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継承者  作者: dendo
3/30

王の帰還

「現われないぞ。失敗じゃないのか?」

「黙っていろ。まだ途中だ。」


 目の覚めるような蒼いマントを羽織った青年が苛立たしげに舌打ちする。癖なのか、左手は腰の剣に添えられ柄を弄っている。対称的に彼を諌めた黒衣の騎士は先程から腕を組んだまま微動だにしない。


「フン。」

「……チッ。」


 二人のやり取りを見ていた巨漢の騎士が小馬鹿にした笑みを浮かべ、青年はますます不機嫌になる。

 低い一定のリズムで延々と続く呪文の詠唱。彼ら4人のほかにもその儀式を見守る目は少なくない。


「失敗した、ではなく失敗して欲しい、の間違いじゃないのか?」


 巨漢の騎士はその体躯に似合わぬ高い声をしていた。色分けが彼らの所属を示しているのだろう。彼は真紅のマントに身を包んでいた。


「なんだと?」


 青年の声のトーンがわずかに低くなる。


「仮にレインドル様がご降臨なされたとして、指揮すべき兵を一兵たりとも持たぬ四龍騎が何の役に立つ?」

「貴様……」

「まあまあ。おちついて。ほら、見てください。そろそろですよ。」


 今まで黙って見ていた純白の騎士が割って入る。その彼の促すほうを見ると、何もなかった闇の中に小さな光点が生まれていた。


「我らが盟主の御也です。」

「盟主、ではさぞ困るだろうよ。」


 青年の呟きにはあえて誰も答えなかった。




 まるで大地震の中でジェットコースターに乗っているような上下の失調感。周囲は光の奔流により何も見えない。お互いを繋ぐ手の感触だけが3人にとっての唯一の現実であった。


「あだだ、あでででで。爪、爪立てるな。」


 もう一人、いや、一匹も無言でその存在を主張している。


「これは、いつまで、続くのだ?」

「わかんない。呼び出した奴に聞いてくれ。それより米だ、米。重いよ。君等も持ちなさいって。」

「う、気持ち悪くなってきた。」

「吐かないでよ、御願いだから。」

「ひーん、早く終わってくれー。」


 一際強い光に包まれた瞬間、一気に落下感が増大し、それが消えるとともに光の渦も消え去り地面に降り立つ感覚だけが残った。



「あたた。何かを呼び出したことは幾度もあるけど逆は初めてだからね。次からは精霊達により深い感謝を。って、・・・みんないる?」

「うにゃー。こぶできたー。」

「問題ない。」

「みゃ?」


 光の奔流から放り出された先は人工的な光がほとんど無く暗い空間であった。空気がやけに冷たく、音が吸い込まれていく感じから洞窟のようなところだと推測する。自分の体に異常が無いことを確認し、声の感じから二人+1匹の安否も確認して安堵する。


「ふむ。誰かいるな。」


 急に暗い所に放り出されたため目が利かない状態だったが、それでも3人を取り囲むかがり火とそれに照らされた10人以上の人間が見えた。涼が言うまで気付かなかったのは迂闊と言えた。彼らは皆一様にこちらを見つめ、中にはひそひそと囁きあっているものもいる。だがこちらにはなかなか近づいてこようとはしない。

 ここは窓一つ無い広間。前方に人が集まり、そこから静がいる場所まで1本の細い道が続いている。まだ目がよく見えないのではっきりしないが、耳をすますと水音がする。どうやら湖か何かの中にある小島らしい。最初の推測と合わせると地底湖だろうか。

 そして後方、群衆の反対側にもやはり道が続いている。その先は光がないのでよく見えない。ポケットから携帯を取り出し明かりをつけようと思ったところで思いとどまる。


「あ、なんか思い出してきたよ。思い出したくないことも。というか思い出したくないよ。」


 辺りの状景は静の記憶の琴線に触れるものであった。それを確かめるためにも、静は大量の荷物の中から自分のナップを引き寄せ中身を漁りだした。


「あった。ぱんぱかぱーん。すたーらいとすこーぷぅ。」


 何故かダミ声で叫びながら取り出されたのは通常よりもゴツイ双眼鏡であった。軍用部品流用で最新式より多少感度は落ちるが市販品の双眼鏡などとは桁違いの解像度を誇る。もちろんこれだけの光量でもなんの不自由もしないであろう。

 冷静になってみると、静は魔法が使えるのだ。だが、とっさに出てきたのは携帯やらスターライトスコープやら。何か不思議なものを感じたりもするが、それはそれで悪くなかった。一般的な高校生らしくないものが混じっている、という点に関しては黙秘である。


「……。」


 軽い感傷に浸った直後、こういう表情は珍しいのだが、静は顔をしかめて舌打ちをした。


「四龍騎士揃い踏みか。てことはここはモーリスだね。」


 覗きこんだ視野に飛び込んできたのは、RPGそのまんまな恰好のギャラリーであった。悪い予感的中というところか。一世代前の静を血眼になって追い回し追放してくれた一団と同じ鎧姿に舌打ちが出る。

 大陸航路の要所を押さえたエストラーザ地方南の雄、モーリス王国。それがこの国の名である。そして同時に静の古巣の一つでもあった。


「ナニナニ?静の知り合い?」

「どうでしょうねー。場所に見当はつくけど、見知った顔は無いなぁ。んー、17年しか経ってないはずなんだけどなぁ。」


 竜也がぴょこぴょこスコープをねだるのを抑えながら、こちらを遠めに見ている一同をもう一度見渡す。

 湖の水際で座禅を組んでいる十数人の魔術師はこの召喚術を行った術師だろう。中央で杖を構えているのは術の中心となる術者で、格好からして宮廷魔術師長か。鎧姿はこの国の4つの騎士団の長。後ろに控えてるのはその下っ端。あとは大臣とかそんな感じか。

 それらを向こうに聞こえない小声で解説する。そのころには竜也も目が慣れたのか、湖岸を藪睨みで見つめて把握している。その手元を見ると、デジカメを使うかどうか悩んでいるのが見て取れた。

 やがて一団は意を決したのか、ローブ姿の文官を先頭に静々とやってくる。戸惑いは感じられるものの、敵意の類はあまり感じない。それは涼も同感のようで、手に持った雪月花は無造作にぶら下げたままである。


「英霊レインドル、その御霊を受け継ぎし者よ。我らモーリスの民はあなた様の帰還を心よりお待ちしていました。」


 静たちがいる小島は小道より幾分高く、数段の階段で上がってくる形になっている。一団はその手前で止まり一斉に膝をつく。静にとっては久しぶりに聞くエストラーザ語は懐かしさよりも戸惑いを覚える。帰ってきた、とは思えず、むしろ日本人である今の自分を強く再確認させられた気分であった。

 何と切り出していいのかわからず、とりあえず彼らを観察してみた。もちろんスコープはすでにナップサックに戻っている。



 一人目は爺さん。真ん中にいてこの中では一番偉そうである。さっきの台詞も彼のだから実際仕切っているのだろう。長い白髪と同じく白くなった豊富な髭。中国の山奥で霞でも食ってるんじゃないかという風貌である。身分を示すものはないが、後ろに控えている連中がこの爺さんが何物かを教えてくれている。この国の宰相。国王のすぐ下にいる政治面でのトップである。


 もう一人はゆったりとしたローブを着た女性。杖を持ってサークレットを始めとした装飾品をジャラジャラと身に付けている。ただのアクセサリーではないだろう。中心にいた術者で、召喚術を行った要だろう。長い金髪をポニーテールにしている。エメラルドの瞳が綺麗な美人であった。ただ、その瞳の持つ輝きは冷たく感じる。それが結構静の好みにあっていたりする。萌えよりクールビューティー。それが静の主張であった。

 ちなみにフリルが似合ってピンクハウスで自分の事を自分の名前で呼ぶようなのが竜也。純大和撫子以外お断わりが涼。という具合に見事に好みが分れていたりする。

 宮廷魔術師の長であることを示すルーンマスターの紋章をローブの胸に刺繍している。それと同時に賢者の学院と呼ばれる魔術師ギルドの所属を現す指輪。ギルド内での地位は真ん中より上で、年の割には高い方だと思われる。


 後ろに控える4人は騎士。先程言っていたこの国の騎士団、四龍騎士である。マントの色が黒、白、赤、青。

 黒が一番年長。口髭が見事なジェントルマンという感じ。黒龍騎士団長は全ての騎士のトップでもある。この場合の竜は、昔話アニメや7つの玉でおなじみの長いやつではなく、トカゲの親玉であるどっしりしたブラックドラゴンが元になっている。黒髪黒目だが日本人には到底見えない堀の深い顔である。


 白も同じく中年男性だが、こちらはより温和な雰囲気である。この白龍は神官騎士団。一応癒し担当。剣を下げているところを見ると神官戦士の類であろう。司祭か神官戦士かは時代によって違い、静がかつていたときは司祭が白龍の長を務めていた。


 赤はとにかくゴッツイ。背丈もだが横幅はこの6人の中で間違いなくトップ。腰に吊るしている剣が、一般的なレイピアなのだが爪楊枝にしか見えない。背中に背負った異様にでかい大剣がなかったら、張り手か上手投げで戦う騎士だと思っていただろう。フルフェイスの兜のため素顔はわからないが、足取りは鎧の重量を感じさせないほどに軽く若々しい。


「ん?なにか、ひっかかる?」


 ふと、心に触れるものがあるが、それが何なのかは判らなかった。


 そして、それと同じく若いのが青いマントの青年。綺麗な金髪で貴族らしい整った顔立ちをしているが不機嫌そうな顔をしている。年下の静に対し嫌々頭を下げている。そんな態度が見え見えだった。


 四龍騎士団。紅龍、青龍は実働レベルで第2、第3軍に相当し序列はない。強いて言えば紅龍が国内、青龍が国境警備・対外戦闘を担当する。有事にはその限りではない。大きい戦闘の場合は混成軍となる。それとは別に国王直下の近衛騎士、親衛隊などがあったりするが、ここには来ていないようである。


 残念ながらここまで近づかれると、小声でも聞こえてしまうため解説は一時ストップしている。だが、静自身も戸惑いがある。全員見たことがないのだ。若い騎士なら17年前はまだ子供であり、騎士どころか幼年学校にも行ってない頃だろうから見たことが無いのも無理はない。だが宰相などの要職につくような有力な文官なら、当時でもそれなりの地位にいたはずである。面影が変わった、と言われたらそれまでかもしれないが、まったく思い出せないほどの下っ端から下克上出来るような開明的な国ではない。


「ふむ。」


 少し首をひねって考える。可能性としては、


1.実は似てて非なる別世界

2.こちらとあちらで時間の流れが違う

3.知らぬ間に革命か何かが起こって人事一新


 1や3ならいいのだが、2の場合問題が起こるかもしれない。元の世界に戻ったときに浦島太郎になる可能性があるのだ。だが、考えていても仕方がない。わからなかったら聞けばいいのである。


「あ、えっと、悪いんですが、まだ状況がよくわからないんです。順を追って説明していただけると有り難いのですが。」

「レインドル様、もしや記憶がお戻りになられていないのですか?」


 老人の顔にかすかな落胆の色が見えた。そんな顔をされるとこっちが悪いことをしたかのような錯覚を覚えてしまう。便宜上静が代表のように答えたため、皆の視線が静に集まるが、そんな記憶当然甦るわけがないのである。


「む、レインドル、レインドル。レインドルだってぇ!?」

「ど、どうかなされましたか、レインドル様!」

「あ、いや。ちょっとお待ちを。」


 慌てて口を塞ぎ心を落ち着かせようと試みる。そしてやはりこちらを見つめる二人に向き直る。


「どったの?英霊がどうしたって?」

「いや、まあ、英霊の召喚ねぇ。まあ目当てが僕じゃないのはわかってたことだけど。」

「どうした?何か問題か?」


 静は二人を見比べて首をひねる。

 英霊レインドル。エストラーザ建国の英雄。つまりこの召喚は継承者を呼び出して止めを刺すものではなく、何か問題が起きたため古の勇者を呼び出し押し付けるためのものなのである。


「どうも君たち二人のどっちかが勇者様らしいんだけど、心当たりある?」

「うんにゃ、ない。」

「ふむ、無いことも無い。」


 プルプルと首を振る竜也と、眉間にしわを寄せる涼。


「何か記憶でも甦ったの?」


 なるほど涼なら、この時代錯誤な侍マッシーンならこの世界でも十分やっていけそうな気がする。


「いや。私には彼らの言葉がわからない。竜也は”英霊”という言葉を聞き取ったのだろう。なら呼ばれたのは竜也ではないのか?」

「あ、そういうこと。うん。なんかね、爺さんの言葉、何故かわかるみたい。うひゃー、もしかしてバイキンガル?」

「はーひふーへほー、ってえーーーー!?このお子様がかいなぁ。まじですかー?」


 なんと説明すればいいのだろう。静は思わず頭を抱えてしまっていた。


「いかがなされましたかな、レインドル様?」


 彼らのほうでも確証は無いのだろう。静を呼ぶ声にも戸惑いが混じるわけである。


「あ、いえ、僕じゃなくてですね。」


 静は竜也の首根っこを掴み前に押し出した。


「この子がどうやら注文のナントカ様、みたいです。」

「にゃー?」


 静に掴まれた竜也、が両手で持って突き出した子猫がわけもわからず一鳴きした。一同の視線がその子猫に集まり、不審げなものに変わってまた静に戻っていった。


「竜也君……」


 爺さんや騎士の顔も微妙に引きつっていた。女魔術師だけが冷静に、竜也と静、そして子猫を静かに見つめていた。




「では、改めましてレインドル様。ここでは落ち着いて話すことも出来ませんので、場所を変えさせていただきます。よろしいでしょうか。」


 スジオパークと名乗ったその老人は、やはり静の推測どおりこの国の宰相らしい。

 確かに、ここはゆっくりと腰を落ち着けて話すような場所ではない。応接室にでも連れていかれるのだろう。呼び出したのは勇者様であって悪の魔術師ではない。まさかいきなり地下牢に連れていかれるようなことはない、と思いたい。もし正体がばれていれば、その可能性も少なくないのだ。いや、ばれたら問答無用で騎士達が斬りかかってくるだろう。


「いやいや、爺さん、俺は竜也ってんだよ。こっちは静。で、でっかいのが涼ね。そのドル?って何さ?」


 威厳もへったくれもない応えに宰相の顔がさらに引きつる。後ろの騎士達は複雑な視線を交し合っていたが、とりあえず声を出すことは無い。ただ、宰相の後ろにいる魔術師への視線がやや厳しいものになっていた。


「やはり、記憶が甦られておらぬのでしょうか?」

「やだね爺さん。甦るも何も、俺は記憶喪失なんてなってないってばさ。」


 そういう問題ではないのだろう。宰相は落胆と非難の混ざった視線を魔術師に向けたが、彼女は無表情のまま頭を下げるだけであった。


「地下祭壇。てことはこの奥には、ウィズリードがあるって事か。」


 静は出来るだけ声を抑えていたが、辺りは雑音が全く無い静寂である。その声は静の前でひざまずく6人の耳にも届いた。もちろん今の独り言は日本語で話しているので、基本的には聞こえても問題はない。だが物事に例外は付き物である。固有名詞は言葉が違っても同じなのだ。


「(・・・まずった、かな?)」


 静は女魔術師の瞳が自分の方を向いたのを見て冷や汗をかいていた。ずっと爺さんの後ろに控えていた彼女だが、今の台詞も聞いていただろう。場合によっては通訳の呪文も唱えているかもしれない。

 この地下祭壇は、色々な事情があって一般にはあまり知られていない。それをいきなり異世界から来た静が知っている。それが竜也であればまだしも、召喚では現れることが無いはずのおまけが、である。だが、彼女はすっと視線をそらした。


「(お目こぼし、かな。)」


 静は心の中で胸を撫で下ろした。ただ、絶対後で追求されるだろうとも確信していた。取り合えず今のうちにうまい言い訳を考えておくことにする。


「か、かしこまりました。ではリュウヤ様、とお呼びしてよろしいでしょうか。む、如何なされました?」


 宰相の声に促されて竜也を見ると、彼は何か所在なさげに地下空間をあちこち見渡し、そしてその視線はやがて地底この奥へと向かっていく。今しがた静が言ったとおりの方向を。


「え?うん。声、じゃないんだけど、なんか呼ばれてる、ような気がする。」

「なんと!リュウヤ様、してそれは何処からでございますか?」


 竜也の言葉に老人は喜色を浮かべた。静の手から逃れた竜也が後ろの暗闇を指差すと、その顔は安堵の感を深めた。竜也が脳裏に浮かんだ言葉を口にする。


「聖剣ウィズリード?」



 むかーしむかし。今から約1000年前。この国の初代国王、レインドル1世はこの辺りを支配していた魔王アモルファシスを大地に封印し国を興した。その時に神竜より与えられた一振りの聖剣。それがウィズリード。この地下祭壇はウィズリードが安置されている聖域なのである。

 一般には、アモルファシスを封じた地、デルファギドの神殿で封印を護っていると信じられている。その為、この祭壇の存在は国の中でもトップシークレットとなっていた。

 予想も何もないのだが、この老人が竜也をレインドルと呼びこの地下祭壇に呼び出した。その意味するところは明白であろう。9割9分9厘、魔王アモルファシスが復活した。何とかしてくれ。というところである。

 その結果呼び出されたのが竜也であり、おまけでついてきたのが静と涼。


「あー、人選間違えたろ。別の転生体にチェンジ、とか出来ればいいのにね。」


 静は誰にも聞こえないように呟きにやりと笑う。



「この奥には何があるんです?」


 もちろん静はわかってはいるのだが、一応聞いておくことにする。やはり老人がうれしそうに質問に答える。


「レイ、いや、リュウヤ様。聖剣の声をお聞きくださいませ。」


 宰相たちは再度リュウヤに向かい頭を下げた。


「スルーですか、そうですか。」

「えっと、行っていいの?」

「もちろんでございます。ご案内いたします。こちらへどうぞ。」


 竜也は老人に促され下に降りる。祭壇の外周を回るようにして裏側に回ると、やはり地底湖の中央に小道が延びている。先は暗くなっているため見通すことが出来ない。さすがにここでスコープを再び取り出すのは怪しすぎるだろう。

 歩きだしたのは老人と魔術師の女性のみで、後の騎士達はその場で留まっていた。竜也を一人にするわけにはいかず静たちも続こうとしたがそれを騎士が遮ろうとする。一瞬険悪になりかけたが、それよりも先に宰相が騎士を視線で下がらせた。


「これより先は本来王家の者のみが許される聖域。我々も手前まではお供しますが奥の祭壇にはお一人で上がっていただきます。」


 地底湖の中を100mほどの小道。自然とは思えない道を5人で歩く。水は清んでいるが底はまったく見えなかった。

 すぐに先ほどの魔方陣がある小島と同じほどの大きさの島が見えた。それが祭壇なのだろう。目の前には自分と同じくらいの高さの階段があり、さらにその上に大きな石の箱が置いてある。箱と呼ぶにはあまりにも大きいそれは、石の棺桶と呼んでも差し支えない。そしてその棺桶の真ん中に、一本の剣が刺さっているのが見えた。


「あまりいい思い出ないんだけどねぇ。」


 こんな世界で人生を何度もやり直していると、当然真っ当ではない職業に就くことも有り得る。何代か前、稀代の盗賊団の頭領をしていた継承者は、今とは違った立場でこの場所に立っていた。

 ところが、忍び込んだまではいいのだが、いざ盗もうと剣を手にとった瞬間、自意識のあるその剣が無礼者に対し手痛い反撃をしてくれたのである。詳しくいうと、右腕が丸々吹き飛んでしまったのであった。


「うー、やだやだ。」


 その時の記憶が蘇ったのか、静は右腕を抑えて身震いした。肉体の再生など当時すでに造作もない作業となっていたのだが、痛いものは痛いのである。同じ様な目に会うのは勘弁して欲しいところであった。


「ちょっと、ほんとに声、聞こえたんでしょうね?」


 もちろんそんな過去をここで口走るわけには行かない。だが、もし竜也に資格が無く、声が聞こえたというのがただの痛い病気だとすると、取り返しのつかないことになるのだ。さすがに体を張ったギャグでした、ではすまない。


「ホントだよ。たぶんアレだって。アーサー王?」

「いや、まあそうなんですけどね。大丈夫かなぁ」

「大丈夫大丈夫。ほら、この子お願いね」


 心配する静に抱いていた子猫を押し付けると、竜也は鼻歌交じりに祭壇へと駆け上っていく。


「爺さん、これ、抜いていいんだよねー?」


 石棺の手前で振り向き確認を取ると、宰相は重々しくうなずいた。役目とはいえご苦労なことである。

 その剣は伝説と言うにはあからさまにぼろかった。どれほどの間放っておかれたのか。柄やつばには埃が積もり握ることをためらわせている。刀身は錆が浮き、蹴りを入れるとぽっきり折れてしまいそうである。


「うへ、ばっちい。ねー、静、これ偽物なんじゃね?」


 この場の雰囲気のせいか、竜也は自然と日本語ではなくこの国の言葉で話し、意図したときに日本語に切り替えるようになっていた。つまりこの偽者呼ばわりも当然宰相や魔術師にも聞こえている。ポーカーフェイスの魔術師はともかく、宰相の老人の顔は気の毒なほど引きつっていた。


「こちらの方が言ってたでしょ。王家の人間にしか入れなかったんですよ。掃除のおばちゃんはそこまで行けないの。ハンカチ持ってるでしょ。」

「いや、だったらその王様が掃除すりゃいいのに。家宝なんだろ。まったく。」


 ぶつくさ言いながらポケットから出したハンカチで握りを無造作に拭いていく。あまりにもばかばかしい流れに心配していたことが吹き飛んでしまっていたが、どうやら竜也は剣に認められているのだろう。静がかつて忍び込んだときの、敵意に満ちた気配は感じられない。


「ああっ!!」

「どうしました!?」


 安心していたところでいきなりの悲鳴にも似た竜也の声に駆け出しそうになる。


「このハンカチ、テリヤキのソースついてたんだった!!」

「いいからさっさと抜きなさい!」

「怒鳴るなよー。」


 聖剣も泣きたくなるのだろう。剣の気配が少し苛立ったように感じられた。

 竜也は少しためらってから染みがついた柄に手をかけた。たいしたことではないが油で滑りそうな気がしてぐっと力を入れて踏ん張る。大事なものなら掃除しろよなぁ、とぼやきながら、石棺に突き刺さったそれを一気に引き抜いた。いや、引き抜こうとした。


 バキッ!


「えっ!?」


 鈍い音が静寂の中に響き渡る。石につき刺さっていたその剣は、やはり相当劣化していたのだろう。刺さった根元から綺麗に折れていた。元の刀身がどれくらいあったのかはわからないが、手元には30センチ程度しか残っていない。


「げっ!!」

「けきょっ、ほげぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 どうやら見えていたらしい。意味不明の老人の奇声は、後方100メートルに待機している騎士達にもしっかり聞こえていた。


「折れちゃった。やっぱ偽物じゃん。あ、爺さん、だいじょぶ?」


 手に持った剣の残りをぶんぶん振り回しながら、竜也は不満そうに静たちの元に戻ってきた。静と涼は顔を見合わせて肩をすくめるしかない。宰相は白目をむき泡を吹いてへたり込んでいた。さすが女魔術師もポーカーフェイスを崩し、宰相と竜也、どちらに話しかけるか悩んでいるようだった。




→ 1.続く

  2.もう帰る


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