選択
「弾頭に、聖なる十字架を刻みましょう。ほら、これで神の祝福を受けた聖なる武器に早変わり♪。」
「奴の皮膚は鋼のように硬い!剣じゃ無理だ!」
「ふむ、そんな我々に神はRPG-7を与えたもうたのです。」
「ヒャッハー。逃げる奴は皆魔物だぁ!逃げない奴はよく訓練された魔物だぁ!!ホント 異世界は地獄だぜぇ!」
「か、神の名を汚すな馬鹿やろーどもーーー!」
生々しい悪夢にうなされ、ルークは最悪の寝覚めを余儀なくされた。だが、まだ、悪夢は終わらない。
そう、悪夢のような一夜が明けた。昨夜の惨劇をルークはなんと表現していいのかわからない。
仮に、もし昨夜この村にルーク達がいなかったとしたら、いや、正確には異世界から召喚された勇者様御一行がいなかったら。この村は魔物達に襲われ凄惨な末路を辿っていたことであろう。それは確かに悪夢の一夜と呼ぶにふさわしい。神に仕える使徒として、そんなことは決して容認してはならないのだ。では昨夜の戦闘は許されるのだろうか。自問したところで答えなど出てくるはずもない。
ルークは身を起こすと額に浮かぶ嫌な寝汗を袖で拭った。この部屋はルーク達パーティのお子様部屋である。住人のいない家を借りている。この村には今や空き家だらけで泊まる部屋には事欠かない。
だからというわけではないが、デルファギドの騎士達はケガをしている二人を挟み反対側の家に入っていった。その目にあるのは未知の者への脅えだろう。それ以外にも色々ありそうで、特に姫と女騎士の治療をしていたときに飛び込んできた騎士達は異様なまでに殺気立っていた。誰も何も語らず、またルークも敢えて聞こうとは思わない。聞かずとも元凶はわかるし、彼らの気持ちも無理はないと思う。
静かな寝息を立てるフィルと、よくわからない寝言を呟く竜也を起こさないようにそっと部屋を出る。部屋、といってもいくつもあるわけではない。寝室とリビングだけのシンプルな作り。もう一枚扉をくぐればもう外である。アルカイアは隣の家、ミリィとリーゼナイセはさらにその向こうの家に入っている。
ルークはそのまま村の外に向かって歩き出した。念のため剣だけは腰に下げていく。一応、涼と静が不寝番を交代でしているはずなので危険はないはずだが、腰が軽いと落ち着かないものがあるのだ。
外へと続く門に近づくと、昨夜ほどではないが鼻につく匂いが漂ってくる。篝火の下で、無用のデカブツはあぐらをかき雪月花を抱えたまま微動だにしていない。遠目からどころか近づいても、起きているのか判別がつかない。もう一人、インチキ魔術師、アル曰くペテン師、はどこから出したのか、寝袋にくるまって気持ちよさそうに寝ていた。幸せそうな寝顔を見ていると蹴り飛ばしたくなってくる。
ルークは役に立ちそうにない二人を置いて外に出た。そこには昨夜の惨状は残っていなかった。地面に染み込んだ無数の血痕と、辺りに漂う死臭を除いては。そう、たった10人程度の騎士による魔物の一方的な虐殺のしるしであった。
「神よ、我らが主神、タイクーンよ、あの戦いを主は許されるのでしょうか。」
問いかけてみてもルークに神の声は聞こえない。今までも一度たりとて聞いたことのない神の声だが、その沈黙に今は神に見放されたのではないかと不安になってくる。ルークは膝をつき神への祈りを始めた。それはひたすら罰を恐れる罪人のような面持ちであった。
「可哀想に。」
無用のデカブツ、こと涼の一言は、ルークの同情ではなく静への非難の意味合いが強い。
「昔っからぼーさんとは相性が悪いんですよねぇ。こちらが友好的なつもりでも一方的に嫌われたり、あるいは逆だったり。性格的に合わないんでしょうね。」
へたれ魔術師は寝返りを打ちながらぐっと伸びをした。思えば一昨日はろくに寝ていないので、寝袋といえどゆっくり横になる快楽は至福の時であった。交代で、という約束のはずだったが、ほとんど涼一人が起きていた。
「あの子は必死だというのにな。」
静につられたのか、涼も座ったまま背筋を伸ばす。こちらは一晩中起きていたが余力もあるし機嫌も上々である。
蓄積した疲労からデルファギドの騎士達の全てが深い眠りに落ち、竜也達一行も似たり寄ったりの夜。一時間置きに休憩も兼ねてけが人の様子を見に行くが、それ以外はたっぷりと疎かになっていた剣の修行をすることが出来たのである。当然疲労はあるが、それは竜也や静の面倒を見る気苦労とは全く違うもので、満足感に満ちていた。
「だからカワイガッテるんじゃないですか。」
「まだ苛める気か。」
「人聞き悪いなぁ。」
そういってニッと笑った笑顔は、もちろん悪魔の微笑みであった。
同じ頃、もう一人悪夢にうなされている者がいた。恐怖と嫌悪、そして悲しみに、悪夢からの目覚めることもできず苛まされ続けている。夢の中のミリィは、昨日村で見た光景の中を彷徨っていた。
村に着いた時、ミリィ達は出迎えた村人に教会へと案内された。この村には病院もなければ医者もいない。そして教会にいる神父も正式な者ではなかった。それはつまり治癒魔法の使い手もいないことを意味する。
「これはまた奇縁とも言うべきか。ここでまた御主の顔を見ることになるとは思わなんだ。いや、あるいは必然とも言うべきか。」
神父は農作業のせいか日に焼け、体躯は栄養の状態がそれほどよくないのか痩せ気味であった。疲労の色が濃いものの、神父にはまだ病気の感染は見られない。神父はトルーナに連れられてやってきた3人を皮肉混じりの視線で迎えた。
「私も、まさかここに貴方がいるとは思ってもいませんでした。お久しぶり、と言った方がよろしいのでしょうか、カリーグン卿。」
「お、お知り合いで?」
トルーナが不安げに二人の顔を見比べる。ミリィも友好的には思えない気配に、リーゼナイセの手をぎゅっと握った。それに気付いたのか、いくらかリーゼナイセの気配が和らぐ。
「カリーグン……カリーグン・ドゥーブ・ハーン子爵か。そう言われてみればそういう気がしないでも……ない、のか?」
アルカイアの記憶の中にあるその貴族は、厳格な性格に反しやたらと恰幅のよい風体であった。国王の享楽や先代青龍騎の博打を諫めてはあしらわれ、その度に自棄食いをして肥え太っていた。
「これはこれは、リヒトフォーン家のアル坊やか。見違えたのぉ。最後にあったときはまだおしめも取れていない子供だったが。ほう、その剣……」
坊や呼ばわりされむっとしたアルカイアだが、実際子供の頃に出会っている老貴族に対しては強く出られない。ただし、最後にあったのは10年前で、その時アルは13才。おしめなどとっくに取れている。
「3年前から私が青龍騎を継いでおります。」
「そうか。氷の魔女だけではなく青龍まで来たとなれば、つまりは時間が来たということか。」
「いいえ。私たちは村人の治療のためにここへ来ました。まずは皆の病状を見させていただきます。」
「なんと!」
リーゼナイセの言葉を聞いてカリーグンは目を丸くした。彼女の口から治療という言葉が出たことが余程意外だったらしい。
タイムリミット。それは、流行病に冒された村などに対して採られる政策のことを指している。つまり、隔離し、焼き払うのである。カリーグンはこの村の周囲を軍が取り囲み、火を放つ準備をしていると思ったのだ。某正義の軍隊ならナパーム一発で終了、というところか。
実際、もうしばらくすれば、それは現実のものとなるだろう。あるいはすでに焼き払われていてもおかしくない。だからトルーナはここへ来るのを急いでいたのだ。ちなみにそうならなかったのは、竜也達の召喚、接待、そして逃走騒ぎでこんな辺境まで手が回らなかったという事情がある。
「そういうことなら看てもらおうか。トルーナ、案内してあげなさい。」
「はい。では皆さん、こちらへ。」
この村では礼拝堂が一番大きな建物である。その外に、普段は中に整然と並んでいるであろう長椅子が雨ざらしのまま放り出されている。カリーグンはついてこなかった。
「あの、あの方は……」
「ハーン家は10年前、国王の不興を買い家を取りつぶされた貴族でな。」
その説明に4人の視線が複雑に絡み合う。一瞬の沈黙の後、アルはそれを振り払うように説明を続けた。
「まあ不興と言っても正論が多かったこともあって、温情で処罰は国外追放に止まったはずだ。それがこんなとこにいるとは思ってもみなかったが。」
「その時ハーン家の私兵を排除したのが私のこの国での最初の仕事でした。」
「あっ、」
それでやっと先ほどの友好的とは言い難い雰囲気の説明がついた。カリーグンにしてみれば、忘れかけていた悪夢に足首を掴まれた思いだったろう。
友好国であるはずのデルファギドへの政策転換に異を唱えたカリーグン。デルファギドからの抗議の使者を接待していた彼の元へ来た彼女は、無言のまま私兵を消し炭にしていったのだという。
「まあ過去のことはとりあえず後回しだ。今はとにかく時間がない。片づけられることから片づけんとな。」
それが本音か、気を使ってのセリフかは定かではないが、アルの言うことはもっともであった。
「こちらです。」
トルーナに案内され手足を踏み入れたミリィが見たものは、一瞬ゾンビの巣窟かと見まごう光景であった。所狭しと横たわる村人の群れは、そのどれもが身体を病魔に蝕まれ、盛り上がるシーツの形をいびつにさせている。礼拝堂というイメージからくる荘厳で清廉な空気は一切無い。ただひたすらに鼻につく腐敗臭だけが満ちていた。
多少は予想していた光景である。だが、その質も量も、ミリィの予想など遙かに越えていた。中にはどう考えても生きていられるはずがないほどに身体が崩れているにもかかわらず、その意識だけが正常なまま生き続けている患者もいる。死なない、ではなく、死ねない、という苦しみに、正気を失っている者もいた。
ミリィが顔を青くしている横で、リーゼナイセが一言だけ呟いた。
「手遅れね。」
「そんな、」
ミリィが何か言おうとした瞬間、礼拝堂は巨大な火葬場と化した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げながら跳ね起きたミリィの目に赤い光が飛び込んでくる。炎の揺らめきにミリィの顔がひきつり、言葉すら発せられなくなる。ミリィの額に当てられた手の感触がなければ、それが暖炉の炎だと気付くのに大分時間を要しただろう。
「熱は、無いようですね。」
いつから起きていたのか、リーゼナイセがミリィの額に手を当てていた。無表情に、ただ熱を計っただけである。しかし冷たい手の感触はミリィの心を落ち着かせてくれていた。
「リーゼナイセ様……」
夢だと知り安堵し、そして次の瞬間、言い様のない後ろめたさに目を反らす。夢の中とはいえ、ミリィはリーゼナイセのことを大量虐殺者として見ていたと思ったのだ。
「あの、患者さんは、えっと、」
寝起きのせいか記憶がはっきりとしない。リアルすぎる夢もミリィの混乱を助長していた。どこまでが現実のトレースでどこから夢だったのかがはっきりしないのだ。それどころか今も夢の中なのかとも判断がつかない。
「村人?それともデルファギドの?」
その言葉を聞いて頭がはっきりとしてくる。
衝撃的な瞬間を目の当たりにし、ミリィは一瞬気が遠くなりかけた。だが、その光景に近いものを以前見ていたおかげで多少の耐性はついていたらしい。
手紙でのやりとりしかしていなかったトルーナは、この惨状を見て膝をつき泣き出してしまっている。そしてすがるようにリーゼナイセを見上げた。その視線を受けたリーゼナイセは、小箱から二つの小瓶を取り出す。見習いのミリィには、この病気の詳細な治療法まではわからない。だが、一つの小瓶に書かれた薬品名だけは見て取れた。
「リ、リーゼ様……」
薬学でまず最初に教えられた、扱いに注意しなければいけない薬品。その中でも致死性のもので特に効果が高いものがそれである。比較的苦しまずに済むため、貴族階級の人間が自害するときにも使用される。その意味でこれも高価な薬には違いない。
「どちらを使いますか?」
リーゼナイセは小瓶を見比べてからトルーナに聞いた。リーゼナイセに任せる、とは言われたが、これはあくまでトルーナの依頼である。依頼主の意向を無視するわけには行かない。そう自分に言い聞かせる。
「リーゼナイセ様に、お任せします……」
再びうつむいたトルーナは、絞り出すようにそれだけを言った。後は細かく肩を震わせ、時折嗚咽を漏らしている。それを見てリーゼナイセはトルーナも自分と同じだということに気付いた。ただ自分で死刑執行のサインを出したくないだけで、何がベストなのかはわかっているのだ。もちろん、今のリーゼナイセにトルーナを責める気はない。
「わからんな。」
アルはそんなトルーナを見てぼそっと呟いた。
「結果が変わらぬのなら、わざわざお前が来ることもなかっただろう。少し待てば軍が来て後始末をしてくれる。いや、ここで病を治したとて結果はかわらんだろうな。」
アルは当然リーゼナイセが致死毒を選ぶものだと思っている。仮にこの状態から病が治ったとしても、今の村人達が宿場町や国境沿いの砦支援としての機能を維持することは不可能である。その場合、国はどう判断するか。アルやリーゼには考えずともわかる。病原の殲滅を理由に村を焼き捨て、新たな入植者を連れてくるのだ。
それに、ほとんどの者は薬を使うこともできないほどに病が進行している。通常なら死んでいてもおかしくないほどの肉体の欠損だが、呪詛であるがゆえに生きながらえているのである。逆に言えば、病が治れば呪詛も消え、後は自然の摂理に従いそのまま死亡、ということになる。リーゼナイセの見立てでは6割方がそのケースだろう。
「私の思うとおりにしてよろしいのですね。」
トルーナが、もう一度小さく頷くと、リーゼナイセは小箱からアンプルを取り出した。聖水をベースにした解呪用のポーション。これを水で薄め急速培養し村人分の薬を作ることになる。リーゼナイセはそれをじっと眺めていたが、意を決したようにミリィに手渡した。
「リーゼ様、これは、じゃあ、」
受け取った薬ビンのラベルを見たミリィの顔に喜色が浮かぶ。
「勘違いしないで。まずは進行を止めるだけです。それと健常者への感染予防と空気の浄化。やることは多いのです。最終的な判断は少し待ちましょう。」
「いいのか?フィル様にお見せするには刺激が強すぎると思うが。」
「焼き払ったこの村を見せろと?」
「ま、好きにするがいいさ。俺にはやることがあるからな。」
そう言ってアルカイアは村の入り口へと戻っていった。看病をしているごくわずかな無事な村人とトルーナも、アルカイアに引き連れられていった。皆病人を置いていくことに躊躇いがあったようだが、「お前らがいても役に立たん。」とひと睨みされすごすごとついて行かざるをえなかったのだ。身も蓋もない言い方といい高圧的な態度といい、そう簡単には貴族であったときの癖は抜けないのだろう。
その後ミリィはリーゼナイセの指示のもとでいくつかの家と教会の浄化を行い、村人に病の進行を抑える程度に効果を薄めた薬を飲ませ、それと同時に担ぎ込まれたデルファギドの連中の看病をしたのである。やることが次々と重なりしかも累積していったため、あまり頭を働かせる暇もなく、嫌悪感を押し殺して手を動かし続けていた。悪夢はその疲れから来る反動かもしれない。
昨日は戦闘も治療も忙しかったため、ミリィ達治療組とフィル達迎撃組は別れてからお互いの領分にはほとんど触れていない。フィル達が今の村人達を見てどれほど胸を痛めるか。それを考えただけでも心が沈んでいくのに、治療出来ないことを伝えるなどどうして出来ようか。
「リーゼ様。あ、ありがとうございます。」
リーゼナイセが氷の浮かんだ水を手渡した。水差しにそんなものはなく、当然冷蔵庫もない。リーゼナイセが今出来るささやかな魔法であった。氷を作る魔法ではなく、敵を凍りづけにする魔法を使ってやっとこの効果なのである。身体の再生が終わりつつあるために試してみたのだが、逆に失望するだけの結果になったのだ。
「なんですか?」
「村の人たち、何とかならないのですか?」
すがるような目で見られてもリーゼナイセにはどうすることもできない。彼女の十八番はあくまで破壊である。空間の浄化、といえば聞こえはいいが、毒素中和用のポーションを空間に散布するという、純魔術的な方法である。結果は同じでも、神の奇跡とは根本的に違うのだ。
「私には出来ません。手はないわけではありませんが……」
「えっ!?」
昨日、何度か似たようなやりとりがあったものの、その答えはあくまでノーであった。そこで終わると思っていた会話が、今朝になっていきなり続きだした。竜也なら、どこかでフラグが立ったんだ、等と言っていただろう。
「理屈は簡単です。解呪と同時に肉体の再生を行えばよいのですから。」
「じゃあ、あ……」
一瞬輝いたミリィの顔がすぐに暗くなる。
魔法の魔の字も知らない村人にリーゼナイセと同じことをしろと言うのか。もちろん不可能である。あるいは欠損した肉体の修復を見習い神官戦士にさせるのか。それも当然不可である。残るはそれを可能とする人物をここに連れてくることだが、それが出来るのならばトルーナもわざわざ盗賊ギルドに話を持ち込んだりなどはしないだろう。
つまりは現状の条件では八方塞がりと言える。
日が昇るまではまだ少し時間がある。だが、ミリィはもう一度床につく気にはなれなかった。




