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継承者  作者: dendo
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 先に戻ってきたのは竜也だった。ナップサックを背負いビニール袋を二つ抱えている。友人が戻ってきたことにほっとする気持ちがまったく無いことに自分でも驚く。それよりも先にその荷物に不安感を覚えてしまうのだ。


「はぁ、はぁ。間に合った。あれ?何、その子。」


 息を切らして駆けてきた竜也の視線の先には、静の膝の上で丸くなっている小さな猫がいた。真っ黒な子猫で、体のわりに長めの尻尾が無意識にゆらゆらと揺れている。赤い首輪をしているところから野良ではないとわかるが、近くに飼い主の気配はない。


「そこの木の上に登って降りられなくなっていたんだよ。降ろしてやったら安心したのか寝ちゃって僕が動けなくなってた。で、竜也君。その大荷物は何か、聞いていいかな。」

「もちろん!」


 竜也はよくぞ聞いてくれました、とばかりに胸を張って満面の笑みを浮かべた。そして袋の中身を広げていく。


「まずは乾電池、大量に。これが全ての基本だね。」

「基本だね、ってあのね。どしたのさ、これ?」

「ふふーん。秘密の入手ルートがあるのさ。」


 胸をはる竜也の手には、スーパーの袋一杯になった乾電池があった。単3と単4が混ざっている。どうやら新品ではないようだが、それにしてもこれだけの量をよく集めたものである。この袋で殴れば人を殺せるくらいに重い。


「で、デジカメ。スマホもいいけどやっぱ一眼じゃないとね。買っててよかったー。それとメモリ山ほど。いやー、バックアップしておいて良かった。いい?これ全部使い切るまで帰ってこなくていいからね。狙いはやっぱ魔法だよ。モンスターもいいね。あ、ドラゴンは必修科目!データはRAWじゃないとダメだからね。」


 静はほんの少し安堵しそれを大幅に越える不安感を覚えた。確かに一眼のデジカメは静も持っているが、親と共用なので持ち歩きはしていない。去年の夏のバイト代をつぎ込んだ一眼レフを持たせるあたりに竜也の本気度がうかがえる。


「で、乾電池だけじゃあれなんでソーラー充電器。これでなんとか食いつないで。テキストエディタは静も入れてたと思うからそれ用のキーボード。電池はどっちかというとこっち用ね。」


 離ればなれになる友人に対してとは思えないようなセリフを延々と続ける竜也に不安を通り越して頭痛がしてくる。もちろん静は彼が何を言いたいのかは理解しているのだが、この場合理解出来る自分が少し悲しい。


「君は……僕に何を期待しているんだい?」


 こめかみを押さえつつとりあえず聞いてみる。あまり答えを聞きたいとは思えないが。


「もちろん、イカス冒険ストーリー!理想を言えばそのまんまマンガにしちゃってもいいがインクやらペンやら紙やら持っていくわけにはいかないでしょ。」


 今更ながらにこの小さい友人がそちらの世界に片足を踏み入れていることを思い出す。普段は妙にアクティブなので時々忘れてしまうのだ。ふと脳裏にかつて住んでいた王宮の豪華な執務室でスクリーントーンを削っている自分の姿が過り目眩がした。あの世界の後宮に腐った文化を持ち込んだらどうなるだろう、とか一瞬考えてしまった。


「でしょ、って言われてもねぇ、ってのわ!」


 どさっ!とやたら重いものが頭の上から降ってきた。静はそれに潰されベンチの上に突っ伏す。なんとかふんばって膝の上の子猫だけは守るが。これだけ大きな声を出しても起きないのだからいい度胸をしている。野生を完全に失っているという言い方もあるかもしれない。


「餞別だ。持っていくといい。」


 起き上がらなくても誰と解る低く落ち着いた声。


「これは、何ですか?」


 ここまで来るとなんかもうどうでもよくなってくる。120%の義務感で聞いてみる。


「米30キロ。」

「おお、ササニシキだ。すげぇ。」

「すげぇ、って、あのね。」


 どうやらこの純和風人間な友人は、10キロの米袋3つを担いで平然と歩いてきたらしい。確かに、値段を考えれば今の彼らにとって大盤振る舞いでありそう言った意味では誠意溢れる餞別である。すごい、という表現も間違いではない。


「もちろん醤油2リットルと味噌も付けてあるぞ。」


 味噌は御丁寧に瓶入りの合わせ味噌。おまけでだしの素と煮干しが添えてある。


「りょーちゃんまめだねぇ。」

「当然だ。本来なら水もあったほうがいいのだがな。」

「く、くっくっくっく。」


 笑い声は米袋の下からのものであった。それは始め小さく、そして耐えられなくなると次第に大きくなっていった。


「ど、どうしたの?」

「打ちどころが悪かったか?」

「ご、ごめん。ちょっとね。自分が何者か思い知らされた。」


 静は二人の顔を見る。収まりかけてた笑いが再び込み上げてきた。

 竜也はとにもかくにも静が帰ってくることを信じて疑わない。涼の方は悲壮感のかけらもなく日常を続けている。別れの言葉はまず間違いなく「生水に気を付けろ」だろう。自分が転生体ではなく継承者であることを、これほどまでに実感できたことは今までにない。

 自分の膝でうたた寝を続ける猫の首根っこを掴みあげる。さすがに起きたらしく、緑色の瞳で眠そうに静の顔を見上げてきた。静はその子猫を竜也に渡す。人に慣れているのか、猫は文句一つ言わずに彼の腕の中に収まる。


「あー、おかしい。まったく、こんなどっかの主婦みたいな格好で召喚される魔術師がどこにいるんだか。」


 そう言いながらもそれらのお土産は全て手に持つ。痛快な好意とわかっているのだが、その総重量はなかなかに来るものがある。本当はどこかに嫌がらせも含まれているのかもしれない。

 静は二人を下がらせると光球の脇に立った。


「じゃ、ちょっと出かけてくるよ。」

「お土産よろしくね。」

「帰りはいつになる?あまり遅いと由紀さんに心配をかけることになる。」


 由紀とは静の母親で涼にとっては叔母に当たる。


「ん。召喚術は効力を失えばすぐに戻れる。この場合次元を越えての召喚だから時間軸は補正されるんじゃないかな。だから今日の内に戻ってこられるかも。」


 それはあくまで推測であって、逆に100年後とかに飛ばされる可能性もある。だがあえてそれを言うこともしない。


「では今日はここでしばし待ち、後は流れに任せることにしよう。」

「そうしてくれ。あ、荷物どうしよう?」


 そう言ったのは大量の御土産ではなく普段持ち歩いているナップサックの事である。


「持ってったら?」

「でも備品も多いんだよね。」



 神谷探偵事務所。それが今現在静の父親が勤めている仕事場の名前である。母親はそこの所長の娘だったりする。所員は7人と小規模。主に浮気調査などが専らなのだが、腕っ節が知れ渡っているせいできな臭い仕事もよく回ってくる。それは静の父親の担当であった。

 静はそこのアルバイト、というか家事手伝いか、をして小遣いを稼いでいるのである。浮気調査など思春期の息子にさせる仕事ではないのだろうが、案の定歪んだ性格になってしまったのだ。

 備品というのは、本当に備品なのか疑いたくなるほど怪しい道具の数々である。それが教科書などほとんど入っていないナップに常備されている。ある意味危険度では涼の雪月花以上であろう。

 一眼レフのカメラは仕事の時は持ち歩くが、普段は携帯性を重視したコンデジで済ましている。竜也もそれを見越して自分のをわざわざ持ってきたのだ。

 ちなみに、竜也の両親はいたって平凡なものである。父親はサラリーマン、母親は専業主婦。別に昔傭兵をやっていたとか駆け落ちしてきたいいとこの御坊っちゃんお嬢ちゃんとかといったオチもない。ドラマになるようなトラウマもなく、至って平凡な日常を淡々と繰り返しながら成長した、はずである。



「いざというとき使い慣れた道具があったほうがよかろう。備品と言っても経費で落とした私物だろうに。」

「違いない。じゃ、持っていくかな。」


 静は軽く笑って右手を振り下ろした。空中に描かれていた血の魔法陣が消え去る。光は一瞬ためらうように留まり、そして再びその光量を増していく。


「生水には気を付けるように。」

「ああ、正露丸くらい持ってくればよかったね。」

「大丈夫。常備薬は少しはあるから。」


 竜也は子猫の手を取ってバイバイと手を横に振らせる。静は思わず苦笑する。二人を見ていると、本当に田舎に里帰りでもするんじゃないかと思えてくるから不思議である。そして何事も自然の流れに任せる自分にしては珍しく強く思う。絶対帰ってくる、と。

 光の珠は大きくなりながらゆっくりと動いていく。静と二人の視線を遮るように。


「……あれ?」

「ほえ?」

「ん!?」

「フゥゥゥゥ!!」


 光球は相変わらず大きさを増し続け人をすっぽり包みこむほどになる。そう、竜也と涼を丸ごと包みこむほどに。竜也の手の中の子猫が初めて警戒の声を上げた。


「は、離れろ。呼ばれてんの君らのどっちかだ!」

「なにぃ!?」

「なんですとぉ!?」


 静は慌てて駆け出しながら叫んだ。それを聞いて呆然となっていた二人も我に返り互いに離れようとする。

 ガンッ!

 ガツッ!

 鈍い音が内側で二つ。中の二人が揃って頭を押さえる。どうやら光球は一度入った者を逃がしてはくれないらしい。


「ちっ、間に合うか?いや、間に合え!」


 光を増し中の様子が見えなくなりつつある召喚球に飛び込む。伸ばした手に触れるものがある。それが何かはもう見えないが、涼と竜也の手だということを静は何故か確信していた。




 光が消えたとき、そこには空になった3つのファーストフードの紙袋だけが残されていた。


「ルイー、ルイー。」


 女の子の声が近づいてくる。灰色のブレザーは竜也達の高校の女子であることを示している。


「どこ行っちゃったのかなぁ。」


 彼女はベンチの後ろの木を見上げた。彼女の探している相手は木に登って降りられなくなることが結構あるのだ。それも学習能力があるのか時々心配になる程頻繁に。


「まったく、迷子になって車にでも轢かれたらどうするのよ。」


 彼女はベンチの上の紙袋にはまるで気付くこともなかった。


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