救出
キンッ!
強固な外皮が剣を弾く。これでもう何度目になるかわからない打ち込みに絶望感が募っていく。
ここまで来ればあと少しで街道の宿場町に辿り着く。辺境の寂れた村だが、政治的な理由から結界自体は強固なはず。あとわずか。だがそのわずかの距離が果てしなく遠い。
そして村が近づいた証拠に道幅が少しずつ広くなってきている。ならされた足場は騎士達にはありがたいが、これ以上道が広くなると取り囲まれる可能性が高くなる。ここで凌ぐか、それとも一気に突き放すか。だがどちらも望みは薄い。
だとすれば取るべき道は一つ。犠牲無くして何かを為すことは出来ないのだ。問題は、その犠牲に誰がなるか、である。非戦闘員は三人。最悪その中で護らねばならぬのは一人だけ。現存する騎士は六人。三人いれば少なくとも村に駆け込むまで追いつかれないだけの距離は稼げるだろう。
誰が残るか。一つ言えるのは、絶対に残らないであろう人間が命令権を持っている、ということである。
ウォォォォン!
不気味なうなり声が近づいてくる。土地柄、魔獣討伐にも慣れているデルファギドの騎士達が全く聞いたことのない声が二つ。しかもそれはだんだん近づいてくる。山間に乱反射し方向はわからないが、おそらく魔物達の仲間だろう。だとすればいつまでもここで手間取っているわけにはいかない。
「やむをえん。このままでは埒があかない。」
その命令権を持っている騎士が表面上苦渋の選択を強いられているかのような顔で呟いた。呟きにしては、誰にでも聞こえるほどの大きさであったが。
「三人がここに残り時間を稼ぐ。その間にあとの者で姫様を安全な場所までお連れする。これしかあるまい。」
ああそうだろうよ、と騎士達の誰もが思ったことだろう。それを言った当の本人は、姫の傍らでまだ一度も剣を振らずにここまで来たのだ。
「しかしそれでは残った者は、」
「姫、ご心配なさらずに。彼らとてデルファギド王国騎士団の精鋭。そう易々とやられたりはしません。」
「ライド、フィッツ、私と共に残れ!隊長は早く姫を!」
隊長格の騎士の声を遮るかのように、矢面で剣を振るっていた騎士が叫んだ。居並ぶ騎士達の中では小柄なその騎士は、兜で顔を隠しているが声の感じから女騎士だとわかる。呼ばれた二人は残った中でも傷が少なく体格がいい。道を塞ぐ壁としては最適と言える。本当ならフルプレートアーマーでもあればいいのだが、逃亡生活のため簡易鎧とシールドしかない。殿を務める装備ではなかった。
「了解。」
「うい。お供しましょ。」
二人は一瞬顔を見合わせると、後退をやめその場に足を止めた。女に命令されることの不快感は全く見られない。それを裏付けるかのように、彼女の剣技は体格差を補って余りある切れを見せている。三人が並べば道幅を十分にカバー出来る。あとはどれだけ時間を稼げるかの問題になる。
「シルビア……」
「後で必ず追いつきます。」
「どうか御武運を。」
「さあ、早く!私が先の安全を確保します!!」
そう言って男は真っ先に後方へと駆け出す。物は言い様で、確かに先導も重要である。見通しの悪い山道で、行く手には村だけでなく悪名高い死の草原もある。だが現状では、残った三人が抑えきれなかった魔物が追いかけてくる確率の方が遙かに高い。
「俺らはあんなのの盾になるんかね。」
「言うな。」
フィッツのぼやきをシルビアが諫めた。だが、その時になって先ほどの奇妙なうなり声が前方ではなく後方から聞こえてきたことに気付く。しかもすぐそこまで来てやっと反響の影響抜きでわかったのだ。
「隊長、後ろ!」
「何!?」
キキキキキーーーーーー!!ドン!
鈍い音がして隊長の身体が跳ね飛ばされた。幸い衝突時にはほぼスピードが殺されていたので、壁にぶつかって転げた程度の衝撃だろう。
「おのれ、新手かぁ!!」
護衛側の騎士が黒光りする魔獣に斬りかかる。
「のわーーーー、やってしまったぁぁぁぁぁ!!」
魔獣、というかランエボなのだが、の側面が開き静が飛び出してきた。それを見て驚愕に騎士の剣が止まる。
キキキー、バタン。
さらに竜也のパジェロも追いつき竜也達も飛び出てくる。
「ひーちゃったひーちゃった。お巡りさんにゆーてやろー。とか言ってる場合じゃないよ静!!」
「魔、魔物の中から、ひ、人?」
「コルネア、一匹行った!!」
「えっ!きゃあ!」
突然の乱入者に気を取られたのだろう。魔物の一匹が崖を駆け上るようにシルビア達の壁を突破し逃げ損ねた一行に襲いかかった。コルネアと呼ばれた女騎士は迎撃が間に合わないと判断し自身の身体を魔物と姫の間に割り込ませる。だが魔物は空中で犬のような身体をくねらせ、盾と剣の隙間からコルネアの右肩口にかじりつく。同時に奇妙な曲がり方で鞭のような腕がコルネアの後ろにいる姫を切り裂く。一瞬の判断でコルネアが身体ごと魔物の体勢を崩したため致命傷はさけられたが。
「姫、コルネア!」
「いやーーーーー!」
侍女の悲鳴がシルビアの声をも打ち消す。
魔物の爪は姫の首を跳ね飛ばす勢いだった。コルネアのおかげで軌道がそれたものの、戦闘に慣れない姫君ではかわすことは出来なかった。爪は彼女の背中に深い傷跡を刻んでいた。
魔物はさらに返す刀でコルネアにとどめを刺そうとする。振り払おうにも、最初の一撃で鎖骨を砕かれたため剣を握ることすらままならない。もつれ合うように倒れ込んだ彼女は、自分に振り下ろされる魔物の牙を他人事のように眺めていた。
ギャウン!
コルネアは顔に降りかかる生温かい液体の感触に、自分の喉笛を噛み切られたかと思った。だが肩の痛みが、逆にそれ以外の場所が無事であることを自覚させる。
はっとして目を凝らすと、自分を庇うように少年が剣を構えている。先ほどの魔物は顎から上を切断され息絶えていた。魔物の身のこなしを考えれば恐るべき技量と言えよう。結果だけを見れば。
実際は斬ったフィル自身が一番驚いていたりする。フィルは思い切り振り抜いた剣を魔物がかわすことで、何とか倒れている女性から離すことが出来れば、と思っていた。それがあっけなく、しかも柔らかい粘土を斬るかのように振り抜けてしまったのだ。
それだけを確認すると、彼女は軽くうめいて気を失った
よく目を凝らして見れば、魔物の両目には針の穴のように小さな傷があることがわかるかもしれない。限界まで収束させたルーンアローと、気を入れて鋼のようになった涼の髪の毛の仕業である。姫の怪我に気を取られていた騎士達にはそれを判別することは出来なかった。
「竜也、ケガ人をパジェロで先に運んで。ルークと涼は止血、応急処置。フィルは僕とあの三人でエボで後から。」
「貴様ら、何者だ!?」
「通りすがりの冒険者ですよ。助けてあげるんだからとやかく言わず乗りなさい!それともここで仲良く魔物の餌になりますか?」
言いながら静は竜也と二人で転がっている騎士達の隊長をパジェロのトランクに放り込んだ。乗り心地は最悪だろうが死ぬよりはマシだろう。騎士達も胡散臭さより姫の命を優先することに決めた。このままでは失血死は免れない。地獄で仏、というよりは、溺れる者の掴む藁、と言ったほうがいいだろう。
「静、だいじょぶ?」
トランクルームに男の騎士を、助手席に無理矢理侍女二人を座らせ、怪我をした姫と女騎士を抱きかかえるようにルークと涼が後部座席におさまる。体格差からいってティアリシア姫をルークに抱えさせたのだが、その状況に早くもパニックに陥っている。
「もーまんたい。こんな事もあろうかとパジェロのトランクには、とある筋から巻き上げたものの処理に困って入れっぱなしになっていたブツがあったりします。」
そう言ってトランクの床をひっぺがすと、二重底から艶を消すように仕上げられたウージーサブマシンガンを取り出した。
「わぁお!」
「こ、こら!貴様はなんてものを!」
「非常時ですからね。多少の主義主張は曲げましょ。僕だってこんなの好きじゃないんですから。」
「おけおけ。俺的には全く問題ナッシング!じゃあ先に行くよ。村の非常線までちゃんと逃げて来るんだからね!」
そう言って竜也は数回切り返して道を降りていった。パジェロを先に行かせた理由の一つがそれである。この狭い場所で何とか向きを変えられるスペースは確保してあるが、それでもUターンには時間がかかる。それにガードレールもない未舗装のダウンヒル。けが人も乗せているし、当然速度は上げられない。それも先に行かせた理由の一つである。
「お前達も先に行け!ここは我々三人でくい止める!」
小声で懐から取り出した小さな水晶球に話しかけていた静に、シルビアが振り返りもせずに言った。後方を気にする必要が無くなったため、騎士達の剣が本来の動きを取り戻している。
「そう言われましてもねぇ。ここで堤防決壊が起きると先に行った竜也達に追いつかれる可能性もありますんで、もうしばらくここにいます。」
「くっ、勝手にしろ!」
「はい、勝手にします。」
状況が状況じゃなかったら絶対に斬られていただろうとフィルは思った。王宮で王太子と謁見した時もそうだが、隣にいるととても居心地が悪い。だがそれがまた楽しいとも思えるのだから始末が悪い。
「フィル君、あの3人の間を抜けてきた敵をくいとめますよ。」
「は、はい!」
「そんなに緊張しないで。一気に大量に来ることはありませんから。」
剣を構え肩に力を入れすぎたフィルを見て、静は邪気無しの笑顔を浮かべた。ウージーを肩に下げフィルの頭をポン、と撫でると、まるでタクトを振るように手を振りはじめた。腕の一振りごとに閃光が走る。ルーンアローと呼ばれる初級の魔法であることはフィルにも見て取れた。左手が無く、魔力のほとんどをリーゼナイセに送り続けている静にはこのレベルの呪文が精一杯だということはわかる。しかし、見るからに屈強なモンスター相手ではあまりに破壊力が足りないのではないか。フィルだけでなく3人の騎士達も同様に思ったのだろう。フィッツと呼ばれた軽い感じのする騎士などはあからさまに舌打ちをしている。
「すみませんねぇ。余りお力になれなくて。何せ僕非力でして。おまけにほら、見ての通り左手と魔力をレンタル中なんでこんな事しかできないんですよ。」
「うるせえ!てめえはいいから黙ってろ!」
フィッツに怒鳴られ、静はフィルと目を合わせて肩をすくめた。その瞬間、気を取られたフィッツの横を一匹すり抜ける。
「しまっ、」
さらにもう一匹抜かれかけたところに威力はないがルーンアローが大量に降り注ぎ魔物の足を止める。おかげでライドのフォローが間に合い、結果的には静の言うとおり、フィルは1匹を相手にするだけですんだ。
偶然か?と3人は疑った。
だがそうでないことを彼らはすぐに悟ることになる。静のルーンアローは彼らの連携の隙を埋めるかのよう的確に放たれる。それだけではなく、個々の細かいミスや対処しきれない攻撃をことごとく潰してくれているのだ。それらは決して剣の邪魔にはならず、むしろもう1本の剣を操っているかのような錯覚を覚える。
デルファギドは騎士の国である。建国間もなく魔術師ギルドとの繋がりが薄いこともあるが、最前線に立ち続けてきた彼らの気質が剣を好んだということだろう。よって宮廷の魔術師達は肩身の狭い思いをし、また騎士達も彼らに蔑みに似た感情を抱いていた。
「魔術師、か。少し、認識を変えないといけないかしら。」
「はん、どうだか。」
シルビアの言葉は面白くないのだが、これだけ剣士の呼吸に合わせたフォローをされると認めざるをえない。実際、狙ったように格下の敵のみを通過させたらしく、フィルは静の助けもあり3匹を仕留めている。
「そういえば残念でしたね。上手く助けに入って逆玉の輿計画だったんですが、助けたのが年上の護衛の騎士さんじゃ釣り合いとれませんもんねぇ。幾ら姉さん女房はいいもんだ、と言ってもちょーっと離れ過ぎですよね。ははは。」
「せ、静兄様……」
「前言撤回!」
何故か今は味方であるはずの騎士から来る殺気にフィルが泣きそうになる。ちなみにシルビアは怪我をしたコルネアと同い年であったりする。
そのコルネアは、ティアリシア姫と共に危険な状態にあった。
「うえー。血の匂いがきっついよー。」
「それくらい我慢しろ。」
慣れない運転で、しかも揺らさないよう気を付けながら走り続けているため結構疲労が激しい。そして車内に充満する血の匂いが、ヘビースモーカーである静の両親の車内臭と相まって竜也の嗅覚をとことん刺激してくれるのだ。
「こらあかんよ。着くまでにこっちが酔いそうだ。」
「酔ってもいいからハンドルだけは放すな。」
「うみゅー、りょーちんの鬼ぃー」
とはいえ、ハンドルを放せば車酔いどころか三途の川で船酔いになってしまう。魔物の一群はもうバックミラーから消えている。窓を開けてついでにサンルーフも開放し空気を入れることで多少なりとも空気を入れ換える。開けた瞬間に何か飛び込んでくる、というのがお約束なのだが、幸い取りつかれる前に発進できていたらしい。安堵しながらもちょっと残念な竜也であった。
「で、どうにかなりそう?」
「止血はした。だが傷が深いので無理は出来んな。ルークが魔法でどうにかしようとしているが、どうにも効果が薄いようだ。」
「やっぱホイミじゃダメか。ベホマか、せめてベホイミクラスじゃないとねぇ。」
後部座席の修羅場に遠慮し、カーステレオの音量を少し落とさざるをえなかった。
「さってと、10分か。」
フィルの疲労も溜まってきた。ここらで一息入れた方がいい頃合いである。もちろん、のんびり昼寝などは出来る状況ではない。
「さ、もうそろそろ向こうも準備いいころです。皆さーん、撤退しますよ~。」
そう言って静は懐からサングラスと耳栓を出してフィルに渡した。予め聞いていたフィルはそれをして車のドアを開けに下がる。車はずっとアイドリング状態のままだからいつでも発進できる。
「それが出来ないからここでこうしているんだろうがよ!」
「それが出来るからしましょうって言ってるんですよ。」
静はどことなく嬉しそうにウージーを構えた。なんだかんだ言って自分でも撃ってみたかったのである。
「いいですか、僕が合図したら目の前の敵を突き放してあの後ろの馬車に乗り込んで下さい。」
「そんなことしたら、」
背中から斬られる、という反論を静のカウントダウンが遮った。
「3、2、1、走れ!」
と言ったら走るんだよ、などと言ってみたくなる衝動を必死に抑える。これが初対面の騎士ではなく涼あたりだったら間違いなく言っていただろう。そして当然のごとく殴られていたはず。
しかしまあ今回は余り冗談を言うことの出来る状況ではないので、ウージーの試し撃ちだけで我慢することにする。
「さあ、当たると痛いですよ。」
銃声が魔物の雄叫びを喰らいつくした。一斉射で瞬く間に深紅の華が咲き誇る。その雷鳴にも似た轟音に、三人の騎士ばかりか話を聞いていたフィルすらも驚愕に目を見開いていた。立ち上る硝煙の匂いは未知の攻撃と相まって恐れ知らずの魔物達をも怯ませる。その隙に静は胸にぶら下げていたスタングレネードのピンを引き抜いた。
「さ、よい夢を~♪」
カラン……
怯んでいるフィッツ達の尻をけっ飛ばし後部座席に押し込み、自分は座席に飛び乗ると共にすぐに車を発進させる。
「う、馬も無しに走るのか?後ろ向きだぞ、おい!」
「馬の要らない馬車だから車なんですよ。」
一瞬のホイルスピンからバックのままスピードに乗りはじめたところでスタングレネードが炸裂した。
「な、なんだぁ!?」
締め切っていても轟音と振動が伝わってくる。屋外ということもあって衝撃はすぐに拡散してしまい、特に魔物どもには効果が薄いかもしれない。
「フィル!」
合図をするとフィルは耳栓を取りシフトレバーとサイドブレーキに手を置く。
「サイド……戻して、2速!」
バックのまま恐ろしい勢いで発進したエボだが、そのままではどうしてもスピードは上げられない。静は安全マージンの多い区間で強制的に180度スピンさせ向きを変えた。
バックのギヤ比は1速から2速程度。その封印を解かれ車は一気に100キロ近い速度域に達する。バックミラーに映る三人の顔がなかなか面白い。しかし、彼らの格好を見てすぐにブルーな気分になる。体中傷だらけ、返り血だらけ。しかもよくよく考えてみると、パジェロにいたっては大量の流血で血溜まりが出来ているだろう。この車がどの時系列から呼び出されたものかは知らないが、向こうの世界で再会したときのことを考えると頭が痛い。ある朝車のドアを開けたら後部座席に血がべっとり、という話は夏場の怪談だけにして欲しい。
「確かに、これなら姫様もすでに村へ着いているでしょうね。」
激しい揺れと横Gだが、3人とも十分に鍛えられているだけあってすぐにゲーゲー言い出すことはなさそうである。
「それで、あなた達はいったい何者?それに目的は?」
この世界で自動車を乗り回すだけでも十二分に怪しい。それに加えて逆玉などと口走ればそれは疑われても仕方あるまい。
「僕らの仕事はこの先の村の住人の護衛。あなた達を助けたんじゃなく、はた迷惑な魔物の御一行様を処理しに来たんですよ。ということで納得しておいてもらえます?」
嘘は言っていない。トルーナを村に送り届けた時点で依頼はクリアである。だからこれはアフターサービスの域になる。しかし万全のアフターサービスは神谷探偵事務所のモットーである。お婿さんな静の父やバイト扱いな静も、そこら辺はしっかりと守っている。その静にとって、送り届けた瞬間村が全滅、では帰ってから所長でもあるお爺さんにあわせる顔がないのだ。
これが普通の馬車で、余計なことを言わず、現れたのも年相応の冒険者なら、まず間違いなく信じてもらえただろう。だが残念なことに今回そのどれも満たしていない。
「さーて、どこからどこまで話したもんでしょうねぇ?」
「僕に聞かないで下さいよ……。」
この場合の焦点は、どこまで話すのが一番面白いだろう、ということに尽きるのだ。
その頃竜也達はちょうど村へと辿り着いていた。
「遅い!」
村の入り口ではアルカイアが門番よろしく仁王立ちしていた。どう考えても新入りの衛兵のような仕事をさせられてご立腹の様子。
「ごめんね。ちょっと手違いがあってさ。リーゼさんは?」
「貴、貴様は、青龍騎!おのれ、やはり罠か!」
アルカイアの顔を見て唯一意識のある男の騎士が剣に手をかける。その反応は予測済みなのだろう。アルカイアはつまらなそうに一瞥しただけで全く相手にする気配はない。
「あの女は教会で薬の処方だ。ガキも一緒だ。病人は全部そこに集められているらしい。といっても、正常な者を数える方が早いがな。で、あのペテン師はどうした?」
剣も抜かず腕組みしたままのアルカイアに、騎士は戸惑い斬りかかることが出来ずにいた。
アルカイアはもう竜也をレインドルの転生として扱うことを止めていた。無理して繰り出していた敬語はすっかり形を潜め、静やルーク達と同列扱いになっている。竜也も年上に敬語で話しかけられても嬉しくないので、その変化は大歓迎であった。
「んとね、ちょっと手違いでけが人続出でね。んで俺らだけ先に帰ってきたんだよ。」
「何!フィル様は無事だろうな!?」
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。フィルなら静と一緒に残って足止めしてるよ。」
「も、もっと悪いわ!!」
「貴様らいい加減に無視するな!!」
「あ、ごめ。」
「そういえばいたな。」
「この、馬鹿にしやがって!!」
戦闘続きで気が高ぶっていたせいか。騎士は状況も考えず感情の赴くままにアルカイアに斬りかかった。端で見ていた涼に言わせれば、過失は5対5だ、となるが。
列国最強のデルファギド騎士も、疲労と、慣れない車でのダウンヒルで足腰が弱っていた。そんな騎士の剣など青龍騎の敵ではない。数合下がりながらかわし、袈裟に斬りかかってきた剣を一転前に出ながらかわす。入り身から振り向きながら、振り下ろされた剣が返るよりも速く上から左手で押さえ、
「む?」
結局そこから先が思い出せず空いていた右手で顔面を殴りつけた。
「おしい!」
「入り身が甘い。後半歩入らねば相手は崩せない。が、一度の見取りで覚えたのなら筋がいいな。」
もんどりうつ騎士の剣を手の届かないところへけっ飛ばし、アルカイアは車の中を覗き込んだ。
「こいつは確か第一騎士団の何とかいう女騎士か。ん?するとその女が王女か。重傷だな。」
「あ、アルカイア様!!あだっ!」
失血で青ざめた姫よりさらに青い顔で取り乱すルークに、アルと竜也が揃ってデコピンをかました。
「とりあえずここでは治療も出来ん。リーゼが腐敗病の病原を浄化した小屋がある。そこに連れていき休ませるんだな。おい、そこの。気絶するほどは殴ってないだろう。さっさと起きあがれ。それともここに二人の墓を作るか?」
「リーゼ?まさか、氷の魔女か!」
「ひっ、」
騎士の叫んだ名を聞いて二人の侍女が悲鳴を上げた。リーゼナイセの名は恐怖の代名詞として轟いているらしい。再び斬りかかろうとする騎士だったが、足が震えてすぐにへたり込んでしまう。どうやら先ほどの一撃が脳を見事に揺さぶり脳震盪を起こさせたようである。
だがいちいちそんなことにかまってもいられない。姫をアルカイアが、コルネアを涼が抱え、侍女とルークを従えすたすたと歩き出す。残った竜也はここで迎撃の準備と騎士への説明をすることになった。
「むう、よく考えるとそれが一番厄介なんじゃないかな?」
トランクルームに埋もれているもう一人の騎士のことはさっぱり忘れられていた。
「とうちゃーく!!」
「おつ~。」
ずさささささーっ、と直ドリから急停止するエボから軽い足取りで静とフィルが降りてくる。後ろの3人はドアを開けるのに手間取って遅れて出てきた。
「早かったねぇ。」
竜也はパジェロのトランクから恍惚とした表情で銃火器を出している。その横で騎士は何とか足を動かそうともがいていた。
「シルビア!フィッツとライドも、無事だったのか!」
「クルール、姫様はどうした?」
「青龍騎が待ち伏せしていて、面目ない、連れて行かれた!」
「何!」
「貴様、やはりモーリスの手の者か!」
「竜也君……」
3人の騎士が剣を抜いて静を取り囲んだ。静はジト目で竜也を見たが、あまり反省しているようには見えない。
「あはははははは。説明しようと思ったんだけどぉ、ほら、静の方がいいと思って。」
静はため息を一つついて手を上げた。フィルが一緒にいるので刺激できないのだ。
「後で話す、と言ったな。もうこれ以上引き延ばせるとは思わないでもらおう。」
「何をしてるんだ、貴様ら?」
にらみ合いの沈黙を破ったのは青龍騎ことアルカイアであった。正確には元、であるが。
「青龍騎、貴様、姫をどうした!」
剣を静に突きつけたまま激しく詰問する。その切っ先がちくりと静の喉に刺さり、一筋の血が流れ落ちる。言わなければこの男を殺す、という無言の脅しである。その脅しが全く無意味であるとはデルファギドの騎士達にはわからないだろう。
「どうしたもこうしたも、そこのガキに言っただろう。とりあえず安静にして治療している。シルビア、いつぞやのお返しじゃないが、もう少し頭を冷やした方がいいぞ。」
「アル、知り合いなの?」
フィルの問いにアルカイアは苦笑した。直接剣を向けられてはいないとはいえ3人のデルファギド騎士に囲まれているのである。肝が据わっていると言えよう。
「知り合いというか……何度か戦場で剣を合わせたことがあります。」
「何度もあしらわれた、の間違いだったりして。」
「おい、脅しのつもりならその剣さっさと突き立ててもかまわんぞ。俺が許す。」
静と、静の言葉に笑ったフィッツを睨んだが、それ以上かまう気はなくしたらしい。アルカイアは淡々と迎撃の準備を始める。弓の弦の張り具合を見るアルカイアに、竜也が嬉々としてサブマシンガンの撃ち方をレクチャーする。それがどんなものかわからないアルカイアは、コンパクトなウージーの感触に顔を曇らせている。
シルビア達はあまりに平然としたその態度に、剣を降ろすことも引くこともできずにいた。フィルや静はそんな彼女たちの表情を見て楽しんでいる。
「おい、お前らが連れ込んだ面倒の尻拭いを我々だけにさせるのが貴様らの騎士道か?そんな道化にかまってないで、迎撃の準備を手伝うなり貴様らの主君の様子を見にいくなりしたらどうだ?」
「な、なにぃ!」
もっともな意見だが、それを言ったのが連れ去った本人なのだから素直に従えない。結局、見かねて状況を説明したのはフィルであった。静は成り行きを面白そうに眺めていただけである。
「デルファギド騎士の方々、我々は確かにモーリスの人間です。ですが故あって今現在は国と袂を分かち、冒険者として各地を放浪する身です。ここへ来たのも依頼あってのこと。ですからあなた方を国へ突き出したりということは絶対にしません。それだけは信じていただけないでしょうか。」
ほえー、と間抜けな声で竜也が感心するほどフィルの声は落ち着いていた。王者としての威厳、というにはほど遠い。だが、確実にその誠意が伝わる響きを持っている。
「フィル……」
シルビアが記憶をたどるように呟いた。それを受けてフィッツが手をぽんと叩いた。
「ああ、廃王子か。あの侍女だかなんだかにトチ狂って生ませたっていう、」
それを聞いた瞬間、アルの顔が強張った。そしてその手にはウージーが。最悪なことに撃ち方のレクチャーはほぼ終わっていたりする。
「馬鹿、竜也、止めて、」
「落ち着いて、ストーップ!」
慌てた二人とは裏腹に、アルはウージーを竜也に渡しブリングレードに手をかけた。騎士として動くときはやはり剣で、ということであろう。それを見たフィッツは面白そうに口の端を歪めた。騒動を好むところは静と似ているらしい。ただし、静は状況と相手を選ぶ。
「貴様、」
取り消せ、と言葉を続けようとしたアルカイアは、抜きかけた剣を途中で止めざるをえなかった。間にシルビアが入ったかと思うと、派手な音を立ててフィッツに平手打ちをお見舞いしたのである。ライドはさも当然、という顔。静と竜也は感心して拍手をしアルにもシルビアにも睨まれた。
「フィリップ様。部下の非礼お詫び申し上げます。重ねて今までの無礼をお許し下さい。」
シルビアはフィッツの頭を抑えてフィルの前で跪いた。ライドもそれに併せて剣を退き膝をつく。
「そんな、やめて下さい。今はフィルでいいですよ。」
「そうそう。もう謝る必要もありませんから。」
狼狽するフィルに軽い調子で静が続ける。
「ここでの会話は仲間の神官も聞いてましてね。もう怒って治療止めちゃったそうです。そしたら二人ともぽっくり逝っちゃったそうですよ。」
「なっ!」
「残念ですねぇ~。こういうのを口は災いの元と言うんでしょうね。状況を少し考えればわかることでしょうに。不用意な一言が取り返しのつかない事態を招く典型ですね。まあ過ぎたことは仕方ありませんよ。これからはこれを教訓に……」
大げさな身振りで演説する静を置き去りにして、三人の騎士はアルカイアから聞いた小屋へ向かって駆け出していった。残った竜也達は非難の目で静を見ている。
「冗談にしては些か度が過ぎないか?」
「剣を抜くよりはよっぽど穏便ですよ。」
ルークが、仮にここでの会話を聞いていたとしても、けが人の治療を放り出すような性格ではないことは皆知っている。だから静が冗談を言っているということはすぐにわかったのだ。
「それにしても質が悪い。」
立場的に近いものがあるのか、多少アルカイアは彼らに同情していた。そこには静に振り回されている者同士、という意味合いもある。
「ぼっくの可愛い可愛い弟分をけなして冗談一つで済ませてあげたんですからむしろ感謝してもらいたいですねぇ。」
「そんな、僕は別にいいですよ。慣れてますから。それより静兄様があの人達に恨まれてしまいますよ。」
嘘だと知った三人が、いったいどんな顔をして戻ってくるかを考えると、フィルは気が気ではない。が、竜也などはむしろそれを楽しみにしていたりする。アルカイアはもうどうでもいい、というようにウージーのレクチャーを受けている。
「僕が恨まれるのは結構。あとは君が説得するんですよ。」
「ぼ、僕がですか?」
「そそ。まあこの後の戦闘は嫌でも共同戦線を張らないとならないでしょうから、意外と簡単ですよ。でもね、これからも、出会った人たちとどうつきあっていくか、君自身が常に考えるようにしないとね。」
静は腰を下ろして目線をフィルにあわせた。
「君が、魔王を倒すにしろ馬鹿王子に一泡吹かすにしろ、とにかく今は戦力が足りません。今はとにかくいろんな人に会って、君自身の経験値を増やしていかないとね。人脈というのは時にものすごい力になります。僕はその機会を作る手伝いをしてあげます。でもね、そのチャンスを活かすか殺すかは君次第だということを忘れないで下さいね。」
「……はい!」
「それはいいんだけどさぁ、静も準備手伝ってよ。このクレイモアの説明書って無いのかなぁ。」
「クレイモアって君ねぇ……」
がさごそと秘密の段ボール箱を漁っていた竜也はとんでもないものまで使う気らしい。
「それはやめておきましょう。作動しないまま放置しちゃったときのことを考えると危なすぎです。」
「あー、そうだね。」
そう言いつつ、かなり未練があるような顔で箱に戻す。
「そうそう、時間ですけどね、少しまだ余裕あります。作業が終わったらみんな一休みして下さいね。」
逃げてくるとき、静は道中に探査用の魔法を置いてきたのだ。これは触れれば消滅する魔力の塊で、術者はその消滅だけを感じ取れる単純な魔法である。よって魔力もほとんど必要としない。
魔物達はあの位置からほとんど動いていない。ただ、村の上空をインプ(小型の悪魔)が飛んでいる。これは車で逃げているときからのことで、気付いてはいたが放置していたのである。
「おそらく、僕らがこの村にいる限りは襲ってこないでしょう。」
「なんで?」
「昼だからね。」
「ああ、なる。」
連中の多くは夜行性である。追いかけっこの勢いでここまで来たのだろうが、この絶好の餌場に獲物が自ら入ってくれたのである。であれば、食事を美味しくいただける時間まで一休み、という考え方もあるだろう。
「餌場、なんですか?」
フィルが嫌な響きに顔を曇らせる。そして何か食べるものがあるのかと辺りを見渡す。確かに畑は見えるが、収穫時期ではない。
「肉は腐りかけが一番旨い、と言いますけどね。」
死肉、あるいは腐肉を好む魔物も多い。静はあの集団の中にそういった嗜好の魔物をいくつか見かけていた。あるいは、この病気をばらまいた張本人もどこかにいたのかもしれない。
静の話を聞き、フィルやアルカイアの顔が険しくなった。話している本人もあまりいい気分ではないのだ。同じ国に住む者なら怒りもするだろう。
「静兄様、僕、あいつらを許せません。」
「同感。そんなに腹が減ってるのなら、鉛で腹一杯にして帰してやるさ。」
竜也はウージー片手にハードボイルドを気取ったつもりなのだろうが、背の低さと童顔が致命的であった。ニッ、と笑ったつもりなのだろうが、とてもではないがそうは見えない。あえて擬音で表すなら、にぱっ、っという感じである。
そしてそれに続くように、静も爽やかな笑顔を浮かべた。知らない者が見れば暖かい日にピクニックにでも行く若者のような笑顔で。
「そうですね。今回は護るものも多いことですし、少しだけ、手段を選ばずに行きますか。残念ですが、今回は君たちの経験値はほとんど増えないと思います。修練はまた今度ですね。」
アルカイアとデルファギド騎士、計6人のサブマシンガン。竜也の手榴弾。フィルとごく僅かながら無事な村人達のトカレフ、そして絶対的な制空権を持つはずの空の魔物を打ち落とす静のスナイパーライフル。闇夜に乗じて村人や騎士達を補食するはずだった魔物の群は、およそ10分で完全に沈黙した。治療優先のために後衛に回ったルークは、悪夢のような光景に眩暈がする思いだったと後に語ったという。




