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継承者  作者: dendo
7/30

謁見

 見世物にされた昼食会。だがそれはあくまで前菜に過ぎず、本番はその後にあった。確かに朝食の時にそう聞かされていたが、今こうして玉座の前まで来るとそれを嫌でも実感させられる。

 竜也の身長よりも遥かに高い場所から一人の男が三人を見下ろしていた。この国の王太子殿下。病床に臥している王になり代わり政務を行っている、とスジオパークは言っていた。

 だがそんな事は竜也達には関係ない。第一印象は異句同音ながら一致している。竜也の言葉で言えば、

「うーわ、性格悪そう。」


 である。当然自分達の事は棚に上げて。


 つい目をそらすと、竜也はそこに見知った顔を見つけ安堵する。ずらりと並んだきらびやかなマネキン達に並び、それなりに小綺麗だが見るからに値段の劣る礼服を着た少年。そのあからさまに浮いた存在は静や涼もすぐ気づくことが出来た。竜也が軽く手を上げると、フィルも困ったような顔で笑いながらも手を上げた。ただ、そのおかげでフィルを見る視線に大分棘が混じるようになってしまった。

 もちろんそれはフィルの隣に立つ老人のおかげで表面に出てくることはない。血統を重んじる貴族達は、フィルを横目で忌々しそうに眺め、老人と目が合うとすぐに目をそらしてしまうのである。

 ただ、この場は少々雰囲気が違っていた。老人は竜也達三人をじっと見つめたまま動かなくなっているのである。竜也は最初何か無礼なことをしたかと思ったが、やがてその視線が自分の後ろに固定されていることに気付く。そちらを見ると、静が気まずそうに笑っていた。それは兄や姉たちに遠慮したフィルのそれとは違い、隠していた悪さが見つかってしまった悪戯っ子のそれであった。


「顔見知り?」

「”僕”の知り合いじゃないですよ。」


 だがそれはどう見ても苦しい言い訳にしかなっていなかった。


 一方、玉座に座り(本来ならその権利はまだない)三人を見下ろすジギムートは苛立っていた。


「スジオパーク!」

「はっ。」


 ジギムートは三人の脇で跪く宰相を一喝した。この無礼な客は、モーリスの王太子にして全権代理人である自分を前にしてボーッと立ったままでいる。本来ならこの場で手打ちにされて然るべきであった。ウィズリードの事を思えばこそ、この場で処刑することだけは勘弁したのである。


「竜也様、お二方も、御前にございます。どうか膝を、」

「一つ聞きましょうか。」

「何っ!?」


 スジオパークが諌めるのを遮り、最初に口を開いたのは静であった。王子の一声は一触即発の緊張感から逃げるいい口実になった。最大限の感謝をしつつ、だがその口調に敬意はかけらも存在しない。むしろ蔑みすら感じ取れた。


「というより確認ですね。僕らは、頼んでここにいさせてもらっているのか。それとも頼まれてここにいるのか。ちゃんと解っていますか?」

「なん、だ、と?」


 静の問いに王子は言葉を無くした。彼は無条件の服従以外を期待もしていなければ予想もしていなかった。だから、静が何を言っているのかもすぐにはわからなかったのである。

 玉座から一段低いところにいる王子王女達。さらにその一段下にいる宮廷魔術師長リーゼナイセと黒龍騎士団長ブライアン。竜也達を取り囲む騎士達。その全てが凍り付いていた。フィルは青い顔をして静と王太子とそして保護者の顔を見比べている。だが、普段なら客人を諌め王太子の怒りを治めるべく前に出るであろう老人は、肩をすくめため息一つついただけで動こうとはしない。

 おかげで王太子の怒りは際限なく増加していく。この無礼な客人達は、誰が許したのか、帯剣したまま玉座の間に入ってきた。さらには跪きもしなければ頭を垂れることもしない。


「もう一度、言ってみろ。」


 王子の声が低くなる。減税を申し出て不興を買い村ごと滅ぼされた農村があった。その時と同じ声である。


「ああ、すみませんね。あなたには言い回しが難しすぎましたか?」


 そんな王子に対し、静は怯む様子は見せない。むしろ、哀れみと、本当に申しわけない気持ちを目一杯乗せて溜め息をついた。


「人にものを頼むときの礼儀を教わらなかったんですね。ああ、お気になさらずに。わかっていますとも。大国の第一王子ですものね。帝王学には含まれていなかったのでしょう。わかりました。乗りかかった船です。不肖この紅華静があなたに頼み事の仕方を教えてさしあげましょう。あ、授業料の事はご心配なく。無学の徒に教えを授けるのもこれ魔術師の使命でございますゆえ。」


「でた。静お得意の上手(?)な喧嘩の売らせ方。」

「いやいや、これは大安売りですよ。」


 ジギムートの顔が真っ赤になり、それを通り越して青くなって行くのを面白そうに眺めながら、竜也はこの豪華な装飾に飾られた玉座の間にカメラを持ってこなかったことを後悔していた。ジギムートのいけ高々な態度はむかついたものの、静が前に出たので溜飲はとっくに下がっている。

 言葉が通じることを黙っていることにした涼は静を止めることも出来ない。ただ心の中で溜め息をつくだけだった。

 本来なら初対面で目上の人間に対しては礼を尽くすよう二人に常日頃言いつづけている涼である。だがそれはあくまで同じ高さに立ったときのこと。こうして人をいきなり見下す人間に対して下げる頭は持ち合わせていない。まして敬意と隷属はまったくの別物で、後者を求めるものに膝をつくことなどあり得ない。


「なーに難しいことはございません。簡単なことです。まずここまで降りてくる。そして相手の目をまっすぐに見てから頭を下げるんです。背筋を伸ばして腰を45度折り曲げる。そして……」


 本当に講義を始めてしまう静を止めるものは誰もいなかった。呆気にとられていたことと、そして王子の怒りに触れるのを避けていたのである。


「黙れ。」

「そう『黙れ』。じゃなくて。この場合は『お願いします』、と、」

「黙らんか!!」


 ジギムートの怒号が玉座の間に響く。それは迫力はあったが威厳という言葉からは程遠いものであった。たとえるなら短気なチンピラの威嚇の声である。権威というものを骨の髄まで味あわされているこの国の人間ならともかく、三人ともそんなもので萎縮するほど可愛い性格はしていない。

 静は驚いたように目を丸くし、竜也と目を合わせて肩をすくめた。わざとらしい仕草である。あれ?なんで怒られたの?という態度を露骨に示している。


「『プリーズ』の方が良かったかな?」

「うん、違うと思う。」

「黙れと言っている!己が分をわきまえろこの下賎な輩め。ここは本来貴様のような輩が入っていい場所ではない。本来貴様など口をきくどころか我ら王族と同じ空気を吸うことさえ許されないのだということが何故わからんのだ!」


「はん。爺さんに似て下品な脳味噌をしている。」


 静の嘲笑は小声で、しかも日本語であったため竜也と涼にしか聞き取れなかった。薄笑いを浮かべる静と対称的に、竜也の一度おさまったむかつきが再び鎌首をもたげてきていた。それはセリフの端ばしに見え隠れする当てつけを感じたからである。


「小僧、貴様もだ。聖剣を使えるからとて付け上がるなよ。貴様は剣だけ振るっていればよいのだ。この玉座は俺のものだ。王家の高貴な血筋があって初めてこの場に上がることが出来る。それを肝に命じてけ!」


 カチンときた。他に例えようがない。その台詞は竜也達3人だけではなく一人の少年をも含めているのだろう。その事を竜也は理屈ではなく感じた。


「(ばーか。)」


 怒りに我を忘れ本音をさらけ出すなど政治に携わるものとしては下の下である。そしてこの馬鹿王子は本来怒らせてはいけない人間まで怒らせてしまった。静は心の中で拍手喝采していた。もちろん王子の馬鹿さ加減に。

 口にしてはいけないことを叫びだした王子をスジオパークは諌めようとする。だが、その足を止めたのはくぐもった笑い声であった。


「くっくっく。は。はーっはっはっはっはっは!」


 始めは低く。そしてそれはすぐにその場にいる誰の耳にも聞こえる程の大きさになっていた。


「りゅ、竜也君?」


 さすがにこの展開には静も驚いた。涼も同じらしく、目を見合わせ首を捻る。


「何がおかしい!」

「何が、だと?これが笑わずにいられるものか。その顔、その声。1000年の時を経て全ての記憶を無くそうとも忘れられようか。」

「な、なんだと!?」

「レイ、いえ、リュウヤ様、記憶がお戻りになられたのでございますか?」


 スジオパークの喜色の篭った声に辺りがざわめく。だがそれは涼と静にとってはさして嬉しいことではない。二人ともかすかに眉をひそめる。


「本人を目の前にして微かながらな。」


 フフン、と鼻で笑い、玉座に座るジギムートを睨みつけた。


「その顔、忘れるものか。」


 一同の視線が一気にジギムートに集まる。


「人の身でありながら魔王に与し、500の同胞を後ろから刺し殺した背徳の騎士。二度と俺の前に姿を現さないと約束し、恩情から歴史に名を残さずに捨てておいてやったものを。まさかこんな形で再会を果たすとはな。」


 ざわめきが治まり重い沈黙がたちこめる。その重さは視線に乗りジギムートにプレッシャーを与えていた。


「な、何を、で、出鱈目を……」


 そこでジギムートの言葉が止まる。その真偽を確かめたくてスジオパークやリーゼナイセの顔を伺うが、言葉に出して問いただすことは出来なかった。1000年前の記録に残ってない事実を二人が知るはずもない、というまっとうな推論からではなく、もし本当だったらと思い口が動かなくなったのである。今、この世界で竜也の言葉が事実かどうかを確かめることが出来るのは竜也自身か魔王アモルファシスとその直近のみであろう。

 そして竜也の言葉はその手にあるウィズリードが信憑性を持たせてしまう。それをわかっているのだろう。竜也は腰のウィズリードに手を伸ばし軽くなでる。

 絶対に揺らぐはずがないと思っていた足元が一瞬にして崩れ、ジギムートは足の震えを止めることが出来なくなっていた。


「今度はいつ裏切る?決戦の直前か?それとも全ての事を為した後か?出来ればその前に一言言え。今度は、禍根を残さぬよう全てを断ち切ってくれよう。裏切りと謀略、妖の星に生まれた男、ユダよ!!」



「(……全部ハッタリかい!!)」



 涼と静は危うく声に出してツッコミを入れてしまうとこであった。


「謁見はすんだ。これ以上魔族の手下の顔など見たくない。不愉快だ。部屋に戻らせてもらう。」


 竜也は返事も待たず、踵を返し出口へと向かう。涼と静も黙ってそれに続く。それを見送る者達は、突然のことに言葉を失い誰も3人を止めようとはしなかった。



「プッくく、どわーっはっはっはっはっは。ひー、もう我慢できねー。静、見た?あのハートが豆鉄砲食らったみたいな顔。」

「くっくっく。あはははははは。苦しい。思い出させないで。」

「ふぅ。笑い事じゃないんだろうがな。」


 そういう涼も顔が弛んでいる。突然の馬鹿笑いに留守番をしていたルイが何事かと驚いていた。


 三人はあの後、廊下で控えていたルークとミリィを引き連れ、早足に一番近かった涼の部屋に駆け込んだのである。すぐ隣の竜也の部屋まですら笑いをこらえることが出来なかったのだ。

 難しい顔で眉間に皺を寄せ放っておくと駆け足になりそうな早さで歩く三人に、ルークとミリィは中で何かあったことを感じていた。そして2人を外に残し三人だけで部屋の中に引き込んでしまったのである。厚い木製の扉は締め切られ、中で何が起きているのかは外からではわからない。二人は言い様のない不安にかられていた。


「はー、おかしかった。でもなんでユダ様なんですか。」


 久々の大笑いに静の目に涙が浮かんでいる。


「最初はね、裏切り者ってことで使徒の方のユダだったんだよ。ただそれじゃ捻りないなぁ、って思って色々探していたら突然ふっとわいてきて。」


 ここ最近の週末は三人で漫画喫茶に行くのが流行になっている。もちろん言い出しっペは竜也である。主に古めの漫画(新しいのはリアルタイムで竜也が集めている)がターゲットであった。


「少し驚いたぞ。本当に何か思い出したのかと心配したのだが。」

「ふ、さっぱ思い出せねぇもん。思い出す気もないけどにゃー。」

「ミャ?」


 竜也はベッドに上がり込んでルイにじゃれついている。端から見ているとどちらが子供なのやらさっぱりわからない。


「まあ竜也にしては上出来だね。あれは直接殴るより遥かに効果的ですよ。」

「王宮には王宮の戦い方がある、とロイエン様もおっしゃっているのさ。それに最初に喧嘩売ってきたのはあいつだからね。身分がどうの、血がどうの。汚れているなんてどこのどいつが決めたってんだよ。」


 そう、竜也の言葉を鵜呑みにすれば自分の立場が危うくなり、逆に前世の因縁を否定すれば今度は竜也を働かせる道理がなくなるだけでなく自分達王家の存在理由をも否定してしまう。残念ながらその矛盾をごまかしつつ切り返すだけの機転はあの王子は持ち合わせていないだろう。


「それは、私達のことではないな。」

「ああ、まだ言ってなかったっけ。フィルっていう子と友達になったんだ。二人にも今度紹介するよ。ああ、ルイにもね。」

「みゃ。」

「さて、そろそろ二人を入れてあげないとね。外に立たせっぱなしじゃ悪いでしょう。みんなでお茶にでもしましょ。」


 そう言って静はカップの用意を始めた。やはり王家のごたごたは触れていて気分のいいものではない。とびっきりに美味しいお茶で気分転換を計りたいところであった。


「んじゃ二人を呼んでくるよぉ。」

「はいはい。」

「おーい、二人とも、静がお茶しようってさ。」

「ほう、それはぜひご相伴に預かりたいものですな。」


 意気揚揚と扉を開けると、そこにはルークとミリィの他に幾人かの見知った顔ぶれがあった。それらに囲まれた二人は見ていて気の毒になるくらい萎縮している。だが、竜也にしてみればそこにフィルもいたのはうれしい誤算であった。


「どぞどぞ。フィルも来るよね。」

「はい。」


 その場にいたのはフィルの保護者である老人とリーゼナイセ、スジオパーク。あとは紅龍騎ハートランドとその部下たちであった。もちろんフィルもいる。騎士達は護衛の任務があるのだからいて当然である。そして任務でそこにいる以上部屋に入ったりはしない。竜也もハートランドの視線をあまり快いものを感じなかったのであえて誘おうとはしなかった。


「うん、それは英断だね。で、なぜ君はこういう状況を作り出してくれるかね?」

「え?だってフィルを紹介するって言ったじゃん。」


 老人はグラゼーオと名乗った。それとリーゼナイセ、スジオパーク。三者三様の複雑な視線を一手に引き受けているのはもちろん静である。先ほどのやり取りは静の名を一気にブラックリストの上位に載せてしまったらしい。ただ、グラゼーオの視線は別の意味を持っていたが。


「君がフィル君だね。」

「あ、はい。」


 カップを両手で持ってお茶を冷ましながら飲む少年を見て静がやさしげに微笑む。それは普段よく見せるどこか含みを持った笑みではない、何かを慈しむ微笑みであった。


「広間にある肖像画を見たよ。君はきっとお母さんの血を濃く受け継いでいるんだろうね。」

「少なくともあの馬鹿王子とは遺伝したものがぜんぜん違うだろうね。」


 その静や竜也の言葉をグラゼーオは目を瞑り黙って聞いていた。


「過去は引きずらないのではないのか?」


 涼はお茶の味が先日飲んだものとまた違う事に気付いた。それはそれで美味しいのだが、老人が味わっているのはまた別のものだろう。


「そ。でも昔見た良い映画を思いだして感傷に浸るくらいはいいんじゃない?それはもう言葉では言い表せないほどに感動的な純愛映画だったんだから。」


 純愛、という言葉に竜也と涼は目を合わせた。とてもではないが信じられる事ではないのである。その様子に言いたいことは山ほどある静だったが、だが、第三者の多いこの場で突っ込むわけにもいかない。それにこれ以上余計な発言で思い出を汚す事は避ける事にした。まさに不徳の極みという奴であろう。


「で、この面子はどういったご用件でしょう。この顔ぶれでお茶を飲みに来ただけという事はありますまい。でもお説教は聞きませんよ。」


 静は自分の分のお茶を煎れると、ベッドに腰をおろして足を組んだ。四脚分しかないラウンドテーブルは来客陣でいっぱいになっており、ミリィとルークは遠慮して立ったままである。涼は壁際に寄りかかり、竜也はルイを膝の上に乗せてベッドの上であぐらを組んでいた。三人とも見るからにまじめな話をする気がない。フォローのしようがないその態度にミリィとルークは冷や汗が止まらなかった。


「あーコホン。」


 スジオパークがせきばらいをするとそれに合わせてミリィとルークのカップがカチャッと音を立てた。遠慮する二人に竜也が強引に持たせたのである。それをジロリと一瞥し、スジオパークは本題のみをさっさと告げる事にした。


「まだ決まっていなかった竜也様の付き人ですが、こちらにおられるフィリップ様にお願いする事になりました。こちらのお方はフィリップ様の後見人、王室特別顧問であり前神官騎士団長のグラゼーオ殿です。」


 スジオパークに紹介された老人は三人を一瞥すると軽く会釈した。


「神官騎士団長?」


 静がスジオパークの紹介を聞いて軽く眉をひそめる。


「ってことは白龍のトップだよね、確か。」

「白龍は国の騎士、同じ神官騎士団でも、我々は神殿に所属する騎士でございます。もちろん神のご加護を受け賜るという点では同じですが、神官騎士は王ではなく戒律と神の声によって動きます。四龍との差をわかりやすくするため我々は聖龍騎士団、などとも呼ばれております。なんにせよ元、でございますよ。竜也殿。」

「むむ、ややこしい。」

「つまりですね。王宮での就職出世に有利だから剣だけじゃなく回復魔法習得しておこう、てのが白龍。回復魔法だけじゃ異教徒ぶち殺せないから剣も取ろう、異教徒は皆殺しだヒャッハー、ってのが聖龍ね。」


 一瞬場の空気が凍りつくが奇跡的にその場はおさまってくれた。ルークが剣に手をかけかけたが、グラゼーオに目で制されてその場は引いたのである。


「へー。ってことはフィルやルークはこのお爺さんに剣とか習ってんの?」

「お、おじ、」


 いきなり話を振られたルークは竜也のあまりにも場違いな言葉使いに引きつった顔をますますこわばらせている。ルークから見れば神もグラゼーオも大差無いほど雲の上の存在なのである。


「あはははは。違います。神官騎士団の中で教練担当の方がいらっしゃいますのでその方々に習っているんですよ。」


 見事に固まっているルークに代わってフィルが笑いながら答えた。


「ふーん。で、王室特別顧問て何?偉いの?」


 何故そういうことを俺に聞く!とルークは声を大にして叫びたかった。もういっそこの場から逃げ出したいくらいであった。だがそうもいかないので、小声で


「もちろんです。グラゼーオ様はその徳の高さで最も神に近いお方と称されるほどなんです。本当なら俺なんかこんなに近くにいていいはず無いんです。」


 と言ったつもりだった。が、いろんな意味で平静さを失っていたためその声はその部屋全域に聞こえてしまっていた。それに気付き身をこれ以上無いくらいに小さくするルークに、グラゼーオはやさしく微笑んだ。カップを置いて立ちあがると、うつむくルークの側へ寄りそっと頭を撫でる。


「最も神に召される日が近いの間違いだったりして。」


 ぼそっと、しかしこの部屋にいるすべての人間に確実に聞こえる声で静がつぶやく。それをルークが視線だけで人が殺せるのではというほどに睨み付ける。もちろん静は柳に風とばかりに呑気にお茶を飲んでいる。もう少しそのままでいればルークは腰の剣を抜いていたかもしれない。それを止めたのは静の暴言など一向に気にしていないような落ち着いた声であった。


「ルークよ、ワシの事を誉めてくれるのはありがたいがそう自分の事を卑下するものではないぞ。」

「えっ!?」


 突然自分の名を呼ばれルークは顔を上げた。そこには彼が常日頃あこがれてやまない稀代の英雄その人が立っている。だがそれ以上に、グラゼーオが自分の名を呼んだ事に深く感動していた。


「お爺様は神殿にいる神官の名前は大体覚えているんですよ。」


 フィルのうれしそうな声にルークはただただ感激するばかりであった。だからそれに対抗するかのような


「僕もうちの学校の女の子の名前はほぼ全て言えますよ。」


 というセリフには再び本気で殺意を覚えたものである。だがその気配をグラゼーオは一撫でして散らしてしまう。頭に触れる大きな手に、ルークは自分の怒りが吸い取られていくような錯覚を覚えていた。一瞬にして怒気が引き心が鎮まっていく。それはこの上なく心地よい感動であった。


「神の愛はみな平等に注がれている。それはワシもルークもフィルも変わりは無い。神に仕える者はみな等しいのだよ。そしてその加護はこの世界に生きとし生ける者全てに与えられるものであると信じている。騎士も、魔術師も、そして王にも……もちろん民にも。」


 グラゼーオはルークからミリィ、フィル、そしてリーゼナイセの頭を撫でていく。子供たちと同じ扱いをされた彼女は、相変わらず表情を変えはしないが嫌がっているようにも見えない。


「(ご立派な説教だ。)」


 スジオパークはお茶を飲みながら目を伏せた。


「(だがそれゆえに煙たがられる事もあると知っているだろうに。)」


 それでもなお自分の信仰と意思を貫き通す。だからこそ聖者とまで称されるのだろう。だが王宮で飼い殺しにされる聖人に何の価値があろう。かつてこの国を席巻した魔王を異世界へと追放した救世主。その末路は何の実権も無い名誉職を与えられただ老いていくだけのうつろな半生であった。


「よい目をしておる。」

「俺?」

「素直な、まっすぐ前を見つめ続ける事の出来る目じゃ。竜也殿、フィルを、頼みます。まだ神官騎士としては未熟者ですがあなた様のもとで学ぶ事は多いと思いまする。どうかよろしくお願い申し上げます。」

「あ、いや、こちらこそ。」


 自分の5倍以上生きている老人に深々と頭を下げられて竜也は慌てて頭を下げた。グラゼーオは次いで壁にもたれる涼にも頭を下げる。普段目上の者への礼儀を口うるさく言いつづけている涼は当然最大限の敬意をもってそれに応えた。


「(この老人の100分の1でもあの王子が謙虚さを持っていれば、いや、持っていないからこの老人が閑職にいるのだ。魔王アモルファシスが復活してもなお変わらぬのだからな。)」


 何度目かのため息をお茶で飲み込む。グラゼーオも感心していたようだが、スジオパークも憂いごとを抜きにしてこの茶のブレンドは気に入っていた。そのブレンドした本人と顔を上げたグラゼーオの目が合う。


「(おまえみたいな阿呆相手にもグラゼーオ様は神のご加護があるとおっしゃられたんだぞ。どーだ、すばらしいだろうが。おまえなんかグラゼーオ様の爪の垢でも桶イッパイ飲んでおけってんだ。)」


 ルークはかなり無理があることを心の声でめいっぱい叫んでいた。


「おーおー、ドブ色の根性そのまんまの腐った魚みてぇな目をしてからに。」


「(……はい?)」


 それはルークの心の声であり、またその部屋の中にいる全ての人間の心情を代表するものでもあった。次の瞬間から彼らの思考能力はしばらく麻痺することになる。


「何を考えてるのかわからんうすら笑いが気持ち悪いんじゃボケェ。そのしまり無い顔さっさとどうにかせんと耳から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞワレ。」

「はっ、神官騎士団長から大神官すっとばして一気に名誉職とは気楽な人生送ってますな、ご老体。そういうのを我々の世界では『狡兎死して走狗烹らる』というんです。いい言葉でしょう。」

「これはこれは。目上のものに対する礼儀がなっとらんクソガキだ。貴様が竜也殿の従者でなかったらこの場で徹底的に改心させとるとこじゃ。この場は竜也殿に免じ何なら鉄拳制裁284発で手打ちにしてくれる。それが嫌ならさっさともとの世界に帰るんじゃな。」

「はっはっは。鉄拳じゃなく鉄の肉棒の間違いじゃないのかな、この衆道坊主。それとも耄碌して健忘症にでもなりましたか?僕らは帰りたくても帰れないんですよ。だから安心して成仏なさい。あの子の面倒はあなたが墓の中でも心配しないようしっかり見てあげますから。」

「誰が衆道じゃ、この●×◎※野郎!!」

「●×◎※とはなんだ、●×◎※とは、このド腐れ坊主!!」

「腐れボウズは貴様だろこのガキ!」

「黙れ老いぼれ!」


 ガスッ!!


 破壊音は一つだけであった。100歳を越える老人とは思えない動きで間合いを詰め右ストレートを繰り出すグラゼーオ。カウンターで迎え撃つ静。老いたりと言えど元騎士のグラゼーオの拳に、利き腕ではない静の拳はカウンターを取りきる事は出来なかった。両者の腕がクロスを描き同時に互いの頬にメリ込む。二人の体はゆっくりともたれあうように崩れていく。それを支える者はいなかった。


「いいの?目上に暴言吐きまくりだよ?」


 この二人だけは思考停止を免れ状況を楽しんでいた。


「まあ、よかろう。コミュニケーションというやつは人それぞれだ。」


 というより老人の予想外の動きにびっくりして止めそこなったのだった。それでもその気になれば静の動きを止めて老人の一人勝ちにするくらいは出来たのだが、あえてそれはしなかったのだ。


「原則は原則。時にはそれを破る事もあろう。」

「だねぇ。」


 竜也と涼には、静とグラゼーオが今の瞬間だけ昔に戻ったのだとわかっていた。二人、というより静が、と言ったほうがいいか。一代前の静とグラゼーオがどんな関係だったかは知る由もないが、閑職にまわされ80年以上という年月は決して短いものではない。無為の年月を今の一瞬で癒す事は出来ないが、それでも老人のために静は一時的に自分の戒めを解き過去に戻ったのであろう。

 起き上がるのはグラゼーオのほうが先であった。


「やれやれ年はとりたくないもんじゃ。手加減されるなんぞ屈辱以外の何物でもないというのにな。」


 そうぼやきながらもグラゼーオの顔はすっきりとしていた。憑きものが落ちたような感じで、部屋に来た時の険しさやどこか諦めを含んだ表情は影をひそめている。


「起きろ。」


 がすっ、と涼に蹴り起こされて静も目を覚ます。もろに食らって脳振倒を起こしていたため目が覚めても足元がおぼつかないらしい。床に座り込んだまま立ち上がろうとはしなかった。その静を見つめるグラゼーオの目は、竜也や涼を見るときのものと変わらないものになっていた。


「お初にお目にかかる。王室特別顧問のグラゼーオという。ちと悪ふざけが過ぎたようじゃ。許されよ。以後よしなに。」


 グラゼーオはそう言って笑いながら右手を差し出した。慈愛に満ちた、というよりは対等な友人と軽口をたたくような、間に壁を感じさせない笑い方である。100歳を越えるはずの老人が、それだけでかなり若返ったように見えた。


「こちらこそ。つい調子に乗りすぎてしまいましたね。はじめまして。紅華静といいます。しばらくお世話になります。」


 差し出された手を握り返して立ち上がる。わざとらしいまでに白々しい挨拶であるが、それでも本人達にとっては本心からの挨拶であった。

 それを見たとき、一瞬竜也の胸に複雑な想いがよぎる。



 もし三人が三人とも無事に元の世界に帰ったとする。だがそれでも静が魔法使いだということに変わりはない。きっといつか竜也には想像もつかない、もとい想像しっぱなしのとても羨ましい世界で生きていくだろう。すると、普段から行いの良い竜也が長生きし天罰がいくつも降りかかる静は早死にするに違いない。そして静はまた次の人生を歩んでいく。今目の前にいる老人は、遙か後の世界の自分なのかもしれない。

 そう思うと言葉では言い表せない共感と感動がこみ上げてくるのだった。



 もっとも、かなり自分勝手な前提が多いし、静の今回の人生の目標は裏の世界ではなく量子力学や物理学等の理系分野である。魔法を科学的に、あるいは科学を魔法により、分析、研究するという目標がある以上そうそう竜也の希望通りには早死にしたりしないだろう。


「うまい茶を馳走になった。またいつか飲ませてもらえるかな。」


 グラゼーオもまさか今の自分にそんな共感を覚えているなどは夢にも思っていないだろう。


「もちろんですよ。」


 静は何となく竜也が不穏な妄想をしている気配に気づいていたが、毎度のことなので気にも留めていない。それは涼も同じである。


「そうか。では、邪魔したな。フィルのことはよろしく頼む。わしでは些か甘くなるらしい。」

「それは困りました。僕も子供には甘いんですよ。それでいつも涼に怒られているんです。」


 甘くなるのではなく子供と一緒に遊んでしまうのが本当の所である。紅華流の道場には子供も多く通っているのだが、涼だけでは手に余るので静も指導を手伝っている。そうなると当然竜也も参加し、その都度脱線し涼にお仕置きを喰らうのだ。


「まあそれもよかろう。では、竜也殿、涼殿、わしらはこれで下がるとしましょう。後のことはフィルにお申し付けくだされ。」

「りょーかいりょーかい。」


 竜也は笑って手を振り、涼は黙って軽く頷いた。

 そうして、グラゼーオは放心しているスジオパークとリーゼナイセを引き連れ足取りも軽く部屋を出ていった。すれ違いざま、部屋の護衛をしている紅龍騎士達が何事かと驚いていたが、上機嫌なグラゼーオはそれも全く気に留めていないようだった。


「いやー、さすが王室顧問。すごい爺さんだ。りょーちゃんのじいちゃんを思い出すね。」

「先代よりはまだ常識の範疇だがな。あれが地か?」

「ま、ね。年相応に丸くなったみたいだけど。」


 そう言って冷めたお茶を飲む。それはかつて、若い騎士と神官、そして彼らが仕える美しい姫が好んでいた味であった。


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