表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承者  作者: dendo
19/30

遭遇

「それでは我々はここで。」

「お気をつけて。」

「ああ。お前達も、十分に気を付けてな。街まで近いとはいえ守備兵の監視範囲にはまだ半日ほどある。いざとなったら荷は捨ててお前達だけでも逃げるんだよ。」


 二台の荷馬車は噂の『エルフの森』の近くで別れることになった。これ以降徒歩となり、トルーナが竜也達一行に護衛され当初の予定通り北へ向かう。そして馬車と商人二人はここから東に行き城塞都市ファータムへと向かうのである。竜也達がルドルセンから譲り受けた馬車はトルーナが買い取ってくれるという。森を抜けてからまたどこかで買い直すこととなるだろう。

 ちなみにいくつか通らざるを得ない関所へ提出する書類には後者のルートが記載されている。ここからファータムへの道は整備されているとはいえ北にすぐ森林地帯があり、決して安全とはいえない。そこを護衛無しで行くのはかなりの危険を伴う。だが、トルーナの護衛を減らすわけにもいかず、彼ら二人は危険を承知でこれからの旅を引き受けるのである。


「ねえ、どうにかなんない?」

「どうにかと言われましてもねぇ。」


 静はちらりと面子を見回した。単純に戦闘能力だけを考えれば、涼、あるいはアルカイアのどちらかがついていけば事足りるだろう。さんざおもちゃにしていながら、実はアルカイアへお評価は決して低くない。しかしその後合流することを考えると、とてもじゃないが任せられないのである。また、静自身がついていっても護衛くらいは出来る。しかしそうすると今度はエルフの森へ案内無しで行かせることになりこれまた不安で仕方が無くなってくる。


「ん?なに?」


 不安要素の一つが商人達を他人事のように心配している友人であることは本人は全く自覚していないだろう。静抜きで交渉することも不安だが、何よりこの少年は予測が全くと言っていいほどつかないのである。普段ならばそれでも涼がいるからいいが、今は子供達のお守りで手一杯になる。流石にそこまではフォローしきれないだろう。

 だが、そんな静の心配を余所に、竜也はじっと静を見つめてくる。何か手を打つことを期待、というより確信している目である。

 その心情を察してか、涼が静の肩にぽん、と手を置いた。


「こっちは何とかしよう。どうにもならなくなれば私も剣を抜く。」

「こんな手入れ道具の少ない世界で斬ったはった繰り返したりしたら雪月花が泣きますよ。それだけならまだしも死んだ爺さんが化けて出て来かねない。」

「かもしれんな。だが袖摺りあうも多生の縁という奴だ。その縁を疎かにするようなまねはしたくないな。」

「他生の縁、ねぇ。そう言われてしまうと僕は確かに逃げられないなぁ。」

「ここまで関わって多いも少ないも無いでしょ。じゃあやっぱ静が二人の護衛。僕らがトルーナさんにひっついてエルフの森。けってーい。そう言ってくるね。」


 ここまで確定的に言い出したら竜也が人の話を聞き入れることなど滅多にない。駆け出していく竜也の背を見ながら、静と涼はあきらめたような苦笑いを浮かべた。ただ、後で「多少」ではないということだけは教えておかないと、と確認し合うのは忘れなかった。


「いいですか、僕はこれからしばらく別行動になりますけど、あなたはまだ体内の再生が終わってないんですからね。絶対に無茶しないで下さいよ。抑える人がいないんですから。」


 別れ際、静はあらためてリーゼナイセに強く言い含めることにした。が、彼女はそれを聞いても表情を変えるそぶりすら見せない。本当に聞いているのか疑わしくなってくる。


「フィル、いいね。君からもよーっく言い聞かせておくんですよ。」

「はい。」


 元気よく返事するフィルの頭をくしゃくしゃと撫でる。それを見てリーゼナイセが小さい吐息を漏らす。フィルをたてに取られて彼女も口を開かざるを得なくなったようである。


「ずいぶんとお節介なこと。何があなたをそこまでさせているのかしら?」

「もちろん、愛ですよ、愛。愛しい人を心配することなど当たり前でしょう。」


 リーゼナイセの問いに躊躇うことなく即答。その場の空気が一瞬にして凍り付いた。それを発言した本人はともかく、その対象となる人物におおよそ似つかわしくないと思われるセリフであった。


「セイってああいうこと平気で口にするから信用無くすんだよねぇ。」


 自分たちの荷物を二つに分けながら竜也はポツリと呟いた。とはいえその手を止めたりはしない。とにもかくにも静にデジカメと携帯充電器を持たせることを優先しているのだ。


「奴の言動でまともに信用得ようと思ってのことなどあるわけがないだろう。全ては自分だけのためだ。えーい、くそ。いったい何が入っているだ、これは!」


 珍しく言葉が汚くなっている涼は静のナップサックを漁り続けている。双眼鏡、数学の教科書、水筒、特殊警棒、メモ帳、カメラ、国語の教科書、カップラーメン……。一向にお目当ての米袋に辿り着けずにいる。その様はまさにあわてたときのドラえもん状態であった。

 静が財布代わりに使っている異空間ポケットとは別に、ナップの方も同様の魔法をかけてあり容量が増大している。こちらは単純な容量拡大で、必要と思われるものを適当に詰め込んだのだが、学校帰りの元の荷物も混ざっているためとてもカオスなことになっていた。


「あ、それもらい。」


 目ざとく涼が拾い上げたカップ麺を竜也は自分のナップに放り込む。向こうの世界ではありふれた合成調味料の味がこの上なく美味に思えてくるから不思議なもの。ジャンクフードを好まない涼でさえ一口食べてみたくなるほどであった。

 静の行動に慣れきっている二人は全く動じていなかったが、言われた言葉の意味をすぐには飲み込めないリーゼナイセは驚きに目を丸くして目の前の少年を見つめていた。


「あと三日もすれば君の中は一通りの機能を取り戻すはずです。そしたらね、お祝いに僕がとっておきのご飯とお味噌汁を作ってあげますから。楽しみに待っててくださいね。」

「味噌汁作ってくれって逆のプロポーズだよねー。今時そんな奴いないだろうけど。」

「……ちっ。」


 涼は舌打ちして散らかした荷物をナップザックに詰め込んでいく。あんな言い方をされたら隣で一人まともな食事など出来るはずがない。

 その様子を見ながら竜也は苦笑していた。


「知らなかった。りょーちゃんてお米食べないと人が悪くなるんだね。禁断症状?」

「さあな。ただ、この頃頓に雪月花を振るいたくなるときがある。相手が誰であろうと、手加減無しでな。」


 クッ、と涼の口の端が持ち上がる。本人は笑ったつもりなのだろうが、隣にいる竜也は舌なめずりする肉食獣の横にいる気分になっていた。

 一方、ようやく静の意図するところを飲み込めたリーゼナイセは、驚きを通り越して珍妙な生物を見るような目で静を眺めている。アルカイアに声をかけて無駄に怒らせている様を見ながら、彼女は魔術師というものの定義を考え直すべきかどうか、それだけを考えていた。




「へっへっへー。」


 カシャ、シュ、カシャ、シュ。

 無骨な金属の塊、に見えて意外に軽そうな動きで竜也の手の中の銃が踊る。魔術師の杖より遙かに短く頼りなさそうに見えた。だがそれが熟練の弓兵がおもちゃの兵隊に見えるような物騒な代物だとは周りの者にはわからないだろう。どれだけ強力かというと、そこから撃ち出される特殊加工弾は一撃で人を死体(と書かれた札を首に下げた肉塊)に変えてしまう。しかもそれは自然の中で分解され土に還る環境に優しい高級弾頭なのである。

 デザートイーグル。背が低く顔も幼い竜也は手の大きさもそれほど大きいわけではない。その彼が持つにはいささか無骨すぎると思われる。だがそれを操る手つきは淀みなく、まるで腕の中で踊っているようにも見える。



「いいですか、僕がいない分後ろの守りが少なくなるんです。だから竜也も戦力になってもらわないといけないんです。」

「なってるじゃん。」

「NPCとしてね。」


 NPC、ノンプレイヤーキャラクター。自分たちの思惑の外で動くいわば不確定要素である。往々にしてこっちの意図を無視して敵に突っ込んでいき撲殺される。戦士タイプは特にその傾向が強い。


「ぬう、言い得て妙だ。」

「納得しない。いい、僕がいない間は、アルやルークの言うことをよく聞いて、確実に敵を倒すこと。」

「ふ、その時点ですでに論理が破綻しているな。俺に剣振り回して敵を倒すだけの技量は無い!!」


 胸を反らして声高らかに宣言する竜也。当然それは離れているフィルやトルーナ達にもしっかり聞こえている。己の未熟さを正面から受け止め認める素直さは時々うらやましくなるが、それでもこの頭痛に似た眩暈は何度感じても慣れるものではない。

 実のところ、元々の運動能力に短期間とはいえ魔法薬を併用した強制トレーニング、そして実はウィズリードから流れてくる記憶のフィードバックによって、以前とは比べ物にならない戦闘力はついている。ただ、それをまともに戦闘能力として使いこなす気がないだけなのだ。


「自分の力量をわきまえるってのは生き残る基本だからまあいいでしょう。で、そんな君のために用意したのがこれです。」


 そう言って静は何でも出てくるナップサックに手を入れた。



「本当にそれが武器なんですか?さっぱり使い方がわからないんですが。」


 コンピュータゲームの隊列と違い、隊列は一番弱い者を真ん中に置く。消去法でアルがしんがりを務めることになったため、今先頭は竜也とルークが務めている。周りからアクティブオタクと称される竜也は、実際森や山歩きもそつなくこなし、後続のために最低限の下草を払いながら歩いているのだ。そこら辺の技術はルークどころかアルやリーゼをも上回る。


「ふっふふーん。西邦学園サバゲー同好会のトリガーハッピーを甘く見てはいけないよ。」


 あまり名誉な二つ名ではない。だが、とにかく竜也は上機嫌であった。剣と魔法の世界に飛び込んできたのはこの上ないラッキーだが、だからといって普通に剣を振るうなど陳腐すぎてやる気になれなかったのである。せめて涼のように得物が日本刀であればまだしも、光だろうが闇だろうがありふれた聖剣やライトセイバーでは魅力に欠けるというものである。腰の剣がブーブー文句を言っているようだが気にしない。


 で、今竜也の手にあるのは弾がBB弾とはいえ紛れもない銃である。周りが剣で自分だけ銃というのは何となく卑怯で悪役的な気がしないでもないが、そこは技量のハンディということで目をつぶってもらうことにする。竜也に異議を受け入れる気はさらさらない。全ては彼の趣味と原稿のネタが優先されるのである。


 静が用意した竜也専用の武器。それは魔術により強化したエアガンであった。ここで重要なのは銃、というポイントである。銃のような魔法器具、ではいけない。あくまでガンオイルと硝煙の匂いが漂う鉄の凶器、それが肝なのである。竜也的には。

 エンチャント技術により魔法武具となったエアガンは、使い手の魔力を糧にBB弾に一定の属性を与え撃ち出す。ただし、その為のBB弾は呪文を書き込んだ特製BB弾でなくてはならない。目下の所それが一番の難点と言えた。補給。つまりロジスティクス。いい響きである。弾切れのない銃など銃ではない。


 まずは先程いじっていた破裂のデザートイーグル。大口径の代表格であるこの銃には破裂の魔法が付与されている。敵に命中すれば衝撃波による追加ダメージを期待出来る。


 次が灼熱のベレッタM92F。アメリカ陸軍制式採用ということと、それ以上に某ゾンビゲームにより飛躍的に知名度の高くなったオートマチック。文字通り炎の魔法が添付されている。ファイヤーボールの魔法のような大爆発は巻き起こさないが、高温によるダメージと場合によっては着火もあり得る。当然炎に弱い敵には効果覿面だろう。ゾンビ相手には最適の銃となる。というより、今竜也はゾンビに出会いたくてうずうずしてると言っていい。


 最後が氷のワルサーPPK。冷却の魔法の付与。それは追加ダメージを期待するというよりは、むしろ弾着部分を一時的に凍り付かせ相手の動きを止めるという用途だろう。むろん、炎の属性を持つ相手には追加ダメージとして有効になる。


 そして静が自分で使うから、と持っていってしまったのがCz75。雷撃の魔法を付与する予定、だそうだ。まだエンチャント処理が終わってないうちに片手が無くなってしまい施術できなくなってしまったのだ。続きは腕が再生してからするらしい。


 そして余裕があれば仕込み銃用のデリンジャーも用意しているという。それらのチョイスはもちろん竜也にとって願ったりかなったりだが、竜也が静に頼んだわけではない。静が自分で考えてやっていることである。


 この二つの世界にまたがった知識を楽しんでいるのは竜也だけではない。そういう意味では竜也は静をうらやましく思っているのである。有り余るオタク知識と目の前に広がるプレイ空間に対し、今の竜也ではやりたいことの半分も実現できない。そのもどかしさはやがて力への渇望へと変わっていくのだ……


「とまあそういう裏切りフラグな話は置いておいて。俺が静やりょーちんに勝つには100年かかるし。ほれ。お米に般若信教書く人がいるとかって話どっかにあったよねぇ。」


 そう言われてもルークにはなんのことだかさっぱりわからない。ただ、竜也がしげしげと眺める、真珠よりさらに小さな玉に、なにやら文字が書かれていることだけは見てとれた。よく見ればそれが魔術師がよく使うルーン文字だとわかるだろう。

 静が用意した弾は150発。そこで力尽きたのだ。たった一文字とはいえひたすらBB弾に呪文を書き込んでいく作業は、流石に夜の見張りの暇つぶしでも辛いものがあったという。


「いいですか、絶対に無駄撃ちとかしないで下さいよ。絶対ですからね。」

「わかってるよ。だーいじょぶ。秒間16連射とかしないから。」

「そんなことしたら本気で泣くよ、僕は。」


 とひたすら念を押していたのも無理はない。それを思うと、流石に竜也でも試し撃ちでカートリッジを消費するのはためらわれるのだ。通常のBB弾のままでも十分に牽制にはなる。前に涼が指弾でやっていたのと同じ命中精度で着弾させることが出来るだろう。よって実際にはその両方を使うことになる。しかしそれでも、ガスの方には限りがあるので無駄撃ちは出来ないのである。

 今までも被写体としてのモンスターを待ちわびていた竜也だが、こうなると俄然待つ意味合いが違ってくる。最終的には魔王のこめかみに銃口を突きつけ「ハスタラビスタ、ベイべー」と言うつもりでいる。まさに矢でも鉄砲でも持ってこい、という気分であった。


 ヒュン、ザクッ!


 そんな竜也の願いを聞き入れたというわけではないだろうが、架空の敵に照準を合わせながら歩く竜也の足下に警告と思われる矢が突き刺さった。


「ん?おわぁ!!」


 ズデン。


 警告は誰にでもわかるように、そしてすぐに立ち止まればなんの問題もない位置に突き刺さったはずなのだが、生憎その配慮は無駄に終わった。並み居る悪魔達と魔法VSデザートイーグルの銃撃戦(脳内)を繰り広げている竜也にはその矢に気付く余裕はなかった。隣を歩くルークが止める間もなく直進し見事に足を引っかけ転倒したのである。


「あでででで。なんだぁぁ!?矢ぁだぁ?誰だよ、まったく。」


 全くはあんたでしょうに、とルークは心の中で声高々に叫んでいた。振り返ると、すぐ後ろにつけていたはずのリーゼ、フィル達以降が3歩ほど離れている。ルークは気付かなかったが、矢が刺さる少し前に3番手にいた涼が二人を止めていた。竜也を止めなかったのは手が届かなかったこともあるが、矢が竜也を狙っていないことを知って放っておいたという方が正しい。その後つまずこうが転ぼうが自業自得である、と。

 そういう突き放し方は日常茶飯事なので、一瞬恨めしげな視線を送るもすぐに引っ込める。それが鉄面皮な友人に対し無力であることを知っているのだ。変わって、すぐに左の鉈代わりのサバイバルナイフを腰に収め涼が投げよこすデジカメをスタンバイする。


「く、くっくっく。いいぞぉー、いいよいいよ。矢だよ矢!ザッツエルフィンボウ!さあ、どっからでもカモンカモン。君たちの雄姿はこの俺が余すことなく後世に伝えよう……あだっ、」


 すでに目の焦点まで合わなくなってきていた竜也の後頭部を涼がはたいた。静に対しての時と違い遠慮はしないが容赦はしている。これが静に対しての場合だと問答無用で雪月花が飛んでいる。


「りょーちん、痛い。」

「自業自得だ。断りもなく写真を撮るのは失礼だと常々言っているのはお前だろう。」


 わざわざデジカメを渡しておいてよく言う。だがそう言われて竜也は手を額に当ててふらふらとよろめいた。


「そ、そうだった。俺としたことが……写真を撮るときはレイヤーさんに一声かけて鍵かけてが基本であり最低限の礼儀だというのに!つい我を忘れてしまって!なんて愚かなんだぁぁぁ!!」

「愚かさを認めるにやぶさかではないが、素のままの人間をコスプレ呼ばわりするのも十分失礼だと思うぞ。」


 すでに二人とも論点がずれてしまっている。そんな誰にも理解してもらえないであろう漫才を繰り広げているうちにエルフ達の包囲網は完璧なものになっていた。

 いつからひそんでいたのか、見回しただけで20本近い矢が竜也達を狙っている。アーチャーは当然エルフ。そう、竜也が期待した通りのそれであった。美形というものはモニターの中にいくらでも転がっているはずである。だが、今竜也達を見つめるそれは今まで竜也が抱いていた美形という概念を完全に打ち砕くものであった。


「うへぇ、おとぎ話の世界だねぇ……」

「美人は3日で飽きるというぞ。」

「いやいや、あれは3年、いや、30年眺め続けても飽きないよ、きっと。」

「お願いですからまじめに危機感感じて下さい。」


 ルークの願いはどこまでも果てしなく虚しかった。




 ガラガラガラガラ……


 少しでも早く町へ辿り着きたい。早足に馬車を走らせるその商隊は言葉ではなく全身でそう語っていた。もう少しで幾分開けた道に出る。そうすればいきなり襲われるということはなくなるはずなのだ。


「本当に良いんですか?」

「ん?まあ、大丈夫でしょう。」


 御者台から戸惑い気味の視線を投げかけてくる商人に静は緊張感のかけらもない笑顔を向けた。


「竜也がよーっぽどひどく暴走しなければ涼がフォローしてくれるでしょうし、それにほら、リーゼがいたっていう魔術師ギルドにはエルフも少なくないんでしょう?ひょっとしたら知り合いとかいるかも知れないじゃないですか。」


 それを聞いた商人の二人は顔を見合わせて困ったような顔をする。何かよくないことを言おうかどうか迷っている表情であった。やがて商人達の馬車の速度が落ちていく。一人で突っ走っても意味無いので当然静も手綱を引いて馬の足を止めた。


「んーと、何か問題あるんですか?」


 商人達は困ったような顔で言い淀んだ。二人とも訳を知っているためお互いに押しつけ合っているのだろう。


「実は、」


 結局は年下の方が貧乏くじを引くのはどこの世界でも同じと言うことか。


「ここ2、30年魔術師ギルドにエルフの森のエルフは行っていないと思います。」

「はい?」


 数日で80年の歴史を振り返るのは無理がある。それはわかっていたことだがそれでもそんな大きな変化を見逃していたとは迂闊としか言いようがない。


「30年ほど前、森エルフの一群がモーリスの領地に攻め込んできたのです。現国王がそれを迎え撃ち撃退したのです。それでエルフ達は再び帰らずの森に封じ込められ、戦禍の代償として数人のエルフが城で奉仕していると聞きます。」

「いや、それは、ちょっと無理があるような……」

「細かい事の真偽はさておき、とにかくこの国では昔戦争があって互いに良い感情を抱いていないのは事実です。魔術師ギルドだけは細々と交流を持っているようですがそれも必要最低限ですしね。おかげであの森が原産の物は軒並み高騰してますよ。」


 エルフが人間の領土に攻め入るという時点で出来の悪い冗談にしか聞こえない。ましてやプライドの高いエルフが人間に奉仕するというのも想像しがたい状況である。だとすると事の発端は人間側で、エルフが閉鎖的なのを良いことに好き勝手に事実を捏造しているという事になる。


「それは……良い感情なんて持ってないわなぁ。」

「そうなんです。だから、あなたも今からでもすぐに戻っていただけませんか?」

「それはそれで違うような気もしますが。」

「はっきり言いましょう。」


 それまで控えていた年上の男が我慢できなくなったのか前に出てきた。


「私たちの身を案じていただけるのはありがたい。ですがあなたは今片腕のない魔術師。それがどんなことを意味するのかは商人である我々にもわかります。」

「んー、つまり足手まといだ、と。」

「はっきり言ってしまえば。我々はいざとなれば荷を捨てて身一つで逃げることもできます。ですが片腕のないあなたにそれは無理でしょう。そしてあなたはこの国の人間ではない。力はなくともエルフ達との交渉ではリーゼナイセ様やアルカイア様より遙かに有利だと思われます。」

「ま、そう聞くとここにいる意味も少なさそうですね。」

「では、」

「でもこのままはいサヨナラ、だと寝覚め悪いんですよ。ほら、もう囲まれていますし。」

「ええぇ!?」


 静の言葉を聞いていたのだろう。茂みや木の上、岩陰といった至る所から小剣や手斧などを携えた小汚い男達が出てくる。見るからに盗賊ですと言っているような連中で、竜也がいたら喜んでシャッターを切っていただろう。見渡せるだけで10人以上いる。その顔には人数差と、そして盗み聞いていた先ほどの会話のおかげであからさまに勝ち誇ったような笑みがありありと浮かんでいた。

 その中で静が一番強そうだとあたりをつけた大男がのっそりと前に出る。見た目にも腕っ節だけが取り柄とわかる。おそらく魔術師である静が一番不気味だったのだろう。それが役立たずと知って喜び勇んで出てきたというところか。


「話は聞いてたぜぇ。そっちの兄ちゃんはなんか用があるらしいじゃねーか。どうでい、俺らを護衛に雇っちゃよ。有り金と積み荷全部置いてきゃ街の近くまで送ってってやるぜ。」


 盗賊にも色々ある。積み荷だけを狙う比較的穏便な盗賊から、獲物は奪い尽くして皆殺しという罪人の鑑のような奴らまで。需要と供給のバランスの問題であろう。なわばりを持つ盗賊、特に山賊の類は前者も多い。報酬で山道の案内をする連中もいる。今回のはどちらかと言えば前者寄りというところか。魔術師を怖がるあたり、まだ可愛げがあるというものである。


「そう、片手しか無いとね、複雑な呪文の詠唱や印を結ぶことが出来ないんです。だから、出来ることと言えばルーンアローとかライトとかしかないんですよ。ティンダーとかもあるかな。」


 ティンダーの呪文。類似の品でいうとティンダーボックス、別名火口箱。この時代火種は重要なのである。100円ライターがきっといい値で売れるだろう。ジッポーもガスも持っている静が使うことはまず無い一品である。


「要するに普通に考えたら戦闘では役に立たないってことですよね。」

「へっへっへっへっへ。魔術師様が聞いて呆れるわなぁ。ルーンアロー程度なら何度も見ているがよ。あんなもん拳で殴った方がまだましだぜ。」


 静は盗賊達に小馬鹿にされても一向に気にしない。あたりを見回し手持ちの道具を思い起こす。だが、騎乗という条件が思いの外厳しかった。何しろ馬は結構デリケートな生き物で、大きな音とかは立てられない。これがバイクで護衛対象がいなければフラッシュグレネードか、指向性対人地雷(クレイモア)数個で事足りるのだ。クレイモアがばらまくのはベアリングではなくBB弾だが。


「じゃ、試してみます?」

「へっ!?」


 静が右腕を突き上げると、それまで余裕の薄ら笑いを浮かべていた盗賊達の顔が凍り付いた。それは商人二人も同じ。視線が静の天に向けた掌の少し上に集まる。


「あなたの言うとおり、僕はちょーっと用があるんです。ですから出来れば素直に道を開けて下さいね。」


 うっすらと汗を浮かべながらも妙にさわやかな笑顔の静。その突き上げた手の上には握り拳大の光球が2,30個ほど浮いていた。


「ま、まさかそれが全部呪文……」

「違いますよ。」


 絞り出すような盗賊の声に静はさらっと答えた。


「1個がルーンアロー10本分のマザーファンネルですよ。」

「ひっ!!」


 静の言うとおり、そのうちの一つが10本の光の矢にばらけた。拳で殴られた方がマシな攻撃だって300発当たればそれは痛いだろう。一人頭10発と換算したところで何の慰めにもならない。予想外の反応に対し、盗賊達の対応は統一性を欠いた。魔法に対する拒否反応から逃げ出す者。呪文が放たれる前に静を殺そうとする者。頭の指示を待つ者。そして叫ぼうとする頭。


「こ、ころ……」

「遅い。」


 静が掌を握った瞬間、音もなく光球がはじけ飛ぶ。そこから無数の光跡が四方に走る。それは一直線に飛ぶのではなく、一旦ふわっと広がり、そして目標に向かいランダムな軌道を描きながら収束していくのだ。まるで飛行機雲のように空間に跡を残し飛ぶルーンアロー。いや、それは矢ではなくミサイルのそれであった。


「ルーンアロー、改めマジックミサイル=痛野サーカスバージョン。すばらしい、パーフェクトですって。ふふふ。これが出来る魔術師はこの世広しといえども僕だけでしょうねぇ。あ、カメラ忘れた。」


 本来相手に向かい一直線に飛ぶはずのマジックミサイルを、無理矢理意志の制御下に置きコントロールする。それだけでも難儀な技なのだが、静はそれを百単位でやってのけたのである。ルーンアローは術者の技量により本数を増やすことが出来るので、実際に消費した魔力はそれほど多くはない。だが、そのコントロールに割かれる精神力は桁違いに大きい。

 ちなみに軌跡がランダム軌道を描いたのは当たる直前までである。ミサイルと違って迎撃もされないルーンアローが一直線に飛ばない意味は、実のところ全く無い。いいのである。余裕のない人生を送るくらいなら継承者などやってはいないのだ。その割には録画を忘れているが、商人がデジカメを扱えるわけもないのでここは泣く泣く諦めるしかない。


「とりあえず木の上で僕らを狙っている8人。計24人のうち3分の1を気絶させました。あなた方には二つの選択肢をあげましょう。残りもこの物騒な道の真ん中で仲良く眠るか、それとも二人で一人ずつを連れて立ち去るか。僕は後者をお薦めしますよ。」


 これは教訓でもあった。結局戦闘は最初のゴブリンとの遭遇戦のみだったのだが、その時の苦労が尋常ではなかった。あたりに散らばる死体の山を不寝番を兼ねて一人で片づけたのは他ならぬ静である。冷静すぎると時に貧乏くじを引くということを学んだ一件であった。

 それはともかく、今度は静の推薦通り盗賊達は撤退という道を選んでくれた。


「ひっ、ひぃぃぃ!!!」

「に、逃げろぉぉぉ!!」

「あ、ちょっと、待って、ねぇ!」


 だが、すべてが望む通りには行かないものである。どうやら静の脅しは効果がありすぎたらしい。盗賊達はその場に1秒でも長く留まれば自分たちの命がないと思ったのだろう。手持ちの武器も投げ捨てあらん限りの力を振り絞り逃げ出した。もちろんその身一つで。当然悪魔のような魔術師の制止の声を聞き入れる者はいなかった。


「僕にこれをどうしろと?」


 そう聞かれたところで、商人達にはひきつった顔で泣きそうな笑みを浮かべる以外出来そうもなかった。


「おかしい。こっちに来てから僕の思惑が上手くいかないことばかり……」


 そこで静はぼやきを止めてこめかみを押さえた。


「違う。あの二人に会ってからか。」


 今は少し離れている悪友二人の顔が脳裏に浮かんだのだ。だとすればこの策に溺れた喜劇も何のことはない、ありふれた日常の一コマということになる。そう思うと、情けないと思いつつもこみ上げてくる笑みを止めることが出来ないのだった。


「あはははは、」

「あ、あのぉ、どうかしましたか?」


 先ほどより三段くらい腰の低くなった商人が恐る恐る尋ねる。機嫌を損ねたのかと思いきや、妙に晴れ晴れとした笑みを浮かべている。それは多少の邪気を感じさせるものの、商人達を安心させるに十分なものであった。


「何でもありません。今頃向こうも大変だろうなぁ、って思ったらおかしくなってしまって。」

「はあ?」


 要領を得ない回答に疑問符を浮かべる商人達に笑いかけて静は自分の馬の首を撫でた。感心なことに先ほどの戦闘の後でも十分に落ち着いている。なかなか良い馬のようである。


「いえね、アルやリーゼ達もそうでしょうけど、あの二人の相手をしなきゃならないエルフ達も大変だろうなって事ですよ。」

「はぁ……」


 結局静の言葉は明確な答えにはならず、二人の疑問を深めることにしかならなかった。


「まあいいや。さっさと僕らもずらかりましょう。彼らが目覚めないうちに。」


 静はそう言って馬を街に向け走らせる。片手とは思えない手綱さばきである。二人も慌ててそれに続く。


「えっ?だって、」

「言ったでしょう、僕の魔力は全部リーゼの治療に充てられているって。あんな数だけ水増ししたマジックミサイル、一発一発はデコピンくらいにもなりませんよ。」

「じゃああいつらは?」

「そう、びっくりして木から落ちて気絶しただけです。」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ