旧友
「ちょっと出かけてきますねー。」
深夜、すでにミリィやルークは帰らせている。日々の特訓のせいで竜也は泥のように眠りこけている。ルイと一緒に何故か涼のベッドで。時間にしてまだ23時だが、この世界では朝が早いので大半は寝ている時間。そんな時間に、部屋が広いことを幸いに涼は静を相手に組み手をするのが日課になっていた。
「それはかまわんが、見つかると五月蝿いんじゃないのか?」
組み手が一段楽したので、静はさっと汗をぬぐうと軽く上着を羽織った。
ルークたちはいなくなっても、部屋の外にいる衛兵は徹夜で見張っているはずである。当然許可なく城の中をうろつくなど許されるはずもない。
「そこはほら、蛇の道はなんとやら。どうにでもなるよ。ちょっとあの爺さんに改めてご挨拶をね。」
そう言われて涼は先日の会見を思い出した。あの見事のクロスカウンター。腰の回転といい腕の捻りといい、実に爽快であった。
ではなく、
「いいのか?お前の正体をばらして。といってももう遅いのか。」
「え?秘密?ばらさないの?」
「え?隠すつもりなの?」
「ん?隠さないのか?」
いつの間にか起きていた竜也と静が、目を丸くして涼を見てくる。聞きたいのはこっちだ、と涼は怪訝な顔をした。ちなみにルイは子猫なのでもう完全に夢の中である。
「起きてたのか。竜也の剣にしろ、静の正体にしろ、ばらすと面倒だから黙っているのではなかったのか?だから私も言葉が通じぬふりを続けているのではないのか?」
話が長くなりそうなので、涼も小休止で水を用意して椅子に座る。
「あー、まあ、基本的にはそうだね。バレるのは勘弁かな。」
「だよねー。でも最終的にはバラスよ。当たり前じゃん。」
「いや、当たり前と言われても、すまんが、私にはお前らの行動方針が理解できん。」
二人は当たり前のように顔を合わせているが、付き合いの長いはずの涼でもどうしたらいいのか把握しきれない。
「秘密なんて守れるわけないじゃん。」
仰向けに寝っころがりながら胸を張る。
「無いじゃん、と言われてもな。」
「まともにラストまで秘密守り通した話なんて俺ほとんど記憶に無いよ?」
その記憶とやらは非常に偏った記憶なのだが、大抵うっかり、とかアクシデントとか、はたまた状況的に隠しきれなくなって、とかで正体をばらすのがお約束と言っていい。
「そうだね。秘密を守るってのは結構大変だよ。本当に守ろうとするなら、人の口を封じ、自分もそれに極力触れず、墓の下まで持っていく覚悟をしてようやく成功するかどうか、さ。力は使う。でも正体はばらさず上手くやる。なんて無理。そんなガード、旦那の浮気程度の防御力しかないよ。」
「それは持論かなにかか?」
「いや、希望的観測。」
静は苦笑しながら首を横に振った。
「その程度の難易度じゃないとうちの探偵事務所が干上がる。」
どこまで本気なのかはわからないが、かなり冗談の割合が高いだろう。
「攻撃と防御じゃどちらかっていうと攻撃側にアドバンテージがあってね。ガード一辺倒じゃまず守れないよ。」
「だが今お前たちは秘密を隠し続けているのだろう。わざわざそれを自分からばらす、というのか?」
「ちっちっち。わかってないなぁ。」
竜也がドヤ顔で指を振る。見るだけで思わず殺気がもれそうになる。
「『ばれる』と『ばらす』じゃ天と地ほどの差があるのだよ、りょーちん。」
差があるのはわかるが、どんな差のかが理解できないのだ。
「いや、これはどっちかって言うと涼の方がわかりやすいと思うけどね。」
「そう、なのか?」
「うん。僕の正体にしろ、竜也の光の剣にしろ、これは印籠であり桜吹雪なのさ。」
時代劇が好きな涼にとって、それはとてもわかりやすい解説であった。なるほど、と理解しつつ、すごく浅い理由にめまいがしそうになる。
「つまり、状況に迫られてばれてしまうのはNGで、美味しいタイミングで自分達からばらすのはOK。そう言いたいのか。」
それは疑問ではなく確認であった。案の定竜也はイエース、と言いながらサムズアップしている。
今回旧知の老人にばらしたのは、いわば1話目のラストなのだろう。番組はまだ始まったばかり。
「いくら意外性のあるシナリオだからって、1話目冒頭でうっかり八さんが街中で正体ばらしたり、悪人が一目で吉宗様って気付いて暗殺しちゃったらいかんでしょ。」
「そんな糞シナリオを本当に面白いと思う奴がいたら、いくら温厚な私とてバスジャックしてテレビ局にカチコミかけるわ。」
温厚が裸足で逃げそうなほどのしかめ面に静も軽く引く。なにか許せないものに触れてしまったようである。
「ま、そんなわけで、秘密をばらす相手、タイミングはきっちり選んでコントロールするんですよ。」
「エンディングまでばらしそこねてボム抱え死にしたら笑えるけどね。」
「それはそれで美味しいかもね。」
ケラケラと笑う二人に、真面目さなどかけらも見受けられない。涼は生真面目なフィルやルークのことを思い出し、彼らがこの二人の秘密を知ったらどんな顔をするだろうかと想像しようとして止めた。
「わかったからさっさと行ってこい。竜也も、寝るのなら自分の部屋で寝ろ。ルイも連れて行け。」
「ふあーい。」
「ほんじゃ行ってくるね。」
涼がしっし、と手を振ると、竜也はルイを抱えてトボトボと自分の部屋へ歩いていき、静も廊下ではなく自分の部屋へと入っていった。気配が消えたことに気付き部屋をのぞくと、そこはすでにもぬけの殻になっていた。
「おばんですぅ~。」
「出てけ。」
城の中は防衛のため転移を妨害する結界によって護られている。にもかかわらず、VIPであるはずの王室特別顧問、グラゼーオの部屋に許可なく飛び込んでくる魔術師。普通であればその場で捕らえられ首をはねられても仕方がないだろう。
「つれないなぁ。人がせっかく主義主張を曲げてまでこうして挨拶に来たというのに。」
へらっ、っと笑う若者の顔は、グラゼーオの知る青年の生真面目な顔とは大違いであったが、思い起こせばかの青年も、時々思い出したかのように羽目を外していた。
「手ぶらでか?」
「勝手に呼び込んでおいてよく言うよ。」
そう言いつつも、静の手には中のよく見えない水の入った瓶があった。瓶には紙が貼ってあり、グラゼーオには読めない文字が細かく書かれている。
「向こうの銘酒だよ。結構お高い、らしいんだから。飲んだことないけど。」
「貴様は飲んだこともないものを飲ませるのか。」
「向こうじゃ僕の年はまだ飲めない決まりなんですよ。」
静は勝手にダッシュボードからグラスを二つ取り出す。日本酒なのでお猪口が欲しいところだがもちろん無いので銀杯で代用。
「ま、思うところは色々あると思いますけど、再会を祝して乾杯しましょうかね。」
キリキリと音を立てて封を開けると、静はグラゼーオの杯に酒を注ぎ、自分の杯にも少しだけ注いだ。飲む、というより毒味の意味であるが、余計なお世話かもしれない。
キン、と澄んだ音をさせて杯を合わせ、静はその澄んだ大吟醸を舌の上に流し込んだ。正月に舐める程度しか酒には縁の無い静だが、過去の記憶を思い起こすと美味と言えるのがわかる。味覚の差があるかもしれないと心配したが、グラゼーオの表情を見ると満足して頂けたらしい。
自分の分はそれでおしまいにし、減ったグラゼーオの杯に継ぎ足す。グラゼーオも文句を言わず杯を差し出した。しかしそれを飲もうとはせず、じっと静の顔を見つめる。
「なんですか?」
「若い、な。」
グラゼーオの一言。それは静がここに来た目的の一つでもあった。
「僕がこの世界を追放されてから転生し17年。それなのにこちらでは80年が過ぎていました。」
「そのようだの。」
「次元を渡った影響なのか、それとも適合する転生体を探すのに時間がかかっていたのか。あるいは向こうとこちらで時間の流れ方に差があるのか。理由がわかれば、と思いまして。」
一応竜也達には気にするな、とは言ったものの、わかるのであれば知っておきたい問題であった。だがグラゼーオの答えはわからないの一言。予想はしていたので落胆はないが、一瞬酒を注ぐ手が止まりかける。
「次元追放の呪文自体が前例がない。ましてやそれで戻って来た人間などいない。転生の秘術に関してはむしろお前さんの領分だ。わしに聞かれても困る。」
「ですよねー。まあいいや。」
ダメなものはダメ。諦めるしかない。
「なんじゃ、軽いのう。ダークウィザードの面影がかけらも無い。」
「やめてください。その名前はもう捨てたのです。」
「ほう?」
翳りを帯びた静の表情に興味深そうに声を上げる。
「色々と訳がありましてね。向こうの世界のことを一から説明するにも時間が無いし、きっと理解できないと思います。ただ、少なくともその名は今生では名乗らないと決めたのです。」
当然理解など出来ないだろう。この世界に厨二病患者などいないのだから。
「まあ、二つ名など所詮他人が決めたものだしな。わしも色々言われてはおるが、結局は気恥ずかしいだけじゃ。」
「ですね。で、それともう一つ。あの後、どうなったのかな、と思いまして。」
言葉を濁す静に、グラゼーオはしばし無言だった。何をどこまで話せばいいのか、迷っているようでもあった。
「姫は、継承者と通じていた罪で幽閉。後日継承権を破棄され公爵家の三男に嫁いだ。そう、悪い一生ではない、と仰ってたな。」
「そっか。なら、そうなんだろうね。」
静にとっては過去の記憶。気になっていた漫画の続きを聞くような感覚でしかない。しかしグラゼーオにとっては自身の経験である。言葉にするほど割り切れるものでは無いだろう。それでも、振り切るように静の持つ杯と乱暴に杯を合わせて飲み干した。
「で、その血統が今の国王に混じってフィルに?」
「いや、フィルの母親じゃ。侍女とはいえ、格は下がるがそれでも騎士の娘じゃ。フィルは姫の玄孫にあたる。」
80年で4代とは随分早いな、とは思ったが、二十歳じゃ行き遅れの貴族社会である。思い直せば妥当なところであった。
「えーっと、念のために確認しますと、その血というのは……」
気まずそうに尋ねる静をグラゼーオはじろりと睨む。
「姫の第一子はあの戦争から3年後のことじゃ。」
「だよねー。は、はは。」
期待が外れたのか、ほっとしたのか、自分でもわからない静であった。
「逆にこちらから聞きたいものじゃ。何を企んでおる?何が望みじゃ。」
回答によってはこの場で、と睨まれてもどこ吹く風。静は肩をすくめてその視線を受け流した。
「んな人聞きの悪い。僕の望みは基本的には一つ。向こうの世界に帰ることですよ。」
「ん?戻る、のか?」
意外だったのか、グラゼーオは目を丸くして聞き直した。だが、継承者の主義から言えば当たり前である。あくまで『紅華静』としての生き方を優先するのが継承者としてのあり方なのだから、この世界に対してのこだわりは無い、というのが静の主張であった。
だが、それは同時に、帰る手段があるなら今すぐにでも帰る、ということでもある。魔王など放っておいて、でも。それでこの世界がどうなろうと知ったことではない、と静は言い切った。
「いいですか?僕らは望まぬままクソゲーRPGを押し付けられたのです。僕らにそれを全うにクリアする義理はありません。攻略本便りやチートどころか未開封で中古屋行きにしたってかまわないのですよ。」
「すまぬ。言ってる事がさっぱりわからん。」
「物語の終わりは僕らが決めます。どうやって終わらせるかは流れに任せますが、この国に口を挟ませる気はありません、ということですね。」
それに対してグラゼーオも非難する様子は無い。元々自分たちがやらなければいけない事を他の世界の人間に押し付ける召喚など、彼の主義には合わないのだ。ただ、閑職に回されている以上、国の方針に異議を唱えても受け入れてもらえないだけである。
「まー、うちのパーティリーダー次第なんだけどねぇ。というかぶっちゃけメインの糞シナリオほったらかしでミニゲームクリアに夢中になる可能性が微レ存というか全回転レベルで確定というか……」
アルバムコンプリートとかプリンスメーカーとかネットハックとかやる気満々ぽい。内政系ゲームにまでは手を回す気配が無いだけが救いだろうか。
「だからエストラーザ語で話せ。」
「うむ。エス語でおk。」
OKではないのだが。グラゼーオももはや静と意思の疎通を図ることは諦めたようであった。
「いざとなったらこの老いぼれの命一つでどうとでもなろうよ。」
「なるのかねぇ。」
「わしを誰だと思ってる?」
一瞬、その笑顔が好々爺からかつての軍神のものになる。
そう、静が魔王を倒せるというのなら、その静の前世を倒したこの老人にも可能性はあるのだ。ブランクの影響がどれほどか、にもよるが。
「はいはい。年寄りの冷や水にならない程度に元気でね。残りはおいていくけど飲みすぎないでね。」
例外はここまで、と静は意識して頭を下げて退去した。
残されたグラゼーオは面白くなさそうに息を一つ吐くと、杯に残った酒を飲み干した。さらにもう一杯注ごうと思ったが、静の言葉を思い出し手を止めた。健康に気を使うほど耄碌はしていないが、今日くらいは昔の好で忠告を受け入れることにしたのだ。




