔を、女子の顔を殴ったんだ。そんな俺が責められるのは当たり前だし、殴られた当の本人から礼を言われて、あたかも謝罪される筋合いじゃねえ」

繰り返し言ってきたかのようなセリフを、吐き捨てるように勝は続ける。

「それに、なんで今更昔の話蒸し返してまで俺に近寄る?加害者の、この俺に」

自嘲気味に、いや、自嘲する歪んだ笑みを浮かべて勝は言う。有紗は何も言えないのか黙っているだけ。

「チッ……」

何も答えないのが腹立たしくて勝は軽く舌打ちする。数秒して、黙っていた有紗が顔を上げた。

「こんなの……山本くんにしか出来ないから…」

「……?」

「こんなこと、勝くんにしか…言えないからなのに……」

ポロポロと言葉を零すかのように自分の主張を声に出すが、目尻にたまっていた涙までも言葉と同じように溢れ出す。

涙が有紗の頬を伝う。

「もう、忘れてしまったの…?」

か細い声で出された問いは、勝には分からなかった。問題の意味も分からない。何を忘れているのか。それは問題の意味であり、答えだ。だから答えも分からない。ゆえに勝はこう言うしかない。

「なんの…話だ」

純粋な疑問を投げかける。ただ訊くだけなのに、緊張が溢れ出す。手が震えてしまう。

勝の疑問を受け取った有紗はと言うと、目からまた一つ、大粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。

涙の跡を拭おうともせず、有紗はおもむろに立ち上がる。

「そっか、そういうことね…」

「は?……お、おい。どこ行くんだよ」

「帰るわ。私の話は終わったし」

「は、はぁ?」

さっきまで泣きそうになっていた表情はどこへやら。毅然とした顔で、何事もなかったように帰ろうとする。

そんな有紗に無意識に手を伸ばし、腕を掴んだ。勝自身、こんな行動に走った理由は分からない。ただ止めなければならないと思った。

有紗は睨みもせず、勝をじっと見据える。

奇しくも、さっきとは真逆の光景になった。

勝は何か言わなければと頭を高速で回転させ言葉を絞り出す。

「待て待て、お前自分の飯代は?」

で、一番最初に出てきたのがこれ。感情より先に理性が出てきたような言葉だ。実際問題勝には金が無いので妥当だと言われれば否定しにくい。

「もう払ってあるらしいから、いいのよ」

先ほどまでの感情が込められた声とは裏腹の冷めた声。それで気づく。勝は有紗の一番大事な部分を踏みにじったのだ。さっき問われた問いに対する勝の答えが、それに値するものだったのだ。

「じゃあ、さよなら」

勝と違い、有紗は強引に勝の手を振りほどきさっさと帰ろうとする。勝は自分がしなかったことに少々の驚きを感じて、一瞬思考が止まった。その一瞬で有紗と距離を開けられた。開いた距離を見て、また思考が停止しかけたもののなんとか堪えて有紗の腕をもう一度掴む。そしてお返しにというわけではないが、グイッと強引に背中を向けていた有紗を引き寄せて顔が見えるように向きを変えようとする。だが引き寄せたはいいものの一向に勝の方を向くことに抵抗する。あまり力を入れていない勝は、全力で拒もうとしている有紗の力には勝てなかった。いくらこちらを向かせようとしても拒絶するので、少し力を入れてなんとか勝は有紗の体の向きを変えた。

「お前、何をそんなに怒って……?」

勝は途中で言葉を切った。自分から切った。有紗に何かされたわけではない。どちらかといえば勝が有紗にしてしまったから言葉を切った。

有紗は、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

「お、おい……?」

「あな…たが……あなたが、言った…のに…!」

泣きながら言うので途切れ途切れにしか聞こえない。

「な、なにを」

「“約束”……した…の、に……!」

有紗の口からつっかえつっかえ出てきた言葉を勝は処理しきれず一瞬放心してしまう。その隙を突かれ、有紗は勝の腕を振り払い、走って出ていってしまう。一度危うく店員にぶつかりそうになっていたが店員が避けた。

勝はそれをただ見ているだけしかせず、有紗が店を出て行ってからも追いかけるのではなくイスに座り込むだけだった。

イスに深く座り込み、有紗に言われたことを反芻する。

(“約束”ねえ……)

いくら考えようと、全く心当たらない。有紗を泣かせるほど重要な約束なら覚えているはずだ。なのに勝は約束なんてした覚えもないし、なんなら有紗と約束なんて結ばない。

(いや、もしかすると俺が忘れてるだけ…?)

でも普通は忘れない、と勝は思う。大事な約束ほど勝は絶対に忘れないはずだ。勝は約束を守ることに関しては絶対の自信があるし、破ることだけはしたくないのだ。

だからそれだけは絶対にない。ないのだが……。

(あれ……つかなんで俺約束破りたくないんだっけ)

いつからか、約束は守らなければならないものだと思っていた。小さい頃から親に言われたのか、それとも自分で言い聞かせたのか…。

勝は考える。現実逃避なのかもしれないが、今は目の前の問題より、自分が約束を破りたくない理由が知りたかった。それが、今の問題にも繋がるかもしれない。

(いつだっけか…小学生だったか…?)

なにか、やってはいけないことをやった気がする。自分で決めたことを、自分で破ったのだ。それは大切な約束だったはず。

(ん……?約束……?)

約束、そう、有紗も口にした言葉。

約束したのだ、勝も。小学生の時誰かと。

(…………っ!!!!)

そこからの思考のパズルが完成していくのは一瞬だった。一瞬にして出来上がったパズルの完成図は勝自身の罪の象徴、罪悪感の権化だった。

「くそったれっ!!」

今更になって後悔が溢れ出す。さっき有紗が出て行った時に追いかけるべきだった。立ち止まり、ましてや座り込んでその場から動かないというのは最低の行為だ。

これが最初で最後のチャンスだというのに。そのチャンスを有紗自信が苦しみに耐えながら産み出してくれたというのに、勝はそれを投げ捨てたようなものだ。だからといってここでじっとしているわけにはいかない。投げ捨てたならば拾いに行くのみ。

勝はイスが倒れるのも構わずガタッと音を立てながら勢いよく立ち上がる。机に置いてある携帯をポケットにしまい、店を出ようとした。

「お客様、少々お待ちを」

「すんません、急いでるもんで代金は後で払いに来ます!」

何を言われるかだいたい分かるので、会話する時間も割いてこの店を出る。いや、出ようとした。

「まあそう慌てないで、私の話を聞いてください」

話しかけてきた店員は勝の首根っこを掴み、走り出そうとしていた勝を余裕で止めた。振り解こうとしても、相手の力が強すぎた。

「落ち着いてください。それと料金は払ってもらいます」

「後で来るってば!いいからはなせっ!」

「落ち着けってんだよお客様!」

「おあっ⁉︎」

乱暴な言い方で、乱暴なやり口で勝を止めた店員。何をしたかといえば、ただの膝カックンである。

「落ち着きやがってくださいお客様。一つ伝言があるのです」

「なんだよ伝言って!」

急いでいるのに出鼻をくじかれた気分の勝は怒りを抑えずそのまま店員に解き放つ。一方、口調は荒いもののかなり冷静な店員はそんな勝の怒りをものともしない。とりあいもしない。

「先ほど出て行かれたお客様からです」

「……並谷の?」

「ええ。そうです。彼女、なんていったか分かりますか?」

「押し問答に付き合う気はねえ。さっさと言ってくれ。時間がない」

「落ち着きのない子は嫌われますよ。彼女は泣きながらこう言ってましたよ。『守ってくれるって言ったのに』だそうです」

「ーーッ!!」

勝は唇を噛みしめる。血が出るのもお構い無しの、ありったけの力で。

やはり当たりなのだ。勝が結論を出した答えは有紗が望んだ答えなのだ。

勝はパッと立ち上がり、足ををパンパンと叩く。

「ありがとよ、伝えてくれて。それじゃーー」

「あともう一つ、料金ですが」

勝が別れを告げる前に、料金の話を持ち出されてしまう。後にして欲しいのに、してくれない。空気が読めるのか読めないのか、サッパリだ。こんな状況なのだから後にしてくれるのがいい人なんじゃないかと、そこはかとなく理不尽なことを考えたが、そんな場合ではないと思い直す。

「後でここに来るからそんときに金渡す。だから行かせてくれ」

「いえ、お金はいいんです」

「はぁ?」

またわけのわからないことを、と年上だろう店員に向かって失礼なことを思っていると、店員は面白いことを言ってくれた。

「料金は、彼女の“笑顔”でお願いしますよ」

ニイ、と笑う顔がどこかで見たような笑みだったが、やはりいい人なんだと勝は評価を底上げした。

「ああ、分かったよ。また来るぜ」

「ご贔屓にどうも」

勝は店員の言葉を聞き漏らさずに走って店を出て行く。外は真っ暗。クリスマス用にと飾られた光り輝くイルミネーションも今は視界の端に映るだけ。ただ目指すはあの場所。有紗が必ずいるであろう、あの場所へ勝は走る。

(そういやあの店員どっかで見た気が…)

サングラスをかけていたし、帽子で顔がよく見えなかったから分からなかったが、また今度あの店に行けばいいかと思い、足に力を入れた。




「全く世話のかかる……。頑張れ、勝くんよ。海斗に尻叩かれてるんだからしっかりやんねえと後で怒られっぞ」

“店員”は勝が出て行った後、そう呟いた。




「ハッ……ハッ……」

冷めた空気に、勝の呼吸によって発生する白い息。手は寒さで感覚すら消え失せて来た。どれだけ走っているだろうか。野球部で鍛えた足腰は頑丈になっていて弱音は吐かない。弱音を吐くのは精神だ。走っても走ってもたどり着かないような感覚。マラソン大会でもこんなことはなかった。近いはずなのに遠い。短い時間のはずが長く感じる。恋愛観かよ、なんてツッコミも入れられないほど、勝は焦っていた。

体力は余りあるほどあるのに疲れが出てくる。体力的疲労でないことはわかっている。自分の弱さを思いっきりハンマーで叩かれた気分で走っているとこうも疲れるのかと、初めての気分に新鮮になる余裕さえない。

ただただ走るしかないのだ。

それから何十分走ったか。体感的には一時間は走った気分だ。腕時計を見やると、さっき店から出てたったの8分。10分すら走ってなかった。

「どんだけだよ……」

息切れはしないものの、倦怠感はハンパないほど体に押しかかる。それを振り払い、目的地に足を踏み入れた。

着いた場所はボロボロの小さな教会。外装は剥げているが中はなぜかあったかいのだ。小学生の冬によく来ていた。それも一時期の話だが。

ギイ、と軋む音を立ててドアを開く。中に入るとろうそくの火が二つ、三つ灯っていた。

やはり、と勝は少しホッとする。ろうそくの前に有紗がいるのだ。ここは昔、有紗と二人でいた場所なのだ。一人で泣くなら絶対ここだったから。誰にも弱さを見せようとはしない有紗には絶好の場所がここだった。だからここだとあてをつけていた。

音は聞こえているはずなのに、有紗はこちらを見ようともしない。勝は軋むドアを閉めて有紗に近づく。

ろうそくの火に暖かさが感じられるところまで近づき有紗の隣に座る。有紗は無視するつもりなのか何も言わない。

「懐かしいな、ここ。お前よくここで泣いてたよな」

「………」

「あん時はひびったよ。なんせ弱いとこなんて見たこともなかったからな」

苦笑しながら勝は言うが有紗は何も反応しない。

「そんでそっから始まったんだよな。俺とお前の秘密の会談」

「……」

「どんだけ話したっけ。あんまよく覚えてねえけど、これだけは覚えてる」

「…」

「いや、思い出したって言うべきだなこりゃ。なあ有紗」

「……!」

ぴくっと肩を竦ませたのは何も名前で呼ばれたからだけじゃなかった。勝が頭を下げたのだ。

「すまんかった。これだけは言わせて欲しい。約束、破っちまったからな。これだけは譲れねえと思ってたものを、俺は自分で投げ捨てた。あん時は相当後悔したぜ。なんで捨てちまったのかってさ。でも、もう心配要らねえとも思った。お前は強いから。そう、思ってたんだ」

「……ん」

小さく、本当に小さく有紗は頷く。ちゃんと聞くつもりなのだ。勝の主張を。

「けどよ、そりゃ違ったんだな。やっぱお前は強さをかぶってただけだった。誰にも弱さを見せようとはしなかっただけだった。だから、あの時俺は言ったんだよな。昔も、今と変わらないお前だったから言ったんだよな。『俺に甘えろ。俺が守ってやるから』って」

「………うん」

有紗は背を向けて座っているから表情はわからないが、それでも勝は、これだけは謝らなければならないと、話を続ける。

「今もそれは変わんねえ。だから俺に寄ってきた。前と変わらないと思ってたんだろ?けど俺はそんなこと忘れてた。お前が弱いことはうっすら覚えてたけど、前よりしっかりしてたから、約束なんて思い出しもしなかった。だから謝らせてくれ。すまなかった」

「………それ」

「ん?」

ボソッとつぶやくものだから聞き取れない。それに加えてこちらに向かって言っているわけではないから更に聞き取れない。勝は店内とは違って優しく訊きなおす。

「それ、だけ?」

「………ああ」

意味は、分かってる。こんな約束を守る守らないだけじゃ物足りないと言われているのは分かっている。だが、これ以上は言えない。言う権利がない。だから勝は肯定する。

しかし、

「違うよね。言いたいこと、まだあるんでしょ?」

「………ない」

「嘘はダメよ。ここは教会、神の御前なんだから、嘘は効かない」

それは、その言葉は前に何回も聞かされた。小学生の時、有紗がここで話す時に必ず言った言葉だった。

勝は、もう我慢出来なかった。

さっきまでは正座で軽く頭を下げていただけだったが、もう土下座の格好になるまで頭を下げたのだ。

「すまなかった!!!!」

第一声は深い、深い謝罪の言だった。

「本当に、すまなかった……!ああするしかねえって、俺は思ってしまった。ガキの頃はそれが一番だって、そう思い込んでた。それを言い訳にするつもりはねえ。けど、それだけは言いたいんだ……!殴ってすまなかった!!!」

男の深い謝罪は果たしてどう受け取られるのか。

勝は身を引きちぎる思いで顔を上げる。すると、目の前が真っ暗になった。

「ーー!?」

真っ暗だが、妙に暖かかった。その暖かさで有紗が勝に抱きついているのに気づいた。

「………そう、やって、ずっと、ずっと言って欲しかった……!勝く、んに、ずっと会い、たかった……!」

ポタポタと髪の毛に水が染み込むのが分かる。彼女は今、ようやく自分の感情を解き放つことのできる場所にたどり着いたのだ。長くて険しくて、真っ暗な道の中、ようやくたどり着いた場所。昔から、その場所は勝だと分かっていたのに行けなかった。ようやく着いた時にはもう離れてしまったからだ。でも、もう離さない、離したくない、離れたくないと言わんばかりにギュゥッと勝を抱きしめる。

「私、ずっと……寂し、かった……!悲しかった…!……泣きたくても…泣け、なくて!…ひっく……頼れる、人も…誰も、いなくて!」

やはりそうだったか、と勝は内心納得する。有紗は親が離婚するところを二度も見ている。しかも今暮らしているのは血も繋がらない父親。親戚関係も、本当の両親が駆け落ちしたせいで誰も相手にしてくれなかった。

今の親に自分の弱さを見せるわけにはいかなかったのだ。相手は法律上親でも赤の他人の、しかも男だ。最悪の展開も予測できないほど有紗はバカではない。友達に頼れるほど器用であれば、昔勝が有紗を殴ることはなかった。そして一度甘えたところ以外で甘えられるほど器用でもなかった。だからこれだけ泣きじゃくっているのだ。ようやく落ちつけられると、自分の身を委ねられる場所に来たと力が抜けているのだ。

勝はゆっくり、優しく有紗から離れ、体を上げる。有紗は未だ泣いている。その姿が昔の姿と被った。昔、ここで泣いていた有紗の幼い頃と。

勝は手を伸ばし有紗の体を掴むと、グッと体を引き寄せた。あの頃にも有紗にやった、有紗を抱く仕草。有紗はまるで小さい子が親に甘えるように勝の胸にしがみつきながら、涙を流し続ける。

「なあ、有紗……」

「……な、に…?」

「これだけ、確認したい」

有紗が泣き止むのを待つのも良かったが、結局待てなかった。これは自分の罪だからと。この状況に甘えるわけにはいかないんだと強く自分に言い聞かせる。

「お前は……俺でいいのか。お前を殴った、んだぞ?それでも……」

勝は正直、許されているとは思っていない。女子の顔を殴るというのは許されるべきではないと自覚しているからだ。

でも、

「いい、よ!いいに、決まってるじゃない!私は……どれだけあなたを……待っていたと……」

そんな不安を有紗はなんともないと言った。それどころか、勝を受け入れたいと言うのだ。勝はそれを聞いて一段と強く、有紗を抱きしめる。

そしてこう言った。

「ありがとう」


美しい歌声が、教会の中で響き渡った。




「で、うまくいったの?」

「まあ出来ることはしたよ。あとはあいつら次第だな」

「棚瀬くんもよくこんなこと考えるね」

「ありきたりだと、僕は思うんだけどね」

「でも有紗ちゃんも知らないんでしょ?あそこに山本くんがいるの」

「じゃないと、並谷が逃げるかもしれないしな。結が話があるって言えば行くだろう。並谷なら」

「なんか罪悪感を感じる…」

「そこは割り切らないとな」

「……ふふ、そうだね」

寒さに耐えながらも、海斗と結は外を歩きながら話していた。もちろん話題は勝と有紗のこと。

海斗の提案はてっとり早く勝と有紗を引き合わせることだった。それだけなら別にありきたりなのだが、海斗のイタズラ心というべきか、引き合わせることなど有紗には何も言わなかったのだ。

あの日、提案があると言った時、海斗はこう言った。

「追って説明するから、今日は帰ろう」

思い切り話題をそらして普通に帰ったのだ。

有紗も結も何の案か知りたかった様子だったが海斗は一切とりあわなかった。

理由はもちろんある。有紗に引き合わせると伝えれば絶対に断ることは目に見えていた。自力でなんとかしたいだろうと思うような性格だからだ。それにもう一つ。有紗は突発的なことに若干弱いところがある。そこをうまくつけば心を少し弱らせて、勝との話の最中本音を言いやすくさせられるかも、と考えていたのだ。

「それに、俊兄にも後押ししてくれるよう頼んだし、大丈夫だろ」

「それは頼もしいね」

クスクスと結は笑うが、自身で言った通り罪悪感感があるのか笑みは少し硬い。

なにか解す方法は無いかなと考えていると、結が急に黙った。笑い声がイキナリ止まったのだ。

何かと思い、海斗は後ろを振り向く。

「ーーっ!」

声にならない声が漏れた。

いや、声にならないのも当然。唇が塞がれているから。なら誰に、といえばもちろん、結。

時間にして数秒、結の唇と海斗の唇がお互いの口を塞ぎあって、声が出ない。

我に帰った海斗はサッと結を引き離す。結は結で何が起こったか分からないという顔をしている。

結が違う世界へ飛び立っていて言い訳(?)出来なくても、海斗は大体の事情を把握していた。

後ろを振り向いて最初に見えたのは誰かに偶然押されてバランスを崩した結だったのだ。

だから結自身が自分の意思で海斗に迫ってきたわけではないことくらい分かっている。

それでも、男子として美少女にキスされるのは嬉しくもあり、心臓の鼓動が高鳴るのは当たり前だった。

例え、結に恋愛感情がないのを分かっていても。

海斗はとりあえず言っておくべきことだけ言っておくことにした。

「あー、結?」

「………は、はい?」

辛うじて、返事だけは出来るようだ。

「今のが、結の初めてかどうかは知らないし、詮索もしないけど、今のは無かったことにしとこう」

「………は、はい…」




「ちっ、海斗め。あのままいいとこまで持ってきゃいいのに……」

“偶然”にも結を押して“しまった”本人は遠くからそう呟いた。




聖なる夜の忘れられない出来事









いやあ、一週遅れてスンマセンっした!!


だって長いんだもん!勝と有紗めんどくせえんだもん!!書いてる途中、「さっさとくっつけボケどもぉ!!」って幾度となく思いましたもん…。


さてそんなことはどうでもいいのですが、これでようやく一年生編が終了します。次章からは二年生編ということですね。

勝と有紗の過去話に関しては、番外編としてそのうち書かせていただきます。ご了承ください。


さてさて!そして一番重要なことを発表させていただきます。

この「ラストメモリーズ」ですが、次回の更新を

4/12にさせていただきます!

理由としては、応募作品に力を入れたくてですね。

それに力を入れるとこちらがおろそかになってしまうのは明白なのでこういう形にさせていただきます。

気分転換がてら、なにかラストメモリーズの短編的なものを書くかもしれないし書かないかもしれないし……w

とりあえず、次回の更新予定は4/12になります!


この話を読んでくださっている方々には大変心苦しいのですが、申し訳ございません。


なんせ自分、学生なんで、テストもあるんですよ…。


ってなわけで、次回までさようならです。

読者の皆様が離れていってしまうかもしれないという不安はありますが、それも自分の才能不足、努力不足ということで腹をくくりたいと思います。


また思い出したら、4/12にここに来てください。

お待ちしてます!


それでは!

See you!!

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