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継承者  作者: dendo
25/30

ラリー

「よっしゃー!!エボは俺が運転するぅ!!」

「待てい!」


 早々に乗り込もうとする竜也を静と涼が慌てて引き留めた。


「なんだよー。エボは俺の愛車だぞー。」

「それはゲームの話でしょうが。だいたい君、クラッチ使ったこと無いでしょう?パジェロはオートマ。君あっち。」

「むぅ、そういう静だって、右腕一本でどうやってシフトチェンジするのさ?」

「ううぅ、それはだねぇ、」


 そう、ドライバーの問題。それこそが車を使いたくなかった一番の問題である。ちなみに涼が運転するという選択肢は端から3人にはない。

 あーでもない、こーでもないと議論する3人と、不気味なうなり声をあげる鉄の塊に、エストラーザの住人達は不安を隠しきれなかった。


「えーい、時間がもったいない。シフトはリーゼに頼む。君パジェロ。これは決定!でなきゃキー貸さないよ。」

「うう、静のいけず。おーぼーだ。」

「なんとでも。」


 微妙に狭いエボの後部座席。そこにお子様3人組が乗り、助手席にリーゼナイセ。これは静の指示に従ってシフトチェンジをするという、日本で警察に見つかったら何点引かれるかわからない所業をするためである。お子様3人組には、お猫様を抑えておくという大事な使命もある。


 パジェロの方に竜也、涼、アル、トルーナの4人。座席に余裕のあるパジェロだが、事故った時の被害を考えてお子様達は乗せなかったのだ。依頼人のトルーナをそんな車に乗せるのもひどい話である。


「じゃあ、元気でな。死ぬなよ。」

「はい!」


 本当はフィルにこのままついていきたいと思い始めているテクサであるが、アロアにひと睨みされてはそうも行かない。一つどころかダース単位で睨まれている静は、通常魔法を出来るエルフにあれこれと頼み込んでいる。それが終わると、のうのうとアロアの側に寄ってきた。アロアには光の精霊を使役して2台の車同士で会話を可能にしてもらうつもりなのだ。


「わかったからさっさと行け。そいつの吐き出す空気は我々だけでなく森の木々や精霊達にもよくない。」

「排ガスかぁ。確かになぁ。それもこの世界に車を持ち込みたくない理由の一つなんですよねぇ。」


 ハイブリット等の星付きエンジンならともかく、これらの車はその対局に位置する。2台が1時間程度とはいえ、空気を汚すことに変わりはないのだ。都会の交通量とは比べ物にならないとはいえ気分的にもよろしくない。


「さて、暖機も済んだし、じゃあ行きますか。」


 いろんな意味を込めて静は深々と頭を下げた。テクサと他のエルフ達は手を上げて応えてくれたが、目の前にいるはずのアロアは冷ややかに無視してくれた。それを不快に思わず、逆に楽しそうな顔をするから余計怒らせるのである。笑顔で手を振りながらエボの運転席に乗り込む。


「竜也、準備オッケー?」

「オッケーだけど、なに?これ?」


 カーステにセットされたスマホから静の声が聞こえてくる。それ自体は別に不思議ではない。Bluetoothで通話するアプリを試したことがあるからだ。しかし、あまり実用性が無いのでお蔵入りになっていたはず。


「ふっふっふ。遠距離の精霊通話といえば風、シルフにお願いするのが定番です。」

「うん。アロアさんにもそれ頼んだんじゃないの?」

「定番過ぎてつまらないのでちょっと捻ってみました。光の精霊、ウィルオーウィスプ。さて、彼の色は何色でしょう?」

「え?何色って?」


 それはリーゼナイセやミリィにも問いかけていた。


「えーっと、蛍光灯色?昼白色?」

「えっと、白、でしょうか?」


 竜也とミリィが答えた後に、静は目線でリーゼナイセに答えを求めた。なかなか出発しないせいでトルーナが焦れているのがわかる。


「基本的には無色。ただし術者の指示で色を変えることが出来ると聞いたことはあるわ。」


 静の思惑に乗ることに躊躇いはあったものの、後部座席からのフィルの期待に答えるように口を開く。


「へー。光の魔法なんて、明るさだけしか気にしなかった。」

「はい。リーゼさんに3,000点。そう、色を変えられるのです。では、光の精霊自身は、何色までいけるでしょうか?」

「おお、もしかして可視光以外も指示すれば行ける!?」

「そう、それを試してみたかったのです!」


 静の言葉に竜也が色々思いついたのだろう。嬉しそうに口角を吊り上げる。


「認識できなければ当然指示しようとも思わない。言われなければ精霊だってわざわざそんな波長になろうとはしないでしょう。ですがそれは出来ない事とは違います。」


 相互通信している2台のスマホ間に流れる2.4GHz帯の電磁波を光の精霊に感じさせ、波長を合わせるよう指示する。そしてそれを中継、増幅させる。本来なら100mまでのBluetoothを、精霊界経由でリンクさせることで事実上無制限に接続できる可能性が出てきたのだ。


 それを説明したとき、アロアをはじめエルフ達には可哀想な人を見るような目で見られたのはちょっとショックだった。だが彼女達も精霊が静の指示通りその姿を消し、ある程度の低い気配で安定したのを見て納得していた。


「電磁波のエネルギーとしては下位になりますので、下位精霊でも十分対応可能でした。距離の限界は彼らが見失わないために、それぞれのスマホに精霊を宿らせる必要がありそうですがそこら辺は要研究ですね。」

「む、赤外線暗視装置の弱点である光源を任意の場所に設置できるとすればスターライトスコープとの優位性の逆転もあり得るんじゃないか?」


 話題がある一定の範囲に限っては、竜也の口調にも専門性と知性にボーナスポイントが付与されるようであった。もちろん、言っていることはフィル達にはさっぱりわからないので、いつもの馬鹿話と思われている。


「むう、その為にはやはり一人くらいエルフを仲間にした方がいいなぁ。」


 静曰く、光の精霊が嫌そうに2台の車の間に通話回線を開いてくれているとのこと。元々鉄と相性の悪い自然霊。しかも怪しげな空気を吐き出す奇妙な馬車である。エルフの願いでなければ聞いてもらえなかったかもしれない。この実験もトルーナの村までの期間限定だそうだ。


「勧誘はまた今度に。そろそろ行かないと間に合わないのではなくて?」


 スマホから流れてきたリーゼナイセの声に、トルーナは涙目になって激しく肯いている。流石にそれを見て雑談を継続するほど空気が読めないわけでは無い。


「もちろん。いつでもスタートできるよー。シートベルトもしたしね。」

「うい。じゃあ君は僕の通ったルートをしっかりなぞってね。横道に反れちゃダメだから。運転に慣れるまで、最初の10分は60で、ハザード点滅後に120で巡航。いい?」

「りょーかい。」


 エボのエンジン音が上がる。ギヤが1速に入ったのだろう。二人三脚のギヤチェンジに成功したという事か。


「さすが魔術師だね。飲み込みが早い。」

「ねえ、まだ出ないのかい?急がないと間に合わないよ。」

「心配しないでいいですよ~。すぐ出ますから。」


 言ってるそばからランエボが走り出す。シフトアップに手間取っているのだろう。加速はそんなに速くない。竜也もシフトノブをドライブに入れて車を進め始めた。道をなぞるにしても、ある程度車間距離を開けないと石とかが飛んできてしまう。その目測は涼がすることになっている。


「おい、本当にこんなのが、馬無しで走ってるぞ!」

「すごいすごい!静兄様、これ、どうやって走ってるんですか?」

「フィル様ぁ、狭いんだからあまり動かないでくださいぃ。いたたたた、ルイ、爪、痛いです、」

「あっち、楽しそうでいいなぁ。」


 2台の車は時速60キロで走り出した。これくらいなら馬でも十分出せる速度である。しかし馬車を引いてではなかなか出せない。しかもサスペンションもない普通の馬車では、目一杯走らせると中はシェイクもいいところである。それに比べてなんと快適なことか。


「りょーちゃん、BGMはなにがいい?」


 運転しながら竜也はバッグを漁りだした。CDケースにはMP3に変換した曲データがみっしり詰まったCDも入っている。静につきあって竜也が選んだのだ。


「なんでもかまわんが……後ろの二人の心臓が止まりそうなのはやめておけ。」

「むむ、いいこと考えた!魔王と会ったらBGMはデーモン閣下にしよう!」

「やめておけ。」

「うにゅ~。」


 釘を刺されてかけようとしていたハードロック・メタル系のCDをしまう。


「じゃあやっぱこれでしょう。」


 トルーナやアルにはわからない、銀色の円盤が壁に吸い込まれていく。何が起こるのか不安混じりに見つめていると、いきなり四方から歌声が響いてきた。慌てて剣を抜こうとするアルをトルーナが必死になって抑えている。


「あはははは。チーズ。」


 その光景を器用にデジカメに収める竜也を、涼はため息混じりに軽く叩いた。


 もちろん、竜也のかけたユーロビートオムニバスはランエボの方にも響いてくる。実は静もデスヴォイスやシャウトなんかが流れてこないことにほっとしていた。それでも歌といえばスローテンポなものが多いこの世界。伴奏も管弦楽か打楽器。それらが中心のこの世界では、打ち込みやらエレキギターやらといった音楽が響いてくれば何事かと思うだろう。

 慌てる子供達を微笑ましく思いながら、これが自分たちの世界の曲だと教えてやる。だが曲の説明が終わると、静はだんだん心拍数が上がってくるのを止められなかった。


「こんな時になんですが。」


 至って平静な感じの日本語。だが普段とは違う、何かを抑えつけたような苦しさに竜也と涼は目を見合わせた。


「ユーロビートを聞くとドリフトしたくなりませんか?」

「え?」


 時計を見るとまだ走り出してから5分過ぎ。しかし何故か速度は上がり始めている。


「リーゼ、3速……4速……」

「もしもーし、静?」

「くっくっく。ランサーが、なぜ進化という名を冠しているかわかるかい?そう、これから君たちに、大地を駆ける戦闘機の真髄を見せてあげよう。」


 ギヤがトップに入る前に、予定より遙かに早く120キロに達していた。トルクの化け物にとって、下道の制限速度など準備運動にもならない。だがそこはもうフィル達にとっては未到達の速度域である。周囲の木々が恐ろしい速さで後ろに流れていく。


「知らなかったよ。静ってそういう人だったんだ。サイコーだね♪」

「そんなわけあるか!こら、飛ばすな!リーゼナイセ、静を止めんか!」


 激しい振動。流れ込んでくるユーロビート。時折急激に襲いかかる横G。


「静、アレは?」

「チグティフ。ツインテールジャッカルというところかな。ハイエナみたいなもので死肉も喰らうがもちろん人も襲います。」


 本来なら驚異となるはずの猛獣があっという間に点になって消えていく。


「うおぉぉぉ、すげえ、遠近感が狂いそうだぁ!」

「草原に住む巨人族ですね。身長4~5メートル。チグティフも食べちゃうし人も食べちゃう。100キロ近い巨石をぶん投げてきます。」


 そう、投げてきた。ただ、直線を時速140キロで疾走する2台にそんなものが届くわけがない。


「Tレックスだぁ!!」

「アレは草食。安全だけど自衛のための戦闘能力は巨人族に負けないくらいあります。臆病だけど、それゆえちょっとしたことにも恐慌状態に陥り……」

「あはははは。だったらエンジン音にビビって追いかけて……キター!!」


 15分後、元気なのは半分ほどになっていた。ルークとミリィ、トルーナは早々に青い顔をしてビニール袋のお世話になっている。予め渡されたときは何に使うのか訝しがっていたが、今は嫌というほどに納得しているだろう。

 その二人を意外に平気そうなフィルが面倒を見ている。最初は二人とも遠慮していたのだが、すぐにそんなこと言っていられなくなってしまったのだ。トルーナは誰にも頼れず、ただただぐったりするだけであった。

 涼が静かなのは、車酔いではなく車内にいないからである。といっても、下半身はちゃんと入っている。要はサンルーフの上に身を出しているのだ。その状態で竜也の指示に従ってデジカメで写真を撮っている。細かい設定はさっぱりだが、それくらいなら何とか出来る。ただ、手ぶれはともかく足場が悪すぎるため、どれだけ上手く撮れているかは疑問であった。

 アルは車酔いこそしていないが、状況に入り込めず黙っていることしかできていない。彼には水の精霊ウィンディーネに護られた魔法薬の箱を抱えるという役割もある。ウィンディーネのおかげでこうやって遠慮なく飛ばせるのだ。


「紙コップの中のウィンディーネが零れないようにドリフト出来れば酔うことも無いさ。」


 と竜也は言っていたが、トルーナの様子を見れば出来ていないのが一目瞭然である。

 リーゼナイセだけは真面目な顔でシフトレバーに手を添えながら窓の外を眺めている。最初は驚いていたユーロビートも、今ではレバーに添えた指先でリズムを取っている。逆の手で、後部座席のにおいに辟易して退避してきたルイの腰を、これまた音楽に合わせるようにポンポン叩いていた。そのリズムに合わせるようにルイの耳がぴくぴく動くのが見ていて楽しい。


「これは、天井は開かないのですか?」


 後ろの車を見ると、カーブの度に涼の長髪が鯉のぼりのように真横に流れていく。この速度で破綻しないのだから、竜也はゲームだけでなく実車でもそれなりのセンスがあるのだろう。誉めると調子に乗るので絶対言えないことであるが。


「残念ながら。でも窓は開きますよ。ちょっと空気入れましょう。」


 酸っぱい匂いが籠もり始めたし、と心の中で付け足して窓を3割ほど開ける。とたんに風切り音が増し、室内が軽い暴風域になる。顔に吹き付ける風をリーゼナイセは目を閉じて楽しんでいるようである。


「結構気に入りました?」

「そうね。瞬間移動魔法の方が便利だとは思います。でも、これも、いいわね。」


 先ほどから、リーゼナイセの視線がシフトレバーだけでなくハンドルや静の足下にも注がれている。表情は変わらないが、冷たいはずのグリーンアイズが玩具をねだる子供のように見える。


「ダメですよ。運転は代われませんからね。」

「……別に。わかっています。」


 そっぽを向いたリーゼナイセだが、後ろで静がどんな顔をしているか何となく想像がついてしまった。そんなやりとりをフィルが不思議そうな顔で見ていた。


「話は変わりますが、北から来るお客さんは誰だと思います?」

「そりゃ決まってるじゃん。若い女の子が悲鳴を上げながら逃げてきて、そこへ僕らが颯爽と登場するんだよ。」

「女の子だけで渡れる街道じゃないんですけどね。」

「普通に考えれば裏に近い行商人か、ニルスの密偵というところでしょうね。」

「そう、普通ならね。」


 現在デルファギドは魔王の支配下にある。ニルスはその魔王の攻撃を受け政情不安定になっている。だから南下する人間がいてもいいはず。だが、ガリュア街道はデルファギドの側を通る。人間には無理な山道も、空を行くことのできる魔族や魔獣達には何の苦にもならない。つまり、ニルス-モーリス間を通る道としては最悪に近い。


 しかもシルフの報告ではそれなりの人数であり、女も混じっているという。性別はわかるが年齢や、まして美人か否かなどはシルフにはわからない。

 単に戦火を避けるなら、ニルスの北の自由都市国家群に逃げ込む方が遙かに安全である。たとえ密出国がばれても、頭からバリバリと食われることはないのだから。


「つまり連中の出所はニルスではないって事?」

「うん。可能性としてね。」

「しかしそれでは残るのはデルファギド……」


 否定の言葉を言いかけたリーゼナイセの口が止まる。どうやら静の推測を肯定できる要素を思い出したらしい。


「気になってたんですよ。魔王アモルファシスを呼び出した馬鹿王はあぼーん。それは聞いた。けど戦争の原因と、そしてそれ以外の人たちのことが。そもそもあの国の説明、エルフの森のことも出鱈目だったわけですしね。」


 いくら良質なミスリルの鉱山が発見されたとはいえ、独立したばかりの小国がモーリスのような大国に宣戦布告するなど正気の沙汰ではない。だが、ありえないわけではない。それは宣戦布告『する』のではなく『させられた』場合である。


「要するに外交圧力で無理難題おっかぶせて、隷属か、滅亡か、みたいな状況に追い込んだんじゃないんですか?」


 静の声は少し真面目になっていたが、それを聞いているフィルに対しても遠慮した気配は無い。エルフの森に対してから続いて、どんだけ貶めれば気が済むんだ、とは誰も言えなかった。ルークですら気遣ったようにフィルを見ていた。

 しかしフィルは苦笑したように首を振った。否定したのではなく知らなかったのだ。無理もない。政治に関する詳細など知ることの出来る立場ではないのだ。


 そうなると、やはり答えられるのはリーゼナイセかアルカイアになる。意外なことに、それを肯定したのはアルカイアであった。トルーナのリバースから気を背けられればなんでも良かったのかもしれない。


「もともとデルファギドの独立自体がモーリスの政治工作の一つでもあったしな。屈強なデルファギド兵に当時も相当手を焼いていたようだ。」


 なんでも、内心忌々しいと思いつつ表面上は騎士道を押し出して互いに誉めあって信頼を得ていったのだとか。悪く言えば脳筋なデルファギド騎士団の好感度は、敵ながら天晴れの理論で際限なく上がっていったらしい。

 そしてそのニルスへの忠義に対する冷遇に義憤をなんちゃらかんちゃらと美辞麗句を並べ立てて反旗を翻らせ、独立当初は当然援助もし、資源に乏しい山岳国家に対しサービス価格で交易もした。


 で、友好国になれるかな、という頃になってようやく収穫が始まる。徐々に交易のレートが上がっていき、気付けばニルスの属領であった頃と大差ないレベルを要求される。夜盗の類が頻繁に出没し国が荒れる。使者が時々行方不明になる。


 そして極めつけは、デルファギド王の一人娘とモーリス王太子との婚約の申し出であった。それが仮に后妃としてであったなら、話を飲むかどうかはともかく王も考慮くらいはしただろう。独立したての国政にかまけて後継者作りを怠っていた、ともとれるのだ。むしろモーリスの申し出はある意味予想できていたことでもある。

 だが、デルファギドだけでなくモーリスの貴族ですら唖然としたのは、ジギムートの妾としてよこせ、という要求であった。ちなみにジギムートはまだ独身である。挙句の果てに彼が満足できなかった場合のクーリングオフ契約込みという徹底振り。


 流石にその設定には、あらかた予想していた静や涼も驚きであった。婚姻による併合を迫る、なんて生易しいものではなかった。というか冗談か何かではないかと聞きたくなるほどあからさまな挑発だった。


「そんな馬鹿な話、止める人はいなかったんですか?」

「いようがいまいが、聞く耳があるかないかの問題だからな。何人か強くたしなめていたはずだが、気付いたときには姿が見えなくなっていたな。」

「うはー、あの馬鹿王子、ほんと救えねぇー。」


 身内の恥と思っているのだろう。フィルは恐縮したように小さくなってしまっていた。


「まあそれに近いことはあったんだろうなぁ、とは予想してました。ちょーっと斜め上でしたけどね。ふむ。」


 疑問に思っていたことが解消され、そして現在の状況に当てはめて考えてみる。そうして浮かんでくる一つの可能性。


「王様は売られた喧嘩を買ってどん詰まりになって魔王を復活させてしまった。それは聞いていた通りなんでしょうね。では、その喧嘩の種になった馬鹿王子のお妾候補はどこへ消えたのでしょう。もちろん今頃城の中で骨だけになってる可能性もあります。けど抜け道なんてものはいくらでもあるものでしょう。」


 現デルファギド王家の王女、ティアリシア・リーン・デルファギド。現在17才。嫡男がいない状態でお手つき無しというのは珍しい。

 デルファギド王には娘の婚姻に出来るだけ高い値を付けたかったのだろう。その選択肢にモーリスの馬鹿王子というのだけは絶対に入れることが出来なかったのである。ゆくゆくは属領となるのは目に見えている。出来れば、モーリス以外の後ろ盾を増やすのがベストだったのだ。ただ、その決断が遅すぎたのだが。


「それ以前にあの馬鹿王子の嫁なんて僕だったら舌噛み切って死んでしまいますがね。」


 そのお姫様が、ひょっとしたら難を逃れてモーリスへ落ち延びてきた、という可能性があるのだ。王家と言っても元はただの一地方領主である。当然貴族と呼べる者は少なく、今まで潜伏できる隠れ家を持つ者など他にはいない。今頃になって何故そこを飛び出したかといえば、保存食が切れたか、あるいは敵にその場所がばれたかというところになる。おおかた護衛にぞろぞろと人数引き連れたため糧食の減りが早かったのだろう。


 そこまでわかっているのなら、彼女らを保護するのは厄介ごとを抱え込むことになる。ニルスはデルファギドの王族(ニルスは逆臣扱い)に対し賞金をかけている。その賞金はまだ失効していないのだ。


「17才でつか。そうでつか……」

「静、また不埒なこと考えてるね?」

「いやいやいや。それは誤解というものだよ、竜也君。第一亡国のお姫様には僕以上にお似合いの相手という者がいるじゃないですか。」

「相手?」


 楽しそうな静の声に、竜也は一瞬自分のことかと思ってしまった。だが、すぐに国を追われた可哀想な王子様がいることを思い出す。


「静、なぁーいす!!」

「ふぅ。可哀想に。」


 強烈な向かい風の中で聞き取った会話から、涼は少なからずフィルに同情した。涼に言わせれば、国を追われたことよりこの二人に気に入られた事が不幸の元凶となる。おそらくそれは間違いではない。


「おお、そういえば聞いてなかったね。おーい、フィルゥ~、お前さん今好きな子とかっているの?」

「えっ、ええぇ!?」


 不意打ちもいいところな質問に、フィルは答えるどころか質問の意味さえ把握しきれなかった。

 フィルはその生まれから外交政策の道具にはなりえない。しかも後見人が王室特別顧問のグラゼーオである。おそらく国王の崩御と共に出家するだろう、というのが大方の見方であり、フィル自身もそのつもりでいた。後宮の侍女達に育てられたという事もあり、微妙に耳年増なところもあったりするが、とにかく環境的にそういった浮いた話は全くなかったのである。


「あなた達は、フィル様まで巻き込むつもりですか!」

「そうか、リーゼナイセ、君がいたか……」

「はぁ!?」

「ぬう。静、これは強力なライバル出現だね。」

「いやいや。可愛い可愛いフィルのためなら僕は喜んで身を退こうじゃありませんか。なーに、年の差なんて愛さえあれば問題ありませんよ。」

「しーんーじーるーこーとーさー。」

「そう、かーなーらーずー、最後に愛は勝つのです。」


 バックで流れるユーロビートに釣られて微妙に音程の狂ったハーモニーであった。


「で、フィル君、どうなの?」

「どう、っていわれても……」


 フィルは自分を見るリーゼナイセの瞳を見つめた。もちろん彼女のことは好きだが、それがいわゆる恋愛感情か、と聞かれるとはっきりと答えることは出来ない。おそらく違うと答えるだろう。彼女はフィルにとって家族に近い存在である。実際静がリーゼナイセにあれやこれやと迫るのを見ても、驚きはするが嫉妬とかといった感情は沸いてこなかった。

 そのことを説明すると、静はにっこり笑ってまたいっそう車のスピードを上げた。


「よーし、この戦闘の方針決まり。フィル最前線で特攻。モンハウからお姫様を救出。竜也とルークがその脇を固める。僕と涼ちゃんは後ろで温か~く見守っててあげますからね。」

「ええっ!?」

「名付けて、危ない所を間一髪で助けてくれた王子様にお姫様一目惚れ大作戦!」

「竜也君、それベタベタ過ぎ。でもまあ概ねそんな感じかな。」


 涼はデジカメをもてあそびながら後部座席からのかすかな呟きを聞いていた。


「こいつら、馬鹿だ、大馬鹿どもだ。」


 その意見には反対する余地がなかった。


「お前ら、襲われているのが普通の商人だったりしたらどうするつもりなんだ。」


 馬鹿話を黙って聞き続けることに耐えきれなくなったのか、アルがついに口を挟んだ。もう少しアルが耐えていれば、それはリーゼナイセの役になっていただろう。


「その時はその時ですよ。」


 あっけらかんと静は言い切った。だが、状況から判断してその確率の方がよほど低い。足手まといを抱えて後退戦術が採れる技量を持った戦闘集団はそういない。その一点だけでも推測を裏付けるに十分なのだ。それに、もし違っても別に損することがないのも事実。その時は普通にフィル達の実戦訓練に割り当てれば済むだけのこと。数の不利を補うだけの手は幾らでも用意してある。


「ほら、迷ってる暇はありませんよ。竜也、ストップ!」


 勾配が出始めたところで静はランエボを急停止させた。それを100メートルほど越えて竜也もパジェロを止める。


「どしたの?」

「こっから先、村までは歩いた方が早い。アル、リーゼナイセとミリィを連れて先行して下さい。僕らはこのまま山道を進みます。」


 それを聞いてミリィとトルーナは喜々として、しかし元気なく車を降りた。この二人に関しては二度と車には乗りたがらないだろう。その二人をルークが恨めしげに見、そのルークをフィルが苦笑しながら看病していた。


「何!?俺を置いていくというのか?」


 当然主君を護る騎士がそれを差し置いて商人やら魔術師を護れと言われて納得できるはずもない。ドアの開け方がわからないということもあるが、アルカイアは車から降りようとはしなかった。


「魔法薬の処方には二人がいた方がいい。けど戦闘力がそれだけじゃ足りないんです。それと、連中を拾ったら僕らもすぐに村に向かいます。僕等が戻るまでに防衛戦の準備をお願いします。村の入り口より山道側で。それらを頼めるのは貴方しかいないんですよ。」

「むっ、」


『貴方にしかできない』


 そのセリフはプライドの高い人間にとって殺し文句になる。当然アルカイアもその一人。そう言われて出来ませんとは言えないだろう。


「そういうことなら仕方ない。だが忘れるなよ。フィル様に万一のことがあったら、その責は全て貴様に負わせてやるからな。」

「心に留めておきます。」


 もう一人、ごねるかと思われたリーゼナイセは、意外なことに何も言わずに車を降りた。多少の躊躇はあったが、それがどうも車を降りることにあるような気がするのは、まあ気のせいであろう。

 車を降りたリーゼナイセを窓を開けて手招きする。静は寄ってきたリーゼナイセに顔を寄せた。不埒なことをして平手でももらうか、と竜也は期待したのだが、残念ながらその期待ははずれであった。


「多分、あの箱の中には薬があると思います。2種類、ね。」


 助手席に座るフィルにも聞こえないような小声。その内容はリーゼナイセもフィルの耳に入れたくないのは同感であった。


「どちらを使うかは貴方に任せます。お好きにどうぞ。」

「私、に?」


 珍しくリーゼナイセが狼狽したようである。彼女も2種類の薬は予想がついていた。だがどちらを使うかは判断できなかったのだ。フィルや竜也が期待するであろう治療薬と、アルカイアや、リーゼナイセ自身が効率的と判断するであろうもう一つの救いをもたらす薬。しかし自身の理性だけで決めていいかどうか、彼女は初めて迷ったのである。そしてその決定を他人に委ねようと思っていたのだ。その矢先に先制攻撃を喰らってしまったのである。今の彼女は抜き打ちでテストをやらされている学生のようであった。


「多分、理詰めで行けば出てくる答えは一つです。」

「なら、」

「で、その理で納得できるかどうかは、まあ人それぞれですよね。」


 何かを言い返そうとして結局リーゼナイセは何も言えなかった。本当は答えが出るまで一人で考えさせるべきなのだが、今は思い悩む時間もない。静は少しだけ言葉を付け足した。


「どっちに進んでも結果が変わらないなら、時には感情のままに動いてみるのも一興。そうすると思いもよらない結果が明後日の方向から飛び込んでくることもあります。これはお馬鹿さんとのつきあいが君より濃い僕の経験談ですよ。」


 ルイの頭を一撫でし、そう言ってリーゼナイセの身体を窓から離した。リーゼナイセは助手席側にまわり、そこで動きを止めた。


「お気をつけて。」

「うん。ゼナも、村の方、頑張ってね。」

「はい。」


 その短いやりとりがあっただけで、2台の車は戦場へのヒルクライムを開始した。吐き出された排ガスの匂いに顔をしかめながら、4人は車が見えなくなるまで見送っていた。


「珍しいな。」

「何がですか?」

「俺はお前が真っ先に残ることに反対すると思っていたがな。」


 普段の言動を見れば、アルカイアがそう思うのも無理はない。ミリィやトルーナも同じ事を思ったのだろう。自然と視線がリーゼナイセに集まる。考えれば、こうして直接的な視線を集めたことなどリーゼナイセはあまり記憶にない。


「納得したわけではありません。」


 胸の宝玉を握りしめ、リーゼナイセは悔しげに眉根を寄せた。


「私は、足手まといになりますから……」


 彼女がこんなセリフを言うのも、それを聞くのも、おそらく皆初めてのことであろう。世が世ならそんな状況には一生ならなかっただろう。この旅を始めてから、リーゼナイセもアルカイアも、新鮮な経験には事欠かなかった。それが嬉しいかどうかは別として。


「リーゼ様。行きましょう。」


 ミリィはうつむくリーゼナイセの手を取った。見上げたグリーンアイにはかつて感じた畏怖も冷徹さも感じられない。そのおかげで彼女をずっと身近に感じることが出来たのだ。


「フィル様は私達に村のことを任せてくださったのです。ですから、私達は私達に出来ることをしましょう。」


 言ってから、ミリィも急に自分が過ぎたことを言ったような気がして顔を赤くしうつむいてしまった。怒られるかと思い手を離そうとしたが、逆にリーゼナイセも握り返してきたので離せなかった。

 リーゼナイセを信じて任せた。その事実は嬉しいが逆にそれだけ重荷にもなる。彼女は自分がミリィの手を握りしめていることにも気付いていなかった。


「そうですね。ありがとう。」


 返ってきた声は、ミリィが思ってた以上に柔らかい。それは彼女がフィルに向けるものと同じか、あるいはそれ以上に心地よい声であった。




 そんな彼女たちの会話を聞いたら今の静やフィル達はどう思うだろうか。


「2速!コーナー立ち上がり3速に!」

「イエッサー!!」

「た、頼む。殺せ、いっそ殺してくれぇぇ!!」

「あっはははは。ルーク、そんな事じゃ立派な走り屋にはなれないゾ~(はぁと)」

「……ふぅ。」


 少なくとも現時点では何も考えていないことは確かである。


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