表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承者  作者: dendo
20/30

エルフ

「放せ、放してくれ!頼む、一生のお願いだよぉぉぉぉ!」

「えーい、黙れ!」


 静の予想通り、交渉は難航していた。最初の自戒はすぐに崩壊し、完全に開き直りフラッシュを焚きまくりながら無許可で写真を撮る竜也の行動はエルフ達の警戒心を煽るのに十分だったのだ。とにかくカメラがどんなものかを知らない彼らにしてみれば、一切の魔力の発動無く(それを感じ取るのは彼らの十八番である)あれだけの光量を発するものは不気味だろう。直接的なダメージが無いだけに薄気味悪さも倍増というもの。


 結局、トルーナが交渉を始めてから一分間で涼に羽交い締めにされることになったのである。だがそれは時すでに遅かったかもしれない。


「お、俺には彼らの美しさを記録に収める義務があるんだよぉ。」

「気にするな。それは錯覚だ。」

「錯覚ぢゃねぇぇぇぇ!!」


 交渉しているトルーナから30メートルは離れている場所である。だが静かな森の中では通じない言語でわめき散らす竜也の雄叫びが届いてしまうのだ。


「聞いたことがある。北の辺境の村。魔王軍の右翼が通った近くだな。疫病というのは魔獣の体液による腐食病だろう。」


 不信感を目一杯乗せながらエルフ達のリーダーとおぼしき青年(に見えるが実年齢は不詳)は必死になって訳を説明する商人を見た。


「その通りです。その為の薬も、ほら!」


 そう言って見せたのはこの道中で一番大事に抱えていた箱であった。蓋を開けると、アンプルとおぼしき小瓶が詰まっている。通常の薬ではなく魔法薬の一種であるため、魔法を使える者達にはそこから出る魔力を感じることが出来た。


「なるほど、確かに本物らしいな。」

「で、では、」

「腐食病は徐々に体が腐り落ちてゆく。だが進行速度は遅い。森を通らずとも治せるのなら命は助かるだろう。森に入ってきた場所まで案内させる。我々に出来る譲歩はそこまでだ。」

「そ、そんなぁ、」


 取り付くしまも無いというのはこのことを言うのだろう。怒りと、なぜか憎悪を込めた視線を受けてトルーナは返す言葉を失ってしまった。彼は元々押しの強い方ではない。それでよく商人として大成できたと誰もが首を傾げているくらいなのだ。


「お、おまえら、事情を聞いてその言い方はないだろうが!命が助かっても時間がかかればそれだけ苦しみは増すし治った後の後遺症だってあるんだ。お前らに情ってもんはないのかよ!」


 別に情に訴えるわけではなく、ルークとしては思ったことを素直に口に出しただけなのだ。だが、それはエルフ達の感情を最も逆撫でする事となった。


「情、だと?」


 エルフの青年の目に激しい怒気が宿る。何人かは弓矢を持つ手に力が入り、今にも放ちそうな勢いである。彼らにとってはその姿勢はすでにトリガーに指をかけたのと同じようなものであろう。その気になれば一瞬でルークの額に矢を打ち込むことが出来る。矢ルークが出来上がらないのはひとえに彼らの強烈な自制心のおかげと言っていいだろう。

 その実力差を肌で感じ取りつつも、素直に認めることが出来ないのは若さか未熟さか。一瞬怯んだが、自分たちが国の民のために動いているという自負がルークを前へと突き動かす。それこそ静がいれば苦笑していただろう錯覚である。


「そ、そうだ。30年前の侵略戦争で寛大な処置を受けておきながら恩を仇で返すとはこの、アデッ!!」


 目の前のエルフ達の顔色も見えなくなったルークだが、その言葉を後ろ殴りの衝撃が遮った。


「い、痛いだろうが、何するんだ!……ですか!!」


 言い直したのは、彼の後ろにいたのが鞘に納めたウィズリードを手にした竜也だったからである。


「しゃーらーっぷ。人様のうちで大声出さない。」

「(説得力無いな。)」


 二人は雲行きが怪しくなったので駆け寄ってきたのだ。竜也はその駆け寄ってくる勢いそのままにルークをはたいたのである。


「はい、ごめんなさい。」

「あ、あだだだだだだ、」


 竜也はルークの頭を抑えつけると、強引に頭を下げさせた。いきなりの行動に、後ろで控えているリーゼ達や、今にも攻撃を仕掛けそうだったエルフ達も呆気にとられている。


「えーっと、きっと事の発端はその30年前の戦争なんだろうね。ルークもあれだけあからさまに睨まれてんだから少しは遠慮しようよ。つーかそんなことあったんなら始めに教えといてくれよ。」

「いや、でもですね、」

「デモもテロもないの。いいかい、お子様達。これからちょーっと歴史のお勉強だよ。」


 竜也はそう言ってルークの額を指先でちょん、と押した。いつも静にされていることを真似したのだ。なかなか気分がいいらしい。竜也はにんまりと笑ってエルフのリーダーへ向き直った。フィルとミリィを涼が連れてくる。それで彼も自失状態から立ち直り、この突然割り込んできた少年を見つめ返す。多少その目からは険がとれている。どうやら竜也の言葉に興味を持ったらしい。


「えーっと、申し訳ないんだけど、俺やこの子らにその30年前の事情ってのをかいつまんで教えてもらえませんか?」

「ほう?我々は今すぐ出て行けと言ったが、聞こえなかったのか?」


 言葉はさして変わらないが、その口調は揶揄するような感じで、竜也を試そうとしているようにも見える。


「うん、まあそれはわかるんだけど、えーっと、ねぇ。」

「いったい何がしたいんですか?」


 ルークにも不振な目で見られ、竜也は手を挙げた。


「タッチ。」


 ため息混じりにその手に涼が手を合わせる。


「戦争、だけに限らず対立というのは双方の事情を考慮し第三者の立場に立ってみて初めて考察できると思う。この子達はおそらく国の中で一方的な歴史のみを聞いて育ってきた。これを機に別の見解を聞くのも良いだろう。」

「ということなんだ。」


 エルフの青年は涼の言い分よりも得意げに通訳する竜也に苦笑している。


「勝手な言い分かもしれん。だが聞けばあなた方は長寿という。あなた方にとっては自身で経験した現実でも、この子達、あるいはこの国の大半の人間にとっては話の中の出来事でしかないだろう。わけも知らない相手に一方的に恨み言を言っても意味が無いし張り合いも無かろう?」

「そうだな。どうせ人間どもが真実を語るまいとは思っていたが。その口振りではお前達はこの国の人間ではないのだろうな。では我々の見解とやらは予想できるのではないか?上手く言い当てられたらお前達の話も聞いてやろう。」

「ふむ。」


 涼は竜也の通訳を聞き顎に手を当てた。そして後ろに控えているフィルと、その手を握るリーゼナイセを見る。涼の推測を言うのは簡単だが、それをフィルに聞かせて良いものかどうか悩むところであった。それに気付いたのか、リーゼナイセも涼を見つめ返す、というより睨んでいる。涼が何を言いたいのか予想がついたのだろう。あるいは生まれていなかったとはいえ真実を知っていてもおかしくはない。


「そんなの簡単だよ。人間の方がエルフの森に攻め込んだんでしょ。」


 涼の配慮などお構いなしにさらっと竜也が言ってしまう。


「そうだな。50点だ。後の50点、わかるか?」


 エルフの問いかけに、竜也は首を傾げて涼を見た。涼は腹をくくり話すことにした。


「ルークの話ではその戦は人間の勝ち戦だったという。しかし領地の境界線は全く変わっていない。ならば領土目的ではあるまい。直接会ったわけではないが、国王の話は色々と聞いた。大方後宮にエルフの女を入れようとし、エルフがそれを拒んだのが発端ではないかな?」


 さすがに途中で竜也の通訳の声も止まる。おお、っと感心したように手を打ち、そしてすぐにフィルを見た。さすがに自分の親父がハーレムを作るために戦争起こした、などと伝えるのは酷だと思ったのだ。見ればリーゼが涼だけではなく竜也も睨んでいる。話せば同罪だ、ということだろう。しかしその視線が涼の推測を裏付けているとも言える。

 同時にトルーナも期待を込めた眼差しで竜也と涼を見ている。状況から見て交渉を引き受けてしまったと言わざるをえない。だとすればその期待を裏切るのもこれまた酷と言えるだろう。まさに義理と人情の板挟み。竜也は一瞬考えてすぐに義理を取った。


「えー、まあぶっちゃけた話、馬鹿王がハーレム作るためにエルフの女の人かっさらっていったってのが真相だったりして……」

「正解だ。100点をあげよう、異国の少年よ。」

「正解にたどり着けない方がどうかしている。」

「って言っているけど、そうかなぁ?」

「一歩離れて冷静に考えることが出来れば、ということだ。あいにくそれが出来ない人間が多いということだろう。嘆かわしいことだ。」

「なっ、馬鹿な!!」


 ルークは思わずエルフの青年に掴みかかろうとした。それを涼が襟をつかみ上げて止める。


「放せ、放せよ!お前も、ふざけたこと言ってんじゃない!」


 ルークの知識とはそのほとんどが神殿で受けた教育である。それはタイクーン教の教義から始まり宗教の歴史やこの国の歴史にも及んでいる。そしてモーリスの国教はタイクーン教。ルークにとってそれは絶対であり、それが間違っていると言われるのは、彼に歴史を教えた神官や、ひいてはタイクーン教の教えが間違っていると言われる事と同じであった。

 だが、ルークと違いフィルはそれほどショックを受けているという風には見えなかった。心配げに彼を見ているミリィに笑いかけて呆れたようなため息をつく。彼なりにその事情を感じていたのだろう。


「ルーク、たぶんそれ、正解だよ。」

「フィ、フィル様までそんな!」

「僕がどこで育ったか知っているよね。」

「あっ、」


 後宮の離れ、后妃達の世話をする侍女達が住み込む館。そこで母親や他の侍女達に囲まれて育った王子。それがフィルである。


「フィル……フィリップ・ディス・ガロード・モーリス、廃王子、か。王族がこんな所まで来るとはな。あの王に続き今度の王太子もそれに倣うか?」

「取り消せ。」


 一瞬のことであった。ずっと後ろで控えていたアルカイアが音もなく前に出てエルフの青年の首にブリングレードを突きつけていた。エルフはその刃からアルカイアへと視線を移す。だが動じた様子は全くない。


「何をだ?」

「とりあえずあの王子は今のところ俺のただ一人の主君だ。その主君を貶める発言は許さん。」

「あ、あの、アル、」


 顔色一つ変えないエルフに対し、フィルは顔を赤くしてあたふたとしている。剣を突きつけられた方よりも護られている方が困っているのだ。今までグラゼーオとリーゼナイセ以外フィルを護る者などいなかったので、こうもあからさまに忠義ぶりを発揮されると、とてつもなく恥ずかしいらしい。


「これは四龍剣の一つ、ブリングレードだな。その持ち主は青龍騎ということになるな。青龍騎は国を護る騎士だと思っていたが、いつのまに王族の専属護衛になったのだ?」


 アルカイアのこめかみにピキ、っと音を立てるくらいはっきりと青筋が立つ。


「エルフというのはペラペラとよくさえずるのだな。後宮なんぞもったいない。ここでまとめて捕まえて大道芸人にでも売り払ってやろうか。」


 忠義ではなくもうすでに個人で喧嘩を売っている。アルカイアはそれほど短気なわけではないが、やはり心の傷は相当深いらしい。もちろん売られた方も人間に売られた喧嘩を笑ってやり過ごすほど穏和にはなりきれない。一度は治まりかけた怒りが鎌首をもたげだす。


 キンッ!


 高い音が響きブリングレードが跳ね上がる。抜き打ちで剣をからめ取り跳ね飛ばそうとしたエルフのレイピアだが、アルが咄嗟に剣を引いたためそこまでは行かなかった。同時に控えていたエルフ達の武器も再び臨戦態勢となる。


「もう、アルもテクサさんもやめて下さい。僕のことはなんて言われてもいいですよ。気にしてませんから。剣を引いて下さい!」


 アルは不満げに舌打ちをしたが、斬りかかろうとするのをやめてゆっくりと下がる。まだエルフ達はこちらに向けて矢をつがえているので剣を納めたりはしないが。


「廃、いや、人間の少年、今私の名を呼んだな。あの戦争から30年、人間に我が名を名乗った覚えはない。なぜ私の名を知っている?」

「あ、よかった。やっぱりテクサさんなんですね。」

「知り合い?」


 なぜ俺に聞く、と思いながらルークは首を横に振る。リーゼナイセやアルカイアも初めて聞いた名のようである。フィルが森のエルフと面識があるという話はリーゼナイセも聞いたことがない。


「えっとですね、僕の母上とミシュラ母様がお友達なんです。」

「あ、姉上が!?姉上が今どこにいるのか知っているのか!」

「おい、貴様、手を放せ!」

「あう、あうあう、こ、後宮にいますぅ、」


 それまでずっと平静さを保っていた青年は、フィルの一言で剣を投げ出し詰め寄ってきた。フィルの肩をつかんでがくがく揺すり、それをリーゼナイセとアルカイアが引き離そうとする。だが必死になった青年はエルフとは思えない力でフィルを捕らえ続けていた。

 その剣幕に恐れをなしたミリィは薄情とは思いつつも涼の元へ避難する。ルークはフィルを助けようと思ったが、涼が首根っこを放さないので結局その場から動けなかった。


「シスコン、というやつか?」

「エルフにもいるんだねぇ。」


 とりあえず珍しい光景なのでスナップに収めておく。今回は涼も止めはしなかった。



 周知の通り、フィルの母親は元々後宮で働く侍女の一人であった。取り立てて美しいわけでもないし、家柄も下級騎士の次女とぱっとしない。遡れば王族の血に繋がるのだが数代過ぎれば何の価値も無い。後宮に入れたのはいろいろな偶然が重なったからに過ぎない。そして国王の目に留まったのもやはり偶然であった。国王にしてみればそれこそ道を歩いていたら目に入ったショーウィンドウの中の駄菓子を買ってしまった、という程度のことであろう。


 その結果生まれてしまったフィルは、これまた気まぐれのせいで王位継承権を得てしまった。何の後ろ盾もない人間にとってそれは不幸でしかない。后妃の侍女から后妃そのものになってしまい、フィルの母親への風あたりは当然強くなる。そして待遇も、今までの侍女としてのままであり、さらには仕事も今まで通りこなさねばならなかった。

 そんなフィルに乳母や教育係などが割り当てられるはずもなく、結果幼いフィルの面倒は侍女達が交代で見ることになったのである。その中に後宮で働く何人かのエルフ達もいた。


 フィルにとって一つだけ幸運だったことは、母親が仕える后妃の位がそれほど高くなかったという事であろう。というのも、侍女達の間にもやはり派閥というものが存在する。仕える后妃ごとに一派閥あるのだ。だが、それはあくまで第5后妃くらいまでの話で、それ以下となるとあとはもうどうでもよくなってくる。その無所属派の人数が最も多く、そしてフィルの事を可愛がる人間も結構いたのである。エルフ達はその無所属派に属しており、フィルの母親とも結構仲がよかったため、自然とフィルの世話をすることになっていた。



「ミシュラ母様からよくこの森のお話もしていただきました。その時はいつもテクサさんのお話になるんです。それでよく聞いていたのでわかったんです。母様達に、なぜ森から出たのかを聞いたことがあります。その時は悲しそうに笑って何も教えてもらえませんでした。」


 竜也達はエルフの青年、テクサに連れられて彼の家まで来ていた。フィルの話をネタに案内させたのである。それはほとんど脅迫といってもいい手口であったが、テクサにそれを断ることは出来なかった。


 テクサ達エルフの家は木の上にあった。地面に建っているのもあるが、半分以上は直径数メートルもある巨木にめり込むような形で建っている。樹をくりぬいたというわけではなく、うろや又が自然に広がってそこに家を建てたように見える。自然な造成だけではなく、おそらく魔法か何かを使って作られているのだろう。


 中に入ると外から見る以上に広く、7、8畳のワンルームくらいはありそうであった。それが縦に3階分くらいずつある。家族持ちだともう少し広い所に住んでいるという。そういう家の場合、一つの樹だけでなく、いくつかの樹にまたがって建てられていた。


「幸せそうだな。」

「鼻血出そう……」


 フィルの回想など何のその、竜也はエルフの村に入った瞬間からモータードライブかのごとくシャッターを切り続けている。一応話の邪魔はしないようにフラッシュは焚かず絞りと感度でやりくりしている。手振れを防ぐためウィズリードを三脚代わりにしていた。

 それだけではなく左手で器用にスマホを操作しているところを見ると、フィルの話もしっかりメモを取っているらしい。ひょい、っと覗き込むと、めちゃくちゃな変換をされた文がずらずらと連なっていた。そこには話の内容ではなくエルフ達の表情、情景描写がされている。会話記録は静から借りたボイスレコーダーが担当していた。


「姉様の他には何人くらいいたかわかるか?」


 テクサの声はだいぶ落ち着いていた。フィルは指折り数えていく。その指をエルフ達はじっと見つめていたが、それは彼らが期待していたのより遙かに少ない本数で止まってしまった。


「7人、です。」


 フィルは覚えている名前を挙げる。自分にとって母親代わりであった女性達が今なお置かれている境遇を考えると自然とその声は沈んでいく。


「ねえ、何人くらいが連れていかれたかってわからないの?」

「わからん。」


 さすがに竜也の声も弾んではいない。一応遠慮という言葉は知っているのだ。それでも画面を撫でる指使いは勢いを衰えさせることは無い。


「森の防衛に出た中で行方不明となった者。それがだいたい30人ほど。その中で何人が連れて行かれたかはわかっていない。」


 フィルの視線にリーゼナイセは目を閉じて首を横に振る。彼女も国王の後宮に呼ばれたことはなく、また生まれる前に起こった戦争の詳細を記録以外で知るすべはない。その記録も公式には国に都合のいいことしか書かれていないので、エルフの捕虜がいたことは詳しくは書かれていない。


「いや、それでも7人の所在が知れただけでもまだありがたいさ。」

「あ、そうだ!」


 フィルは思い出したように左耳に手を当てる。それを見たテクサは思わず声を上げた。


「それは、」

「後宮を出て神殿に入るときミシュラ母様から頂いたんです。もう片方は母様がしています。」


 そういってフィルは小さなイヤリングを差し出した。それは小さな銀細工で、派手さはないが細やかな装飾が施されている。ドワーフの銀細工師による逸品で、テクサがかつて姉にあげたものであった。


「カマくさいなぁ、と思ってたらそんなわけがあったのか。」

「お前はもう少し言葉を選べ。」

「いいのか?」

「僕が持ってるよりテクサさんがしていた方が喜ぶと思いますよ。」


 幸い竜也と涼の言葉は誰もわからなかった。リーゼナイセだけが聞いて聞かぬ振りをしてくれた。


 テクサはじっと渡されたイヤリングとフィルを見比べた。目の前にいるのは自分の姉をさらっていった男の息子である。だがその息子を姉は自分の子のように育てていたという。今までずっと人間を憎み続けていたテクサにとって、この矛盾した状況はすぐには受け入れることが出来そうもなかった。


 そんなテクサを見ていたアルが、ミリィを呼び寄せて小声で何か伝える。ミリィは少し緊張しながら、自分の荷物の中から羊皮紙とペンとインクを手渡した。アルは面白くなさそうな顔でその羊皮紙にペンを走らせる。何事かと思って竜也が覗き込むと、そこには次々と名前が書かれていく。後ろに男爵とか伯爵とかといった爵位がつくことから、貴族の名前だとわかる。A4程度の羊皮紙いっぱいに名前を書き終わると、ペンとインクをミリィに返し、羊皮紙をテクサに投げつけた。渡す、ではなくまさに投げつけた、である。


「何のつもりだ?」


 どうしてこの兄ちゃんは人が解きほぐした雰囲気を険悪な方へと引き戻すのだろう。そう思ったのは竜也だけではあるまい。


「俺の部下は全て貴族の子弟だった。その話を何かと聞くことがあった。その中で武勲に対し後宮からエルフを下賜された連中というのがことのほか多くてな。覚えている分を書き出した。それは受け取ったであろう貴族の名だ。それぞれが抱え込んでいる人数まではわからん。」

「ふーん。アルんとこには来てないの?」

「別に希望してませんので。」

「下賜、だと?人間という奴は、我々をなんだと思っているんだ!」

「この国の物全ては王家のためにある。それが国というものだ。功に対し賞を与えるは当然のことだろう。むしろエルフにそれだけの価値があったという事だ。喜べ。」

「きっさまぁ!!」

「やるか!!」

「リヒトフォーン家の爵位もきっと同じくらいお安く売り払われちゃうんだろうねぇ。」


 一触即発の雰囲気は、竜也の何気ない(!?)一言で一方的に終わってしまった。それを耳にした瞬間、まるで糸が切れた人形のようにアルの体が崩れ落ちる。抜こうとしたブリングレードも、ガシャンと音を立てて地に転がってしまった。おかげでテクサ達の怒りのやり場も消失してしまいレイピアに伸びた手も行き場を失ってしまう。


「あ、また自閉症モードに移行?」

「む、むごい……」


 がっくりと膝をつきうつむいてしまったアルの姿に、ルークは同情していいものかどうか悩んでしまった。同情していることを悟られると怒られるのはまず間違いないだろうから目をそらす。すると楽しそうにアルの写真を撮っている竜也の姿があった。その容赦ない姿勢は本当に英雄の生まれ変わりかと問いつめたくなる。問いつめればきっぱり否定されるであろう事もわかっているのが困りものであった。


「どういうことだ?」

「えーっと、実は僕ら兄である王太子と喧嘩しちゃいまして。父上は臥せているので兄が実質この国を動かしているんです。その兄と喧嘩した僕と一緒にいるのでアルも追われているんです。あ、ここに来ていることはばれていないから絶対大丈夫です、はい。」


 仮にばれていたとしても今のモーリスにこのエルフの森へ攻め込むだけの余力はない。それを見越して静やリーゼナイセもここへ来ることに反対しなかったのである。


「喧嘩?」

「はい、元々仲がいいわけではなかったんですが、今度のは極めつけでして……」


 癖なのかリーゼナイセのローブの端を握っているが、口調はあっさりとしている。フィルの中で兄たちはこの国の中で最も縁遠い連中でしかない。それと袂を分かつことは別に苦ではない。唯一の心配事は育ての親であるグラゼーオだが、それこそ心配するのが失礼というもの。義母達も、馬鹿王子が実権を握っているとはいえ国王の後宮に手を出せるはずもないので心配はいらないのである。

 そんなわけでさらっと事も無げに照れ笑いするフィルをエルフ達は好奇の目で見つめた。視線を感じて余計に赤くなるが、それは反感を買うものではない。少なくとも先ほどのアルの言動を埋め合わせてお釣りが来る程に好感を持ってくれたらしい。


「今日はもう遅い。」


 ふっ、と笑うとテクサは外を見て立ち上がった。


「長老には俺から話してみよう。許可が出れば明日、北の村の近くまで案内しよう。」

「本当ですか!?」

「やりぃ。将を射んとすればまず馬を射よって奴だね、りょーちゃん。」

「使い方はあながち間違いじゃないが本人の前では言うなよ?」


 テクサは剣と精霊魔法しか使わないがエルフの中には通常の黒魔術を使う者もいる。そこにいるエルフの何人かはテクサと竜也を見比べて苦笑していた。それをテクサが訝しがっても笑って誤魔化していたから、彼らも同じ思いだったに違いない。


「しばし待て。このリストも含め長老へ報告してくる。」

「その必要はない。」


 その声は戸口の外から聞こえてきた。凛とした声。細いソプラノであったが、か細いという印象はない。硬質なダイヤモンドの針のような声であった。声に続き扉が開いて一人の女性が入ってくる。もちろんエルフである。


「あ、アロア……」


 今までリーダーらしく振る舞っていたテクサが、その女性が登場したとたん及び腰になる。さらにその後ろから出てきた、エルフにしては珍しく年を感じさせる老婆の姿を認め、威厳らしい威厳は欠片もなくなってしまった。


「誰?」


 竜也は近くにいたエルフに小声で聞いた。しどろもどろになって事情を二人に説明するテクサを、彼は気の毒そうに見ていたのだ。


「長老と、我々の実戦部隊を率いるアロアです。」

「なるほど。」


 司令長官か、と勝手に解釈したが、まあ間違いはないだろう。そうするとテクサは前線指揮官というところか。立場的に頭が上がらないのは当然として、両者の間にはそれ以上の明確な力関係があるように見える。人間スカウター、もとい涼に聞くと、やはりアロアという女エルフの方に分がありそうだという。だがそれ以上に、

「アロアはミシュラと仲がよかったから。」

「ああ、なるほど。」


 ほぼ姉同然ということになる。シスコン極まれりなテクサが太刀打ちできる相手ではない。

 事情を聞き終えた二人は、まずフィルの所へ来た。リーゼナイセがかばおうとしたが、涼が止めてしまう。二人に見下ろされても、フィルは少し驚きつつもまっすぐに見返す。敵意も虚勢もない、好奇心混じりの純粋なその視線に長老の顔に笑みが浮かぶ。


「あの子にそっくりだねぇ。」


 そういってフィルの頭をくしゃくしゃと撫でた。どうもフィルの頭は撫でてみたくなるオーラを放っているらしい。フィルも撫でられるのは嫌いではないが、こうも続くといつかは自分が撫でる側に回ってみたくもなる。それにはまず身長を伸ばさなくてはならないが。


「あの子?」

「ああ。アルテミア、お前の曾々祖母さんになるのかねぇ。」

「アルテミア様を知っておられるのですか?」


 思いも寄らぬ名前が出てきたためフィルはオウム返ししかできない。話にだけは聞いていたが、アルテミアという人物はフィルが生まれるよりも前に死んでしまっているので、肖像画でしか見たことがないのだ。


「ふむ、ちょっとね。この森には外から人が迷い込まない為の結界と、森の中心から魔物が出てこられないようにする結界。その2種類の結界が存在することは知っているね?」


 フィルは黙って頷く。他のみんなも頷きはしないが周知の事実。竜也だけが、半分忘れていたような苦笑いを浮かべている。


「その結界は我々エルフと、一人の人間の魔術師が協力して作ったのさ。」

「まさか、継承者?」

「そう、よくわかったね。さすがは今代のルーンマスターといったところかね。結界を作ったのは6代目の継承者。7代目の時に、あやつはアルテミアを連れて時々遊びに来ていたのさ。お忍びで護衛も連れずに出歩かせるにはいい場所だ。それに素直で気立てもいいあの子のことは村の者も嫌いじゃなかったからね。」


 一瞬だけ、孫を見るような慈愛に満ちた笑みが、遊びを思いついた静と同じくらい邪気に満ちた笑みになり横に立つアロアを見た。それはほんの一瞬で、気付いたのは涼だけであった。その涼でさえ、あまりの落差に我が目を疑ったほどである。

 その視線を向けられた本人は、複雑な表情でフィルを見ていたが、やがて耐えられなくなったのか、長老に一礼すると出ていってしまった。出口から顔が消えるとき、一瞬視線がリーゼナイセと交差した。だがそれが何を意味するものかは、残念ながら涼にはわからなかった。


「あ、あの、僕何か悪いことしちゃいました?」

「ほっほっほ。アロアは人間の魔術師にこっぴどくふられてのぉ。それ以来人間嫌いに拍車がかかってしまったんじゃ。もちろん30年前のこともあるがな。お前さんは気にせんでええ。」

「って、ええっ!?」


 それはフィル達よりもテクサ達若いエルフ達の方を驚かせた。青年期の長いエルフ族であるから、アロアの若い頃を知らぬ者も大分いる。テクサを始めとする実働部隊などは数十才という若い世代で構成されているので特に驚きも大きかった。


「あ、あの、その人間の魔術師って、まさかその結界張ったって言う魔術師?」

「そうじゃ。6代目のな。7代目になって、いざ再会、と浮かれて会いに行ったら、開口一番『はじめまして』。おまけに当時のお姫様連れてきて目の前でいちゃいちゃされりゃそりゃかわいさ余って憎さも千倍じゃろうよ。ひゃっひゃっひゃ。」


 なかなかこの長老、困った性格のお方らしい。唖然とする周りの様子も含めて楽しんでいるように見える。


 そして涼と竜也は顔を見合わせて冷や汗を流していた。今までの話を総合すると、次に起こるであろう騒動は当然修羅場になる。もちろん斬ったはったの修羅場であれば二人もあっさりと受け流すことが出来る。だが今度のはそうは行かないだろう。恋愛がらみ、しかも現状ではかなり縁遠いと思われる大人の関係とやらが絡んでくることになる。


 竜也は女の子とデートするよりまだ友達とゲーセンに行くことを選んでしまう。それに交際費よりゲームを買う金を優先するだろう。涼に至っては、高校に入学してすぐに女の子に告白されたものの、


「あいにくだが眼中にない。」


 の一言で振り、クラス中の女子から総スカンを喰らった強者だったりする。ちなみに彼の名誉のために言葉を補完しておくと、道場の仕事が忙しいため交際という行為そのものに手を回せない、と言いたかったのである。その様子を見ていた静は声を出さずに大笑いをしていたが、当然フォローするような性格ではない。竜也のフォローは、


「えっと、りょーちゃんは道場の仕事の方があるから女の子にかまってる暇なんて無いんだよね。」


 というフォローになっていない説明をし、かえって涼の立場を悪くしていた。


 そんな二人なので、もしあのアロアという女エルフが静に迫っていったとき、どういう態度をとればいいのか悩んでしまうのである。竜也としては、静の正体をばらすのはもう少し後にしたかった。でないと面白くない、というだけの理由で。涼はやっかいごとを増やしたくないという理由である。


「まったく、居たら居た、居ないなら居ないで騒ぎを起こさずにはいられない奴だな。」

「だから楽しいんだよ。あはははは。」


 同じ頃、二人のことを同じように評価しているとは露ほどにも思わない二人であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ