身代わり
「今日も一日御苦労様。じゃ、おやすみなさい。」
「みゃぁ。」
「ホント、疲れましたよ。ルイ、おやすみ。」
今日で何回目か数える気にもならない溜め息がルークの口から漏れた。
衝撃のお茶会から5日。あれからグラゼーオに変わりはなく、今まで通りの物静かな人となり以外は聞こえてこない。あれは自分の見た幻だったのではないかとルークは思い始めていた。そうでなくても世話をしなくてはいけないはずの静が、気づくとルイを残して消え去ることしばしばで気が休まらない。ルークはどうにかしてこの胃が痛くなる役目を終わりにしたかった。
微笑を浮かべ手を振る静に一礼し扉に向かおうとするが、丁度その扉からノックが聞こえてきた。控え目な音は人目を忍んでいるのか、それとも力が無いだけなのか。
「はい、どちら様でしょうか。」
もう夜は更けている。こんな時間に来る客にルークの聞かされた予定では心当たりはない。正確にはここは静と涼にあてがわれた従者用の部屋であるから、涼への客の可能性もゼロではない。だが会話も出来ない涼に来客があるとは思えない。場合によってはこの後もここで接客をしなくてはならないだろう。就寝までに残されたわずかな時間は遅れがちな勉強の時間に充てられている。今日はそれを不意にしなくてはならないかもしれない。そう思うと声も少し刺々しくなる。
「夜分、失礼します。宮廷魔術師長リーゼナイセです。セイ様に少々お話があってやってまいりました。お時間を頂けますでしょうか。」
「リ、リーゼナイセ様!?た、ただいま御開けします。」
思いもよらぬ訪問者にルークの声は上擦っていた。慌てて扉を開けると、そこには確かにリーゼナイセが、供も連れずに立っていた。エメラルドの瞳に射すくめられ、ルークの思考はそこで停止してしまった。もちろん、来客を入れるか否かを決めるのはルークではないということなどまったく考えにない。
『氷の魔女』
その二つ名を改めて思い知らされる。この前は彼女以上にグラゼーオの威光に萎縮していたため気づかなかったのだ。改めて間近に見る彼女の持つ美しさに対し、ルークは恐怖以外の感情を覚える事は出来ない。
「御苦労様。今日はもう下がってよろしい。」
「は、はい!」
彼女の視線はすぐに部屋の中の静に向けられる。呪縛が解けたルークは、部屋の中の静を見てから外に出た。だが、扉が閉まってからも暫くそこを動くことが出来なかった。
「どうぞ、おかけになってください。今お茶を煎れますから。」
リーゼナイセは遠慮する素振りも見せずに、さも当然とばかりに椅子に座る。シャラン、と装飾品の一つが涼しげな音を立てる。しかし、気付くとそれが音を立てたのは今が始めてであった。どうやら身のこなしの方も無駄がないらしい。一見無防備にみえてその実隙が見当たらない。
ルイは入ってきた女性を見上げふと首を傾げたが、すぐに興味を無くし涼のベッドの上で丸くなってしまった。
「どうぞ。」
静が煎れたお茶は三種ほどの葉をブレンドしたもので、二代前の彼のお気に入りであった。久々に煎れたそれは自分でも驚くほどに満足の行くものであったが、それを口にした彼女からは何の反応も返って来なかった。
「で、こんな時間にいったいどんな御用ですか?」
会心の出来を無視され声にほんの少しだけ刺が混ざる。怒っている、と言うより、すねている、に近いだろう。
「聞きたいことは一つだけ。あなたは何者なのか?それだけよ。」
「それを聞いてどうなさるおつもりで?」
いつかは来るだろうと思っていた質問である。すでに覚悟は出来ている。今更焦ったりどもったりはしない。だが、まだ手持ちのカードを全てさらけ出すのはもったいない。静としてはここはのらりくらりとかわしたいところであった。
「聞いてから決めるわ。ただ、」
「ただ?」
「必要ならこの場で御退場願うことも有り得るわ。」
必要なら、ってアンタすでに心は臨戦体勢バリバリやん!と口には出さずツッコミを入れてみる。当然何の役にも立たないツッコミであった。もちろん、彼女の目は本気であり、冗談を入れる余地など全くない。
ここで彼女と戦ったとして、負けるつもりは静にはない。いくらブランクが長く覚醒直後とはいえ、400年近い戦闘経験はそうそう衰えたりはしない。仮に彼女の方が魔力が強くても、負けないための小細工は幾らでもあった。
しかし、もう少し傍観者でいたい静としては、実力そのものも隠しておきたいのである。なまじ力を見せて、
「おお、さすがレインドル様の従者殿!」
などと要らぬ期待を押し付けられては鬱陶しい。ましてや正体がばれた日には再び戦闘の日々が待っているだろう。それは演出上、およびルート選択的に何としても避けたかった。正体バレは計画的に、である。
「僕を殺したら竜也だってあなた達に協力はしないと思いますよ。」
というわけでまずは軽いジャブを放ってみる。
「あら、心配は御無用よ。この部屋に突如敵の魔族が現われあなたを八つ裂きに。私は戦闘に手一杯であなたを守ることは出来なかった。とでもしておくわ。貴方のお優しい友達は敵討ちをしてくれるタイプかしら?」
あっさりかわされてしまう。ではローキックでも。
「そんな事になったら貴方の評価も下がりかねませんよ?」
「心配症ですわね。私はそんなことで駄目になるような人間ではありませんわ。それに、その程度の失点など、この戦の勝利で幾らでも埋めることが出来ます。」
さらりと避けられる。
「あー、しかし、ですね、」
そこで言葉を止める。部屋の気温が5度くらい下がったかのような殺気を覚えたのだ。彼女のエメラルドの瞳が冷たい光を帯び始める。ベッドの上で丸くなっていたルイが跳ね起きて辺りを見回す。この気配なら隣の竜也の部屋にいる涼もなにかしら気付いていることだろう。
「わかりました。全てお話しますよ。」
静は溜め息をついて両手を上げた。それを見て彼女の殺気も多少和らぐ。多少、であって無くなったわけではない。
「それはよかったわ。あまり無益な殺生はしたくありませんから。」
「有益ならよい、と?」
「もちろん。」
彼女は眉一つ動かさずにそう断言した。それが本心かどうかは判らない。今の彼女の地位と評価を考えれば本心ととっても差し支えないだろう。
「さて、何から話しましょうか。」
「まずは貴方の事からお願いするわ。」
「魔術師。それ以上でもそれ以下でもありませんよ。」
それで終わりにしようとしたのが、彼女の目がすっと細くなったのを見て慌てて言葉を繋げる。
「竜也が言ったんだと思いますが、僕らの世界には魔法はありません。しかし正確に言うと、表の世界には、ということです。」
静はそこで一旦話を区切りリーゼナイセの顔を見た。だが彼女は口を挟む気はないらしく、黙ってお茶を飲んでいた。
「僕は裏の世界の住人。そしてこの世界の事は人づてに聞いたことがあります。聖剣ウィズリードの名とともにね。」
その名が出た瞬間、彼女の眉が少し反応したが、それでも沈黙はくずさない。
「ただしそれはお伽話の世界でしたけどね。」
「お伽話?」
「そう。神より託されし剣、ウィズリード。それを守護する四振りの剣。封印されし神殿。地の底に眠る魔王。どれもこれも僕らのいた世界ではあり得ない、まあ娯楽目的の作り話ですよ。」
「それはレインドル様も御聞きになっていることなのかしら?」
「竜也?知らないはずですよ。マイナーな話ですから。でも手に入れようと思えば市販されてますから手に入れることは可能でしょう。もっとも、我々の常用する言葉とは違う言語で書かれている本なので竜也には読めないでしょうね。」
ちなみにここまでの話は全てこの場で思いついたデタラメだったりする。本のタイトルは?と聞かれれば『ドラポンクエスト』だの『フェイタルファンタジー』だのといったどこかで聞いたことがあるようなのを適当に組み合わせた名前が平然と出てきただろう。
「僕が思うにですね、この世界に住んでいた前世を持つ人間は竜也の他にも結構いるんじゃないでしょうか。その彼等が持つ過去の記憶がそういった物語を書かせていたということはあり得ない話じゃない。」
「御苦労様。」
「はい?」
「楽しいお話をありがとう。お茶も美味しかったわ。でももうそろそろ寝る時間なの。」
「睡眠不足はお肌に悪いですからね。」
「ええ。だからもう終わり。」
そう言って彼女はふっと微笑んだ。
カッ!
閃光が部屋を埋めつくし景色を無にする。わずかに遅れて爆音が響き、部屋は一瞬にして高熱の炎が吹き荒れる地獄と化した。
「う、ううぅぅぅ。」
「竜也様、大丈夫ですか?」
「筋肉痛がァァァァァ……。」
「安心しろ。筋肉痛で死んだ人間はいない。」
「……だそうです。フィル様。」
その頃竜也はベッドの上で悶えていた。神聖魔法によるヒーリングではなく、魔法薬による治癒促進で治しているので治りは遅い。肉体トレーニングにはその方が効果的らしい。その分苦しみも大きいのだ。さすがにフィルもマッサージの仕方は習っていないので、涼がその手ほどきをしているのであった。
「運動をすると筋肉が傷つく。それを修復する際に、筋肉は元よりほんの少しだけ丈夫になろうとする。それを超回復という。それを繰り返すことにより、体を鍛えていく。」
「ほげげげげげげげ、」
「回復魔法とは傷を治すもの。HPを100%にするのが回復魔法と言える。その定義からすると、疲労回復も出来るかもしれないが超回復はしないというわけだ。時間をかけ101%まで回復させるわけだからな。この世界にスポーツ医学があるとも思えんし経験則か?それはそれで実に興味深い。フィル、そこはもっと力を入れて、こうだ!」
「こ、こう、ですか?」
「おぎょぎょぎょぎょおふぅ!!」
マッサージなのかサブミッションなのかわからない感じで竜也の体をフィルと涼がいじくりまわしている。一応ミリィがフィルに通訳しているのだが、専門用語が多すぎて本当に意味が通じているのか今一自信が無いようだった。
そんなことはお構いなしに、涼はマッサージを続けながら竜也の筋肉の状態やら成長速度やらを解説している。常日頃の無口が嘘のように饒舌で、まるで別人のように思える。フィルに聞かせるためではなく、独り言に近いもののようであった。
「言ってみれば一日サイクルでデスマーチをこなしているようなものだ。この魔法薬にもひょっとしたら超回復の促成効果があるのかもしれん。向こうにいたときに比べ大分能力の向上が見られる。」
もともと内に籠もるのではなく、あちこち出歩くアクティブオタクな竜也は無駄な脂肪などついてはいない。だがそれでも、明らかに戦闘向けと思われる筋肉が目に見えて発達してきている。涼にとってはそれを日々見ているだけでも楽しくなってくるのだ。
「そりゃ、毎日、この、ごうもおおおんんんん、こなしてぇぇぇぇ、」
初日に比べればまだましだが、フィルとミリィは竜也の悲鳴に心が痛むのだった。
「ふぅ。少し、やりすぎたかしら。」
たっぷり5分間、燃やすものを燃やし尽くしてなお炎は暴れつづけていた。それが治まったとき、炎の中心にいたリーゼナイセは手にしていたカップを置く場所が無くなっていることに気付いた。
これだけ派手な呪文を使っても外から人が入ってくる気配はない。彼女の張った結界が惨劇を完全に部屋の中だけのものにしているのである。実はいまだ扉の前にいるルークや、隣の部屋の二人には物音一つ聞こえていないだろう。
「フゥゥゥゥゥ!」
部屋の隅から威嚇の声が聞こえてくる。目を向けると、ルイが彼女に向け警戒を顕にし全身の毛を逆立てていた。
「ごめんね。怖い思いをさせてしまったわね。おいで。もう怖くないわ。」
リーゼナイセはルイに向け手を差し伸べた。だが、ルイは彼女を睨んだまま近寄ろうとはしない。彼女は苦笑を浮かべて手を戻した。業火の呪文と同時に張った結界は彼女だけでなくルイも完璧に護り通した。だが、問答無用で火に囲まれれば恐怖を感じないものなどいないだろう。
「そうよね。氷の魔女に懐く子なんて、いないわよね。」
「そんなことありませんよ。」
「!!、!?」
声は彼女のすぐ後ろから出ていた。振向くよりも先に背中に硬く尖った感触が触れる。
「驚いたわ。よくあの一瞬で防ぐことが出ひひゃわ、ひゃひをふうの!やめなさい!」
話している途中で静の手が彼女の口を思いっきり横に開いたのだ。リーゼナイセは顔を若干赤くしてその手を跳ねのけた。椅子を倒して立ち上がり、後ろにいた静を睨みつける。そこで背中に突きつけられていたのが剣などではなく静の指だったことを知る。
物心ついたときから神童と言われつづけた彼女にそんな真似をする人間など今までいなかったので、悪戯に対する反応も怒りより戸惑いの方が大きかった。
「ふむ、怒った顔の方が感情を殺した顔よりは遥かにいいと思いますよ。ルイ、おいで。」
静は睨まれたことなど気にした様子はない。ルイも、静が声をかけると唸るのを止め全速力で駆け寄ってくる。傍にリーゼナイセがいるということは余り気にしていないらしい。その証拠に、ルイは静につまみあげられ、リーゼナイセの胸に押し付けられても文句を言おうとはしなかった。逆に慌てたのは彼女の方である。突然の事につい抱きしめてしまったが、自分の手の中で丸くなっているルイをどう扱っていいのかまったくわからなかった。
「ね。」
「……」
ね、と言われても何を言っていいのかわからない。それ以上に静の真意もさっぱりわからなかった。
「やれやれ。しかしまあ派手にやりましたね。うあ、ベッドが。涼になんて言えばいいのやら。」
この状況で寝床の心配をする。それが本心かどうか計りかね、リーゼナイセは静の顔をまじまじと眺めた。
「涼様にはあなたのベッドを。あなたには最高級品の棺桶を用意してあげますわ。」
目の前にいるのは穏やかな、それでいてどこか人を馬鹿にしたような笑顔。能面だけが本心を隠す訳ではない。リーゼナイセはそのことを思い知らされていた。
「それは寝心地が悪そうですね。あなたが添い寝してくれるのならバンパイアの真似事も悪くないと思いますけど。」
「あいにく私は狭いベッドは嫌いなの。」
「では責任を取ってもらうということであなたのベッドに御邪魔することにしましょう。……ってそんな変質者を見るような目で見ないでくださいよ。」
ついさっき自分を殺そうとした相手にそんな台詞を言えば、変質者扱いも仕方ないだろう。
「でもまあ。」
静の目がすっと細まる。全身が弛緩していたいままでとはうって変わり、軽い緊張が走る。その変化はリーゼナイセにも伝わる。
「どうやら、貴方のシナリオ通りに事が運ぶようです。もっとも、途中までですけどね。そこから先はアドリブです。」
キンッ!
「きゃあ!」
急に気圧が変化したような感覚に襲われる。それはリーゼナイセの張った結界が破れたためであり、その反動が彼女に軽い衝撃を与えたのだ。
再びルイが唸り声を上げる。腕に食い込む爪の痛みがリーゼナイセの感覚をすぐさま現実に引き戻した。
それは音もなく、闇を纏いたたずんでいた。鍵の掛かった窓など無きに等しい。開け放たれた窓から入り込む風がその者のマントをなびかせる。彼のそばを経由した風は腐臭と瘴気を乗せている。
「魔族……八魔将、ね。」
「いかにも。八魔将が六、シクルグ。昔馴染の気配を感じ、主に代わりやって来たのだが。てっきり結界の中と思い押し入ってみればどうやら違ったらしいな。仕方ない。せっかく足を延ばしたのだ。今日のところは氷の魔女の首で我慢するとしよう。」
魔族。天に背き地の底に封ぜられし忌まわしき種族。時々地上に現われては悪さをして退治される悲しき悪役達、と竜也なら言うかもしれない。この魔族は顔にお面の様なものをかぶっている。いや、あるいはそれが顔なのかもしれない。何にせよその表情を伺い知ることは出来ない。
八魔将という響きは当然静にも覚えがある。魔王の産み出した直属の配下。竜也に言わせると中ボスに相当する魔族である。もちろん序列があり、六ということは下から三番目であるが、それでも並の人間が張り合うには分が悪い相手であった。
「随分な言い方ね。返り討ちという言葉は知っているのかしら?」
彼女の腕の中からルイが降り立つ。シクルグに警戒の声をあげながら、それでもリーゼナイセから少しずつ離れていく。自分がいると彼女の邪魔になることをわかっているようにもみえた。
「もちろん知っている。だがお前こそ身の程をわきまえたらどうだ?この場に300の生贄はいないだろう。」
「黙りなさい!」
リーゼナイセの腕が空を切ると、5本の光の槍がシクルグの身体を貫く。だがその姿は一瞬で消え、リーゼナイセの裏に回っていた。逆に振り下ろされるシクルグの腕には小ぶりの剣が握られている。打ち込みの速度は一流の剣士のそれであった。
ギンッ!
シクルグの刃が鈍い音をたてて弾かれる。リーゼナイセを守護する物理結界の力であった。大抵の剣や弓矢はこのように弾かれてしまう。
「なるほど。その体でたいした力だ。」
一端間を開けたシクルグはどこかうれしそうな声を上げた。
済し崩しに蚊帳の外に追い出されてしまった静は開け放たれた窓を見つめぼーっとしていた。手には寄ってきたルイが収まっている。
「(部屋の中の家具がほとんど燃え尽きるほどの爆炎。密閉状態でそれが5分間。普通に考えたら酸欠だよね。それにその状態で窓を開けたら間違いなくバックドラフトが起きるだろう。まったく、これだからファンタジー世界は非常識と言われるんですよ。あ、火が消えてたらバックドラフトは起きないか?。しかし氷の魔女なのに火属性魔法か。突っ込むのも野暮なんだろうねぇ。)」
自分の事を棚に上げてそんな事を考えていた。
「でもあんなに必死に僕を護ってくれるなんて、やはりいい人なんだね。何せ美人だし。君もそう思わないかにゃー?」
「にゃあ。」
その意見にはルイも賛成だったらしい。もっとも、静の方は彼女の次の一言で意見を変えざるをえなかったが。
「レインドル様、今のうちにお逃げください!こやつは私が引き受けます。ウィズリードの無いあなたでは今は勝てません!」
「はっはっは。美人の上に……いい性格してるね。ますます好みだ。」
間合いが離れた瞬間に発せられたその一言は、シクルグの興味を静に向けさせるに十分な力を持っていた。
「ほう、ではこやつが例の男の転生か。聞いていた気配とは違うが……確かに魔力はある。だが剣無しではどうすることも出来まい。ちょうどいい。お前の命をもって主への土産としよう。」
「させないと言ったでしょう!」
リーゼナイセの投げた短剣がシクルグに突き刺さる。魔力の込められたそれは相手の中に入り込んだ瞬間爆散した。
「無駄だ。」
「げっ!?」
そこにいたシクルグは短剣の爆発と共に消え去り、成り行きをボーッと見ていた静の隣に現れた。ロウ人形のように白く、冷たい手が静の首に食い込む。そのまま持ち上げられ静の顔色が徐々に悪くなっていく。静はシクルグの手を離そうともがくのだが、片手でもその力は人間を遥かに陵駕するらしい。
静の手から離れたルイが足元でうなりを上げる。
「貴様、」
「おっと、動くなよ。下手な真似をすればこの首、一瞬で握り潰す。」
「くっ、」
迫真の演技であるが口惜しい様は本音でもあった。手加減せずに一思いに殺ってくれていればよかったのに。そういう声が静には聞こえたような気がする。
「ここでこいつを殺すのは容易いこと。だが俺は慈悲深い。特別に我が主に一目なりとも会わせてやろう。我が主も久々の再会だ。きっと歓迎してくださるだろうよ。くっくっくっくっく。」
要するにトドメをさすのは親玉に譲ろうと言っているのだろう。なんにせよここで静が消えることには変わりがない。むしろ生きたまま連れ去られれば、竜也を焚き付けるネタとしてもこの上ない。リーゼナイセは表情を変えず、心の中で笑みを浮かべていた。
そんな彼女の内心など知らないシクルグは、言葉の出なくなったリーゼナイセを見て満足したらしい。
「くっくっくっくっく。はーーっはっはっはっはっは!」
やがて笑いは高笑いへと変わり、シクルグと、それに掴まれた静の身体は開け放たれた窓から外へと飛び出していった。
「ふぅ。」
シクルグの気配が完全に消え去ると、リーゼナイセは大きく息を吐いて緊張を解いた。そして窓の外を見続ける子猫の存在に気付く。
「怖い思いをさせたかしら。ごめんなさいね。」
彼女は困ったような顔でルイを抱き上げた。その頬を、ルイは何事もなかったかのように舐めて目を瞑ってしまった。
→ 1.続く
2.もう帰る




