光の剣
地下から抜け出るとそこは王宮奥の間と呼ばれる場所で、玉座の間からさらに奥にある場所であった。無人の玉座の脇を通り、静達は予想通り応接室の一つへと案内された。しかしその道中、周りにいる人達は皆一様に黙り込み、誰もが竜也の手にある折れた聖剣からは目をそらし、3人に無言のプレッシャーを与え続けてくれていた。
そこは数ある応接室の中でも最上級に位置する部屋であった。平均的一般庶民である竜也にも、調度品の数々が高級なことくらいは判る。ただし、この城の一番グレードが低い応接室に案内されたところで、今と同様の感想を抱く可能性は十分にある。
「この部屋全部でおいくら万円?」
「君の内臓全部売っぱらっても足りないから。」
記憶の中の継承者達はこの位の部屋を当り前のように使っていたはずなのだが、今の静には落ち着かないことこの上ない。体が沈みこみそうなソファーに、竜也を中心に3人並んで座っているが、高級すぎて逆に緊張してしまう。
しかし、それより静が気になったのは窓の外であった。日が落ちきってすでに闇に閉ざされた街の景色。歓楽街の辺りは賑わっているから21時前後だろうか。
「うはー、時差ボケ、ひどそうだなぁ。」
そう、向こうを出たときはまだ昼だったのである。
時差ボケ。それはある意味この世界でかなり希薄な概念の一つであろう。距離を無に出来る高位魔術師でもなければ、一般的に最速の移動手段は馬である。また、識者の間では地動説が立証されつつあるものの、民間では天動説がまだ根強く残っている。時差というもの自体理解出来るかどうか怪しい。
「まあそれは置いておいて。取り合えず事情を聞きましょうかね。」
静は自分を落ち着かせる意味も含めて出された檸檬水を一気に飲み干した。冷たさと酸味で脳が次第に動きはじめる。水のお代わりを持ってこようとした侍女にお茶を頼むと、静は改めて目の前に座る老人に向き直った。
「そうだね。で、爺さん、俺ら状況さっぱりわかんないんだけど。そもそもここ、どこ?」
「わかりました。レインドル様もお目覚めになられたばかり。少々長くなりますがお許しください。」
目覚めたスジオパークは、今なお青白い顔色のままゆっくりと語りだした。レインドルじゃない、という竜也の抗議は自然にスルーされた。
事の始まりは王国歴924年。北の大国ニルス皇国の属領デルファギドが国に反旗を翻し独立を宣言したことに始まる。
山間にあり、元々土地の痩せているデルファギドは中央の庇護がなくてはやっていけない弱小領であった。しかし訳があってニルスもそこを手放す訳にはいかなかったのである。そしてモーリスも、その領地を遥か昔から狙いつづけていた。
そんな折り、デルファギド領内の山からレアメタルの鉱脈が発見される。ミスリル銀という魔法金属。デルファギド子爵は狂喜し、そして次に絶望を味わう。その鉱脈は彼の皇国内の地位向上には何の役にも立たなかった。そればかりか、増えた収入を上回る上納金の増額を招いたのだ。
一端火がついた野心は消えることはない。ニルスに対し独立を宣言し交戦状態に入る。モーリス王国はこれを援助。3年後の927年。戦闘はニルスの一時的撤退という形で収束する。
しかし、15年の歳月が流れ、国力の安定が見え始めたデルファギドは増長した。
ニルス、モーリスの国境にあり常に最前線となっていたデルファギドの騎士は強い。それがミスリル銀を精製して作った武器で身を固めている。単純に1部隊の力だけを比べれば列国最強だろう。
デルファギドは942年。ニルス国内が政情不安定で動けないとみると、独立時の恩を忘れモーリスへと攻め込んできたのである。
もちろんモーリスとて黙ってはいない。大国の誇りをもってこれを一蹴した。しょせん国力の差は埋められないのである。
「なら問題ないじゃん。」
「いえ、これからが大事なところなのです。」
話しているうちに顔色が戻ってきた宰相は、手をブンブンと振り回す。最初の内は淡々と話していたのだが、次第に抑揚が増え、終いには身振り手振りまで入ってくる始末。絶対に校長にはしたくないタイプだな、と静は思った。護衛代わりの騎士団長達も若干引き気味であった。
「うう、歴史嫌いだぁ。」
「あとで解説するから寝てれば?」
とはさすがに言えないので、冷めてしまったお茶のお代わりをもらうことにする。だが、そのフォローをするべき静も、相づちを打っているように見えて実際には虚ろな目を宙に走らせていた。言葉がわからない涼はそ知らぬ顔でお茶の香りを楽しんでいる。子猫はそのひざの上で丸くなっていた。
「セイ様、如何なされました?」
熱弁に水を差されたスジオパークが、その様子に気付いたのか静に顔を向けた。
「王国歴924年……」
「はい。デルファギドの反乱でございます。」
どこか心のない静の声だが、スジオパークはさもよく出来ましたとばかりに重々しく肯く。
「942年……」
「開戦でございます。」
「ちなみに聞くけど、今は何年なの?」
「943年1の期でございます。」
スジオパークの後ろで控えていた黒竜の騎士が答えてくれる。1の期。静は腕にしてあるメーターの沢山ついた時計を見た。竜也達にはそれがどんな季節なのかはよくわからないだろうから、暦から説明してやらねばならないだろうと考える。その思考自体すでに逃げにすぎないのだが。
1年を12の月に分ける。1月あたり30日。年末に5日の休息日。月齢は30日強。だいたいもとの世界と同じと思っていい。期とは4ヶ月区切りの大まかなもので、1の期は1月から4月まで。気温から考えると今は3月か4月くらいと思われた。
「ふ、ふふふふふ。そっか。そうだよね。そんなことだろうとは思っていたんだ。」
ぶつぶつと独り言を言う静。どうやら日本語で話していることにも気付いていないらしい。
「ああ、僕にはお構いなく。どうぞ、お話を続けてくださいませ。」
静は呆然とした表情のまま動かなくなってしまった。
モーリスに向けて進軍したデルファギドであったが、元々不毛の地であり、物資は輸入に頼っていた。短期決戦を退けられたデルファギドは領地内に押し込められ、やがて王城への篭城も已む無し、というほど追い詰められていく。
さらには、デルファギドをモーリスが手に入れることを嫌ったニルスが、内政の不和を圧してまで進軍する気配まで出てきてしまっていた。
追い詰められたデルファギドは、あろうことか禁断の魔王の封印を解いてしまう。一説によると、その封印を限定的にといて制御下に置き、戦力とするつもりだったようであるが、見事に失敗したらしい。
復活した魔王はデルファギド王を取り込み、国そのものを支配下に置いた。元々屈強だったデルファギド兵は魔族へと変容しさらに強さを増してしまった。そうなると再び攻防の天秤は傾きを変えてしまう。
ニルスはそれを見て兵を引き、北方の混乱は収まった。しかしモーリスはそれだけでは済まない。山岳地帯のため大軍を率いることが出来なかったため、撤退までに国軍は手痛い損害を受けることとなる。
さらに進軍してくる魔王軍を国内の平原で受け止めた青龍騎士団が壊滅。騎士団長以外の正騎士がすべて死亡するという大敗北を喫し、国内の士気は最低レベルまでおちこんでしまったのだ。
事態を重く見た王太子は、伝説の聖剣ウィズリードと、その使い手であるレインドルの魂を宿した勇者の召喚を命じた。
そうして呼び出されたのが竜也であった。一人だけを呼ぶはずが、なぜ3人も呼び出されたのかは不明であるという。深く追求されると困るので、ただ単に巻き込まれただけ、ということにしておく。
そこまでの説明で、息が切れたのかスジオパークも肩で息をしながら冷たくなったお茶をあおった。
「我々がリュウヤ様をレインドル様とお呼びする理由、ご理解いただけましたでしょうか。」
「んにゃ、わからん。」
スジオパークの笑顔が一瞬で凍りつき青くなる。
「まあ百歩譲ってこの剣を使えるのが俺ってのはいいとして、それだけで別の名前押し付けられてもねぇ。いまさらピンとこないよ。」
「いや、そうは申されましても、」
「まあ象徴としての呼称が士気に係わるというのはよくある話ですけどね。でも実際問題僕らはそういうのと無縁な生活を送っていたんです。そこらへんは掏り合わせてもらわないとね。」
「はぁ。」
何とか妥協案を考えようとするスジオパークに、竜也は良い事をひらめいた、と笑顔になった。その良い事が本当に良かった記憶は静にはあまり無い。
「こういうのはどう?聖剣の継承者!っての。」
一瞬、その場の誰もが竜也の言葉を理解出来ずに固まった。あっけにとられる静に、竜也のドヤ顔が向けられる。
「レ、レインドル様、その呼び名は、」
「継承者。うん、なんか良い響き。かっこいいじゃん。よし、これからこっちにいる間そう名乗ろう。爺さんたちもそう呼んでね。まあなんか偉そうだと思ったらリュウヤでもいいけどさ。好きなほうで呼んでね。それ以外じゃ返事しないから。」
「レ、い、いや、畏まりました、リュウヤ様。」
渋々と、その場にいる皆が一様に竜也に頭を下げた。無邪気っぽく見える笑顔が、邪気の塊だと知るのは静と涼の二人だけだった。
今日のところはもう遅いということで、一旦お開きとなった。事態が事態だけに、向こうも色々整理しなおさないといけないのだろう。今は竜也にあてがわれた個室に集まり今後の事を相談している。二人がこの部屋に入ることにはスジオパークは渋い顔をしたが、竜也の機嫌を損ねては不味いと思ったのだろう。とりあえずは何も言わずに去っていった。二人の部屋は竜也の隣。従者の控え室であるが、このフロアが賓客用であるため、全体的に豪華なつくりである。
部屋の外には、紅竜騎士団長とその部下、それに静と涼の世話をする係の者がいるはずであった。もちろん竜也付きのメイドさんもいるだろう。庶民の生活が身に染みている竜也には、うれしはずかしながら居心地がよろしくない状況である。
しかしこの天涯付きのベッドは気に入ったようで、竜也は先程からそこに子猫と寝そべって話をしている。先程までは嬉々として写真を撮りまくっていた。
「お、首輪に名前あるじゃん。L、u、i。えるうい?」
「ルイでしょう。」
「おお、ルイか。るいるいだね。」
「みゃ。」
自分の名前を呼ばれたのがわかったのか、子猫は嬉しそうに竜也の頬に頬ずりした。
「聖剣の継承者、ねぇ。」
「はっはっは。無知は力だよーん。」
「否定できない。」
馬鹿笑いする竜也に苦笑するしかなかった。
「で、魔王を封印したのはレインドルとやらなのだろう。なら何故元ニルス国内に封印されていたのだ?」
自分で口に出したものの、涼にとっては「魔王」とか「封印」などといった単語は受け入れがたいものであるらしい。しかし国の興亡に関するくだりは歴史好きの彼にとってはそれなりに興味深いものでもある。
「えーっとね、えー……ナゼナゼ?」
そこら辺の記憶がすでに曖昧になっている竜也に苦笑し静が言葉を引き継いだ。
「もともとレインドルの治世はその3国全てだったんだよね。それが3代目、つまり孫の代の兄弟が喧嘩してニルスとモーリスになったのさ。元の国はエストラーザ。言語名の由来でもあるね。で、城のウィズリードがモーリス、デルファギドの魔王の封印はニルス。それぞれレインドルの後継であることの象徴なわけさ。」
「だってさ。」
「正統性の証明か。3代も続かぬ王国などに何の価値があるのか。」
「きっついねー。ま、実際そうなんだろうけどね。」
そしてそれがデルファギドをめぐる戦線を構築する要因であった。今更1000年も前の話を持ち出して正統かどうかなど言ったところで意味はないのだが、やはりこの世界でも簡単に戦争を起こす事は出来ない。いわゆる口実や建前が必要なのである。それは世論より周囲の国々に対してのもので、この世界に世論が国を動かした例はほとんどない。
「ホーケンテキだなぁ。」
竜也は頭の中で「封建的」という漢字を思い出そうとして失敗していた。むしろその言葉が出てきただけでも褒めるべきだろう。
「的と言うより封建社会そのものだからね。」
「それでこれからどうするつもりだ?」
「どうって?」
「今後の予定。それと身の振り方の大まかな指針などだ。」
「フ、何も考えていない!」
そう言って胸をはる竜也に二人は揃って溜め息をついた。
「俺は一応明日から剣の訓練をさせられるらしいぞ。りょーちゃんと静は・・・なんだろね。あとこの剣は今刀身を急いで作っているんだって。」
竜也はベッドの端に腰掛けると、立てかけてあったウィズリードを鞘から引き抜いた。もちろんそこには40センチほどの錆付いた刀身が残っている。剣の柄は汚れた皮を取り、新しい皮が巻きなおされている。何の皮かはよくわからない。
「やれやれ。この国は伝承を正確に残すことすら出来ないのかね。竜也、それ、貸してごらん。」
「ん?ほい。」
それが国宝だと言うことなどまったく考えていないのだろう。無造作に静に向かって放り投げる。静はそれを危うげなく受け取ると、柄の辺りを色々と弄り始めた。拒否反応を心配したが、石棺から抜けたことで封印は解けたらしい。
「聖剣ウィズリード。天が遣わしその輝きは闇を祓い魔を退ける。吟遊詩人の語るサーガの一節ですよ。」
分厚い絨毯に音もなく錆だらけの刀身が落ち、静の手元には柄だけが残った。それを再び竜也に投げて返す。
「で?」
「考えてごらん。」
静は数学の問題をわざと途中で放り出して残りをやらせるような目で笑った。
「考えろも何も、こんな柄だけ渡されたら光の剣以外無いじゃん。」
そう言って刀身の無い剣をブンブン振り回すが、残念ながら竜也の期待するようなものは出て来なかった。
「雪月花と同じということか。」
「そ。形は違うけどね。鞘を二つ持っているところは同じだね。」
「それはいいんだけどさぁ、出ないよ。」
柄をあちこち見回しスイッチのようなものを探したが、そんなものがあるはずも無い。
「知りませんて。僕だって1000年前は生きていなかったんだからね。そうだね、月並みだけど、イメージでもしてみたら。伸びろーって。」
竜也は少し真面目な顔になって肯くと、目を瞑り青眼に構えた。深呼吸をして精神を整える。静と涼もそれにつられてか言葉を出さずに見つめる。
「竜也よ、フォース、フォースの力を信じるのじゃ!!僕がウィズリードを一番上手く扱えるんだ!明鏡止水!シャイニングウィズリードソード!メーンメーンメーーーーーン!!」」
結局言っていることは普段と何も変わらなかった。
「ををっ、出た。」
どうやら考えていることは間抜けでもちゃんと機能はしてくれるらしい。3人の見つめる先には刃渡り70センチほどの光の刀身が現われていた。それは金属製のそれのようにかっちりとした形ではなく、柄から炎が吹き出ているように見えた。
「おお。意外や意外。ちゃんとまともな剣の形になっている。僕はてっきり10センチくらいのがちまっと出てくるものと思っていたよ。」
「意志薄弱だからな。その点では私も驚いている。」
余計な一言を添えて感心し見つめる二人を他所に、何が不満なのか竜也は剣を振りながら首を傾げた。
「どうした?」
「……音が出なーい。ブーーーーゥオン、て奴ぅ。」
「そりゃあっちは蛍光灯だからでしょうが。」
わかってはいるが、それでも少々物足りない竜也であった。
香が立ちこめる。気だるさが部屋に漂いそこにいる者の思考能力を奪っていく。先程まで嬌声を上げていた女達は気を失ったように平伏していた。
「(人並外れているのは色事だけか。)」
スジオパークは目の前の主に見えぬよう、垂れた頭の下で溜め息をついた。
「で、我らが救国の英雄殿はどのような具合だ?」
この王子は、女の具合を聞くのと同じ尺度でものを語っているのだろう。いや、相手が男と聞き、それ以下の興味しかもっていないのかもしれない。
モーリス国第一王子ジギムート・ディス・グレード・モーリス。国王であるカイゼル14世が病に臥しているため、この男が実質的にモーリスのトップとなっている。
今年35才になるこの男は、君主としての能力は並み程度と言われている。しかし、夜の能力に関してはそれなりのようで、毎夜数人の情婦を部屋に招きいれている。妾だけではなく、家臣や護衛の騎士、果ては下女にまで手を伸ばす有り様で、早い話が節操無しなのである。
「は。まだ年端の行かぬ子供なれど聖剣ウィズリードは確実に反応しております。記憶の方が御戻りになられておらず、全ての力を発揮するには至りませぬが、いずれは記憶と共にかつて魔王を封じたというその御力を取り戻していただけるでしょう。」
「うむ。青龍が事実上壊滅した。そのことで落ちた士気さえ取り戻せれば十分だ。役立たずでは困るがあまり派手に動き回られてはいかんぞ。わかっているな?」
「それは十二分に承知しております。」
この王子が一番に言いたかったのはおそらくこの事なのであろう。それで満足したのか、手を振り退出を促す。一礼し部屋を出ていくスジオパークの背に、取って付けたような言葉が飛んできた。
「ああ、それと、我らが救世主殿には適当に女をあてがっておけ。ただし、その女の処理は、わかっておるな。」
「御意。」
扉の外に出ると、自然と溜め息が漏れた。警護の騎士が同情めいた視線を向けてくるのがわかる。その騎士に労いの言葉をかけると、スジオパークは自らの執務室へと足を向けた。
「……」
「お待ちしておりました、スジオパーク殿。」
部屋にたどり着いたスジオパークの目の前には、すでに部屋をあてがわれ休んでいたはずの招かれざる客人達の姿があった。護衛に当たっている騎士に目を向けると、
「閣下に内々の話があると申されまして。」
と困ったような顔で弁解してきた。
「このような夜分に失礼とは思いましたが、早いうちに御耳に入れておきたいことがございまして。」
「ほう、それはどのようなことでしょう。」
「もちろん、我が主について、でございます。」
恭しく頭を垂れる静を、直立したままの涼が冷めた目で見下ろす。静は竜也のことを「我が主」と呼んだ。もちろんそこに敬意が込められているはずはなく、竜也の名を語りろくでもないことをしようとしているに違いないのである。
「(何を企んでいる?)」
見下ろす目がそう言っている。それに気付いた静は、口の端にかすかに笑みを浮かべた。
「(もちろん、悪巧み。)」
と口には出して言ったわけではないが、その意志は涼ににはわかりすぎるほどに伝わっていた。
ちなみに今は静の魔法により涼も言葉は通じている。しかしあらかじめ涼は口をきかない事に決めていた。静いわく、言葉が通じない相手の前では人は思わぬ失言をするものだとか。静の言わんとしているところは涼にもわかる。だからその嘘を引き受けたのだが、こうしてみると自分の小うるさい小言を封じるための方便だったのかもと思ってしまう。
スジオパークは少し考えたもの、すぐに二人を部屋へ招き入れた。
その際騎士が涼の雪月花を取り上げようとしたが、涼が渋い顔をしたのを見てそのまま部屋に通す。さすがに一国の宰相職。肝は座っているらしい。
「して、このような時間に何用ですかな?」
スジオパークの執務室はさすがに広さも格調も申し分ないものであった。
木製の巨大なワークディスクに身が沈みそうなほどふかふかの応接セット。壁一面を埋め尽くす本の山。
「う、校長室に呼び出し食らった気分なんですが。」
「さあな。呼び出されたことないからわからんよ。」
日本語で間抜けな会話をしながら、二人は応接用のソファーに座った。人払いをしているのでお茶は出ない。スジオパークに飲茶の趣味はないようである。
「さて、夜も更けてきたことですし、手短に話を進めることにしましょう。話というのは、実は我が主の嗜好に関することでして。この事はくれぐれも内密にお願いいたします。」
刀を抱え黙想状態の涼が片目を開けて静を見た。どうにも何を考えているのか読めない。取り合えず今は何も言わないでおく。
「わかりました。伺いましょう。」
「はい。実は……」
一度そこで言葉が途切れ、わずかに逡巡する気配を見せる。
「大変恥ずかしいことなのですが、我が主は少々変わった性癖を持っておりまして。」
「と、申されますと?」
「はい。実は、我が君は女性をいささか苦手としておりまして。」
涼は初耳である。いつぞやクラスの連中と嬉々としてエロ本を回していたがそれは気のせいだったのか。
「それは……つまり?」
「はい、ご想像のとおりです。それも幼いほうがなおよいかと。ああ、一般的な社交性までは欠いてはおりませんので、宮廷内の方々に不快な想いをさせることはないはずです。ただ、こちらの気の回しすぎかもしれませんが、夜伽などは避けていただければ幸いでございます。」
「(友達想いなことだ。本人が聞いたら血の涙を流して喜びそうな話だろう。)」
そう思いつつも、竜也をいきなり酒池肉林に落としこむような真似は感心できないのも事実。方便の種類は問題あるものの、結果オーライとしてその場でしばく事は勘弁することにする。
「まあ私共にはそういった趣味はないのでじゃんじゃん、うっ……」
「如何なされた?」
「いえ。主人を差し置いて我々だけが楽しむ訳にも行きませんから、過度のおもてなしは遠慮させていただきます、と。」
「??とにかく、レインドル様の嗜好に関しましては了解いたしました。ご忠告感謝します。」
「いえ。御役に立てれば幸いです。では、我々はこれでお暇させていただきます。」
言うことだけを言うと、二人はそそくさと部屋を出ていった。それを見送りしばらく経ってから、スジオパークは今迄で一番大きな溜め息をついた。
「英雄の血も、魂も、時の流れには抗えぬものなのかもしれんな。」
王国1000年の歴史を遡れば、ジギムート以上の情豪も、今の話のような異常性癖持ちも少なくはない。これは純血ゆえの遺伝子欠損等ではなく、望めば全てが手に入るという地位ゆえの業なのであろう。
「だがおかげで心配の種が一つ減ったことは確かだ。あとは、代わりを見つけるだけだが。やれやれ。どちらが難儀な話だろうな。……いかんいかん。あれは、ダメだ。」
スジオパークは脳裏に浮かんだ一つの選択肢をその場で捨て去った。その選択は、おそらく王太子がもっとも喜ぶものであろうと容易に想像がつく。だが、それだけに選ぶわけにはいかないものであった。
「で、説明してくれるのだろうな。」
二人はあてがわれた部屋で、今度は静自身が煎れたお茶を飲んでいた。
「おや?涼にはわかってもらえると思ってたけど?」
久しぶりに飲むこの国のお茶は、静にとって満足の行く味であった。次は自慢のブレンドをご披露しようかなぁ、などと思ってみる。だが、目の前の男は日本茶党。隣の部屋でいびきをかいているであろう少年は珍しい缶ジュースを探すことに生きがいを感じていたりする。あまり腕の奮いがいのないメンツであった。
「大方はな。だが時には答え合わせも必要だ。」
涼にも、ただ単に「遠慮する」という選択を選ぶことが出来ないことはよくわかっている。欲深き傲慢な人間に、つつしみという概念を理解させることは苦労を要する。涼にもうまい言い訳が思いつかなかったので、静の言い分は受け入れるしかなかったのである。
「そう、それが一つ。」
「もう一つは?」
「これは理由、と言うより動機に近い話ですけどね。王家が王家たる由縁の拠り所は血統でしょう。」
どこまで純粋かは甚だ怪しいが、と付け加えることも忘れない。
「ところがここで竜也というイレギュラーが来てしまった。」
「ふむ。始祖の本人だから王位継承権もある、か。だが我々は目的が達成されれば送り返されるのだから心配あるまい。」
事情の説明のときに聞いた一番重要な点。自分たちは元の世界に戻れるのかどうか。
その答えはYESであった。
その条件は魔王の討伐。それを契約の主旨として呼び出したのだから、目的が果たされれば契約は終了し、3人は元の世界に帰ることができるという。
「そ。僕らは、ね。」
静はそこで言葉を切る。そこから先は自分で考えろ、ということか。はたまた言いたくないことなのか。
「そうか、相手の方が問題になる訳だな。相方、というより残されたもの、か。」
「正解。さすがさすが。」
褒める方も褒められた方も余りいい気分ではなかった。
「竜也の血を残しそうな、あるいは宿したと主張出来そうな人間は片っ端から、」
静は首を掻き切るゼスチャーをして見せた。
「もしくはその疑いのない相手を用意する、か。」
「その可能性も高い。何にせよあのぽやーっとした子猿さんには刺激の強い話でしょう。王家の血のごたごたなんて触れて楽しいものでもないしね。というか筆おろしの相手が次の日打ち首になってました、なんて話を聞いたらドン引きこえてトラウマものだよ?涼には話を合わせてもらわないといけないんで付き合わせちゃったけど、悪いとは思う。」
「かまわんよ。」
意外と味が気に入ったのか、涼は3杯目のお茶をカップに注いでいる。
「御家騒動というのは歴史のいわばターニングポイントだ。それを直に見ることが出来るというのは非常に楽しいぞ。」
そう言って軽く笑う。
静は、涼の成績では歴史が飛び抜けていいのを思い出した。部屋にある本も歴史小説がごろごろあり、休日は史跡巡りという老成ぶり。加えて今の笑みを見た限り、本気で楽しんでいることは明白であった。
「もちろん。」
涼の顔から笑みがすっと消え去る。
「我らの歓待に女性の身体を損なわせるような非道をもって事を済まそうと考えようものなら。」
キン、と雪月花のつばが高い音を響かせる。
「国王だろうと宰相だろうと、それに見合った報いを負わせていただろうよ。それが紅華の名を背負うものの本道だからな。」
再び浮かんだ笑みは、継承者の名をもって三国に轟く魔術師の背筋を一瞬にして冷たくさせるものであった。
「見合った罪……てーと、チョキン?」
手ではさみの真似をする。まあ何を斬り落とすかは言わずもがなであろう。
「うむ。」
真顔で答える涼に、冷たくなったのは背筋ではなかった。この場合、比喩や冗談を言う男ではないことを、静は誰よりもよく知っていた。相手が国王だろうが大統領だろうが従兄弟だろうが、容赦という言葉はないのである。




