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ラストメモリーズ  作者: はらずし
第三章 秋
16/24

第十四話 祭りの嵐


どうもっ!はらずしです!


クリスマス終わりましたねぇ……。

本当はクリスマスに上げたい話があったのにそれはまだ何話か後の話なんですよね……。ちっ。

まあそこは自分の力量不足なので自分しか責められないのですww


さて、今回のお話、たぶん今までで一番長いと思います。執筆に何日とかかりましたから。


ではどうぞ!




明けて翌日の土曜日、文化祭最終日の始まりだ。

例年通りと言うべきか、今年も文化祭の最終日は噂に聞く通り朝早くから大勢の人が訪れた。

来校者が入ってこれる時間は文化祭が始まってから約30分後。9時30分だ。それにも関わらず校門の前には人で溢れかえっていた。

他校の生徒や子どもたち、地域の人々はもちろんのこと、家族連れで来る人やカップルも多く見かけ、この高校のOBも懐かしき青春時代の居場所を眺めながらこの“祭”を楽しんでいる。

多くの来校者によって大盛り上がりを見せる中、今の所学校側の大きな問題や来校者によるいざこざもなく楽しい文化祭になっている。

文化祭実行委員も定期的な見回りやイベント進行などのごく平凡な仕事に追われ、忙しくも楽しそうだ。

それは各クラスも同じ。暇を持て余している時間なんてどこのクラスにも、どこの教室にも無かった。

来校者は何千人という規模なのでどこの食事処もレクリエーションを提供するクラスも大忙し。

ダンス、演劇を主催しているクラスや吹奏楽部、軽音部や有志のバンドなどは体育館で大いに観客を盛り上げている。

そんな中、給仕をやっていた海斗は複雑な心境だった。原因はもちろん、昨日のあの二人の会話だ。

『一切俺に近寄るな』

勝はなぜあんなことを言ったのだろうか。前、プールへ行く前までは突出してというわけではないがそれなりに仲の良かったあの二人の間に何があったのか。

そもそも、勝はなぜそれを言う必要があったのか。有紗を避けたいなら自分から寄ろうとしなければいいだけの話だ。有紗だって、勝が嫌そうにすることには気づくだろう。

だがそれでもあえて言ったのだ。近寄るな、と。

あんなキツイことを、冗談ではなく本気で言うとは海斗には思えなかった。

それに加えて、勝の発言からの有紗の反応。

あれが一番不可解だ。なぜお礼の言葉が出てくるのか。

海斗が最後に聞いた涙が滴り落ちる音。あれは分かる。まだ分かるのだ。なにせキツイ一言を真正面から言われたのだから。

その涙があのお礼の言葉から来た嬉し涙だとしても、まったく納得が行かない。その前には勝の一言があるからだ。

その涙が勝が言った一言にあるとしても、お礼を言っている時点でまずおかしい。

勝も勝だ。なぜあんなにも取り乱したのか。

自分の発言に見合わない反応というだけならあそこまで取り乱したりはしない。あんな取り乱し方はしない。

なぜだ、なぜ……。

海斗は給仕をしている傍らそんなことを考え続けていた。

接客で大事になる表情が曇る可能性もあったが、そんなことを気にしていられる程海斗は冷静ではなかった。そもそも気にする以前の問題だ。そんなこと頭の片隅にも無かった。

表情がどうのこうの言われることになるのは、お昼過ぎに現れたとある客からだった。

海斗の仕事は午前中だけだったのだが、やはりと言うべきか人手が足りず、仕事上がりの予定時間を大きくずらされた。

だがそれも自業自得というのか。考え事に没頭しかけている状態で上がろうとしたら、誰かに「人が足りないからそのまま続けてくれないかな?」と言われてきとうに「ああ、分かった」と返事をしたのがまずかった。そして自分の失言は言ってから気づく。時既に遅し、海斗は約2時間多く働く羽目になった。

そしてそれもようやく終わりかと思いつつ、客に呼ばれ注文を取りに行く。この人を最後に上がろうと考えていたが、顔を見た途端すぐには上がれないだろうと直感した。

客は俊だったからだ。

「よっ。景気はどうだい」

「見れば分かるでしょ。すごい繁盛してるよ。俊兄は何しに来たの?」

海斗は言いながらお冷とおしぼりを置くのを忘れない。それを見てから俊は言う。

「それこそ見りゃ分かるだろ。ただ遊びに来ただけだ」

俊が言ってから海斗は周りを見回してから訊く。

「まさか、一人で?」

「おうともさ。本当はあいつも連れて来たかったんだけど、忙しいっつって断られた」

「そりゃあ、文化祭のためだけに東京からこっちに来れるほど暇じゃないでしょ」

「俺のためなら来ねえと思うが、お前のためなら来そうなもんだと思ったんだが……」

「俊兄、もうちょっと彼氏らしくさ、俺のためなら来てくれる、くらい言ったらどうなのさ」

「あのな?あいつは本当に俺のために来ることなんてそうそうないからな?」

それは照れ隠しに決まってるでしょ、とは言わなかった。そんなこと、俊は分かっているはずだからだ。

もう少し話していてもいいかと思うが、店の回転効率も考えなければいけないので断念する。

「分かってるよ。で、ご注文は?」

「ああ、すまんすまん。……じゃあオムライスもらおうか。あとコーヒー」

「ブラックで良いんだよね?」

「いや、少し砂糖入れてくれ」

「はいはい……っと。じゃあ少し待ってて」

聞いた注文をキッチンの方へ伝えて、他の数人の客から注文を取り、またキッチンに伝えてから海斗は俊のコーヒーを淹れる。

俊がコーヒーに砂糖を入れる時は決まって何かあった時だ。それを知っているのはたぶん海斗だけだと思っている。

海斗が最後に、俊がコーヒーに砂糖を入れているところを見たのは大学の合格発表日だったような気がする。

そんなことを思い出しながらコーヒーを淹れ終えると、ちょうどオムライスが出来上がっていた。

淹れたコーヒーと一緒に持っていくと、俊は海斗の方を見ながら待っていた。

「はい、オムライスとコーヒー」

「お、サンキュー。腹減ったから待ち遠しかったぞ。お味はいかほどかな」

スプーンを手に取り、オムライスの端を一部すくって口に運ぶ。

このオムライスは喫茶店の看板メニューともいえる一品なので、海斗は少し緊張気味にそれを見守る。

味を確かめるように咀嚼し、ごくんと飲み込むと海斗を見る。

「美味いなあ、このオムライス。誰が作ってるんだ?」

最初の一言に安堵を覚えながら海斗は少し自慢気に話す。

「そりゃあ美味しいさ。このクラス一の料理人、凛堂結シェフの料理ですから」

「ほぉ……あの子が。見た目良し、性格良しで料理も出来るとは……」

「今褒めるところはそこじゃないでしょ……」

「そりゃそうだ。ところで俺が飯食ってる間、お前仕事しなくていいのか」

「僕そろそろ上がる予定だってし、別にいいと思うよ」

「じゃあ着替えてこい。そんな格好してたらサボりと勘違いされるぞ」

「さすが、バイトの制服のままバイト先でサボっていた人の言葉は重みが違うね」

「バカ野郎、あれはサボりじゃなくて休憩だ休憩」

「どこの世界に二時間も休憩する人がいるのかなぁ」

嫌味を言うと俊の顔に筋が入り、これはやばいと思ってそそくさと更衣室に着替えに行き、数分で戻ってきたら俊はとっくに食べ終わっていた。

「そんなにお腹空いてたの?」

「いや、美味かったからついな」

「おかわりする?」

「いや、いいよ。俺もそろそろ行かなきゃいけないしな」

「なんだ、用事あったんだ」

「まあな。そんな大した用じゃねえよ」

俊がコーヒーに砂糖を入れているので海斗にはそれが嘘だと分かる。もしかするとここに来たのは緊張を解きほぐすためかもしれない。

「ほんじゃごっそさん。美味かったって伝えといてくれ」

料金を海斗に渡し、イスにかけてあった黒の革ジャンを羽織り教室を出て行く。

海斗も教室を出て見送ろうかと思いついて行くと俊が出入り口を出て少しのところで立ち止まり振り返った。

「何?忘れ物?」

「いや、一応言っとこうと思ってさ」

「何を?」

「あの、勝だっけか。あいつ役員かなんかなんだろ?」

「え?あ、うん。そうだけど…」

「あいつ校舎の裏でサボってたぞ。ちゃんとやれって言ってやれ」

そう言うと、「じゃあな」と言って俊は階段に向かって降りていった。

仕事も終わり、やることが無くなった海斗はとりあえず俊に言われた通り勝に檄を飛ばしに行くことにした。

確か勝は定期見回りの役だったはずなので、俊の言った場所にいる可能性はないに等しいがいなかったらいなかったでいい。

別にそれほど緊急というわけでもなく、ましてや勝に与えられた役割はこなしても意味のないような仕事だ。

それに勝には二学期に入ってから二人きりで話す機会がそんなに無かったので少なからず話したいこともある。

昨日の、そしてプールへ行ったあの日からの勝よ様子について。

海斗はゆっくりと、校舎裏へ歩いて向かった。




海斗は校舎を出てすぐに校舎裏へ向かう、なんていうことはしなかった。というより出来なかった。

「おお、すごいな」

外に出てみると校舎の中とはまた違った活気があった。

屋台が数多く立ち並んでおり、人が多く群がっている。いつもは少し寂しく感じる校舎前だが、今はそんなことは全く無かった。逆に鬱陶しいと感じさせるまである。

屋台については皆が有志でやっている。クラスの出し物としてするのは禁止に近い状態だ。

それは学校側が禁止しているわけではなく、ただ単に昔から続くしきたり、伝統のようなものだ。

それを壊すのを嫌がる教師や生徒がいるために誰もやらない、やれないといった感じになっている。

それはそれでいいのかも知れない。なぜなら有志なら全員がやる気に満ち溢れているからだ。なにせ有志の屋台で出た売り上げは9割が自分たちの懐に入るのだから。(ちなみにクラスでの売り上げは半分だけ生徒の懐に入る)

そんな活気溢れる屋台に見入ってしまっていた海斗は焼きそば屋の前にいる1人の女子に気がつく。有紗だ。

いつもなら話しかけたであろうこのタイミングだが、今はそんな気分にはなれない。昨日のあの会話を聞いた後じゃ何も言えない気がしたからだ。

だが運悪くなのか、有紗もこちらに気づき海斗の心境など露知らず、手を振ってこちらへ向かってきた。

海斗は昨日のことは一旦忘れようと頭を切り替えてから有紗に話しかける。

「うっす。何してんの?」

「見ての通り、お仕事よ。棚瀬くんは?」

「僕は暇だからその辺をブラブラと」

「いいわね〜、することなくて暇って。私なんかイベントの進行と見回りどっちもやらせれてるのよ?」

「それだけ頼りにされてるってことだろ?」

確かにそれは大変だと思いそう言ったら、有紗は顔をしかめる。

「違うの。イベントの進行は元々の仕事だけど、見回りはどっかの誰かさんが帰ってこないからっていう理由で私がやらせれてるのよ」

「ああ……そういうこと」

そのどっかの誰かさんがどこで何をしていたのかを知っていた身として、昨日の今日で勝のことを口に出来る有紗も含めて苦笑せざるを得ない。

「まあその誰かさんは山本くんなんだけど、どこにいるか知らない?」

「俊兄に聞いた話じゃ校舎裏にいたらしいけど、もういないんじゃないかな」

「そっか……。残念だな」

さっきまでとは打って変わって気の落ちた声。その声は昨日聞いたあの声とそっくりだった。

だからそんな声は聞きたくないとばかりに海斗は言葉を紡ぐ。

「お仕置き出来なくて?」

「あっはっは!そうそうお仕置きしたいんだけど……ってそんなわけないわよっ。私はSか!」

「あれ、違うの?」

「違うわよっ!……ねえ、棚瀬くんワザとやってない?」

「え?なにが?」

「全く……」

海斗がとぼけるのを見て有紗が大袈裟にため息を吐いたら、後ろから見知らぬ人がこちらに手を振っていることに海斗は気づいた。

海斗は後ろを振り返るが後ろで反応している人は誰一人としていない。無論、前にもいなかった。

ということは、有紗の知り合いだろうか。そう思い海斗が有紗に声をかけようとしたが、その心遣いは無意味に終わった。

「あの、並谷……」

「有紗〜!ねえ、有紗でしょー?」

「ん……?……あ!望美⁉︎」

望美と呼ばれる女子はもう1人女子を連れて有紗に向かって来た。

「久しぶりだね〜、有紗。元気してたぁ?」

「もちろん元気だったわよ望美。四月以来よね」

「うんうん〜!まだ中学生感残ってたけど、もう立派なJKだな〜、このこの〜」

あはは、と喜んでいる彼女たちに海斗が抱いた気持ちはただ一つ。

(そんなに仲良いならなんで四月以来会ってないんだ)

とまあそんなどうでもいいことだった。

1人でどうでもいいことに思考を割いていたら、有紗がこちらを向いていた。何かと思えば海斗の紹介をしてくれている。

「……で、こっちは棚瀬海斗くん。私のクラスメイトよ」

「どうも、海斗です」

「よろしくね〜。って言ってももう会う機会なんてありそうにないけど」

コロコロと笑って言う望美を見て、海斗は最初に受けた正にイマドキの女子高生然とした印象を変えて、サバサバした子と認識し直した。

そんな子だと女子の友だちは少ないのではないか、色々なトラブルに巻き込まれて来たのではないかとかなり失礼なことを考えていたが、それも別に構わないだろう。考えるだけなら咎められることもなし、望美の言う通りどうせもう会う機会なんて来ないのだから。

望美と会話を交わし終える望美は有紗と昔話やな興じ始めた。どうせなら自分も混ぜて欲しい、なんて野暮なことは言わない。というか入りたいとも思わない。そういうのはその昔を知っている相手同士だからこそ面白いのだから。

海斗はここから立ち去ろうとしたが、さすがに断りもなしに去るのも悪いので一言かけておく。ついでにこの場を抜けやすいように用事を付け加えて。

「並谷。僕代わりに勝探してくるから行くよ」

そう言って行こうとしたのだが、海斗は少しだけ動けなかった。誰かに足を踏まれたとか周りに人がいるからなどの物理的な意味ではない。

精神的な意味でだ。有紗の表情が、(海斗にとっては)わかりやすく固まったからだ。

そしてその少しの時間が仇となった。

「勝って、もしかして山本勝くん?」

「え?知ってるのか?勝のこと」

海斗が訊くと、有紗の表情が更に固まっていく。望美はそれに気づいていないのだろう。先ほどと同じく彼女らの過去を語ってくれた。

「知ってるも何も、私とか有紗もだけど、小学校同じだも〜ん。懐かしいなぁ…」

「山本か〜。懐かしいなぁ。あの事件以来喋ってないし……」

「うわっ、その事件超懐かしいんですけど〜」

(あの事件……?)

望美が言ったそばから後ろにいた女子が言った言葉はよくわからない。あの事件とは一体何なのか。だが、それは自分からは聞けなかった。聞こうとも思えなかった。それほど、目の前で固まっている有紗の表情が暗く、暗く、夜を思わせるほど黒く。そして、震えていたから。

それに加え自分からは聞けなかったが、望美が勝手に喋り始めてくれた。

望美は固まって動かない有紗の肩にポンと手を置く。有紗はピクッと反応したが望美は気づいていない。

「あの時は災難だったね、有紗は」

「う、うん……そうね」

有紗はいくらか小さい声で返事をする。

先ほどからの妙な態度に加え、慰められている(?)にもかかわらず曖昧な返事をする有紗に海斗は不思議に思う。

その海斗の様子に気づいた望美もまた頭上にはてなマークを浮かべている。

「え、もしかして……知らない?」

「何が?」

「勝くんと有紗のこと!仲悪いところ見たことあるでしょ?」

望美の発言に海斗の謎は更に深まる。

(仲が悪い?確かにそんな感じではあるけど、あれはどちらかというと気まずくなってるだけじゃ……?)

「いや、そんなところは見たことないけど。むしろ仲良かったよ」

夏に入るまでは、とは当人たちの片割れである有紗の前では言わなかった。

海斗が言うと望美は驚き目を剥いていた。

「うっそぉ⁉︎そんなわけないじゃん。なんせあんなことがあったんだし。ねえ?」

「そうよね〜。それはないわ」

望美は隣にいる女子に同調を促すとその女子は普通に肯定した。

海斗が知っている勝と有紗の関係と、望美たちが知る勝と有紗の関係がちぐはぐ過ぎて海斗はわけがわからない。

だから、無意識につい口が滑ってしまった。ついさっきまで聞かないでおこう、訊く分けにはいかないと思っていたことを。

「あんなこと?さっきから言ってるそれはなんなの?」

言った瞬間、有紗は望美たちには気付かれず、海斗にも気づかれないうちに半歩後ろに下がり顔をうつむかせていた。

「あれ、聞いてないの?あの話」

「あの話?」

海斗は首を傾げる。望美が言うからには過去の話だろうが、そんなこと何も聞いたことはない。

それに昔の話は極力しないようにしていたのだ。暗黙の了解というわけでもない。ただの偶然だろうが、海斗はそのつもりだった。

だが封を切ってしまえばもう止まらない。先ほど無意識であっても自分から訊き始めたのだから。たとえついさっきまで訊かずにしようとしたとしても。

だが、それに歯止めをかけようとしたのが望美の隣いた女子だった。

「やめなよ、望美。有紗だって知って欲しくないから喋んなかったんじゃないの?」

そう穏やかに止めようとしたが望美には無駄だった。たぶんそういう性格なのだろうか、言いだしたからには最後まで言いたいのだろう。

「そんな、もう昔の笑い話みたいなもんじゃん。ねえ有紗?」

笑いながら、半歩下がっていた有紗に話しかける望美。

そこでようやく海斗は気づく。有紗が先ほどの位置より後ろにずれていること、顔に光が当たらない位置まで頭がさがっていること、そしてこの話は有紗にとってタブーに等しいものだったことを。

だがすでに後の祭りだった。

「ーーじゃない」

ボソッと、有紗は呟いた。しかし聞き取れない。それは望美も同じく。だから望美は訊き返した。

「え?なに?」

それがスイッチだったのだろう、と海斗は後になって思った。後になってからだったのはこの時の状況に海斗が追いつけなかったからだ。


「笑い話なんかじゃないっっっ!!!!」


有紗の怒りが爆発した、そう感じた。

その声は大きく、圧のかかった怒声になって周囲に響き渡った。

それによって生まれるひと時の静寂。望美は先ほどより大きく目を剥いて、海斗は驚きを露わにして半歩下がり、周囲にいた有象無象の人々は何事かとこちらを見る野次馬に変わっていた。

ほんの一瞬だけの静寂だったのが何十秒と感じられ、イキナリ場に現れた静寂を押し流すようにざわめきが走り始めたのは有紗が我に帰った瞬間だった。

ハッとした表情で我に帰った有紗はただ一言だけ呟いてその場を去った。

「ーーごめん」と。

そして次第にその場を埋め尽くすざわめきに駆けつけて来たのはもちろん文化祭実行委員だ。文化祭時の荒事、揉め事を鎮めるのが彼らの仕事だから。

だが奇しくもここに現れた文化祭実行委員は話の中心に近い位置にいた勝だった。

勝は「すみません、通してください」と実行委員の証である腕章を見せながら海斗たちに近づいてくる。

見物人は初めは嫌々通していたが、腕章に気づくとすぐに道を開けていく。

近づくにつれて、勝は海斗がその場にいることに気づき海斗の隣に来た。事情を訊くなら知り合いの方が何かとやりやすいからだろう。

「はぁ…。よう海斗。一体こりゃ何の騒ぎだ?」

隣まで来た勝は一旦息を整えてから海斗に訊く。

海斗は自分の言いたいことを先に言いたい衝動を抑えて理性に従い今解決すべき事柄を優先するために口を開いた。

ーー否、口を開こうとした。

「あんた、有紗まだあの事引きずってるじゃない‼︎なんでちゃんと謝ろうとしないの⁉︎」

海斗が口を開く寸前、望美が勝に突っかかっていったのだ。勝の胸ぐらを両手で鷲掴んで。

いきなり胸ぐらを掴まれた勝は最初、「誰だこいつ」といった顔をしていたがそれもすぐに消えた。

「お前、高上か」

「そうよ!あんたのせいであの子まだトラウマになってるのよ⁉︎どう責任とるつもりなの⁉︎」

先ほどとは打って変わって激情を見せる望美。あれそれこれで分かるのかと海斗は場違いにもそうおもっていたのだが、そんなこともなく勝は分かっているようだ。それでも勝はいつもと変わらない態度をとった。

「それを思い出させて、あいつに大声出させたのはどこのどいつだ?」

「そ、それはあんたが……」

「違えよ。てめえじゃねえか。どうせてめえがあいつの心境も考えずにペラペラとこいつに話そうとしたからそうなったんじゃねえのか?」

こいつ、とは海斗だ。勝は海斗に指をさしながら言う。そしてそれは相手を挑発させるような言い方にしか聞こえなかった。

「昔っから、変わんねえなお前」

これは完全に挑発だっただろう。なにせ言われた望美が顔を真っ赤にして掴んでいた拳の力を強めたのだ。

だが勝はあくまで冷静だった。あくまでいつも通りスカした表情を見せる。

その態度が気に食わなかったのか、それとも挑発されたことで頭に血が上ったのか望美は怒りを露わにする。

「何よえらっそうに!元々の原因はアンタでしょ‼︎アンタが有紗をーー」

その後に何を言うつもりかは海斗には分からなかったが、ただ一つ言えるのは勝の怒りに触れる言葉だったということだけだ。

勝は望美の手を強引に振り払い、逆に有紗の胸ぐらを掴み上げた。

次に出た言葉からは望美が触れた怒りが吹き出すのを抑えたような声だった。

「だまれ、わめくな鬱陶しい。場所わきまえろ。これ以上好き勝手わめこうってんなら実力行使でこっから出てってもらう」

勝の声にビクッと肩をすくませた望美だったが、自分が怖気ついたのにイラだったのか先ほどより強気な声で反論する。

「アンタ、私を、女の子を殴るの?そんなことこんな大勢の前でしてみなさい。ただじゃ済まないわよ?」

言い終わり、勝ち誇ったような顔を見せる望美だが勝はその言葉を鼻で笑ってから嗜虐的な笑みを浮かべた。

「“それ”を俺に言うのか?」

言った途端、望美の顔が一瞬にして蒼白になる。それは勝に完全に負けたことを意味する。

望美の青白い顔を見て勝はパッと手を放し舌打ちをする。

「さっさと失せろ」

勝の迫力に押された望美は黙ってその場を去った。ついてきていたもう一人の女子は「ごめんなさい」と頭を下げてから望美の後を追った。

全てが終わったのだと分かった野次馬たちは皆一斉に元の来校者というイベントを楽しむただの客に戻った。

そんな中、置いてけぼりをくらっている海斗はとりあえず何か話そうと勝に声をかけようとするがその前に勝が口を開いた。

「海斗……すまんな」

そう言うと勝はさっさと去っていった。

その背中には、話しかけるなといった雰囲気を纏っていて海斗は話しかけることが出来ずただ先ほどまで起こっていた要領の得ないやりとりに頭を悩ませた。




活気と熱狂で溢れかえった文化祭最終日も、最後までその熱気を保ったまま無事閉幕した。

夕暮れが綺麗なこの時間に、生徒たちで行う(学校としての)文化祭最後の行程、後夜祭を行うために皆グラウンドに出て騒いでいた。

海斗も自分の荷物を片付けて、すぐに帰れるように支度してから教室を出たのだが、皆一様に下駄箱に向かう中、勝が全く違う方向へ歩いているのを見つけた。その勝を追っていく有紗も。

海斗は特に理由もなく、なんとなくその二人についていった。

昨日のことが気になる。今日のあのやりとりが気になる。二人の間に何があったのかが気になる。

そんな理由はあったかもしれないが、海斗が二人の後を追った理由の大部分を占めていたのはただなんとなくだった。

勝は自分のペースで歩き、有紗は勝を追うように歩く。二人の様子からして勝が連れて行っているのではなく、有紗が勝手について行っているといった感じだ。その二人が向かったのは屋上だった。

屋上は基本立ち入り禁止なのだが、案外教師や事務員、警備員なんかには見つからない。

一応、といった風に取り付けられている柵を勝はひょいっと乗り越えて屋上のドアを開いた。

有紗もそれに続くように入っていく。

海斗は二人にバレないように時間差をつけてから入った。

海斗が屋上に入るのは初めてだ。海斗はしばし見慣れない屋上を見渡していた。

キッチリと周りにはフェンスがあり足を踏み外して落ちる、なんてバカなことは起きないようになっている。

割と広い空間になっていて、ベンチも二脚ほど置いてある。前は誰でも入れたのだろう。もしかすると去年や一昨年といった近い過去かもしれない。

こんないい場所が封鎖されるなんてよっぽどのことがあったのだろうか。海斗は少し悔やんだ。

なにせここから見える景色が最高に良かった。夕暮れ時だからなのかもしれないが充分だ。

屋上のドアを開けた瞬間から夕日が目の前に見えるのだ。そして下に見えるのは広がっている街。その遠い奥に見えるのは海だ。もし今の時間帯が夜なら綺麗な夜景が見えたであろう景色に少なからず見とれてしまう。

だが今はそれどころではない。少し見渡した後に勝と有紗の会話が聞こえ、且つ隠れられるところを探しつつ気配を消して二人に忍び寄る。

勝と有紗は海斗には気づかない。勝は夕日に顔を向けていて、有紗は勝を見ているからだ。

大きな音を立てなければバレることはないだろう。グラウンドでは多くの生徒や教師がざわざわと騒いでいるのだから。

ちょうどいいところに隠れられる場所を見つけた海斗はそこに身をひそめた。そして聞き耳を立てる。

もはや、今まで感じてきた聞いてはいけないという罪悪感など皆無に等しくなっていた。

「なんで、ついて来た」

勝は怒っているような責めるような声を出すが、勝は有紗の方を見ない。

海斗は場違いにも、身を潜めた瞬間を見計らったかのように勝が話し始めことで少々驚いていた。そんな海斗の事情などは全く関係のないことだった。

「話があったから、さ」

優しい、柔らかい声。前にも聞いたことのあるような気がしたが、全然違った。

確かに結やクラスメイトの前で優しく話しかける時はあった。だが、こんな声は決して聞いたことはなかった。その声には有紗の口から初めて聞く“甘え”が混じっていたから

「で、なんだその話ってのは。緊急の用事か?」

海斗が驚きを隠せなかった声にも何も反応せず、勝はただ淡白に訊くだけ。

「違うわよ、私の話。あなたに、聞いてもらいたい話」

苦笑しつつ、有紗は言う。緊急の用事じゃないことくらい分かっているくせに、と有紗は苦笑する。

「あっそ。俺はお前から話されることなんざ何もねえし、聞きたかねえよ」

そうは言いつつも勝はその場を離れようとはせず、ただフェンスの奥、夕日かそれともグラウンドを眺めている。

何で動かないのか、と思いつつ海斗は成り行きを見守る。

少し間を空けてから有紗は微笑んだ。まるで年上に甘える子どものように。

「やっぱ優しいよね。たとえ本心から嫌でも他人の頼みを、願いを、無視することは出来ない」

「何の話だよ。俺はここにいたいだけだ。お前の話を聞くためにいるわけじゃーー」

本心はどうにせよ否定的な言葉をかける勝。だがそれも有紗のたった一言で言えなくなった。

「……あの時のように」

「ーーッ!!!」

言いかけた言葉を有紗の一言で鋭く息を呑むように飲み込み、思わず、といったように振り返る。そして大声で反論しようしたのか、口を大きく開くが声は出なかった。

なぜなら、振り向いた勝の体の正面から有紗が勝の体の後ろに腕を回し、抱きついたからだ。

声も出ず、ただ硬直している勝に有紗は言う。

「だから、あなたにありがとうって……そう言いたかった。今日も、昨日も………あの時も」

勝の服に顔を埋めて聞き取りづらいはずなのに、やけに鮮明に聞こえた。

抱きつかれ、昨日と同じく礼を言われた勝はしばらくして硬直が溶けるとすぐに有紗から離れた。だが、離すときは望美の時とは違い強引にではなくそっと離した。

有紗から離れた勝は顔を逸らしながら、しかしはっきりと有紗に言った。

「昨日も言ったはずだぜ。お前に礼を言われる筋合いはねえ。ましてや今までみたく仲良くする義理も“資格”もねえ」

「で、でもーー!」

有紗の反論も意に介さず、有紗の言葉を遮って言い放つ。


「俺は、ただむしゃくしゃしたからってだけでお前の顔を“殴った”んだからな」


海斗はただ愕然とする。

(勝が、有紗を……殴った?しかも…顔を⁉︎)

そんなわけがない。そんなことがあり得るはずがない。そう海斗は繰り返し心の内で叫ぶ。

だって、勝は有紗の顔に当たりそうになっていた球を怒りながら止めたんだから。

文化祭の準備中起こったことを思い出しながら勝の発言を否定したが、それは逆効果だった。

海斗は思い出す。あの後の勝の表情を。

あの怒りや憤り、後悔、嫌悪が混じった苦痛の表情はこういう意味だったのかと海斗は納得してしまった。

(ウソ……だろ…)

そう思った海斗だったが、有紗は何か知ってているのだろうか。ただただ手を握りしめ、顔をうつむかせて震えている。

言い終えて、これで話は終わりだというようにその場を去ろうとする勝が有紗の目の前まで来た瞬間、有紗が顔を上げた。

「そうじゃない………そうじゃないでしょ!?……あなたは、あなたは………!」

有紗が叫ぶも勝は目もくれず、有紗の横を通り過ぎて立ち止まりただ一言。

「俺は俺の感情に従ったまでだ」

言うと勝はそのまま屋上を出て行った。

バタン、とドアが閉まる音と同時に有紗は膝から崩れ落ち、うめき声を上げながらポロポロと涙を落とし始める。

そして、泣き声とともに聞こえてきた。

「違う、違うよ……。あなたは……私のために………」




それっきり泣きながら座り込む有紗を横目に、一部始終を影から見ていた海斗もまた座り込む。

そしてボソッと、本音を口にする。

「どうなってるんだよ……」




祭囃子が聞こえるはずなのに、聞こえるのは泣き声と悲痛な叫びに似た風の音だけだった。






やあ、どうでしたか?長かったでしょう?


私はいつもノートに下書きしてから本文を書き始めるんですが、いつもなら一ページで書き終えれるのに今回のお話は二、三ページ使いましたからねww


たぶん、ノートに下書きする際に描写が細かくなったのが原因だと思われますがww


まあそれだけ気合の入ったシリアスなお話でございます。だからかな?最初の方にほんの少しだけコメディ風を漂わせてみたのですが……どうなんでしょうか。


そんなことはさておき、ようやくキャラが定まってきましたwww

いやあキャラがブレるブレるで最初の方とは全く違う気がしてならないwwww

ようやくね、勝と有紗の大事な話に入ってきたのでそろそろキャラが定まってきます……と思いたいww


さて、では次回の更新予定ですがまたまた数日以内には、といった感じですかね。

次回からは冬に入り回想回になると思います。


ではまたお会いしましょう

See you !

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